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確約された不幸を手折って  作者: 山浪 遼
少年期。愛される者愛されぬ者
24/53

第四話

 毎年、年始を迎える度に王都中央に置かれたギルドは繁盛する。

 その理由は冠からようやく「新米」の二文字が取れた冒険者が其処を訪れることが許され、新顔が増えていくからだ。

 広さ、人口共に王国一であるその京、国の心臓でありまた脳である王都には、東西南北中央の五つの箇所にギルドが存在している。一箇所だけでは王都に住む冒険者全員をカバーすることは不可能なため、次々と増やしていった結果、この数でようやく釣り合いが取れるようになった。

 五つのギルドが作られることにより、各ギルドごとに微妙な特色も現れ、新人ニュービーが訪れる南、粗暴粗忽な連中がたかる西、騎士戦士が多くいる北、魔術師が棲家にする東、新人以外の全方向をカバーする中央、という形に差別化されている。

 そして、年に数人いきなり中央にやってくる新人おろかものもいる。ギルドの特色は王都に住まう者なら誰もが知っている常識であるため、それを無視するのは一旗揚げようと夢見てやってきた田舎者か、己の腕を過信し、空の青ささえ知らぬ井の中の蛙か、出自に胡坐をかきそれが自分自身の力だと勘違いしている馬鹿くらいのものだが。

 この日、ようやく新人の二文字が取れ、中央を意気盛んに訪れた剣と賢ナイツアンドワイズの面々は、そんな馬鹿を適当にあしらい追い返すことを任されていた。いや、それはギルドから任命されていたわけではないが、併設された酒場でのんべんだらりとしていると、周囲の冒険者たちがそのような空気を背中から視線から滲ませるのだ。

「ほら、馬鹿が来たぞ。お前らがなんとかしろ新入り」

 面倒なことではあったが、それをするのも悪くはなかった。相応の労苦を支払ってようやく中央に来れたというのに、いきなりやってくる馬鹿がほいほいと簡単にチームを組んでしまっては面白くない。それに、人間という奴は弱い者苛めが大好きな性分なのだ。それは生物として普遍的なものであるが故、悪徳だと分かっていても抗いようのない昏い愉悦を覚えてしまう。

 兎角、締め出す輩は一目見れば分かる。落ち着きなく周囲を見回し、顔は苦労を知らぬようにまるで幼い。生まれが貴族ならばふんぞり返って入ってくる奴もいる。最後に挙げた者への対処は中々に手を焼くことが多いが、気に食わぬ貴族を公然と叩き潰せる機会は、支配者層へ対して抱く日頃のやり場ない鬱憤を晴らすには丁度いい手合いであることも事実だった。

 剣と賢、リーダーであるところのアキレア・アルフィーナもまた、その役割に不満はあったが満更でもない様子だった。槍騎士クロッカス・アジャルタは苦いものを口にした時のように舌を出し、辟易であると表情を浮かべ、面倒くさそうにしているが、それでもきちんと参加はしているし、風術士ハスティア・ギーヴォも常と変わらず無表情なまま。ハスティアに関してはチームがイエスと言えば全てを許容しその通りに動く人間であるから、ある意味一番無関心であると言える。中でも一番乗り気なのは戦士ザンツ・ストゥルマンだ。弱者を疎んじる性質の彼は、随分とやる気を見せて今までやって来た田舎者をいびり倒している。

 ザンツを見ているとアキレアは自身が冷静になっていくのがよく分かった。鼻息荒くして少年と青年の狭間にいる新米を小突くさまは見ていて醜悪ではあるが、その醜さがアキレアにとっての冷や水であり続けてくれる。素晴らしい反面教師ぶりだと内心で感謝の念を捧げる程度には、ザンツの存在がアキレアにとって有り難かった。

 それに、なにもこれはやってくる新米に対して何一つ利にならない、というわけではない。常識を知らずにやってくる者は、これから冒険者になろうというのに一切情報収集をしていなかったという脇の甘さを理解出来るし、知っていて来る者はその高慢な鼻っ柱が叩き折れ、自身が未だ何者でもないのだと知ることが出来る。金も、命も、血の一滴さえ奪われることはないのだから、勉強代としては破格だろう。

 そう、これは先達から後進へ送る指導でもある。半ば言い訳染みた想いを心に浮かべながら、アキレアはまた古い木製の扉が軋む音を立てながら開かれるのを聞いた。


 入ってきたのは、一人の少年だった。魔術師が好む道衣ローブを纏い、手には樫の木から削り出された杖が握られ、その先端には紅玉が嵌め込まれている。足取りに迷いはなく、視線は真っ直ぐギルドの受付を見ていた。

