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一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。  作者: 木山楽斗


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第12話 情があるなら

「店主、少しいいか?」

「あら、お客さんですか?」


 マグナスが声をかけると、店の店主は少し驚いたような顔をした。

 よく見てみると彼女は、手元で何かの葉っぱを擦っている。それに夢中で、私達の来訪に気付いていなかったということだろうか。


「この店では、どういったものを扱っているんだ?」

「薬の類を扱っています。色々な薬がありますよ。ほとんど非合法な薬ですけれど」


 マグナスの質問に、店主の女性は一つの瓶を手に取った。

 彼女は、その瓶の蓋を開ける。そしてその中から、錠剤のようなものを自らの掌の上に落とす。


「例えばこの薬は、若返り薬というやつです。飲むと肉体を活性化させて、十年程肉体の年齢を若返らせます。もっとも効果はたったの一日間で、効果が切れると逆に十年年程老いますが」

「……」

「ああ、これなんかは媚薬と呼ばれるものですね。これを使うと、性的な欲求を増加させることができます。ああでも、別に嫌われている相手に使っても意味はありませんよ。別に欲求が増加したからといって、嫌われている相手のことを好きになったりはしませんからね」

「……透明な毒というものは扱っていないのか?」

「おや……」


 店主の女性は、そこで再び驚いたような顔をした。

 透明な毒、それは噂になっているくらいは有名なものだ。もしかしたら女性も、よく聞かれているのかもしれない。


「申し訳ありません。ここではもうそういうものは扱っていないのです」

「……もう? ということは以前は扱っていたと?」

「ええ、母の代までは。私は、その製法すら知りません。透明な毒と呼ばれる毒は、もう誰にも作れないでしょう」

「……失礼ながら、あなたの母君はいつまで透明な毒の制作を」

「ほんの二年前までです。ですから、出回った毒はまだ存在しているかもしれませんね。あれは確か一滴で効果を発揮しますから、そんなにすぐにはなくならないでしょう」


 女性の言葉に、私とマグナスは顔を見合わせた。

 私達にとって、透明な毒がここにあるかどうかはそれ程重要ではない。重要なのは、それが存在するという事実だ。

 ほんの数年前まで、毒が存在していた。ということは、私の母やラナーシャの母もその被害を受けた可能性はある。


 私達の調査が、一歩進んだ。

 決して検出することができない毒があり、加害者と思われる二人がそれを販売している場所へ来ていた。それはとても重要な手がかりだ。


「しかし、お二人はそんなにあの毒が欲しいのですか? なんだか、そういう風には見えませんけど……」

「……ほう? それは一体どういうことだ?」

「私の見立てでは、お二人はこの場所には場違いですからね。犯罪とは無縁のような気がします。もっとも私が演技を見抜けない節穴なだけなのかもしれませんが……」

「……」


 店主の女性は、私達を見ながら目を細めていた。

 それは私達のことを、推し量っているような気がする。

 どうやら、この女性は周囲の他の店主達とは違うらしい。私は雰囲気でそれを悟った。


 マグナスも同じなのか、考えるような仕草をしていた。

 恐らく、思案しているのだろう。彼女から事情をもっと聞くかどうかを。


「……俺の目的は一つだ。透明な毒について知りたい。その詳細をできる限り詳しくだ」

「知りたい、ですか? なるほど、よくわかりました……それなら、こちらの望みを一つだけ聞いてもらっても構いませんか?」


 女性は、マグナスを見て笑っていた。

 そこには、何かしらの思惑がありそうだ。ただ、きっとそれは悪いことではない。先程からの彼女の態度に、私はそんなことを思うのだった。




◇◇◇




「……一体、私に何のようですか?」

「ふん。久し振りの帰郷であるというのに、随分と不機嫌そうだな?」

「当り前でしょう。喜べるはずがありません」


 ラグナメルの町から帰ってきた私は、すぐにカルロム伯爵家へと帰ることになった。

 それは、お父様から呼び出されたからである。彼はとにかく私に帰って来るように、要求してきたのだ。


 タイミングからして、それは私がラグナメルの町へと行ったからなのだと思う。

 恐らくお父様は、私に何かしらの釘を刺すつもりなのだ。いや、あるいは彼はもっと非道なことを考えているかもしれない。


「……誰も連れてきてはいないのか?」

「ええ、そういう要求でしたから」

「旦那はどうしている?」

「マグナス様は、ドルピード伯爵家に向かいました。奇妙なことに、彼も同じタイミングで帰るように言われましたから」


 マグナスも、ドルピード伯爵夫人から呼ばれたことによって、私達は自分達が監視されているという事実を理解した。

 色々と考えたが、私達はとりあえず呼び出しには応じることにした。二人の手元に例の毒があるという事実から、従う方が得策だと考えたのだ。

 万が一にも、油断している時にその毒を使われたら敵わない。対策を立てることができるため、相手の要求には乗る方がいいと思ったのだ。


「それならば、わかっているだろう。ラグナメルの町に行ったな? そこで一体、何を見たのだ」

「さあ、それはどうでしょうね」

「ふん。気に入らんな。そういう所は母親に似たか……」


 そこで、お父様はゆっくりと立ち上がって窓際に行った。

 外の景色を見ながら、お母様のことを思い出しているのだろうか。

 お父様は、何やら色々なことを言っている。そのほとんどは、お母様に対する罵倒であるため私は聞き流すことにする。


「昔からあいつはそうだった。この私に逆らう愚か者だったのだ。あれと結婚したという事実は、私にとって忌々しい過去だ」


 お父様の愚痴を聞くよりも、私にはやるべきことがあった。

 それは目の前にある紅茶のことだ。ここに来た時に、メイドが持ってきたこの紅茶は本当にただの紅茶なのだろうか。

 とりあえず、口をつけることは得策ではないだろう。勧められても飲まないことを心掛けるべきである。


 しかし私は思っていた。いくらお父様でも、実の娘を手にかけるようなことはしないのではないかと。

 彼は私を助けてくれなかったが、危害を加えては来なかった。もしかしたら、私に対する多少の情があるのかもしれない。


 それを確かめるために、私は紅茶を手に取った。

 そしてそれを、お父様の側にある紅茶と密かに入れ替える。


「言っておくが、余計なことを考えるなよ。私はこれでも、お前のことは尊重しているつもりだ。お前が余計なことをしなければ、こちらもそっとしておく。それでいいだろう」

「……」


 席に戻ってきたお父様は、紅茶を手にしている私を見て自分の手元にある紅茶を手に取った。

 彼は特に躊躇することなく、それに口をつける。その後、紅茶を置いてから私の方にそっと目を向けてきた。


「………………おごっ」


 次の瞬間、お父様はゆっくりと床に倒れ込んだ。

 それを見て、私は理解する。やはり私に出した紅茶の中には、毒が仕込まれていたのだということを。

 その事実に、私は思わず笑ってしまった。本当にお父様が、どうしようもない程の屑だということがよくわかったからだ。

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