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確約された不幸を手折って  作者: 山浪 遼
少年期。愛される者愛されぬ者
25/53

第五話

「魔術師と、戦士。……この、戦士は、剣、槍、拳、弓、斧、棍棒……諸々を用いる、魔術以外を使う戦士という定義」

 目も当てられない。クロッカスは右手で顔を覆い、思わず天を仰いだ。目の前に広がる光景は予想の範疇、当然の帰結だ。だが、故に、分かりきった事実であるからこそ、その事象の痛みは生々しい。

「この二種の違いは、体内魔力オドの使い方。……僕たち魔術師、体内魔力を身体の外へ送り出す。逆に戦士、体内魔力を身体の中で完結させて利用する」

 空中に漂う炎の残滓を、アキレアは左手で握り潰した。あまりに軽く、あまりにがらんどうなその火は、素手に触れてなお一切の疼痛を感じさせることがない。見せ掛けの、はりぼてのような炎だった。それはひょっとしたら、アキレアの眼前に伏す少年、それの今現在の在り方でもあるのかもしれない。

「僕たち魔術師、敵を討つのに体内魔力を利用、世界魔力マナを巻き込み力を行使する。……戦士たち、体内魔力を用いて自らの身体を強化する。そこに世界魔力が介在する余地は一切なく、生み出される力も魔術に比べて小さなものだ」

 フェイトの口腔から吐き出された血は、やけに赤く鮮やかだ。それが示すのは身体の内側、臓器といった奥の方が破壊されたのではなく、口腔内に深く傷が入ったことを表している。

「だけど、速い。世界を巻き込む魔術に比べ、一個の生命体の中で完結するその力は行使に至るまで極めて速く、そして鋭い」

 語る言葉はどこまでも冷静で、理知的で、理論立てられている。正しい。ああ、全くもって、彼が語るその一言一言全て正しくて。

「魔術師と戦士の違いは、その特異点に特化するからこそ生まれる。物心ついた頃から魔術を志した者は、身体が体内魔力を外界に発することに重きを置くようになり、戦士はその逆。体内に循環させることを優先させる」

「結果として、魔術師は体内魔力を用いた身体強化を不得手とし、戦士はその逆、体内魔力を外界へ放つことを不得手とする」

 そしてその全てを既に理解している。知っている。教育だと、彼は言った。過ちを正す、それも、特大の間抜けを正すには、暴力に訴えよく言い聞かせるのは成る程確かに効率はいいのだろう。

「有名な故事がある。誰もが聞いたことはある故事。『魔術戦士』などという夢物語のような存在を追った馬鹿を嘲笑する言葉。二つを追って一つも得られず、出来上がったのは戦士より非力、遅い、脆い。魔術師より惰弱、鈍重、軟弱」

 そうだ、その通りだ。前例がいる。誰もが一度は夢見る万能戦士。しかしそれは、至ることができない頂きだからこそ夢見るものであって、決してそれを馬鹿正直に追い求めるものではない。

「理解した? 魔術師が前線に出るということ。昔から人はそういう奴を指差してこう言った」

 だからこれは、自らを死地にやることに近しくて、一言で言ってしまえばこう括れる。

『愚か者』

 知っている。知っていた。それでもなおこの道しかなくて。出来ることなら避けて通りたいのは山々で。

「言ったでしょう。耳にタコだって」

 地に伏して、血を吐いて、身体中のあちらこちらを強かに打ちつけられて、切り裂かれて。しかしてその中に一つの致命傷は存在せず、文字通りその身に「教育」を施されたフェイト・カーミラは。

