第7話 義理の姉として
マグナス様との生活に、私は段々と慣れてきていた。
朝この部屋で起きて、仕事をしたりしてからまたこの部屋で寝る。それは最早、私にとって日常といえるだろう。
「あら?」
そんな日常の一日の終わりに、いつもとは違うことがあった。
私の部屋の戸を、誰かが遠慮がちに叩いたのである。
就寝にはまだ早いとはいえ、既に周囲は真っ暗だ。そんな時間に訪ねて来るとは、一体誰だろうか。
「どちら様ですか?」
「ア、アラティア様、すみません。ラナーシャです」
「ラナーシャ? どうぞ入って」
「失礼します」
私が許可を出すと、部屋の中にラナーシャが入ってきた。
彼女は、既に寝間着を身に着けている。それはつまり、この訪問がメイドとしてではなく個人のものであることを表している。
「夜分に申し訳ありません」
「いいえ、それは構わないわ。それよりどうしたの?」
「相談したいことがあって……」
「相談……まあ、私で力になれるならいいけれど」
とりあえず向かい合って座ってから、私は少し考えることになった。
頼られて悪い気はしないが、どうして彼女は私を訪ねてきたのだろうか。相談だったらマグナス様の元に行きそうなものなので、私は少し疑問を覚えていた。
「その、ランパーさんのことなのですけれど」
「ランパー……」
しかしラナーシャが出した名前で理解した。彼女がどうして私を訪ねてきたのかを。
ランパーのことなら、確かに私の方が適切な相談相手だ。マグナス様よりも、確実に彼のことを知っているのだから。
「あの子が何か?」
「その……順を追って説明してもいいですか?」
「ええ、それはもちろん」
「私は同僚として、ランパーさんと接してきました。年が近いからか、彼は私に砕けた態度で接してくれました。そんなランパーさんに、私も親近感を覚えていて……」
ラナーシャの語ることは、マグナス様からも聞いていたことだった。
だが彼女の口から直接聞くと、より鮮明にその想いが伝わってくる。
どうやらランパーは、思っていた以上に好感を抱かれていたようだ。その真っ直ぐさが、ラナーシャの心を開いたといった所だろうか。
「でも最近、ランパーさんの態度が以前までとは変わってしまって……理由はわかっています。お兄様から、私の事情をやんわりと話すと聞いていましたから。だから覚悟はしていたんです。ただ思っていた以上に、ランパーさんの接し方が変わってしまって……」
「なるほど……」
ラナーシャの悲しそうな表情に、私は考えが足りていなかったことを理解した。
基本的に、ランパーは真っ直ぐで真面目な性格をしている。そんな彼のことだ。真面目に対応して、ラナーシャのことを事情があってメイドを演じる令嬢として扱ったのだろう。
もちろん、それは適切な対応ではある。しかし少しだけ、ラナーシャの気持ちを考慮していない対応だ。急激に態度を変えられたら、当然悲しいだろう。
ランパーがそういう対応をすることは、少し考えればわかったことだ。
それを失念していたのは、私の落ち度である。彼が衝撃を受けている時に、私から何か言っておくべきだったのだ。
「ままならないものね……」
「アラティア様?」
「いいえ、なんでもないわ。えっと、少しだけ考えさせてちょうだい?」
「あ、はい」
後悔しても仕方ないため、私はどうするべきかを考えることにした。
解決策は、ない訳ではない。とりあえずランパーと話し合うべきだろうか。
ただ、話すにしても色々と考慮しなければならないことはある。もしかしたらこれは、案外難しい問題なのかもしれない。
「少し聞かせて欲しいのだけれど」
「あ、はい。なんでしょうか?」
「ラナーシャは、ランパーに以前までと同じような態度で接して欲しいのかしら?」
事態を理解した私は、とりあえずラナーシャの気持ちを確認することにした。
彼女が望むことによって、ランパーに対する対応も異なってくる。故にまずは、ラナーシャ自身の気持ちを確かめる必要があるのだ。
「そうですね……できることなら、そうなりたいと思っています。でも私は曲がりなりにも貴族の令嬢になる訳ですから、それが難しいということも理解しています」
「そうね。その辺りについても、難しい問題であると思うわ」
「ただ、今のランパーさんの態度はなんというか……大きな壁があるような気がして。少なくとも、それを取り除きたいと思っているのです」
「壁ね……」
ランパーが彼女に対してどういう態度を取っているのか。それは容易に想像できる。
私は思わず、苦笑いしてしまう。昔から、ランパーはそういう所があった。それはどうやら、まったく変わっていないようだ。
基本的に、祖父であるゲルトさんのような紳士を目指しているランパーだが、彼はまだまだそうなれてはいないらしい。
ランパーは対応の加減を、間違ってしまっている。そういう部分に気が回るようにならなければ、真の紳士とはいえないだろう。
今回は、それを学ぶいい機会なのかもしれない。なんとかランパーにとっても、ラナーシャにとっても、いい結果に落ち着けたいものだ。
「まあ、私の方でそれとなく注意しておくわね」
「申し訳ありません、アラティア様。ご迷惑をおかけします……」
「気にしないで。このくらいのこと、なんてことないことだもの」
ラナーシャの言葉に、私はゆっくりと首を振る。
こうやって彼女が私を頼ってきてくれたのは嬉しかった。ラナーシャの境遇は私と似ている。そんな彼女のことは、できる限り助けてあげたい。
それにそもそも私と彼女の関係は、既に他人ではない。そのことに関しては、ラナーシャにも理解してもらうべきだろう。
「……あなたは私の義妹なのだから、頼ってくれてもいいのよ?」
「義妹?」
「ええ、これでも一応私はマグナス様の妻だから、あなたは私の妹ということになるでしょう?」
「か、考えてみると、そうなるのですね……」
私の見解に、ラナーシャは驚いたような顔をしていた。
やはり彼女は、その関係性について理解していなかったようだ。しかし事実として、私達は義理の姉妹なのである。
「でも私は、存在しない令嬢ですから」
「あら? あなたは私がそんなことを気にすると思っているの?」
「え? あ、いえ、そういう訳ではありません……」
「それならいいじゃない」
「……はい」
私の言葉に、ラナーシャは笑顔を見せてくれた。
こうして私達は、お互いに姉妹として認識することになったのだった。




