第16話 幸せな未来
私とマグナスは、再びラグナメルの町まで来ていた。
今回ここに来たのは、とある結末を見るためだ。この町で起こっていることの主導者として、私達はそれを見届けなければならないのだ。
「……まずは、お二人にお礼を言わなければなりませんね」
「礼はいらんさ。あなたには、色々と協力してもらったからな。それに元々、こんなものを放っておく気はなかった」
「ふふ、やはりお二人は正義感が強い方々だったんですね?」
私達の前で、闇市の薬屋の女店主は笑みを浮かべていた。
闇市の摘発、それは彼女から透明な毒に関する情報を教えてもらうかわりに提示された条件である。
「しかし最初に提案された時は驚いたものだ。まさか、あなたからそんなことを言われるとは思っていなかったからな……」
「まあ、私も参加者でしたからね。でも、私は嫌になったんです。この闇市は、あまりにも人間のおぞましい部分が現れていますから」
女店主は、周囲を見渡しながらそんなことを呟いた。
確かに、ここで販売されているものの数々は目をそらしたくなるようなものばかりだ。先代から店を受け継いだらしい彼女は、その異様さに耐えらなかったのだろう。
「そうだ。言われていた通り、透明な毒は始末しておいた。もっとも、まだどこかにあれを持っている者はいるのかもしれないが……」
「ええ、それを全て抹消するのは、恐らく難しいことでしょうね……ただ、私の方で透明な毒を検知する方法を開発しました。その存在を公表すれば、毒を使った犯罪も抑止できるでしょう」
「その毒の被害者の娘として、お礼を言っておくわ。ありがとう」
透明な毒は、今まで様々な人の人生を狂わせてきたものだ。その被害は、できればこれ以上起きて欲しくない。
故に女店主の言葉は、とても嬉しかった。私やラナーシャのようにあの毒に苦しむ人が、もう二度と出なければいいのだが。
「さて、私も行かなければなりません。今までの罪を償うために……」
「情状酌量の余地はあるだろう」
「そうですね。でも、今まで色々な薬を販売してきましたから……それによって、何が起こるかなんて、大体予想がつくのに」
「それでもあなたは立派だったと思いますよ」
「……ありがとうございます。二人とも、どうかお元気で」
女店主はそう言って行ってしまった。
きっと彼女にも、色々と事情があったのだろう。それはよくわかった。
ただ、それらを乗り越えて立ち直って欲しい。そして今度は、その力で多くの人達を助けて欲しい。私は、そんなことを思うのだった。
◇◇◇
父が亡くなり、妹が実子ではないことが判明したことによってカルロム伯爵家は私の夫が継ぐことが決まった。
それは、当然の成り行きではある。しかしながら一つ問題があった。それは私とマグナスとの間にある契約である。
それについて、私は確かめなければならなかった。それはある種のけじめでもある。
「その話か……」
「ええ、あなたがどう思っているのかを聞きたいの……」
私の問いかけに、マグナスはゆっくりとため息をついた。
それは何かを言うために、決意を固めているように見える。
故に私は、彼の言葉を待った。きっと彼は、私が望んでいる言葉を返してくれるだろう。
「……アラティア、こんなことを言うのは勝手かもしれないが、俺は君と離婚したくないと思っている。できることなら、君とこのまま夫婦でいたい」
「それは、どうして?」
「それは俺が、君のことを愛しているからだ。俺は君を手放したくない。今度は本当に、俺の妻になってくれ」
「ええ、もちろん……私は、あなたの妻になりたいと思っているわ」
マグナスの言葉に、私は彼の胸に飛び込んでいた。そんな私を、彼はしっかりと受け止めてくれる。
本当はずっと以前から、そうしたいと思っていた。もしかしたら、彼もそうかもしれない。
私達は、お互いの想いを打ち明けようとしなかった。それは怖かったからだ。その想いを打ち明けて、関係が壊れることが。