「それでも、せざるをえないとも」

 相対したアキレアとハスティアに向けて、明確な否定の意思を叩きつけた。魔術師としての本分へ戻ることを、否定した。

 この日から、剣と賢(ナイツアンドワイズ)の面々はこの言葉の意味を深く理解していく。

 剣士、アキレア・アルフィーナ曰く。

 槍騎士、クロッカス・アジャルタ曰く。

 斧戦士、ザンツ・ストゥルマン曰く。

 魔術師、ハスティア・ギーヴォ曰く。

「フェイト・カーミラの魔術は間違っている」




「……イト。おいフェイト!」

「……はい? どうかしましたか?」

「どうってわけじゃねえけどよ。遠い目してぼおっとしてるから大丈夫かと思ってな」

「ああ、丁度一年前のことを思い出していまして」

「一年前? ……そうかもう一年経つのか。お前が、俺たちの仲間になってから」

 クロッカスに肩を揺さぶられて、フェイトは茫洋と潜り込んでいた思考の坩堝から浮上する。思い出していたのは、丁度一年前。フェイトが三年に進級した当時のことだ。

 兎角実力をつけるために一足飛びで中央を訪れて、焦る気持ちのままあわよくば、どこかのパーティーに拾われないだろうかと期待して、そして事実フェイトは「拾われた」のだが、それは当初想定していた形と比べると随分違った姿に落ち着いてしまったような気がする。……いや、気のせいではない。

「甘かったんでしょうね」

 呟く言葉に、クロッカスは一瞬「どっちが?」と問い質したくなったが、その言葉が過去形であったが故に、脳裏に浮かんだ二つの答えの内一つは容易に切り捨てることが出来た。……いや、残った一つも今現在十二分に甘いのだろうけれど。それでも切り捨てられた方に比べれば、その糖度に天と地ほどの差があるように思える。

「甘かったんだろうな。あそこまでぼろぼろにやられて、それでもなお自分を曲げないって言う馬鹿を迎え入れるだなんて、よっぽど甘かったんだろうな俺たちは」

「今も甘い」

 言いながら、フェイトはくすりと笑って。お前が言うかとクロッカスに脇腹を小突かれる。

「お前に比べりゃ随分とマシだ。未だに二兎を追って何一つ獲ていないお前に比べれば」

「そんな私を追放しない辺り、剣と賢はやっぱり十分甘いですよ」

 ――そりゃあお前、フェイト・カーミラを今此処で切り捨てたら、お前はいとも容易く死地に向かってしまいそうだから。

 そんな考えをクロッカスは抱いて、首を振って否定する。その考えを持っているからフェイトを剣と賢から外せない。それは確かに情と甘さの発露であるのは間違いなく、使えないと見切りをつけて、それでもなお彼を用い続けるのは、それは最早度し難い愚行であるのかもしれない。

「止めだ。どっちが甘いかだなんて終わりの来ない水掛け論だ」

 だってそれは結局、どちらも甘い。それ以上でも以下でもないのだから。

「だがよ、フェイト。何時か俺たちがお前を切る時が必ず来る。その時が来る前に、お前がその甘い考えを翻して真っ当な魔術師に戻ってくれるって言うんなら、俺たちは諸手を挙げて歓迎するぜ」

