第2話 浮気の疑い
夕食と入浴を終えてから、私は自室に戻って来ていた。
ベッドの上で考えるのは、マグナス様とラナーシャのことだ。あれから二人のことを観察して、色々と理解したことがある。
「特別親しい、と思ってしまうわね。少なくとも、他の使用人とは違う……」
よく観察してみると、マグナス様のラナーシャへの対応は他の使用人とは異なっていた。
なんとなく彼女のことを優遇している気がする。隠そうとはしているのかもしれないが、その態度から私は差を感じてしまった。
「男がメイドを優遇する理由なんて一つよね……考えてみれば、彼女は使用人の中でも特に若いし」
マグナス様は、恐らくラナーシャと特別な感情を抱いているのだろう。それが片思いであるか、はたまた既に関係ができているのかはわからないが。
ただそれ自体は、特に問題がある訳でもない。私達は一年で離婚する契約結婚だ。彼が誰かと関係を持っていても、私としては構わない。もちろん、多少の軽蔑はあるが。
しかしながら、ラナーシャの怯えが気になる。
彼女は、マグナス様の名前を出した時に大きく反応した。それは、ラナーシャが彼に恐怖を感じているということなのではないだろうか。
「清い関係なら……いや、元々清い関係ではないけれど……」
基本的に私は、マグナス様に深入りする気はない。一年で離婚する相手とは、良き隣人でありたいからだ。
だが、もしも彼がラナーシャに対してひどいことをしているなら、黙ってみているつもりなんてない。それは私の矜持に反することだ。
「なんてかっこつけていても仕方ないか。まあ、私にどこまできるかはわからないけれど……」
とにかく私は、マグナス様に話を聞いてみることにした。
私が考えていることが、勘違いであったならそれはそれでいい。
例え二人が親しい関係であっても、良き隣人として過ごせると思っている。というかその場合は、隠される方が気分が悪い。
もしも私の考えが正しかったなら、何がなんでもラナーシャを助けたいと思っている。
権力なんてものはそれ程持っている訳ではないが、頼れる伝手がない訳でもない。色々と捨てることになるかもしれないが、まあその時はその時だ。
「来て早々に契約結婚を持ちかけられて、今度はこんなことになるなんて、私もついていないのかしらね……ふふっ」
私は、少し自嘲気味に笑ってしまった。
どうやら私の人生に平穏というものは、中々訪れてくれないらしい。
そんなことを思いながら、私は自室を出るのだった。
◇◇◇
「こんな夜分に申し訳ありません」
「いや、それは別に構わない。しかし、話とは一体なんだ?」
訪ねてきた私を、マグナス様は快く迎えてくれた。
しかし部屋に入ってからすぐに、私は違和感を覚えていた。先程からずっと、人の気配を感じるのだ。
それがラナーシャであるかどうかは、定かではない。しかし例え誰が部屋にいたとしても、私のやるべきことが変わる訳ではないので、特に気にする必要はないだろう。
「単刀直入にお伺いします。あなたとメイドのラナーシャは、どういう関係なのですか?」
「何?」
「あなたの態度の節々からは、彼女に対する特別な感情を読み取ることができます。しかし一方で、彼女はいつも何かに怯えている。それが気になって、私はあなたを訪ねてきたのです」
前置きは無駄だと思ったので、私は今まで自分が考えていたことを素直に口に出した。
マグナス様は、明らかに動揺している。目が泳いでいるし、やはり彼とラナーシャの間には何かしら特別な事情があるようだ。
「彼女と浮気しているというなら、別に構いません。私とあなたは一年で離婚する契約結婚を結んでいますからね。ただ私が気になっているのは、あなたがラナーシャに暴力を振るっているのではないかという点です」
「……なんだと?」
「彼女の態度の中に恐怖があるのは、手を出されると怯えているからなのではありませんか? その原因があなたにあるというなら、私はあなたを敵とみなすことになる」
「……」
マグナス様は、明らかに揺れていた。
ただ、その感情の揺らぎが何を意味するかはわからない。
正直な所、前半はともかく後半は否定して欲しい所だ。紳士的だと思っていた彼に、そんな一面があるとは思いたくない。
「……違います!」
「なっ……!」
「おや……」
私がそんなことを考えていると、カーテンの中からメイド服を着た女性が現れた。
その女性は、紛れもなくラナーシャである。やはり彼女は、こんな夜中にマグナス様の元を訪ねてきていたようだ。ベランダに隠れるようなやましいことのために。
「アラティア様は勘違いされています。私は、マグナス様に暴力など振るわれておりません」
「なるほど、それなら良かった」
「それに、私とマグナス様はアラティア様が想像しているような関係でもありません。全て、アラティア様の勘違いなのです」
「あら……」
ラナーシャは、私に対して必死に訴えかけてきた。その形相から、それが嘘ではないことは伝わってくる。
しかしながら、浮気でないならこの状況はどういうことなのだろうか。この逢瀬としか思えない夜中の訪問の意味がわからない。
「ラナーシャ、それならこの状況は一体どういうことかしら? 使用人として呼ばれたあなたが、私がやって来たことでベランダに隠れた。その理由は?」
「私とマグナス様の関係を悟られないためです」
「肉体関係ではないの?」
「ええ、私とマグナス様は兄妹なのです」
ラナーシャは堂々と私に宣言してきた。
二人が兄妹、その言葉に固まってしまう。もしかしたら二人の関係性は、私が思っていたのとは違う方向で厄介なものなのかもしれない。
「……マグナス様、今ラナーシャはあなたと自分が兄妹であると言いました。それは間違いありませんか?」
「……ああ、間違いない」
ラナーシャの宣言を聞いた私は、すぐにマグナス様に確認した。
彼は、それに対して力強く頷いている。二人が兄妹であるというのは、間違いなさそうだ。
「私の記憶が確かなら、ドルピード伯爵家には女子はいなかったはずです。いいえ、仮に女子がいたとしても、身分を隠してメイドとしての仕事に従事する意味がわかりませんが……」
「それは私が、存在してはならない娘だからです。私の母親は、ドルピード伯爵家に仕えているメイドでした。父……つまりドルピード伯爵は、その母を襲ったのです」
「……」
「その結果生まれたのが私です。端的に言ってしまえば、私は妾の子なのです」
ラナーシャの事情については、二人が兄妹であるということから既になんとなく察することができていた。
しかしそれでも本人の沈痛な面持ちから実際に聞きされると、心に来る。だがそれでも私が動揺する訳にはいかない。もっと動揺しているであろうラナーシャのためにも。




