第5話 屋敷での騒ぎ
仕事が終わってから、私の屋敷の庭を散歩していた。
天気がいい日には、こうやって外に出ることにしている。軽く運動をした方が、体の調子が良くなるからだ。
この屋敷に来てからはそうではなくなったが、かつてこの習慣は私にとって心を落ち着けるためのものであった。排斥されていた私にとって、気分転換は重要だったのだ。
「まあ、家に籠ってばかりでは駄目だし……あら?」
そこで私は、花に水をやっている一人の女性を見つけた。
その女性のことは、よく知っている。私がこの屋敷に来る前から、信頼している人だ。
「メルテナさん」
「……アラティア様? お仕事はもうお済になられたのですか?」
「ええ、だからこうして散歩しているんです」
「なるほど、日課の散歩という訳ですね」
メルテナさんは、私がカルロム伯爵家にいた時から味方をしてくれていた。
優しい女性であり、私が目標としている女性だ。使用人ではあるが、私にとっては姉のような存在といえるかもしれない。
「メルテナさんは、水やりですか?」
「ええ、そうですよ。この屋敷の庭はご立派ですからね。しっかりと勤めさせていただきます」
「……本当に綺麗な庭ですね。色々な花があって、とても綺麗……」
メルテナさんの言う通り、屋敷の庭は立派だった。様々な花によって、彩られているのだ。
優秀な庭師を雇っているということだろうか。見ていて心が気持ちよくなる庭だ。
「なんでも、この庭は旦那様が手掛けたらしいんですよ」
「旦那様……え? マグナス様が、ですか?」
「ええ、そう聞いています。お花が好きな方なのではありませんか?」
「そ、それは結構意外です……」
メルテナさんから告げられた事実は、私にとって驚くべきものだった。
失礼かもしれないが、凛々しいマグナス様に花を愛でる趣味があったなんて思ってもみなかったことである。驚き過ぎて、動揺を隠すことができない。
同時に私は、彼に親近感を抱いていた。彼は良い趣味をしている。今度、花について色々と聞いてみるのもいいかもしれない。
「ああそうだ。メルテナさん、ラナーシャというメイドを知っていますよね?」
「え? ええ、ラナーシャさんですか? もちろん知っていますよ。同じ屋敷で働くメイドですからね……」
「彼女のことをどう思っているか、聞いてもいいですか?」
「えっと……」
私の質問に対して、メルテナさんはゆっくりと目をそらした。
それは何かしらの言いにくいことがあるということなのだろう。
もしかして、彼女もラナーシャの恐怖に気付いているのだろうか。もしくは彼女の身分を察したということだろうか。
「何か気になることがあるなら、どうか聞かせてください。何か心配があるなら、話してもらいたいです」
「……ラナーシャさんは、特別な方だと思います。何か事情があって、メイドとして過ごしているのではないかと私は思っています。この見解は、ゲルトさんも同じです」
「なるほど……ランパーは?」
「彼は何も知らないと思います」
「そうですか……」
メルテナさんは、やはりある程度の事情は察しているらしい。執事としての経験も深いゲルトさんも同じであるようだ。
そんな二人に、真実を話すべきかどうかは私の一存で決められることではない。これに関しては、マグナス様に聞く必要があるだろう。
しかしそれでも、私に言えることはある。とりあえず今は、それを伝えることにしよう。
「事情はわかりました。とりあえず、その件についてはこちらにお任せてください。ただ彼女は、悪い女性ではありません。その点はご安心ください」
「大丈夫です。それは、わかっています。一緒に仕事をしていればわかることです」
「ああ、そうですよね。メルテナさん達の方が、彼女と接する機会は多いですからね……」
「ええ」
私の言葉に、メルテナさんは笑顔で応えてくれた。
やはり彼女は強く気高い女性である。きっとラナーシャともうまくやってくれるだろう。
心配なのは、ランパーのことだ。事情をまったく把握していない彼が、ラナーシャとの間で何かしらの問題を起こす可能性はないとは言い切れない。
それとなく注意しておいた方がいいだろうか。メルテナさんとの会話によって、私は色々とやるべきことがあることを悟ったのだった。
◇◇◇
「君が連れてきた使用人達にも、申し訳ないことをしてしまったな……」
「いいえ、それは仕方ないことだわ。やはりそういった家の事情というものは人に話しにくいでしょうし……」
メルテナさんと話した私は、それからすぐにマグナス様の元に行った。
彼は快く私を受け入れて、話を聞いてくれた。そして、使用人達に事情を話すことを了承してくれたのである。
「ラナーシャのことは、こちらで雇っている使用人達はある程度の事情は知っている。まあ、ドルピード伯爵家では、公然の秘密だったからな」
「まあ、大方の事情は察っするわよね……」
「ただ、こちらではそうではない。故に違和感だけが残ってしまう。配慮が足りていなかったな。彼らがここで働く以上、ある程度の事情は開示するべきだろう」
マグナス様は、少し考えるような仕草を見せる。三人にどう説明するのかを、考えているのだろう。
それに関しては、難しい問題だ。ラナーシャの事情は色々と複雑である訳だし、ある程度隠して話すべきだろうか。
「……何か騒がしいな?」
「……確かに何か聞こえるような?」
そこで私達は、屋敷が騒がしいということに気付いた。
私とマグナス様は、顔を見合わせる。先程まで話していたことが話していたことだったので、嫌な予感がしてしまったのだ。
とりあえず私達は立ち上がり、部屋から出る。そしてそのまま、騒ぎが聞こえてくる方へと向かっていく。
「これは……」
「あら……」
騒ぎの場所まで辿り着いた私達は、再び顔を見合わせることになった。
それは目の前で起こっている光景が、予想していたものかどうかよくわからなかったからだ。
そこにいるのは、ラナーシャとランパーである。困惑するランパーの前で、ラナーシャが頭を下げているというのが現状だ。
「申し訳ありませんでした」
「ああ、いや、その別に気にするなって……」
周囲の使用人達も、何が起こっているかわからないらしく困惑している。どうやら事情を知るためには、当人達から話を聞くしかないだろう。
「ええっと……ランパー、何があったのかしら?」
「アラティア様……」
「ラナーシャ、とりあえず落ち着くのだ。この場で何があったのか、我々に説明してくれ」
「あ、マグナス様……」
私達がそれぞれ声をかけると、二人は驚いたような反応をした。
どうやらお互いに夢中で、周りのことが見えていなかったらしい。二人は周囲に集まった人達を見ながら、少し恥ずかしそうにしている。
「その……ラナーシャが、こけそうになっていたから支えたんです。そしたら、ラナーシャがこけそうになった時より大きな声を出して……」
「助けていただいたのにそんなことをしてしまって申し訳ないと私が謝っていたんです」
「でもまあ、急に男に抱きかかえられたらびっくりするだろうし、仕方ないって俺は思っているんです。だから、謝らなくてもいいって思ったんですけど……」
二人は、とても端的に事情を説明してくれた。
つまりラナーシャが大声を出したことによって人が集まり、その騒ぎを私達が聞きつけたといったということなのだろう。
とりあえず二人は険悪な雰囲気にはなっていない。そのことには安心できる。
ただ、ラナーシャのことは気になった。彼女が叫び声をあげたのは、きっと恐怖のせいだ。
ランパーは自分で言ったような理由から気にしていないだろうが、彼女の方はどうだろうか。何か遺恨が残るようなことになっていないといいのだが。




