ねえ、お姉様、すごく素敵ね。それ私にくださらない?――クレクレ妹だから、姉のものをあれこれいただいてみた。
「お姉様のそのドレス、凄く素敵だわ! 私にくださらない? ねえ、お願いよ。それにそのドレス、私のほうがずっと似合うと思いません、ねえ、お姉様?」
今日もベルナール子爵家では、美しく華やかな容姿の妹のロザリーが、落ち着いた風貌の姉イレーヌの持ち物を「欲しい!」とねだっている。
もうこれで何度目だろうか、ロザリーが姉の持ち物を欲しがるのは。
流行のドレスも、貴重な宝石を使ったアクセサリーも、脚を美しく見せてくれるハイヒールも、凝ったデザインのバッグもみんな妹にとられてしまった。
しかも、妹のロザリーは結構な目利きだ。欲しがるのはイレーヌが購入したばかりの流行りの高価な物ばかり。それ以外の古いもの、安いものには目もくれない。
新しいものを購入しても、それが良い品であればあるほど、すぐに欲しがりの妹の物になってしまう。妹は、イレーヌがそれを手放すまでしつこく食い下がってくるので、渡さないわけにはいかなかった。
次第にイレーヌは、妹の”クレクレ”行動に対して、いろいろと諦めるようになった。
「どうせロザリーのものになってしまうのだから、高い流行のドレスを買うのはやめましょう。アクセサリーも今あるもので十分だわ」
内心でイレーヌはロザリーに対して「いい気味だわ」と思っていた。高価な買い物をしなくなった今、ロザリーが欲しがるものはもうイレーヌの手元にはないのだから。
こうしてイレーヌは、年ごろのご令嬢でありながらも贅沢はせず、常に目立たぬ控えめな恰好をするようになった。
実はこの頃の子爵家の家計は、かなり火の車だったのだ。というのも、ここシャンベール王国では、数年来、多くの領地で不作が続いていたからだ。ベルナール子爵領も例にもれず、領民を救うために借財を重ねてでも、他国から穀物を購入する必要に迫られるほどだった。
こんな中で、仮にイレーヌが豪華なドレスを身に纏っていたらどうだろうか。領民の不満を煽りかねなかっただろう。彼女が贅沢をやめたことで、多少なりとも子爵領は財政的に救われることとなったのだ。
このイレーヌの行動は、実は一部の女性を中心に、社交界では脚光を浴びることになったのだ。
昔ながらの貴族の中には、一度着たものを何度も着るなど名誉ある貴族のすることではないと考えるものもいまだに残ってはいた。だが、国民が飢えに苦しむ中で、王族や貴族が贅沢をすることに対して批判が多かったのも事実。だから、率先して清貧に努めたイレーヌの行動は、多くの民の心をひきつけ、ひいては王族や貴族たちからも賞賛されたのだ。
そんなことで、イレーヌは”王国の淑女の鏡”として、王妃から直々に表彰されるまでに至った。社交界では、イレーヌにならい、次第に華美なものや贅沢なものよりも、質素だが質が良く、実用的なものが重んじられるようになっていった。
そうこうしているうちに王国も子爵領も、不作を脱し、漸く豊作の年を迎えることができた。
しかし、一度根付いた贅沢を戒める風潮が、簡単に元に戻ってしまうことはなかった。特にイレーヌは変えようがなかったと言ってもいい。彼女は、国民に寄り添う、清貧の象徴的な令嬢となっていたからだ。それに、また新しいものを購入したところで、あのロザリーが欲しがるに違いないからである。
王妃に淑女の鏡と評されたイレーヌの元には婚姻の申し込みがいくつも届いた。今や王国では、イレーヌは賢い女性の象徴であり、王妃のお気に入りだ。そのイレーヌを妻にするのは政治的にみても非常に意義のあることだったからだ
イレーヌにとって、結婚は完全に買い手市場だった。毎日、いくつもの釣書を眺めたうえで、その中で最も見目がよく、一番位の高い男性だったロベール公爵家の嫡男・ルシアンと婚約することが決まった。
当然、イレーヌは多くの令嬢たちに表面上は「ルシアン公子とご結婚なさるだなんて、羨ましいわ」と言われた。
イレーヌは多くの令嬢たちにそう言われて、少し有頂天になっていた。確かに自分はそれほど華がある令嬢ではないが、”賢い淑女”と王妃様のお墨付きなのだ。その点では十分、人気のルシアン公子とも釣り合う、ただ綺麗なだけのあなたたちとは違うのだと。
イレーヌのやや傲慢な気持ちは、少し態度に現れてしまっていたのかもしれない。そのうちに嫉妬した令嬢たちに陰で嫌味を言われるようになった。
「たかが子爵家の貧乏令嬢が、公爵家とつり合いがとれると思っているのかしら?」
「ご本人は賢い令嬢のおつもりのようだけれども、ただお金がなくて新しいドレスを買えなかっただけではなくて?」
「あの頃は確かに不作の影響もあって、王国全体が清貧を重んじたかもしれないけれども、今はもう違うわ。結局は似合わないから華やかなドレスを着られないだけよ」
