第1話 一年後の離婚宣告
「君とは一年後に離婚するつもりだ」
結婚して早々、夫であるマグナス・ドルピード伯爵令息は私にそのようなことを言ってきた。
その内容には、当然驚いている。離婚宣言――それも期限をきっちりと決めた離婚とは、一体どういうことなのだろうか。理解が追いつかない。
「マグナス様、私はあなたが何を言っているのかがわかりません。一年後に離婚するなんて、一体どういうことですか?」
「順を追って話をしよう。まず前提として、これは親が決めた結婚だ。それは君もよく理解しているだろう。我々は、まだお互いのことをほとんど知らない」
「それは、そうですけれど……」
マグナス様の言う通り、私と彼との結婚は親同士が全てを決めたものである。
そこに私達の意思は一切関与していない。それ所かほとんど会うこともなく、結婚することになったのだ。
しかしだからといって、一年後に離婚するなどということにはならないだろう。それならそもそも、結婚した意味がわからない。
「そもそもの話ではあるが、私は結婚というものに興味がなかった。許されることなら、独身でいたいとそう思っていたのだ。しかし、父上や母上は強情だった。私に結婚を強要したのだ」
「強要……」
「もちろん、私も両親に対して育ててもらった恩義を感じている。故に最終的にはこの婚約についても受け入れることにした。両親への義理を果たすために……ただそれは一年だ。それ以上、あの二人の要求に従うつもりはない」
マグナス様の口振りからは、両親に対する棘のようなものが感じられた。
何かしらの不和があることは理解できた。今回の結婚は、それが解消されることなく決まってしまったのだろう。彼の無茶な要求の根底には、それが関係している気がする。
「君及びカルロム伯爵家への不義理は申し訳ないと思っている。特に君の経歴を傷つけることになるという点については……君の再婚に関しては、できる限り助力するつもりだ」
「離婚するという意思は、どうやら固そうですね……」
「……逆に問いたいと思っていたが、君は今回の婚約についてどう考えている?」
「それは……」
マグナス様からの問いかけに、私は言葉を詰まらせることになった。
実の所、私には彼の気持ちが理解できた。私も、この親同士が決めた結婚に対して不満を抱いていない訳ではないのだ。
別に恋愛結婚を望んでいるという訳ではない。貴族の世界でそんなものが望めないことなんて、私もわかっている。
しかしながら、今回の結婚はいくらなんでも強引だったと思ってしまう。こうして面と向かって彼と話せるのが、今までなかったことが何よりの証左だ。
それに私も、両親に対して反発する気持ちがあった。
あの二人からのこれまでの扱われ方には不満がある。そういう部分に関しても、私は彼と同じ気持ちなのかもしれない。
「不満がないという訳ではありません。ただ別に離婚したいとまでは思っていませんでした。でも、あなたがそれを望んでいるなら特に反対するつもりはありません」
「そう言ってもらえると、こちらとしてもありがたい」
マグナス様の主張は、かなり身勝手なものであるように思える。
だが断る程強い想いも私にはない。利益が得られるという訳でもないが、彼がそうしたいならそうすればいいと思えてしまう。
「つまりこれはある種の契約結婚ということになりますね?」
「ああ、そういう認識でいいだろう。契約書でも作ろうか」
「いえ、そういうものがあると後で不利になるのではありませんか?」
「……確かにそうだな」
私の言葉に、マグナス様はゆっくりと頷いた。
どうやら、彼は真面目な人であるらしい。その言動から、それが読み取れる。
そんな彼が反発する程、両親との間に溝があるのだろうか。それが私は少々気になった。
「一年後、我々はそりが合わなかったという理由で離婚する。それでいいだろうか」
「ええ、構いません」
一年で離婚する訳だし、彼とは適切な距離感で接するべきだろう。そう判断して、私はマグナス様と両親の関係を特に追及することはしなかった。
お互いに深入りはしない。一種の契約結婚なのだから、そのくらいの関係の方がいいだろう。
