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推しが死神でVTuberで同居人!?  作者: 妙原奇天


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第6話「死神、祭りの群れに立つ」

 九時の輪は、なんとか直せた。

 だけど街のざわめきは、その日を境にほんの少しだけ硬質になった。

 通り雨のあと、アスファルトがすべすべしているみたいに、足裏の感触が変わっている。

 それは俺の気のせいなのか、クレハの語る“順番”に耳が慣れたせいなのか、あるいは——


「“すす”が、広げています」


 夕方、大学のキャンパスに吹く風のなかで、クレハは言った。

 掲示板に貼られたポスターが、風でめくれたり戻ったりする。

 清稜大学学園祭・前夜祭——明日。

 屋外ステージ、縁日屋台、サークル演し物。

 人が集まる。順番が絡みやすい場所だ。

 クレハの灰の瞳は、ポスターの角ではなく、掲示板の釘の“抜ける順番”を見ているみたいだった。


「彼女は“人流の交点”を増やします。呼吸が重なり、視線がもつれ、足音が競合する場所。——祭りは最適です」


「事故を起こしたいのか」


「彼女の倫理観は、“数字の整合性”です。溢れた数字は、切り捨てる。乱れた順番は、“強い順番”に従わせる」


「強い順番?」


「たとえば、“落ちるものは落ちる”。“切れるものは切れる”。——彼女はその方向に、環境を少しだけ押します」


 クレハが、手首をひらりと返す。

 薄い白い指先が示したのは、遠くの屋外ステージだった。

 仮設の鉄骨。仮設の床。仮設の照明。

 たしかに“強い順番”に従えば、ネジは緩み、ケーブルは踏まれ、誰かは足を挫く。

 想像だけで胃が冷える。


「やれることは?」


「“見える目”を増やすこと。わたし一人では、祭り一つ分は見切れません。——観客を、味方に」


 俺はスマホを取り出し、深呼吸を一つ。

 タイトルを打ち込む。


【緊急】死神、学園祭の安全チェックをお手伝いします【現地配信】


「やろう、クレハ。前夜から回る。ステージ、屋台、導線。——俺たちで“安全進行表”作るんだ」


「了解。プロトコル:からあげ優先」


「食い物の順番が強く出るのやめろ」


 クスッと笑い合った瞬間、胸に張っていた緊張の膜が少しだけ緩んだ。

 けれど緩めすぎない。笑い方の外側へ行く準備は、もう癖になった。


 夕暮れ、配信をオンにする。

 スマホの赤い点が灯る。

 視聴者数は、最初から三千を越えた。

 通知を追って駆けつけてくれた“見てくれる人”たちが、コメントの川を作る。


《学祭配信きた!》

《安全チェックって何するの?》

《死神さんの現場回、おもしろいよな》

《ステージの足元見てあげて》《動線テープ貼って》《消火器の位置確認も》


 良い。もう“ただのリスナー”ではない。

 みんな、知恵と手を持った同士だ。


「こんばんは。“KUREHA/Reaper”です。今日は、学園祭の準備会場から。——“順番”を見ます」


 カメラをステージに向ける。

 クレハは係の学生にきちんと挨拶をし、会場責任者の腕章をつけた職員にも礼をする。

 突然現れてカメラを回しているのに、不思議と嫌がられない。

 それは“配信者の歩き方”を、彼女が覚えたからだ。

 目線をずらしすぎない。人の顔を勝手に抜かない。邪魔になったらすぐ下がる。

 配信で稼いだのは数字だけじゃない。歩き方の規範だ。


「床のビス、ここ一本だけ浅い」

 クレハが指差す。

 俺は近づき、爪で軽く触る。たしかに、わずかに浮いている。

 コメント欄がざわっと動く。


《工具借りて締めよう》《スタッフに声かけて》《踊ると緩むやつだ》


 ステージの学生スタッフが駆け寄ってきて、インパクトドライバーで締め直す。

 金属の振動が骨に響く。

 その音は、たしかに“順番を直す”音だった。


「照明のケーブル、導線上に出てる」

 クレハの視線が床を舐める。