当然、そのように噂されていることは、イレーヌの耳にも、あろうことかルシアンの耳にも届いた。
ルシアンは、イレーヌと婚約したことを少し後悔した。
やはり妻にはもう少し華のある女性を迎えるべきだったと。
心のどこかで、イレーヌがこの婚約を断ってくれないだろうかと考えるようにもなった。どうしてもイレーヌが婚約破棄を渋るようだったら、イレーヌとは相いれないであろう華やかで美しい第二夫人を迎えようとさえ考え始めていた。
考えるだけにとどまらず、ついにルシアンは、第二夫人となる女性を探し始めていた。子爵令嬢以下の身分の低い女性のほうが扱いやすくていい。この際だったら、平民でも構わない。気に入った女性がいたら、適当な男爵家辺りの養女にしたうえで、第二夫人とすればいいのだから。
イレーヌは、ルシアンが結婚前から第二夫人となる女性を物色して回っているなどと知る由もなかった。
ただ、イレーヌはロザリーのことだけは警戒していた。
あのロザリーのことだ。麗しいルシアンの姿を目にしたらきっと「私の方がお似合い。だからちょうだい」と言い出しかねない。そのこともあって、イレーヌはルシアンを一度も家に招いたことがなかった。
しかし、そうも言っていられなくなった。あのロザリーが社交界にデビューすることになったからだ。ついに、ロザリーとルシアンが顔を合わせてしまう。
華やかな容姿のロザリーは社交界であっという間に人気になった。デビュタントの場でも、多くの男性たちが彼女に声をかけ、ダンスに誘った。
「どうか、多くの男たちに囲まれていることに満足して、あの子がルシアンを欲しいと言い出しませんように!」
イレーヌは心の底からそう願っていた。
そんなイレーヌの心を知らないルシアンは、ロザリーの容姿にあからさまに見とれていた。
「君にこんなに美しい妹君がいたなんて知らなかったな」
ルシアンはその台詞を何度も繰り返した。イレーヌの前で。
「まあ、お義兄様ったら、お上手ですこと」
美丈夫に褒められたロザリーも、更に美しい天使のような笑顔を浮かべていた。
「ああ、これで全部終わったわ……」
そう思ったイレーヌは、まるで笑えなかった。一番大事なものを、またあの妹に奪われてしまう!
子爵家のタウンハウスに戻った途端、案の定、ロザリーはイレーヌが一番聞きたくなかった台詞を口にしてきた。
「ねえ、お姉様! ルシアン様を私に下さらない? お姉様よりも私の方が、美しいあのお方の隣に相応しいと思うの。ねえ、お姉様、お願い!」
「ロザリー、今まであなたが欲しがるものは何でも譲ってきたわ。だけど、こればっかりは『くれ』と言われて『はい、どうぞ』と譲るわけにはいかないのよ。あなたもわかるでしょ?」
「そうかしら? ルシアン様もお姉様よりも私をお気に召したように見えましたけど? それならば、あの方が私を選ぶとおっしゃるのであれば、よろしいわよね?」
「そんな! 確かに今二人は出会ったばかりで、お互いのことが実物以上によく見えているのかもしれないけれども、結婚はそんなに簡単ではないのよ?」
「そういうお姉様は、本当にあの方のことがよく見えていらっしゃるの? 婚約した矢先に出会った、婚約者の妹に色目を使うような男性が、本当に素敵なお方だと?」
「えっ……」
言われてみるとロザリーの言うとおりだ。彼はハンサムで位も高い。だが、出会ったばかりの婚約者の妹に心を奪われ、それを隠そうともしないような男であることがわかってしまった。ロザリーの言うように、その男は本当に素敵で、誰もがうらやむような夫にしたい紳士と言えるのだろうか。
イレーヌは何も言い返すことができなかった。
しばらくの後、また夜会に参加する機会があった。イレーヌはルシアンにエスコートされることはなかった。彼は何かと言い訳をつけて、イレーヌを放置して、一人でとっとと会場に入ってしまった。
イレーヌはそのまま帰ってしまおうかとも思ったが、ルシアンとの終わりを覚悟しながら会場内へと足を踏み入れた。
一人で夜会を訪れたイレーヌを多くの人々が好奇心の目で見ていた。
ルシアンはいつの間にかロザリーと親し気におしゃべりをしていた。
ロザリーに、そしてルシアンに一言言ってやりたい。このまま二人が、自分の犠牲の上に幸せになる姿など見たくはない。そう思い、イレーヌは二人に近づき、声をかけた。
「ロザリー、これはどういうことかしら? なぜ、あなたがルシアン様とそのように親し気にお話しているのかしら? 婚約者のいる男性と二人で親しくお話するなんて、貴族の令嬢としてのマナーがなっていないと思わないのかしら?」