こうして私達は、一年間を期限に結婚生活を送ることになったのだった。
◇◇◇
「こちらです」
「ええ、ありがとう……」
メイドの案内で部屋まで来た私は、ゆっくりとその中に入っていく。
部屋自体は、とても綺麗でいい部屋だ。少なくとも私を不当に扱おうとしていないことが理解できて、私は少し安心する。
ただ私は、先程から気になっていた。
ここまで案内してくれたメイドの態度が、どこかおかしいような気がするのだ。
礼儀作法に問題があった訳ではない。だがどうにもぎこちなさのようなものがある。
初対面の相手の前で緊張している。そう考えることもできるだろう。
しかし彼女からは、恐怖のようなものが読み取れる。それが気になって、私は少々思案することになってしまった。
「それでは、私はこれで失礼します。何か御用があれば、お申し付けください」
「あーあ、少し待ってください。早速頼みたいことがあるんです」
「……はい。なんでしょうか?」
「この屋敷のことを教えていただきたいのです。もちろん、事前に話は聞いていますが、念のため確認しておきたくて」
「わかりました。何なりとお聞きください」
メイドは、私の質問に対して淡々と言葉を返してきた。
問題ない応対ではあると思う。ただやはり、その表情や言葉の節々から緊張感が伝わってくる。その態度が、頭に引っかかって仕方ない。
とはいえ、いきなりそのことを聞いても恐らく答えてくれないだろう。ここはとりあえず、世間話から始めてみる。
「えっと……そうだ。あなたの名前を聞いていませんでしたね」
「……私は、ラナーシャと申します」
「ラナーシャさん、ここにはあなたの他に何人の使用人が?」
「アラティア様が連れて来られた方々を含めて十人がいます。ただ休日などがありますので、屋敷に常駐しているのは七人といった所でしょうか」
「なるほど……」
私は嫁ぐにあたって、使用人を三人連れてきた。
それ以外は、全てマグナス様側の使用人だ。その人達のことを、私は何も知らない。
その使用人達の間で、何かがあって彼女はこんな態度なのだろうか。あるいは、その原因はマグナス様にあるのだろうか。
「……あなたは随分と若そうですね? 失礼ながら、年齢は?」
「今年で十八歳になります」
「十八……いつからこの仕事を?」
「……えっと」
「ああいえ、すみません。個人的な質問でしたね」
私の質問に、ラナーシャさんは言葉を詰まらせた。
どうやら、彼女に何かしらの特別な事情があることは間違いないようだ。それはもしかしたら、家庭の事情なのかもしれない。
「……こちらには住み込みで?」
「はい。働かせていただいています」
「そうですか。これから、どうかよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ……」
気まずそうにしている彼女に、私は別の質問をしてみた。
しかしこの質問も良くなかったかもしれない。住み込みで働いているというのは、家庭に問題があるということに繋がっていくからだ。
事実彼女は、私の質問に大きく反応した。やはり聞かれたくないことだということだろうか。
「ああ、そうだ。その、マグナス様について少し教えてくれませんか?」
「え?」
「私は、まだ彼のことをよく知りません。夫婦になった訳ですし、少しばかり情報を仕入れておくべきかと思いまして……」
空気を変えるために、私は一度彼女への質問を取りやめることにした。
だがそれによって変わった空気は、私が望んでいるようなものではなかった。ラナーシャは、明らかに怯えているのだ。
マグナス様の名前に、大きく反応する。それがどういうことなのか、私は考えることになった。
まさか、彼女の怯えの原因は彼なのだろうか。しかしそうなると、彼は一体彼女に何をしたのだろうか。
「でも、それはまた今度にします。少々疲れたので、仮眠をとります。ラナーシャさんは、どうぞ下がってください」
「あ、えっと……はい」
とりあえず私は、話を切り上げることにした。
これは今後について、少し考えなければならない。そう思ったからだ。
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