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一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。  作者: 木山楽斗


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第4話 結婚への疑問

 マグナス様は、ドルピード伯爵家から幾分かの領地を分け与えてもらうことになっている。その領地の管理が、彼の今の仕事だ。

 そんな彼を支えることが、妻である私の仕事ということになる。当然、それはきっちりこなすつもりだ。例え一年で離婚するにしても、その気持ちは変わらない。


「伯爵家を継ぐのは兄上だ。それは生まれた時から決まっていたことではある。しかし、我々には事情があったのだ。ラナーシャの存在だ」

「なるほど、お二人はラナーシャを守る必要があったと?」

「ああ、故に我々は他の家の兄弟よりも固い絆で結ばれていた。共通の敵が、できたという訳だな……」

「敵ですか……」


 マグナス様は、私に兄との関係を教えてくれた。

 なんでも彼がこの屋敷で暮らすようになったのは、その兄の考えであるそうだ。


「どのような説得をしたのかはわからないが、俺はラナーシャとともにこの屋敷で住まうことを許された。それは全て、ラナーシャを守るためなのだろう」

「彼女を奥様から切り離したかったということですよね?」

「ああ、そういうことになる。それに今はマシになっているが、以前までのラナーシャは俺と兄上以外とはほとんど話せないくらい人に怯えていた。だから俺と一緒に安全な場所に避難させられたという訳だ」