「お姉様! 申し訳ありません! ただ、ルシアン様にお声をかけられて。こうして二人でお話していたら、お姉様にも会えると思い、こちらにおりましたの。私に他意はありませんわ」
二人のやり取りに周りがざわつく。
「ルシアン様、あなた様の婚約者はこの私です。妹とはそのうち親戚になるとはいえ、お互いまだ未婚の男女です。周りにどのような目で見られるのか、よくお考え下さいませ」
そう注意されたルシアンは露骨に不機嫌そうな顔つきになった。すぐに、彼を注意したことは間違いだったかもしれないと思い直すも、声に出してしまった後では後の祭りだった。
「イレーヌ。君は何て心の狭い女なんだ! 将来、義理の妹となる女性と少し話していただけで、そのように嫉妬して、みっともないのはどっちだろうか? 君こそ、よく考えた方が良い」
一度口を開くとルシアンは止まらなかった。イレーヌに対して抱いている彼の我儘ともいえる不満を一気にぶちまけだした。
「だいたい、君は清貧の淑女などと呼ばれて少しいい気になっているのではないか? 清貧といっても限度があるだろう? このような華やかな場にそのような装いは相応しくないとは思わないのか?」
ルシアンは自分の言葉に自信があった。周りにいる人間もイレーヌに対して似たような感情を抱いていると感じていたからだ。だから、きっとここで彼女を責め立てても、自分が「ひどい男だ」と批判されることはないだろうと。
「その点、君の妹のロザリーはとても愛らしいご令嬢じゃないか。それなのに、君ときたら、友人たちに妹も悪口を言って回っているようだな。今、彼女が着ているドレスも彼女が無理やり自分から奪ったなどと言ったそうだな」
イレーヌと比較的親しくしていた友人の何人かが顔をそむけた。
「もうたくさんだ、イレーヌ。君との婚約は、今日をもって破棄させてもらう!」
「それで……それで、ロザリーと婚約をすると、おっしゃるのですか……?」
イレーヌは震えながらルシアンに聞いた。
「そうだ! ロザリーは君と異なり、美しく、愛嬌もあって社交の場に相応しいご令嬢だ。ロザリー、どうか私と婚約してもらえないだろうか?」
「まあ、ルシアン様、嬉しいですわ!」
ロザリーは一瞬天使のような笑みを浮かべたかと思うと、表情をガラリと変えた。
「……とでも私が言うと思ったのですか? このような大勢が集う華々しい場で、姉と婚約破棄したうえで、その妹に即結婚を申し込むような方に、私が喜んでなびくとでも?」
「えっ?」
「このドレスはもともと姉が作ったものですわ。それを欲しいとおねだりしていただきましたの。このアクセサリーもですわ。だから、お姉様がご友人に話したことはすべて事実ですわ」
一呼吸おいて、ロザリーは続ける。
「こんな私ですが、ルシアン様はそれでもこのロザリーが愛らしいからよいとおっしゃるのですか?」
ルシアンはその問いに答えることができなかった。
「それに、ルシアン様、私の前に、すでにもう何人もの女性に妻になってほしいとお話されているのでは?」
「そ、そのようなことはない!」
「あら、そうかしら、エミリー嬢、それからライザ嬢、こちらへ」
ロザリーの声掛けで、扇で顔を隠していた二人の女性が姿を見せた。二人も、かつてロザリーがイレーヌから「ちょうだい」といって奪っていったドレスを着ていた。
「ルシアン様、あの時語ってくれたお話は嘘だったんですか? 私を男爵令嬢にしたうえで、結婚してくださるって言ってましたよね?」
「ルシアン様、酷いです! 私のこと、忘れてしまったんですか? あんなに何度も愛してくれたのに! 私のお腹にはあなたの子がいるんですよ!」
二人の女性は口々にルシアンを責め立てた。
こうしてルシアンは、誰もが憧れる貴公子から、最低の浮気男へと転落したのだった。
姉のものを欲しがるクレクレな妹がこの最低男を欲しがってくれたおかげで、イレーヌはこの男とそのまま結婚せずに済んだのだ。あのまま結婚していたら、それこそ夫の浮気に苦しんだに違いなかった。
ドレスやアクセサリーもそうだ。妹が彼女から奪っていったからこそ、「だったら、もういらないわ」と思えた。あのまま、意地になって買い物を続けていたら、領民からどのような目で見られたかわからない。場合によっては、ベルナール子爵家ともども潰れていたかもしれない。
「ねえ、ロザリー、もしかして、今まで私のものを欲しがったのは、すべて考えあってのことだったの?」
「さあ、どうでしょう? 私は綺麗な、価値のあるものが好きなだけですわ。でも、ルシアン様が綺麗なのは見た目だけ。中身はあのように汚いお方だった。だから、やっぱりいらないと思っただけですわ」
最後まで読んでくださりありがとうございます。
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