 少年の表情を見て、アキレアは少しばかり困惑する。見ない顔で、それも若い。雰囲気は初々しく、まず間違いなく今年冒険者の戸を叩く新人であると推測できるがしかし、まるでその少年は自身が中央ここにいるのは当然のことだと言わんばかりに落ち着き払っている。まさかそのことが間違っているなどと思わせない程度に。

 ひょっとしたら。そんな答えを胸に抱きながら、アキレアは半信半疑、いや九信一疑のまま席を立った。クロッカスも、ハスティアも、ザンツもまたそれに続く。

「なあ少年。君は来る場所を間違えているぜ?」

 少年に歩み寄る中途、アキレアは言った。

 言葉を受けた少年ははたと足を止め、意外そうな表情を、随分と心外そうな戸惑いを見せて、アキレアたちに振り返った。

「かもしれませんね」

 そして少年はくすりと笑って、ごく自然体のままアキレアたちを見つめ始める。

 少しだけ、アキレアは返す言葉に詰まって。視界の隅ではクロッカスが目を細めてこめかみを右手で揉み解すのが見えた。

「分かっていて来たのか? ここが君みたいな新人が訪れる場所ではないと分かっていて、それでもここに」

「ええ、まあ、そうなります、ね」

 少年よりも幾つか年上で、その上集団である剣と賢の面々に囲まれながらも、少年は自然体を崩さない。それがザンツの癪に障ったのか、ザンツは悪意と敵意の混ざった舌打ちを隠すことなく強く打った。

「そうか。分かっていて来たのか。それはなんとも、馬鹿な真似だ。分かるか少年。物事には順序ってものがあるんだ。それを間違えちゃいけない。無知ならばまだいいが、知っていてなおその順序を踏み外そうとするのは」

 アキレアは少年に息が吹き掛かるほどの至近まで顔を近づけ、覗き込むようにピタリと視線を合わせて。

「よろしくない」

 アキレアは少年の瞳を眺め続けている。瞬き一つせず、瞳の虹彩をただじっと見つめて。少年もまた、それをじっと受け止めている。

 …………ふへ、と少年は不意に気の抜けた笑みを浮かべる。

「それでも動かざるをえない理由があるんです。無理だとか無謀だとか無茶だとかが存在しても、動いてみなければそれが本当に無理かなんて分からない。だから来たんです。無理を承知で、来たんです」

「いち早く、より高い場所へ進むため」

 間を置かず、地面を強く打つ音が場に響いた。

「なあ、おい。なあ、おい。なあおい」

「聞いてねえんだよ糞餓鬼。てめえがここに来た理由なんてよ」

 床を強く足で踏み鳴らし、ザンツが少年の頭に手を置いた。ゆっくりと、しかし確かにその手に力を込めながら、ザンツは少年に恫喝はなしをする。

「糞餓鬼、てめえは来るところを間違えている。オーケー? それ以上でも以下でもねえ。それ以外に何もねえ。てめえみてえなケツの青い餓鬼は南のベッドで子守されてんのが似合いなんだよ」

「皆さんも数年前にはその南のベッドで過ごしたんでしょう? そこを馬鹿にするのはあまりいいことじゃあ」

「黙れ糞餓鬼」

「ザンツ!」

 ザンツが左手を振り上げた瞬間、それを咎めるアキレアの一喝が響いた。

「……ちっ」

 ザンツは渋々と手を下ろし、少年の頭部を掴んでいた右手も開放する。

「……分かるだろ、君。全くもって好ましくない状況だ。極めて望ましくない行動だ。いいか? これは先輩としてのアドバイスだ……」

「すまんが少しいいか」

「クロッカース! 話の腰を折るな!」

 今度はこめかみを人差し指でノックしながら、クロッカスはアキレアの叫びを無視して問いかけた。

「お前名前は? ……どっかで見たような覚えがあるようなないような気がしてならないんだこれが」

 分かる? ここに魚の小骨が引っ掛かってる気分。そう言うとクロッカスは喉元を摩った。

「奇遇ですね。私は貴方を知っています。きっと。多分。……クロッカス・アジャルタ。忘れようのない名前だ。いや、貴方から悪意を持って癒えぬ心の傷を負わされたとか、そのせいで覚えているというわけじゃない。むしろ貴方個人には大変お世話になった。知っているのは、覚えているのはその後に起こった個人的な案件のせいでして。あの旅路は、あの夜・・・に繋がった一連の記憶は嫌と言うほど夢に見まして」