「戻るって、私が今まで一度たりとも魔術師然としていたことがありましたっけ」

「あったさ。俺がまだ銅の錨(ブロンズアンカー)にいた頃のお前だ。あの時のお前は、今よりよっぽど魔術師をしていたぜ」

「ああ、そういえば」

 そんな時もあったと、フェイトは述懐する。今から当時を振り返れば、何一つ背負う荷のない気軽な年頃だったのだと思えた。

 本当に、心が弾むような気軽さで、明日は少なくとも今より輝いていると信じられて、世界がこんなにくすんで見える日が来るなんて考えもしなかった。

 ひょっとしたら、一番甘いのはあの頃の自分だった、のかもしれない。寧ろ今は。

「酷く苦い」

「何が」

 クロッカスに問われて、フェイトは苦笑を浮かべてごまかすように答える。

「此処のコーヒー」

 クロッカスはきょとんとした顔で。

「お前が今飲んでるの水だけどな」

 至極的確な言葉が返ってきて、それが何だかやたらに可笑しく感じられて、フェイトは嘲った。




 中央のギルド近くにある食堂は喧騒の只中にあり、黄昏時を煌々と照らす洋灯(ランプ)と蝋燭が食堂の外、道端まで照らしている。

 晩を求めた人々で店の中は満席であり、雑多な会話、穏やかな談笑、冗談交じりの罵声などが飛び交っている。その片隅、その一席にて剣と賢の面々が顔を突き合わせていた。

「噂話だが、そろそろ山が動くらしい」

 香辛料(スパイス)がよく効いた鹿肉を齧りながらアキレアは言った。あまりに端的なその言葉に、フェイトは疑問符を浮かべた。

「山?」

「山。まあ、言ってしまえば巷で噂の殺人鬼相手に高級貴族が本気を出すらしい」

「それで山が動くと」

 アキレアは頷いて、フォークをゆらゆらと揺らしながらフェイトに差し向ける。

「そういう(・・・・)連中と近いお前のことだから何かしら聞いてるんじゃないかと思ったんだが、その様子だと何も知らないみたいだな。お前はどうだ? クロッカス」

「俺かよ。貧乏零細貴族の息子に聞いたところで意味ないって分かるだろうよ。知らねえよお偉方の考えてることなんてよ。そこの脳筋と根暗に聞いたらどうだよ」

 話を振られたクロッカスは口を尖らせて、非難がましく顔を顰めて唾を飛ばす。

「おいごら貧乏貴族。脳筋てのはひょっとして俺のことを言っているのか」

 鼻息荒く、ザンツがクロッカスと顔を突き合わせる。

「そうだお前のことを言っている。お前のことを言っている」

「二度繰り返したなテメエ。表出ろブチ殺してやる」

「沸点低すぎだろ単細胞。根暗呼ばわりでも動じないハスティアを見習え」

「あーあーまたやんのかこの二人は……」

 アキレアが頭に手を当ててやれやれと嘆息し、ハスティアは動じることなくコーンスープの一点をじっと見据えかれこれ三分ほど固まりっぱなしだ。

「増えますかね。仕事」

 ぎゃあぎゃあと叫びながら取っ組み合いを始めたクロッカスとザンツを横目に見やりながら、フェイトはアキレアに問いかけた。

「増える……んじゃないかね。正確には『増えてくれ』って懇願か」

「貴族の『家付』が殺されたばかりです。面子がありますから、冒険者を大きく用いることはないかと。あっても精々小間使いとか、それくらいじゃないでしょうか」

「一番可能性があるのはそれくらいか。当分の間お抱えの私兵が市井を練り歩くことになるだろうから、むしろ俺たちにとっては有難くないかもしれん。……本当に何も聞いてないのか?」

 テーブルに片腕を起き、アキレアは身を乗り出すようにしてフェイトの目を真っ直ぐに捉える。傍らではハスティアが魚の骨を全て取り出して皿の縁に等間隔に並べている。ザンツがクロッカスの頭を右手で万力のように握り続け、クロッカスはザンツの首を両手で握り締めている。お互い、眼が血走り口角に泡を浮かべていた。

「そうだ。それです。確かに学校にはそういう高級貴族の子弟が数多くいますけど、肝心の動く『山』を私は知らない。聞くも聞かないも何もあったものじゃない」

「驚いた。そんなことも知らないのか。……フェイト、お前はもう少し周囲に興味を持った方がいい。前々から思っていたが今のお前は酷く……」

 そうだな……不安定だ。麦酒で口を湿らせて、フェイトにそう忠言するアキレアに、フェイトは目を伏せて、小さく肩を竦め、返した。

「まあいい。動く山ってのはティスエル公爵家。記憶違いじゃなければお前と同学年に公爵家の娘がいたはずだが」

「ティスエル……ティスエル……」

 口元に手を当てて、視線は記憶の中を彷徨うように右上を揺れる。一拍の間を置いて、フェイトは「ああ……」とその人名に思い至ったのか得心を射ったかのような表情を浮かべた。