だけど、そんなはずはないことなんて、とっくにわかっていた。
私も彼も、想いは同じであることはわかっていたはずだ。
しかしそれでも、踏み込めなかった。それは、私達が弱かったからなのだろう。
「随分と待たせてしまったな……」
「それはお互い様よ」
「そうか……だが、君から言わせてしまった」
「そんなの気にしないで。ただ私の方が事実を確認する必要があったというだけだから。それに、好きだと言ってくれたのはマグナスの方じゃない」
「それは……」
「ああ、言ってなかったわね。私も、あなたのことが好きよ?」
どちらが言い出したとか、そんなことはそれ程重要なことではない。
今重要なのは、私達が本当の夫婦になったということだ。それ以外のことなんて、些細なことでしかないのである。
「マグナス、これから改めてよろしく、ね?」
「……ああ、必ず君を幸せにすると約束しよう」
「ありがとう。あなたなら、絶対にその約束を果たしてくれると信じているわ」
私とマグナスは、ゆっくりと口づけを交わした。
こうして私達は、真の夫婦としてこれからの未来を歩んでいくことになったのだった。
◇◇◇
気が付くと、マグナスと結婚してから三年の月日が経っていた。
最初に一年後に離婚すると言われたが、未だその気配はない。恐らく、その機会はもう一生訪れないだろう。私とマグナスは、仲が良い夫婦である。離婚なんてあり得ない。
「まあそれは、少々自信過剰といえるかもしれないけれど……」
「む? どうかしたのか?」
「ああいいえ、なんでもないわ」
私とマグナスは、とある教会を訪れていた。ここには、私達がよく知る人達がいるのだ。
その二人は今、腕の中にある小さな命に夢中だ。そんな二人に、私はそっと声をかける。
「イレーヌ、それにミレイナ、二人にその子を紹介できて嬉しいわ」
「お姉様……ええ、私もとても嬉しく思っています」
「私もです。まあ、私はイレーヌのついでなのでしょうけれど」
「そんなことないわ。あなただって、私の大切な友人だもの」
教会にいるのは、私の妹のイレーヌと例の薬屋の店主ミレイナだ。
色々と事情を考慮されて、ミレイナは執行猶予の身になった。そんな彼女は縁あって、こちらの教会に身を寄せたのだ。
「いやはや、数年の間にここも賑やかになりましたよ」
「神父、色々とありがとうございます。彼女達のことを取り計らってくれて……」
「いえいえ、教会はそういう場所ですからね。それにハワード様にもあなた方にもお世話になっています。その恩を返すのは当然のこと……」
二人はこの教会にて、シスターとして活動している。真面目で勤勉だと、評判であるそうだ。
この二人がここに落ち着いてくれて、本当に良かったと思っている。色々とあったが、ここはいい着地点だったといえるだろう。
「それにしても、本当に可愛いですね。マルティアちゃんは……」
「ええ、私達に抱っこされても、ちっとも泣かないんですね? アラティア様とマグナス様、どちらに似たのでしょうか?」
「人懐っこい所は、間違いなくアラティアに似だ」
「そ、そうなのかしら?」
私達の娘マルティアは、イレーヌの腕の中で笑顔を浮かべている。
彼女は、本当に誰に抱かれてもそんな感じだ。ただその人懐っこさが私由来というのは、本当なのだろうか。私はそんなに、人懐っこい訳ではないと思うのだが。
「この子は将来、どんな子になるのでしょうね……」
「ふふ、それは私達にとって一番の楽しみよ」
「ああ、この子の未来は俺達の希望だ」
彼女は、幸せの象徴のような存在だ。その笑顔を失わせてはならない。その笑顔を守ることこそが、私達の使命なのだ。
そこで私は、マグナスと顔を見合わせた。彼も同じ気持ちであるだろう。
私はこれからも彼とともに歩んでいく。この小さな命を二人で守っていくのだ。その先に待っているのは、きっと幸せな未来であるだろう。
END




