第8話 適切な距離感
ラナーシャの悩みを解決するため、私はランパーと話をすることにした。
という訳で、私は彼を早速呼び出した。もちろん、ラナーシャから相談されたなどの事情は隠して。
「えっと、 ランパー、最近調子はどうかしら?」
「調子? 別にいつも通りですけど……」
私のふんわりとした質問に、ランパーは少し怪訝な顔をしてそう答えてきた。
恐らくランパーは、何故呼び出されたか理解していないだろう。私の意図がわからず、困惑しているといった所か。
「ほら、あの話を聞いた時、あなたはひどく動揺していたじゃない。その辺り、上手くやれているかどうか気になったのよ」
「ああ、そのことですか……」
私の説明に、ランパーは腑に落ちたかのように頷いた。
彼自身も、ひどく動揺していたことは自覚しているらしい。
それなら話は早いだろう。ラナーシャへの接し方を話してもらえそうだ。
「まあ、爺さんにも言われたからなんとか上手くやっていますよ」
「あら、そうなの? 参考までに聞かせて欲しいのだけれど、あなたは事情を知ってまず何をしたのかしら?」
「まずしたこと……えっと、ラナーシャ様に謝罪をしました。事情を知らなかったとはいえ、無礼な態度を取ってしまっていましたからね。誠心誠意謝罪しました」
「ああ、そうなのね……」
ランパーは自信満々といった感じで私に事情を話してくれた。
ただ、その対応は最初から少しずれている。そんな風に謝罪したって、ラナーシャは喜ばなかったはずだ。
「それからは、どんな風に?」
「え? そうですね。まあ、距離を置きました。必要最低限しか、関わらないようにしています」
「……彼女を避けているの?」
「避けているという訳ではありません。適切な距離を保っているんです」
「関わる時は、どんな感じに?」
「それはもちろん、令嬢として扱っていますよ。事情はどうあれ、俺とは身分が違いますから」
ランパーは、本当にランパーらしい態度でラナーシャに接しているらしい。
もちろん、ある程度の距離感は仕方ないと思う。それに関してはラナーシャも納得していたし、悪いことではない。
ただランパーは少し大袈裟過ぎる。もう少し適切な距離感があるはずだ。
「ランパー、言っておくけれど、事情があって彼女はメイドとして働いているのよ。そんな彼女を特別扱いしたらおかしいのではないかしら?」
「え? そうでしょうか? でも、ここには事情を知る者しかいない訳でしょう?」
「普段の接し方というものは、いざという時に出るものよ。例えば、ここに客人が来た時に彼女と令嬢のように接するあなたが出たら大問題よ?」
「それは……確かに」
とりあえず私は、理論の方から攻めてみることにした。
真面目なランパーには、何かしらのそれらしい理由をつけた方がいいと思ったからだ。
しかしもちろん、ラナーシャの気持ちの方もそれとなく伝えるべきである。今回重要なのはむしろそちらだ。それを忘れてはいけない。
「そもそも、急に態度を変えられたらラナーシャの方も困惑するでしょう? 同僚として、今までそれなりに仲良くやってきた訳だし、彼女はちょっと寂しいって思っているんじゃないかしら?」
「そ、そうなのでしょうか?」
「例えば、私がいきなり余所余所しくなったら、ランパーも嫌でしょう?」
「……そうかもしれませんね」
私の説明に、ランパーは少し落ち込んでいた。
それは自分がラナーシャに対して、ひどいことをしてしまったと思っているからだろう。
もしかして、少し言い過ぎてしまっただろうか。だが、このくらい言っておかないとランパーは自分を曲げないだろうし、中々難しいものである。
◇◇◇
「なるほど、俺の知らない所で色々と起こっていた訳か……」
「ええ、伝えるのが遅くなってしまってごめんなさい」
「いや、それは構わない」
私は、マグナス様にランパーとラナーシャの間に起こったいざこざを説明していた。
彼はその説明にかなり驚いている。それは私にとっても意外なことだった。
てっきりラナーシャが、ある程度の事情を説明していると思っていたからだ。何も話していないというのは、予想外である。
「しかしラナーシャが君にそんなことを……」
「ええ、頼ってくれたみたいね」
「驚きだ。しかし、いい傾向でもある……」
「いい傾向?」
マグナス様が最も驚いているのは、ラナーシャが私に相談をしたという部分であるようだ。
それは確かに私にとっても驚くべきことではあった。しかし、単純にランパーのことをよく知っているから私を頼っただけではないのだろうか。
「あの子が頼るのは、いつも俺か兄上だった。それ以外の人に相談をするなんて驚きだ」
「そうなのね……」
「ああ、成長を感じる。どうやら君やランパーとの交流が、ラナーシャにいい影響を与えてくれたらしい」
「そう……まあ、それなら良かったわ」
マグナス様は、嬉しそうにしていた。
トラウマで人と接することが難しくなった妹が、他人に心を開いているという事実は、彼にとって非常に喜ばしいことであるようだ。
「やはりあなたは、妹さん思いなのね」
「ああ、それはもちろんだとも。俺にとって妹は大切な存在だ。守るべきものだ」
マグナス様は、私に対してそのように堂々と言ってきた。
彼の妹に対する愛は深い。それは素晴らしいことであるとは思う。
同時に少しだけ羨ましくもあった。そんな風に守ってくれる人が、私にはいなかったからだ。
「兄の存在は、きっとラナーシャにとって支えだったのでしょうね……」
「む? そうだろうか?」
「ええ、そう思うわ。人間、やっぱり支えがないと生きていけないでしょうし……」
ただ私の境遇は、ラナーシャよりも幾分かマシであった。故に彼女が、恵まれているとは思わない。
そもそも私にだって味方はいた。三人の使用人達は、私をずっと支えてくれていた。故にこの羨望は、単純に私がマグナス様という人間を素晴らしい人だと思っているからなのだろう。
「君にも支えはあったのか?」
「え?」
「君も過酷な運命を歩んできた。そんな君を支えてきたのはあの三人の使用人なのだろうか?」
「ええ、それはもちろんです」
「……」
投げかけられた質問に、私は素直に答えたつもりである。
だが、何故かマグナス様は納得していない。何か疑問でもあるのだろうか。
「……気のせいだろうか。君にはもっと別の何かがあるような気がする」
「別の何か?」
「その澄んだ目の奥に、時々陰りが見えるのは俺の気のせいだろうか?」
「……さて、それはどうでしょうね?」
マグナス様の言葉に、私は笑ってみせた。
しかし正直、かなり動揺している。彼は私の根底にあるものを、見抜きつつあるからだ。
あの三人が、私の支えになっていたということは間違いない。
ただ私の中には、もう一つの支えがあった。心の中にある父に対する暗い感情がここまで私を支えてきたことは、間違いないのだ。