 養生テープを俺が手に取り、ケーブルを束ね、足が引っかからない角度で固定する。

 コメントの“集団知”が飛んでくる。


《テープは二重》《エッジに斜め》《矢印貼って》《“足元注意”の紙も》


 十秒で一つの危険が消える。

 小さい修正が、群れの安全性を上げていくのが見える。

 数字も、少しずつ増える。

 視聴者六千。七千。


 そのとき、画面の隅で、黒が滲んだ。


《順番は、戻らない》

《落ちるものは、落ちる》

《切れるものは、切れる》


 《MORT_EXACTOR》。

 煤の名だ。

 コメント欄が緊張で固くなる。


《来た》《煤だ》《演出じゃないよな》《心拍上がる》


 クレハは一拍の間だけ目を伏せ、それから真っ直ぐにカメラを見る。


「——ようこそ、煤。あなたの言う“強い順番”は、社会の知恵で弱められます。わたしたちは、それをします」


 視線を戻すと、ステージ袖のほうから怒鳴り声。

 走る足音。

 俺たちは駆ける。


 仮設のフレームに、誰かがぶら下がっていた。

 バカな、と思うより先に身体が動く。

 俺は梯子を掴んで駆け上がり、ぶら下がっている男子学生に叫ぶ。


「降りろ! 今すぐ!」


「映えるから大丈夫っす!」


 最悪の返答だ。

 クレハが地上から声を飛ばす。


「順番が崩れます。あなたの靴紐、三十秒以内に解けます」


「は? ……って、うわ!」


 男子学生のスニーカーの紐が、緩んだ。

 体重が片足に寄る。

 鉄骨が鳴る。

 俺は一段上から彼の襟首を掴み、梯子のほうへ引っ張った。

 地上のスタッフが下で支える。

 なんとか地面に降ろしたとき、膝の力が一瞬抜けた。


《ヒヤヒヤした》《助かった》《死神の指示が完全に現場監督》《映えるより生きろ》


 男子学生はしょんぼりして何度も頭を下げた。

 怒鳴るかわりに、俺は笑って親指を立てた。

 怒鳴っている暇は、ない。

 次が来る。


「屋台エリア」

 クレハが指先で風を掬う。「油の匂い。風下。——消火器の配置、足りません」


 食品衛生の腕章をつけた職員に声をかけ、消火器の位置を見直す。

 コメントが“火の順番”に詳しい人間の知恵を連れてくる。


《消火器のピン抜き確認》《初期消火は人》《風上から》《濡れタオル準備》《ブレーカー位置メモ》


 指示が具体で、助かる。

 俺たちは、配信の画面を“掲示板”にする。

 そこに集まった知恵のピンを、会場に挿して回る。

 一本、一本。


 視聴者が一万人を越えた頃、通知が震えた。

 大学公式アカウント——“安全確保のための自主配信に協力”。

 固定ツイートに俺たちのリンクが置かれる。

 数の質が変わる。

 目が増える。

 ──そして、介入も増える。


《落ちるものは、落ちる》

 黒い文字列が、屋台の隅に置かれたガスボンベの写真と一緒にDMに届いた。

 場所は、ここだ。

 俺は走り、係員に声をかけ、固定のチェーンを追加し、日除けの帆の張り方を変え、壁面のポスターをはがす。

 クレハは、風の向きを見て頷く。

 順番を弱めた。

 黒文字は、にじみ、消える。


「クレハ。今の、“煤”に対する返し、相当効いたな」


「ええ。彼女は遠くから“増幅”している。——なら、こちらは近くで“減衰”します。順番は、足で触ると戻りやすい」


 足で触る、という言い方に、妙に納得する。

 今日、俺たちはずっと歩き続けていた。

 ケーブルの上を、ネジの浅いところを、フレームの足の座りを、手で、膝で、靴裏で、確かめて。


「あなたが、よく動くから、直せます」


「俺だけじゃない。見てくれる人も、動いてる」


 コメント欄に、現地にいる視聴者が写真を投げてくる。

 「ここ、ガムテ切れてます」「ここの段差に注意札必要」「ここ暗いからライト欲しい」。

 遠隔の人は、それに対して「こう貼ると良い」「文面はこれで」「カラーコーンの位置はこう」と返す。

 モデレーターが自然発生し、ハッシュタグが勝手につくられ、Googleフォームが誰かの手で立ち上がる。

 “順番”を、人間の側に引き寄せる。


 と、背中に冷たい視線。