「いますね、ティスエル。クレア・ティスエル。……尋ねた方がいいのは分かるんですが、やらなきゃ駄目ですかね?」

「そりゃあ情報源となりそうな存在が身近にいるんだから聞いてきてくれよ。なんだ? その娘は多分に漏れず面倒臭いのか?」

 高級貴族の子にありがちな高慢さや選民意識から来る人格の歪みを持っているのならば仕方がないとアキレアは言うが、フェイトはそういうわけではないと首を振る。

「いえ、いい子なんだと思いますよ。……ただ」

「ただ?」

「逃げてるんですよね。私」

「逃げる? なんで」

「クレアさんが入学式の送辞を読んで、それの感想を尋ねられたんですが」

「へえ」

「入学式サボってまして」

「ほう」

「適当に、適切な方の適当で、答えたんですが、どうにも見ていなかったことが先方に勘付かれているようで」

「そうか」

「話にくいなあと」

「明日聞いてこい絶対に」

 ハスティアは鹿肉に掛けられ皿の上に溜まったソースに浮かぶ油を、フォークを使って黙々と、一心不乱に繋ぎ合わせては笑っている。

「……ギブ、ア……ップ?」

「おま、えが、しろ」

 クロッカスとザンツはいよいよもって酸欠と鬱血が危険水域に片足を突っ込んでいる状況に陥っていた。




 授業中、否が応でも自身の五感……いや、この際第六感と言った方がいいか。それが世界魔力の連なり、高鳴りを感知する。

 フェイトが持つこの感覚は日常的に感じるものだったが、個々人を判別するほど詳細ではない。漠然と、大きなうねりのようなものを理解し、近辺で大勢が魔術を行使しているのだと分かる程度のものだ。

 それは「妖精の愛し子」が入学したのだろうと友人であるディギトス・ガイラルディアから教えられたあの日から変わることなく、何一つ変調を示さず地続きになっている。

 愛し子が行使する魔術、それは当然世界魔力への働きかけが常人と比べ膨大で、もしその愛し子が「その気」で魔術を唱えたのなら、その瞬間フェイトはその存在の明確な正体を看破できるだろう。だが新入生が入学してかれこれ数日。新入生毎の現時点での実力を測る魔術テストが行われても、フェイトは愛し子のものだと思われる魔力を感知することはなかった。

 それが表すことは愛し子の入学は根も葉もない噂話でしかなかったということに繋がるのだろうか。違う、そんな単純な話ではない。……いや、単純な話なのは確かなのだが、存在を観測出来ない故のパラドックスにフェイトは囚われている。

 愛し子は単純に妖精に頼らず――あるいは妖精に頼りつつもその影響を人並み程度に収まる規模の魔術を行使しているか――自分自身の力で魔術を使っているだけの話だ。今日この日、この時間も新入生が魔術実習を行っているようだが、やはり尋常との変化は見受けられなかった。……わざわざ悪友が現時点での最重要参考人であるシアナ・セントリウスが担任を勤めるクラスが丁度今実習を行っているのだと親切にも教えてくれたが、生憎悪友が求める答えは今回も返すことが出来そうになかった。

 授業終了の鐘の音が鳴り、座学の担当教諭が教室を後にすれば、生徒たちは思い思いに友人と語らい、またある者は用事を済ませようと教室の外へと散っていく。さて、自分は何をしようとフェイトが視線を教室の外に向ける、その途中、教室の中でも一際目立つ人の群れ。視界に入れば一瞬で分かる、クレア・ティスエルとその取り巻きたちだ。

 ああ、そう言えば昨晩アキレアから尋ねるように言われていたなとふと思い出し、改めてその人だかりに改めて視線をやると。

「…………」

「…………」

 不意に、その人だかりの隙間を縫って、射抜くような視線がフェイトのそれとかち合った。刹那、反射的に視線を反対方向へ、窓硝子越しに雲ひとつない晴天へと向けるフェイト。机に肘を突き、手の甲を組み合わせ、ぎこちなく額をそれに載せ、自身の影に隠れた机の木目をじっと見る。

 ――目が合った……。

 一度意識すればその視線がひと時も外れず自身の頭部、旋毛あたりにちくちくと突き刺さっているのが分かる。突き刺さる視線が送られる方向から、がたん、と椅子から誰かが立ち上がる音が聞こえた。次いで、人だかりの会話が止んで、足音が段々と近づいてくる。もう一度、椅子が床と擦れ合う音が響いて、今度は誰かがそれに座る音。それは椅子から立ち上がった時のものより随分とフェイトの近くから聞こえてきて。……具体的に言えば、机一つ前の場所から聞こえてきて。

