第14話 誇り高く
カルロム伯爵の死は、予想していた通り病死ということになった。
義母は納得していなかったが、彼女の秘密をイレーヌが告発したことによって、彼女は窮地に立たされてそれ所ではなくなった。結果的に、義母イピリナは伯爵家を去ったのである。
イレーヌは母親とともにいかず、とある神父の元へと向かった。そんな彼女と別れてから私が向かったのは、ドルピード伯爵家の屋敷である。
客室に通された私は、目の前で複雑な顔をしている夫と義理の兄を見ながら考える。今の二人に、なんと伝えればいいのだろうかと。
「……とにかく、そちらの問題が片付いたなら良かった」
「ああ、ええ、そうね。お陰様で、なんとか解決することができたわ」
そんなことを考えている内に、マグナスの方から私に言葉をかけてきた。
色々とあったが、私の方は概ね全ての因縁を解決することができたといえるだろう。それはもちろん、嬉しいことではある。
ただ、このドルピード伯爵家に渦巻く問題が解決していないという事実に、私は素直に喜ぶことができなかった。本当の意味で安心できるのは、こちらが片付いてからということになるだろう。
「えっと、お二人の方は中々に難航しているようですね?」
「ああ、こちらについては少々厄介なことになっている。母上は毒のことなど知らぬ存ぜぬの一点張りだ」
「本人の自白はない以上、透明な毒などという存在を解き明かすことは難しい。故に今、我々は手をこまねいているのが現状だ」
私のお父様とは違い、ドルピード伯爵夫人は息子を手にかけるようなことはしようとしなかったらしい。
彼女のその苛烈な嗜虐的欲求は、あくまでもラナーシャやその母に向けられているものであるそうだ。目の前にいる実の息子二人には、母親としての愛情を持っているらしい。
その二面性も、彼女の恐ろしい部分ではある。
「本人が罪を認めない以上、証拠を示すしかない。しかしながら知っての通り、透明な毒は検出されない毒だ。故に、証拠を示すことはできない」
「俺とマグナスが追及して落ちない母上を、他の者が落とせるとも思えない。故に我々は、次なる手を考えているという訳だ」
「なるほど、そうですね……」
二人はきっと、それなりに強く追及したのだろう。それでも落ちなかった夫人は、相当に手強い相手であるらしい。
そんな彼女を追い詰める方法、それを私はすぐに思いついた。効果があるかどうかはわからないが、とりあえずやってみてもいいだろう。
「お二人とも、私に一つ提案があります。これは、お二人にとって非常に辛い作戦のような気がしますが……」
「いや、それは構わない。母上がその罪を認めるなら苦労など些細なことだ。兄上も、そうだろう?」
「もちろんだとも。アラティア嬢、あなたは一体何を考えているのだ?」
「方法はとても簡単です。お二人はこの屋敷で暮らしてください。して欲しいことは二点です。食べ物に気を付けることと夫人に気を付けさせること。それだけです」
「それは?」
「なんとも……」
私の言葉に、二人は顔を見合わせた。
しかしきっと、これで夫人を追い詰めることはできるはずだ。私が思っている通りなら。
◇◇◇
「そんな方法で、本当に上手くいくんですか?」
いつもの屋敷に戻った私は、事情を色々と知ったランパーからそのような言葉をかけられた。
隣にいるラナーシャも、不安そうな顔をしている。やはり私の作戦は、他の人からみると違和感があるのだろうか。
「上手くいくと、私は思っているわ。少なくとも私には耐えられないもの」
「そういうものなんですか?」
「ええ、カルロム伯爵家に戻ってから、私はずっと冷や冷やしていたもの。透明な毒という存在を知って、相手が殺意を持っているかもしれないと思っていると、ずっと気を張っておかなければならないの」
お父様と対峙する前から、私は実家でかなり注意を払うことになった。
例えば自分が触ったものに毒がついていて、それが口に触れてしまったら。そんな考えがずっと頭の隅にあって、かなり気を張っていたのだ。
それが長い間続いたらどうなるか、それは想像もしたくないことである。
「私が来たという事実もあるし、夫人はまずマグナスが透明な毒を持ち帰っているかもしれないという疑念にかられると思うわ。それから恐らく、毒が仕込まれているかもしれないという疑念にかられるでしょう。その疑念がずっと続いていくというのは、夫人にとってもきついはず……」