 振り返ると、人混みの向こうに、フードを被った女性が立っていた。

 黒ではない。灰色。

 顔は見えない。

 けれど、背筋があの封筒と同じ反り方をしているのが分かった。


 ——煤。


「動きません」

 クレハが、俺の袖をつまんだ。

 彼女の瞳は、直視せずに見ている。

 犬が遠吠えの方向を耳だけで測るみたいに。


「彼女は、群れの端で“倒れる順番”に声をかけています。直接の干渉は、しない」


「なら、こっちも——」


「“群れの中心”で声をかけましょう」


 日が暮れる。

 前夜祭のオープニング。

 ステージの照明が点き、司会の掛け声が響く。

 踊りが始まり、手拍子が広がる。

 人と音の波。

 ——ここが一番、順番が絡む。


 クレハはカメラの前に立ち、マイクを握らない配信者の声で言う。


「いま、あなたの両足を肩幅に。膝を少し緩めて。——そうです。あなたの立っている“今”は、あなたの重心で守れます」


 コメント欄が、一斉に立ち方の知恵で満ちる。


《前に押されたら片足を引く》《ベビーカーの人は端へ》《肩が触れたら謝る》《踊る人は荷物を置いて》《ヒールの人は段差注意》


 群衆が、少しだけ粘性を増す。

 押し合いが、弾みではなく、粘りで吸収される。

 ステージの前列にいた子どもが転びかけ、すぐ横の大人の腕に絡まって持ち上がる。

 それも、順番を直す。


 煤の灰色フードは、さっきの場所から消えていた。

 代わりに、PA卓の表示が一瞬だけ乱れ、ノイズが走る。

 クレハが顔を上げる。


「音で“現実感”を崩しに来ています。——歌で戻しましょう」


「歌?」


「リズムは順番を揃える力があります」


 クレハが、ステージ袖の学生に近づき、耳打ちをする。

 そして、司会者のマイクがステージに響いた。


「えー、前夜祭特別コーナー! 皆さんで安全手拍子やりましょう! タン、タン、タンタン、このリズムで歩けば、人にぶつかりにくい! せーの!」


 タン、タン、タンタン。

 単純だ。

 けれど、群れが同じ周期を持つだけで、流れは滑らかになる。

 押し出される人が減り、立ち止まる人が減り、振り向きが揃う。

 PAのノイズは、波に飲まれて薄れた。


《手拍子の民主化》《天才か》《物理が効いてて笑う》《死神、リズムで殴るの草》


 俺は笑って、カメラを高く掲げた。

 画面の向こうの人たちにも、手拍子が伝播する。

 統一リズムは、画面越しにも順番を揃える。


 耳の奥に、微かな囁きが沈んだ。


《落第生。群れに縋る》


 煤だ。

 俺の背筋に怒りが走る。

 だが、怒鳴り返す代わりに、俺はマイクのない声で呟く。


「群れは、人間の発明だ」


 クレハが、横で小さく頷いた。


 前夜祭の最後。

 キャンドル回廊。

 紙のランタンにLEDの灯りを入れて、校舎から中庭に向かって道を作る。

 小さな光が、等間隔に点る。

 美しい。けれど、風と足には弱い。


「ここが、最後の節目です」

 クレハが低く言う。「煤は“火”ではなく“灯”を狙います。倒れた灯は、“倒れる順番”の合図になる」


 俺は配信の画角を広げ、ランタンの列を映す。

 コメントが、静かに熱くなる。


《きれい》《足元注意》《子どもは手を繋いで》《ランタン間隔広げて》《風が強い場所に重しを》《テープで固定》


 学生スタッフが走り、砂袋を置き、テープを貼り、間隔を開ける。

 風が、二度ほど強く吹いた。

 ランタンは揺れたが、倒れない。


 そのとき——

 中庭の片隅で、ひとつのランタンが、人の手で蹴られた。

 わざとだ。

 白い紙が地面に転がり、子どもが驚いて泣きかける。

 俺は反射で走った。

 蹴った青年はフードを目深に被り、振り返りもしない。

 俺は肩を掴もうとして——やめた。

 代わりに、倒れた灯を拾い上げた。

 紙を直し、LEDを入れ直し、道の端に、やや重めに置き直す。

 子どもに向かって、笑って親指を立てる。

 泣きかけていた顔が、面白がる顔に戻る。


 コメント欄が、静かな喝采で満ちる。