「とにかく、お久しぶりです。フェイト・カーミラです。当時クロッカスさんは銅のブロンズアンカーにいましたね」

「……ああ、……ああそうか! あの時の肝の据わった子供か! いや懐かしいなおい! あれからもう何年になるよ!」

「六、七年くらいでしょうか」

「もうそんなに経つか! そりゃ分からねえはずだ! 餓鬼なんざ一年見なけりゃ別人に育っちまうもんな!」

「いや流石にそれは……」

 クロッカスは笑いながらフェイトの背中を強く叩く。フェイトは苦笑を浮かべながらそれを甘んじて受け止めていた。

「……なんだ。知り合いだったのか? ならさっさと言えよ」

 呆気に取られていたアキレアがクロッカスへ非難の視線を向ける。クロッカスは悪びれた様子もなく「いや言われるまで気付かなかっただけだから仕方ねえだろう」と開き直っている。

「……まあいいけど。どうせお前の知人でも丁重にお帰り願うか強引にでも追い出すかのどっちかだ。過程は違っても結論は変わらない」

 後は任せた。そう言って肩を竦め、アキレアは何事もなかったかのように自分たちが元いたテーブルに着こうとしたが、それに待ったを掛けたのがクロッカスだ。

「まあ待てよ。こいつは当時から見所はあった。見てやるくらいしても損はないと思うぜ?」

「はあ?」

 もう既に興味を失ったザンツは椅子に座りチキンレッグを貪っている。ハスティアは退屈そうに壁に寄りかかり床の木目を数えていた。こうなると見てやるのはアキレア当人だ。それは少し、いや多大に面倒くさい。

「当時って何時だよ」

「六、七年前だ」

「まだ餓鬼じゃないか」

「ガキのくせに腕が立ったから見てやってくれって言ってるんだぜ? それにこいつの父親な、中等魔術学校オールドの教師だぜ? 素材はいいはずだ」

「あぁ……」

 父親の職業を聞いてアキレアは少しばかり心が揺らぐ。冒険者という職業についていてその背景がしっかりとした物であれば評価は高くなりやすい。幾ら自分自身で「一騎当千の兵」だと喧伝しても、それが正しいかどうかなど分からない。よほど名の売れた冒険者ならまだしも、普通の冒険者ならばチームへの加入前に実力を知る機会は少ない。そこに第三者から「優れた血筋」「名門の出」であるということを知らされればアピールポイントは高い。無論、鳶が鷹を産むこともあるし、親は親、子は子でその優れた能力が必ず遺伝する、ということはありえない。それでも名も知らぬ存在を仲間に加えようというのなら、何も持たない者よりは「二世に渡って魔術師」という確かな背景を持つ者を優先するのは当然だ。

 それに、此処は魔術の国ベラティフィラそのお膝元である王都にあるギルド。ということはつまり。

「少年……あー、フェイト、と呼んでいいか? 君の学校は……」

「ベラティフィラ魔術中等学校」

「……だろうね。……現時点で一定以上の魔術の実力も確定しているのか。で、親が中等魔術学校教師」

 意外といい拾い物、ではないだろうか。アキレアは自問する。剣と賢は中央ここに上がる寸前に弓士を一人引き抜かれている。仲間の引き抜き引き抜かれは冒険者にとって日常茶飯事で、自身をより高く評価してくれるチームがあるのならそちらに移ることなど珍しくない。アキレアも特に引き留めることなく見送った――慰留にそこまで気を払う相手ではないという評価を下していたのもその理由の一因だった――のだが、後衛が一枚欠けたのは覆しようのない事実。そしてその欠けた人員に今の所目処は立っておらず、現状ハスティア一人に任せることになっている。それはあまりよろしいことではない。

 しかし新人の追い払いを任されている――周囲の無言のプレッシャーによるもので、決して明文化された仕事ではないが――以上、しれっとした顔で突然やってきた新人をチームに入れるのも角が立ちそうだとアキレアは思う。中央で長い間活動してきたならまだしも、剣と賢自体新入りなのだ。ならず者の集団と見られることも多く、規則や法律に縁遠いと思われがちな冒険者家業にも、いや、だからこそ、彼らには彼らなりのルールがある。

「……裏に行こうか。見るだけ見よう」

 アキレアの結論として、目立つ行動はしたくないが、それよりも高い利益をもたらしてくれるのならば、フェイトを剣と賢の一員として迎え入れようという至極合理的あたりまえな答えだった。


