第3話 妾の子
「母は迷った結果、私を産んだそうです。それは私という命を奪いたくないという願いからでした。しかし私の存在は、マグナス様達のお母様……本妻の怒りを買ったのです。私の母は、義母にひどく痛めつけられたそうです。肉体的にも精神的にも……」
「……ドルピード伯爵は、何も?」
「父は母を愛していた訳ではありません。ただ自分の欲望を満たしただけです。結局心労が祟って、母は亡くなりました。その後、義母の暴虐の対象は私になったのです。父は私にも興味はありませんでした……だから、私は」
「あっ……」
ラナーシャは、自分の服をはだけさせて肌を晒した。
そこには、おぞましい痕の数々が記されている。彼女の怯えの理由を、私は改めて理解することになった。
「私を助けてくれたのは、マグナス様ともう一人の兄であるハワード様です。ある時、私に何が行われているかを理解した二人は、私を庇ってくれたのです」
「……ラナーシャの存在は、私も兄上も知っていた。他ならぬ父と母から聞かされたいからだ。そして母は、我々に対して都合が良いように吹き込んでいた。それを疑問に思うようになったのは、恥ずべきことだが十二を過ぎた頃だった」
「お二人の助けで、私の生活は少しよくなりました。ただ根本的な問題は解決していませんでしたから、義母はずっと私を虐げてきたのです。ドルピード伯爵家の一員としても、私は認められていません。使用人として扱われているのです」
二人の説明によって、ラナーシャに関する謎の数々は解決した。
どうやら私の予想は、ほとんど外れていたようだ。
特に、マグナス様に関する認識は大きく外れていたといえるだろう。思えば彼には色々なことを言ってしまったものである。
「マグナス様、申し訳ありませんでした。あなたのことを色々と言ってしまって……」
「気にする必要はない。ラナーシャのことを思って取った行動であることは、あなたの今までの全ての言動で理解することができた」
「ラナーシャもごめんなさい。あなたには、色々と嫌なことを言わせてしまったわね……」
「い、いえ、お気になさらないでください」
とりあえず私は、二人に謝っておいた。
早とちりして、余計なことをしてしまった。私の行動は、藪蛇でしかなかったといえるだろう。
「しかしながら、よくラナーシャのことに気付いたな……」
「え? ああ、まあ、彼女の態度が少々気になりまして……」
マグナス様の質問に、私は少し言葉を詰まらせながら答える。
ラナーシャの事情がどうしてわかったのか。その理由は、少々複雑である。
それをあまり人に話したくはない。といっても、既に私は二人の事情に首を突っ込んでいるので、話す方がフェアであるとも思うが。
「そ、そんなにわかりやすかったでしょうか?」
「いいえ、そういう訳ではないわ。自分で言うのもなんだけど、私は人の変化には敏感なのよ」
「そうなのですか?」
「ええ、色々と事情があってね……」
ラナーシャにも聞かれて、私は自らの事情を話さざるを得ない状況であることを理解した。
お互いに深入りせずに良き隣人でいるべきだと思っていたが、先にそれを破ったのは私だ。その責任を取って、これから生活をともにすることになる二人の疑問を取り除くとしよう。
「私の実の母が既に亡くなっていることをご存知ですか?」
「ええ、それは把握しています」
「母は、父からひどい扱いを受けていました。私の前では気丈に振る舞っていましたが、幼いながらも私にはわかりました。そんな母と接する内に、理解できるようになったのです。人の機微というかなんというか、そういうものを……」
「なるほど……」
マグナス様もラナーシャも、私の話を聞いて暗い顔をしていた。
明るい話ではないので、それは当然のことだろう。特に二人にとっては、重なる部分があるためより苦しいかもしれない。
「……アラティア様は、大丈夫なのですか?」
「え? ああ……」
そこでラナーシャは、私に遠慮がちに問いかけてきた。
どうやら彼女は心配してくれているようだ。私が父や後妻や妹から、不当な扱いを受けていないかどうかを。
わかっていたことだが、彼女の心根が優しいということが改めて理解できた。そんな彼女は、きっと私の答えに傷ついてしまうだろう。だがそれでも、嘘をつくつもりはない。
「今の家族との関係は、正直に言ってしまうと悪いわね。でも私は、肉体的な暴力などは受けていないわ。腫れ物扱いとでもいうのかしらね。いないものみたいに扱われているわ」
「そんな……」
「……」
私の説明で、ラナーシャは悲しそうな顔をしていた。わかっていたことではあるが、その表情には心が痛くなってくる。
一方で、マグナス様はその表情を強張らせていた。こちらはどちらかというと、私の扱いに怒りを覚えているということだろうか。
「どこの者達も変わらないものか……」
「ええ、そういうものみたいですね……」
マグナス様の言葉に、私は同調する。
前妻の子と妾の子という違いはあるが、私もラナーシャも家族から迫害されている存在だ。そんな居場所のない私達は、一体どこに行けばいいのだろうか。
◇◇◇
マグナス様とラナーシャの事情を理解したことによって、私は安心して生活を送ることができるようになった。
母のような人を放っておくことはできない。そんな気持ちで行動して、二人に余計なことを話させてしまったのは申し訳ないと思っている。
ただ結局の所、あのまま色々と抱えたままではお互いに暮らしにくかったのではないかとも思ってしまう。故に、私の行動が正しかったどうかは微妙な所かもしれない。
「まあ、お互いに腹を割って話せて、相互理解が深まったことは良いことともいえるのだけれど……」
部屋の中で伸びをしながら、私はゆっくりと起き上がる。
マグナス様との結婚生活は、一年で終わる。故に仲を深める必要なんてない。
そう思っていたが、改めて考えてみると一年は中々に長い期間である。その期間を一緒に生活するなら、何かを隠しておくなんて無理な話なのかもしれない。
「ただ、何れ終わる関係性の相手に打ち明けるには少々重たい問題ではあったのよね、お互いに……」
窓を開けると、外からいい風が吹き込んできた。
春の陽気が感じられる。こんな天気がいい日には、外で日向ぼっこでもしたくなってくる。
私はまだ幼かった頃、母とそうしていたことを思い出していた。その時の母は、本当に楽しそうに心から笑っていたような気がする。
「それに向こうも私も、全てをさらけ出したという訳ではないかもしれないし……」
実の所、私はまだ二人に隠し事をしている。
それに関しては確証があることではないし、無闇やたらに話すと誤解を招くことであるため、話さないことにしたのだ。
「真実は闇の中……いいえ、今の所真実は病死である訳だけど」
私の母は、既に亡くなっている。心労が祟って、病死してしまったのだ。
しかし私は、それに対して疑念を抱いている。母は本当に、病死だったのだろうか。
あの頃の私は、お医者様の話を信じて疑わなかった。しかしながら、あのお医者様は父の手がかかった者だ。もしかしたら死因を偽装しているかもしれない。
「これは何の根拠もない推測でしかない。でも、父ならやりかねないと思ってしまう」
父は残酷な人物である。彼は命を奪うことも厭わない人だ。その地位を守るために、手を汚していることを私は知っている。
その毒牙に母がかかったとしてもおかしくはない。彼は母が生きている時から、今の後妻と関係を持っていた。彼女と結ばれるために母を、そう考えてしまうのだ。
「仮にそうだとしても、その真実を解き明かす方法が今掴むのはきっととても難しい……」
結局曖昧なことである訳だし、これを二人に話す必要はないだろう。これに関しては、私の胸に秘めておくべきことだ。