《拾う方が早い》《暴力の順番には手で返す》《修復の所作、見てて落ち着く》《俺も明日、地元の祭りで真似する》


 フードの青年は、群衆に飲まれて消えた。

 煤かどうかは分からない。

でも、彼女の“意志”は、ここにも散っている。

 押すのは簡単だ。

 戻すのは、手間がかかる。

 それでも、戻す。


 前夜祭が終わる。

 客が帰り、スタッフだけが残る時間。

 俺とクレハは、ベンチに腰を下ろした。

 足は棒だ。喉はカラカラだ。

 でも、数字は温かい。

 同時視聴二万。総再生は十万を越えた。

 大学公式は「明日も安全配信をお願いします」とメンションをくれた。

 コメント欄には、明日現地で手伝う宣言が山ほど残った。


「……生き延びるための祭りになったな」


「はい。祭りは、もともと“死”と隣り合わせでした。

 祀りは、測りの語源。順番を**, 測って**, 祀る。

 わたしは今日、それを少しだけ思い出しました」


 クレハは寿命帳を開き、俺の名前のページを軽く撫でる。

 数字は、五十七年。

 変動なし。

 胸のあたりで、何かがほどける音がした。


「……ありがとう、クレハ」


「わたしこそ。悠斗が横で笑ってくれると、手がうまく動きます」


「笑ってないときも、動くようにしような」


「努力します」


 彼女の笑みは、紙ではなく、疲労の筋でできていた。

 人間っぽくて、愛しかった。


 そこへ、スマホが震える。

 DM。

 画像。

 黒地に白い輪。

 ——今度の輪は、ランタンの配置図の上に重ねられていた。

 **“明日、光の道は止まる”**の文字。

 送り主は、もちろん《MORT_EXACTOR》。


「煤は、諦めません」

 クレハの声は、静かだった。「明日は、もっと大きく“倒す”つもりです」


「だったら、こっちももっと大きく“戻す”」


 俺は即座に、投稿画面を開いた。

 明日の呼びかけ文を書く。


明日の学園祭、安全配信を続けます。

現地で手伝ってくれる人、#順番を戻す のタグで写真と場所を送ってください。

「見て」「止まって」「気をつけて」。

あなたの一回の手拍子が、一人の“今”を救います。


 送信。

 クレハが、肩に頭を預けてきた。

 体温は、相変わらずない。

 ないはずなのに、重さがあった。

 それは、今日一日を共にした重さ。

 歩いた距離の重さ。

 見て、測って、直した重さ。


「明日、あなたの寿命ページ、また見ます」


「間違えないでくれよ」


「——努力ではなく、訓練します」


 彼女が珍しく、語を選び直した。

 努力は意志。訓練は手順。

 “順番”の人らしい言い換えだ。


「悠斗」


「ん」


「わたし、群れに縋っているのでしょうか」


 彼女は、煤の言葉を自分の口に入れて、そっと確かめるみたいに言った。

 俺は、少しだけ考えて、ゆっくり首を振る。


「群れに預けて生きるんだよ、俺たちは。縋るんじゃない。預けて、預けられて、戻す。

 それを社会って呼ぶんだと思う」


 クレハは目を細め、了解と小さく言った。

 夜風が、ベンチの足元を撫でる。

 遠くで、テープを剥がす音。鉄骨を下ろす音。

 音たちは順番に消え、キャンパスの夜だけが残った。


 暗闇は、見慣れれば形を持つ。

 今夜の暗闇は、灯の道の余熱で、わずかに温かかった。


 そして、その温度を、遠くで舌打ちするように、冷ます気配がある。

 煤だ。

 “明日、光の道は止まる”——挑発は受け取った。


 俺はスマホのアラームを、明日の朝八時にセットする。

 チェックリストに項目を足す。

 養生テープ(多め)/結束バンド/養生マット/LED予備/モバイルバッテリー×2/ホイッスル/救急箱/ポータブル拡声器。

 最後に一本、濃い線で引く。


 「リズムの練習:タン、タン、タンタン」


 群れは、音で揃う。

 順番は、人で戻る。

 ——そして、落第の死神は、群れの中心で訓練する。


 明日の光のために。

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