 フェイト・カーミラの学校での成績は、上位に属するがそれこそ抜きん出たものではない。座学は学年の五指から外れたことはないが、実技に関しては上位三割に引っ掛かるかどうかのところをうろうろとしている。その年に担当する教員が特に彼の行動を気に食わぬ場合は、下位三割に落とされたこともあった。……後日、余りに不当な判断であると再試を受けさせられたことも一度あった。

 学年首席、クレア・ティスエル曰く。

 悪友、ディギトス・ガイラルディア曰く。

 中等学校教員、ハイドン・ネギア曰く。

 ……自身、フェイト・カーミラ曰く。

「フェイト・カーミラの魔術は間違っている」

 他者が尽く魔術それを否定し、自己もまた否定それを肯定している。


「やっぱり人っこ一人いねえな」

「当たり前だろう。金にならないことで剣を振るう数奇者なんてここにはいない」

「……」

 ギルドの裏には、戦士たちが研鑽を積めるように修練場が作られている。しかし既に十二分に経験を積んだ冒険者がいる中央にわざわざそのようなことをする者はおらず、剣が振るいたいのなら適当な狩猟の依頼を受けるなり、王都の外に飛び出して獣を狩ってはそれから獲れる毛皮や肉を売るなどして金銭を得るようにしている。お陰で中央の修練場は年中閑古鳥が鳴いており、利用するのに何一つ憚ることはない。

 フェイトに連れ添うのはアキレア、クロッカス、ハスティアの三人だ。ザンツは一切の興味すらないのか、見向きもしなかった。

「さて、それじゃあ見せてくれ」

 アキレアは遠く離れた人形ひとがた標的ターゲットを指差して、フェイトを促した。

「構いませんけど……」

 少しばかり戸惑いながら、フェイトは促されるまま魔術を行使する。とりあえずは、現状持てる限りの魔力を惜しみなく曝け出して。

「……へえ」

 こいつは中々。空中に生み出された光り輝く熱球に、アキレアは感嘆の声を漏らした。流石は魔術王国ベラティフィラの最先端にある学校に在籍するだけのことはある。少なくともフェイトという少年魔術師が同世代の中でも上位に属するのは当然だと理解していたが、それでも実際に目の当たりにすると、確かな実感を得ることが出来る。まず間違いなく、フェイト・カーミラの魔術は同世代トップクラスだとアキレアは認めた。

 肥大した熱球は急激な加速を経て、瞬きをする間に人形との距離を詰め、音もなくその姿を消失させ、飛散していった。その様は人形を抉りとる、というより、消し去った、そう表する方が正しいようで。

 風に撒かれ人形であったはずの灰が空に昇り、少し遅れて焦げた木の匂いが鼻をくすぐった。

 眠たそうに舟を漕いでいたハスティアも何時の間にやらその両目を強く見開きフェイトを凝視している。クロッカスはまるで自身の手柄のように得意気に頷いている。

「悪くない。いや、良い腕だ。……正直新人をチームに入れるには色々と軋轢だとか面倒があるんだが……」

 軋轢は、新人を参加させることに対するベテランチームからのものがある。面倒なのは、新人であるからこそ身についていない咄嗟の状況判断だとか、生命を刈り取ることに対する抵抗の無さだとかがあるが、それを補ってあまりある利益だと、アキレアはフェイトに評価を下した。

 それに力のある存在は出来る限り早いうちから唾をつけた方がいい。何処で実力が知れ渡るか分からない。新人だろうがなんだろうが冒険者は唯才主義な面が多い。ベテランがフェイトに辛く当たることは多くあるだろうが、それでもその実力を知れば即座に掌を返して迎え入れようと動くだろう。そうなると若手のチームである剣と賢には勝ち目がない。誰も目をつけていない今だからこそ、優れた魔術師の卵――既に羽化していると言っていい実力だが――を手にすることが出来る。

「フェイト、お前さえ良ければ『剣と賢』は迎え入れることが出来る。それだけの力があれば経験がなくても十二分に釣りがくる。どうだ? お前もなるべく高い位置から始めたいと中央に来たんだろう?」