「でもそれは、マグナス様やハワード様も変わらないんじゃないですか? お二人だって、条件は同じだ」
「ええ、だからこれは我慢勝負になるわね。二人なら大丈夫だとは思っているのだけれど、実際の所これは難しい問題ね」
マグナスとハワード様が、先に折れてしまうという可能性もある。
ただ二人は、お互いに事情を知っているという強みもある。故にどちらかというと、こちらに勝機があるのではないだろうか。
「それにそもそも、夫人が図太かったり鈍感だったりしたら、この策は通用しないわね……」
「……色々と穴も多そうですね?」
「失礼ね。これでも結構成功する方法だと思っているのよ? 後、別にこれが失敗したら次の策を考えればいいだけだし」
「まあ、確かに実質的には何もしていない訳ですもんね……」
「ええ、とりあえずやってみることができるから私も提案したのよ」
この作戦の肝の部分は、難しい準備などが必要ないということだ。
やってみるだけやってみて、駄目だったら切り替えればいい。その手軽さが売りである。
とにかく重要なのは、夫人を最終的に落とすことだ。そのためにできることをやっていく。今回の戦いは、きっとそういうものだろう。
◇◇◇
作戦を始めてから一か月が経ってから、マグナスから連絡が届いた。
それは、ドルピード伯爵が罪を認めたという連絡である。
それを受けて、私はドルピード伯爵家の屋敷へと向かうことにした。
そんな私に同行しているのは、ラナーシャとランパーの二人である。ラナーシャがついて来たいと言って、それを聞いたランパーも同行を志願したのだ。
「……これは」
伯爵家の屋敷までやって来た私は、異様ともいえる夫人の様子に驚いていた。
彼女は、手袋をつけて顔もベールのようなもので覆っている。それはきっと、毒を防ぐためのものなのだろう。
さらに彼女の顔は、年齢よりもかなり老けこんで見えた。それだけ、この一か月で精神的に追い詰められたということだろうか。
「……」
「ラナーシャ……」
「……っ」
そんな夫人は、ラナーシャを見つけて睨みつけてきた。
私は怯える彼女を自分の体で隠そうとした。しかし、それよりも先にランパーが彼女の前に出たため、その場で立ち止まる。
「ランパーさん、大丈夫です。ここに来ると決めた時から、覚悟していましたから……」
「だけど……」
「私も、誇り高きお義姉様のように自らの因縁に決着をつけなければいけません。私は夫人と対峙しなければならないのです」
ラナーシャは、ゆっくりと夫人の前に出た。
彼女は震えていない。もっとも怖いはずである夫人の前でも堂々としている。
「ドルピード伯爵夫人、あなたに聞きたいことがあります。あなたは私の母、マーレナを殺したのですね?」
「……ええ、殺してやったわよ。あの女は、目障りだったもの。あなたも殺してやるつもりだった。痛めつけて痛めつけて、殺してやるはずだったのに!」
夫人は、ラナーシャに乱暴に言葉を放った。
それに対して、私を含めた周囲の四人は思わず体を動かしそうになった。
だが、皆その体を止めている。ラナーシャがまったく動じていないからだ。
「何よ。その顔は……もっと、驚きなさいよ! 苦しみなさいよ! 私にそんな目を……向けるな! 妾の子風情が!」
「……あなたと離れて、様々な人と関わって、私は理解しました。あなたは弱い人なのだと」
「な、なんですって?」
「強大に見えたあなたが、今はなんとも情けなく見えます。あなたはお母様のことが怖かったのでしょうか?」
「はあ、はあ……」
ラナーシャの言葉に、夫人は息を荒くしていた。
彼女は恐怖している。虐め抜いていたはずのラナーシャに、夫人は怯えているのだ。
「あ、あなたなんかに……」
「私はあなたを許すことができません。ただお兄様方に免じて、あなたに罪を償う機会を与えたいと思っています。どうかその罪を償ってください。そしてもう私の前に、姿を現さないでください。きっとその方が、お互いのためにいいですから」
拳を握り締めながら、ラナーシャはそう言い切った。
母を殺された怒りを、彼女はぐっと抑えている。その様はとても、気高く思える。私なんかよりも、彼女の方がよっぽど誇り高い。
こうしてラナーシャは、自らの過去から続く因縁に決着を付けた。彼女は、過去を乗り越えたのだ。