 顔を上げる。分かりきった答えがそこにある。美しい笑みを浮かべたクレア・ティスエルその人が、フェイトの座席一つ前に堂々と腰を下ろしていた。

「休日は如何様に過ごされまして? フェイト・カーミラ」

「日頃とあまり変わらない一日でしたよ、クレアさん」

 何故彼女は此処まで自身に執着するのだろうか。フェイトは疑問に満ちた脳裏を振り払い、ともあれ尋ねるべきことを尋ねようと考えた。

「それはいけませんわね! 我々のような人々の先を行く、導き手たる使命を持って産まれた存在は常日頃から革新を求め続けねばならなくてよ? そういった意味では(わたくし)の休日はやはり有意義なものであったと自信を持って言えますわね!」

「そうですか」

「そうですわね!」

 むふー、と満足げに息を吐きながらクレアは応えた。さいですか、と言わんばかりに投げやりなフェイトの返しにも動じることのない様はある意味で大物と言える。

「……そういえば、クレアさんに一つ聞きたいことがあるんですが」

「奇遇ですわね! 私もフェイト・カーミラ、貴方に言いたいことがありましてよ」

「……ええと、それは入学式の送辞のことで?」

「いいえ? 私はそのような些末事などこれっぽっちも! 何一つ! 髪の毛一本分でさえ! 気にすることなどありませんわ」

 気にしていた。

「思えば私も大人げなく酷なことを尋ねたと思いますわ……。貴方にとって首席は奪われた立場。そのような方が送辞を読む私を見て平静でいろというほうが難しい話」

 フェイトにとってはそのこと自体わりとどうでもいいことだった。

「いやあの」

「おっしゃらずとも結構! 分かりますわ。学年首席の座を私に奪われた貴方は悔しさのままに枕を濡らし入学式に出ることなど叶わなかったのでしょう。……ですが、それでいいのですフェイト・カーミラ。挫折こそが! 人を! 強くするのですから!」

 入学式当時フェイトは本を読んでいた。

「……じゃあもうそれでいいです」

 色々と諦めたフェイトは全面的に降伏し、クレアの言葉に屈服することにした。

「それで? 私に聞きたいこととは一体なんです?」

 気を良くしたクレアは改めてフェイトに問いかけた。ひとまずおかしな話の流れから離脱できたことに対する安堵の息を漏らしながら、フェイトは咳払いを一つ入れ、気をとりなおしクレアに改めて向かいあう。

「単刀直入に聞きます。ティスエル家が主導して此度の殺人鬼を捜索するというのは事実ですか?」

「ええ、そのようですわね。父からはそう伺っていますわ」

 至極あっさりとクレアはフェイトの言葉を肯定した。

「随分と簡単に認めるんですね。ひょっとしたら軽挙妄動だと誹られる可能性があるのでは?」

「今更ですわ。ティスエル家の息が掛かった貴族、それの家付が殺されたんですのよ? 動かない方が見くびられますわ」

 それに、とクレアは忌々しげに唇を尖らせて。

「一応はリジエラが動いていて、それでも発見されていないのですから。この件を先に解決して宰相閣下に対して少しでも優位に立ちたいという思惑があるのではなくて」

「本当に『一応』ですが」

「ま、そうですわね」

 魔術省も捜査に人材を派遣しているのは間違いないが、それは体面を保つものとして最低限の行動をしているだけであって、本腰を入れて事件解決に取り組んでいるとは到底言えない。

「それで? 聞きたいことはそれだけでして」

「ええ、まあ。……出来れば冒険者にまで仕事が降りてくるかどうかも知りたいんですが」

「ないでしょうね」

「随分とばっさりと言う」

「冒険者の手を借りて、というのは余り好ましくはありませんから。貴族としてのプライド云々もありますが、ティスエルが動いたのならばティスエルが速やかに、スマートに幕引きをしなければなりません。余人の助け舟が介在するのは認められませんわ。立場としても、実力としても」