「非礼を詫びよう。俺たちはお前を認める」

 フェイトへ右手を差し出して、アキレアは笑みを浮かべる。対してフェイトは困惑気味に頬を掻いて。

「……すいません。多分それはきっと、魔術師、後衛としての勧誘だと思うんですが」

「なに? ……当然だろう。魔術師の立ち位置は後衛だ。そんなの決まっている」

「ですよね。ですけど私は、前衛か中衛として参加したいんです」

「…………何を言っているんだお前は」

 酷く不可解なものを見た。そんな表情を浮かべて、アキレアは奇奇怪怪なことを言い出したフェイトを訝しげに眺める。クロッカスも似たような顔だ。日頃無表情なハスティアでさえ理解不能とでも言いたげに表情をゆがめている。

「理解できないのも分かります。多分、私だって同じことを他の魔術師から言われたら同じような言葉を返します。……でも、だけど」

 私はそうしなければならないんです。

 覆しようのない意志の強さ、それが十二分に篭もった言葉だった。

「……いやいやいや、フェイトさんや。お前は一体何を言っているんだ」

 思わず言葉を挟んだのはクロッカスだった。考え直せ、とでも言わんばかりに、いや、事実考え直させるためにフェイトの肩を掴んで言い聞かせるように語りかける。

「魔術師の本分てのは後衛からの大火力での敵の一掃、あるいは大打撃だ。前衛や後衛は言っちまえば肉の壁。……ああいや、別に前線で戦う戦士おれたちに一撃必殺が出来ないって言ってるわけじゃねえ。だがな、人には、職業には、それぞれ役割ってもんがある。得意分野ってもんがある。俺たちはそれが前衛中衛で、魔術師おまえがそれは後衛だってことだ。分かるか? 分かってんだろ?」

「分かってますよ。そういう文言は学校で耳にタコです。ですけど言ったでしょう」

「私はそうしなければならないんです。するしないの話じゃあない。そうしなければならない。分かってくれますか?」

「分かるかよ」

 遣る方なしとばかりにクロッカスは掴んでいた両肩を離し、深く溜め息を吐いた。

「……例えばだが、お前がもう少しいいパーティーに自分を売りつけたい。そう思ったからこそ断るために口からでまかせを言っているという可能性は?」

 アキレアは腰に佩びた剣の柄を摩りながら、フェイトに尋ねた。視線は剣呑で、貫くような鋭さだ。

「ゼロです。相手が誰だろうが、どんな条件だろうが、こればかりは譲れない」

 その視線を真っ直ぐに受け止め、フェイトは断言する。偽証ではなくこれは真実を述べていると、強い意志を持ってアキレアを見つめ返す。

「……そいつ、本気だ。馬鹿らしい」

 一言も喋らなかったハスティアが初めて口を開いた。

「いいよ、アキレア。そいつは無理だ。曲がらない。……馬鹿馬鹿しい。いいもの持ってるのに」

 誰にも聞こえない声量でぶつくさと文句を言いながら、ハスティアは修練場の中央に向かい、そして杖を抜いた。

「何をするつもりだ?」

 突然動き出した魔術師に、アキレアは頭に疑問符を浮かべている。

「アキレアも、こっち。そうこっち来て。剣、抜いて。……そう」

 促されるままアキレアもハスティアの横に立ち、剣を抜くように命令された。アキレアは意味も分からぬままハスティアの言葉通りに剣を抜いた。とりあえず追随した方がいいか、とクロッカスも中央に向かおうとしたが「いらない」とにべもなく突き返され、修練場の端で立ち呆けになっている。

 ハスティアは抜いた杖をフェイトに向けて。

「見てやる。来い」

 そう、言った。

「ええ……と?」

 余りに言葉足らず過ぎて、フェイトは戸惑いのまま周囲を見やるが、アキレアは肩を竦めるだけ。唯一クロッカスが溜め息混じりに答えを示した。

「お前の前衛中衛っぷりを見てやるってことらしいぜ」

「なるほど……」

 ようやく趣旨を理解したフェイトもまた杖を抜き、修練場の中央、ハスティアとアキレアに相対するよう進んでいった。

「年長者の務め」

「痛い目見たら、馬鹿なことやる気も、失せる」

「生憎ですが、ここで手酷くやられても止まらないと思います。……ですけど」

「これもいい機会だ。積める実戦は一つでも多い方がいい!」

「実戦? 違う。これは……」

 教育。

 アキレアが、フェイトへ向けて疾駆する。ハスティアが、杖を掲げ朗々と魔力を練り上げる。フェイトもまた、アキレアへ向かい杖を握り締め駆け出した。

「掛かってきなよ、後輩」

「胸をお借りします、先輩」

 万物切り裂く風の刃が飛来して、森羅ことごとくを灰燼に帰す焔が舞った。

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