 マグナス様は、最早隠すつもりもないのか私に色々なことを教えてくれた。

 部外者である私に、そこまで話してもいいのだろうか。いや、ラナーシャの待遇という最も深い部分を知られたため、他の情報は些細なことということなのかもしれないが。


「しかしそれなら、どうして私と結婚を?」

「……そこは俺にもわからない部分なのだ。父上と母上は、俺とあなたの婚約にひどくこだわっていた。カルロム伯爵家との結びつきが欲しかった、ということだろうか?」

「そんなに恋い焦がれられる程、立派な伯爵家ではないのですけどね……」


 私の言葉に、マグナス様は考えるような仕草を見せる。今回の結婚について、色々と考えているのだろう。


「ドルピード伯爵家にとって、何かしらの利益があると見たのだろうか?」

「でも選ばれたの私ですからね。婿入りすれば伯爵家の次の当主になれる妹の方と結婚する方が良かったのではありませんか?」

「ふむ、その辺りに何か取り決めがあったのだろうか」


 カルロム伯爵家には、私の父と継母の間にできた娘がいる。私にとっては妹にあたるその子の旦那となる人物が、伯爵家を継ぐ予定なのだ。

 マグナス様なら、その相手として相応しい身分である。どちらの家にとっても、そちらの方が利益が得られたのではないだろうか。


「いや結局の所、そんなことを考えても仕方はないか。我々は我々の生活を送ればいいだけだ。少なくとも今の所は平穏な生活を送れている。それなら悩む必要もなかろう」

「まあ、そうですよね……」

「……ここでの生活は、君にとっても平穏であるのだろうか。俺としては、それが気になっている。こちらは色々と無茶なことを言っているからな」

「ええ、この屋敷は居心地がいいと思っていますよ」


 マグナス様の質問に、私は笑顔で応える。

 こちらの屋敷での暮らしは、少なくともカルロム伯爵家での生活よりも充実している。不当な扱いもされないし、居心地もすごくいい。


 その生活が一年間で終わるというのは、今となっては少し残念なような気もしてきた。とはいえ、別にここに留まる理由があるという訳でもない。

 お父様やお母様が何を考えているかはわからないし、やはりここはマグナス様の提案に乗った方がきっといいのだろう。


「そういえば、君が連れてきた使用人三人……ゲルト、メルテナ、ランパーだったか? あの三名は、よく働いてくれているようだ」

「ああ、そうですか」


 結婚の謎からマグナス様は大きく話を変えてきた。しかしそれも、私がそれなりに気になっていたことである。


「彼らは君にとって、信頼できる人達なのか?」

「ええ、彼らはカルロム伯爵家において私の味方だった人達なんです。私のこともよく知っていますし、こちらに連れて来させてもらいました」

「なるほど、それは結構」


 私の言葉に、マグナス様はゆっくりと頷いた。

 ただ私は、その態度が少し気になった。なんというか、少し歯切れが悪いのだ。


「……何か懸念点でもあるのですか?」

「ああいや、少し気になったのだ。特にランパーという執事に関して」

「ランパーですか? 彼が何か?」

「いや……」


 私の質問に対して、マグナス様は目をそらした。

 ランパーというのは、若い執事である。真面目でよく働き、私をずっと支えてくれた人なのだが、彼が何かしたのだろうか。

 だが彼はさっき、よく働いていると言った。それなら仕事関係の疑念ではないのだろうか。


「彼のプライベートに関しては、それ程知っている訳ではありませんよ。ああ、既にご存知でしょうが、彼はゲルトさんと孫と祖父の関係にありますが、それが何か?」

「いいえ、その部分は気になっていません。気になっているのは、あなたと彼の関係だ」

「私と彼?」

「非常に言いづらいことではあるが、俺は君と彼に対して、君が以前俺とラナーシャに抱いていた疑念と同じようなものを抱いている。そこの所を正直に聞かせてもらいたい」

「え?」


 マグナス様の質問は、私にとってとても意外なものだった。

 しかし考えてみれば、それは当然の疑問かもしれない。私だって同じことを思った訳だし、彼が逆にそう思ってもおかしくはない。


「ご安心を。彼とはそういう関係ではありませんよ」

「それは本当に?」

「ええ、本当です。嘘なんてつきませんよ。といっても何か証拠が出せる訳ではありませんが……」

「ああ、いや別に君の言葉を疑っているという訳ではないとも」


 質問に答えてから、私は少し自分の語気が荒くなっていることに気付いた。

 疑われてみてわかったが、これは結構不快なものだ。そう考えると、益々自分の行動が情けなくなってくる。私は彼に対して、なんて仕打ちをしてしまったのだろうか。

 今の対応も含めて、私は急に恥ずかしくなってきた。私はもう少し、お淑やかになるべきなのかもしれない。


「疑ってしまって、申し訳なかったな」

「ああいえ、別に構いません」

「……ああ、もちろん俺は君が誰とどうなろうと構わないと思っている。その点に関しては、君と同じだ。その意思を尊重しよう」

「そうですか……」


 少し落ち込んでいた私は、マグナス様の言葉に生返事を返していた。

 しかしよく考えてみれば、彼もすごいことを言っている。浮気してもいいなんて夫が言ってくるなんて、とんでもないことだろう。

 だが、それが私達の関係性だ。そこはお互いに納得しているのだから、気にするべき点ではない。


 ただ、考えれば考える程少し変な気持ちになってきた。

 やはり仮に一年後に終わるとしても、浮気は良くないのではないだろうか。そんな風に考えてしまう。


「……あれ? そういえば、マグナス様はご自分のことを俺と言っていたでしょうか?」

「む……?」

「確か以前は、私と仰っていたような気がするのですけれど……」


 そこで私は、とあることに気付きそれを指摘した。

 マグナス様の一人称が、変わっているのだ。今まで気付いていなかったが、それは結構大きな変化であるような気がする。


「何か心境の変化でもあったのですか?」

「……そうなのかもしれないな」

「曖昧ですね?」

「いや、自分でも気付いていなかったのだ。言われてみれば、俺は少し素が出ているらしい」

「素ですか?」


 マグナス様は、驚いたような顔をしていた。

 どうやら、意識して一人称を変えた訳ではないらしい。そちらの方が素ということは、私に少し気を許してくれたということなのだろうか。


「君に対して、気安く接してしまっているか……」

「ああ、いえ、それは構いませんよ。別に悪いことではないでしょう?」

「なるほど、それならこのままでいいだろうか」

「ええ、いいですとも」


 別にマグナス様の一人称に不満はない。一年の期限付きではあるが、私達は夫婦だ。気安く接する方が、むしろそれらしいとさえいえるだろう。


「それなら、君も態度を改めてくれないか?」

「私、ですか?」

「ああ、君もそれが素という訳ではないのだろう。別に俺に遠慮する必要はない。そうだな……ラナーシャに接するように、接してくれないだろうか?」

「えっと……」


 マグナス様の提案に、私は言葉を詰まらせることになった。

 色々と聞いてから、私はラナーシャに砕けた態度で接している。ただそれは、彼女に親近感を抱いていて、年下でもあるからだ。


 その態度をマグナス様に向けるというのは難しい。ただきっと彼はそういうことが言いたい訳ではないのだろう。

 それを理解して、私はなんとか心を決める。


「それじゃあ、遠慮なくこんな感じでいいのかしら?」

「ああ、それでいい。我々は対等なのだからな」

「対等……ふふ、それは良い言葉ね」


 私とマグナス様は、そんなことを言いながら笑い合った。

 なんというか、彼とかなり打ち解けられたような気がする。それはきっと、いいことなのだろう。

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