「色々としがらみがあるのでしょうね」

「ええ、全く。私から見れば不必要なものが幾つもありますわ」

 物憂げな表情でクレアはフェイトの机に片肘をつき、手の甲に顎を置いて溜め息を吐く。

「ですから、私も好き勝手やろうと決めましたの」

 一転して、悪巧みを考えているような、悪戯を思いついた童のような笑みを浮かべて、クレアはくふふと声を殺して笑う。

「有志を募り、私たちでその殺人鬼を捕らえてしまおうと考えているのです! どうです! すごいでしょう!?」

「……はい?」

 フェイトは己が耳を疑い聞き返すも、クレアは得意気な笑みを浮かべて立ち上がり、胸を反らしてふんぞり返っている。

「……相手は何人も人を殺しているんですよ? それを有志……待ってください。まさか全員学生ですか?」

「無論ですわ。我々も魔術王国ベラティフィラ有数の魔術師……の卵ですけれど、そのような卑劣漢に劣るはずもありませんわ!」

「……ひょっとして、アレが?」

 フェイトが指差すのは授業終了直後からクレアの周囲に集まった取り巻きたち。

「賛同者ですわ!」

「……」

 クレアを頂点に戴くあの一団の中に、女王様(クレア)に諫言を告げる臣下は存在しないのだろう。他人事ながらにフェイトは頭を抱えたくなった。

「そこで、フェイト・カーミラ! 貴方にも私たちに加わってほしいのです!」

「お断りします」

 即断であった。幾許の逡巡さえ存在しない、断固とした否定の意志。それを食らったクレアは多少出鼻を挫かれた様子でたじろぎ、「何故!?」と机を強く叩いた。只でさえ目立つ二人の会談に付随して、その強烈な音により教室中の視線がフェイトとクレア、二人に集中した。それには当然クレアの取り巻きのものも混ざっており、ちくちくと敵意に塗れた視線がフェイトに向けられている。

 小さく嘆息し、フェイトは気圧されることなくクレアの瞳をじっと見据える。少しばかり気圧されたのかクレアは怯んだが、それでも再度瞳に強い意志を込めてフェイトと相対した。

「人殺しを相手に学生が挑む? もし事件に巻き込まれて死傷者を出したら誰が責任を取りますか」

「私たちは常日頃から獣や盗賊崩れと矛を交わしていますわ! 人殺しが怖くてどうして冒険者稼業を勤められるでしょう!」

「前もって獲物の強さ、規模を知って、無理の無いようギルドからの仕事を選んだ上でです。正体不明の相手に立ち向かえとは、余りに愚か」

「卑劣極まりない相手ですわ! どうせ力量も知れたものでしょう!」

「それを保証してくれるのはクレア・ティスエル。貴方ですか? ではそれに参加する人々の命の保証もまた、貴方がしてくれると?」

「……保証……ですって?」

 ぎり、とクレアが強く歯を噛み締めた音がフェイトにもはっきり聞こえた。

「最初から敵わない相手と決め付けて諦めているだけではなくて!? 全てを保証されていなければ貴方は戦えないのかしらフェイト・カーミラ! ……忘れてくださいまし。聞いた私が愚かでしたわ! 貴方がそんなにも臆病者だったとは知りませんでしたわ。ただ士気を下げるだけの存在です!」

 不愉快ですわ! クレアは音を立ててフェイトの元から離れていく。その背中にフェイトは言葉を投げかける。

「人に死ぬ可能性がある、と。それを理解した上でその賛同者たちにきちんと告げましたか。死んでくれ、と貴方は言えますか。言えましたか」

「……ええ、言えますわ。『私のために死んでくれ』と。……それと、気付いてまして? 殺人鬼を放置したまま月日が経てば、貴方の友人もまた殺される可能性がありましてよ」

「……そうですか。そうですね。貴方は私が思っていたよりもずっと強いのかもしれない」

「……失礼」

 クレアは教室から足早に出ていった。残されたのは静寂に包まれた学友たちと、困惑の色を隠せないクレアの取り巻き。

 ――死んでくれ、と君は言えるのか。

「強いな。本当に、強い」

 色々と耳が痛い。フェイトは心にしこりを残したまま、学友たちの視線から姿を隠すようにクレアと同じように教室を後にする。扉を開けば、数拍の間を置いて教室内に喧騒が戻った様子だ。

「……ふう」

 息を吐き、フェイトは一人になれる場所を探しに、学校中を彷徨った。

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