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推しが死神でVTuberで同居人!?  作者: 妙原奇天


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第4話「死神、証明を配信する」

 封筒の紙は、夜になっても机の上で白かった。

 「死神を名乗るな。お前の寿命は、俺が数える」

 震える筆圧は乾き、言葉だけがこちらの皮膚に突き刺さったままだ。


「“書式”が古い。ここ十年ほど、あの世界では使われていない筆致です」

 クレハは封筒の縁を指先でなぞり、呼吸のない胸をすうっと上下させた。「悠斗、これは“誰かの趣味の悪さ”では済みません。死神の側からの通告は、簡単に出ない」


「つまり、相手は——」


「同業者か、その協力者」


 部屋の照明が、わずかに音を立てた気がした。俺は無意識にリングライトのコンセントを確認し、カメラのキャップを外す。

 今日の配信タイトルは、すでに決まっている。【死神は本物か偽物か】。

 挑発に乗るつもりはなかった。けれど、観客に嘘を渡したくもない。


「クレハ、証明って、どうやるんだ。派手なのは要らない。怖がらせず、でも“分かる人には分かる”くらいのやつ」


「科学実験に倣いましょう。再現性と検証可能性。過度なオカルトを乗せず、しかし“わたしにしかできない”範囲で」


 彼女は視線を部屋の隅々に泳がせ、やがてキッチンに歩いた。

 戸棚から、紙コップ、割り箸、スーパーのビニール袋、そして朝に炊けなかった米。

 レンズの前に、白い器具が並ぶ。


「“時間の順番”を見せます」


「順番?」


「物が壊れる順番、冷める順番、乾く順番。人間にとっては“だいたい”ですが、死神にとっては“ほぼ確定”。わたしの目は、その地図をぼんやり読みます」


 ぼんやり——と自分で言うところがクレハらしい。

 完璧と言い切らない。不確かさを保証する。

 俺はOBSのシーンを組み替え、テーブル俯瞰のサブカメを追加した。コメントを左に寄せ、右には三つ並ぶ紙コップの俯瞰映像。

 サムネはシンプルに。黒い背景に白い文字。【本物/偽物】の二択。


「じゃあ、始めよう。……怖くない範囲でな」


「了解。プロトコル:怖がらせない」


 赤い点灯。

 視聴者数は、開始一分で三百。五分で千。

 タイトルが持つ吸引力は、想像以上に強かった。


「こんばんは。“KUREHA/Reaper”です」

 クレハの声は、いつもよりほんの少し低い。落ち着いた、説明の声。

「昨日、わたしが“本物の死神”かどうか、議論がありました。今日は、あなた自身の目で確かめられる方法で、お見せします」


《怖い?》《ワクワク》《やめとけ危険》《証明くるの?》

《なんでも信じるわけじゃないぞ》《理科の実験?》《ASMRは?(定期)》


「用意するのは、紙コップ三つ。中味は、水、温水、そして氷水。——温度計は使いません。わたしは温度を数字ではなく“速度”で見ます」


 クレハは氷の入ったコップに割り箸を立て、次のコップでは指で水面を弾いた。小さな波紋。

 マイクに、ほとんど聞こえない水音が載る。


「三つの水は、やがて同じ温度に近づきます。けれど、“どれがいつ、どのくらいの速度で”近づくかは、環境で変わる。死神は“環境”に付随する時間の流れを読むことが、少しだけできます」


 俺はサブカメの露出を微調整し、コメントの速度を横目で追う。


《それサーモグラフィーで良くね》《机上の空論助かる》《声が良すぎてなんでもOK》

《氷の表面の溶けで読んでるのか》《温度は速度で見えるは草》《でもおもろい》


「たとえば、この氷水の割り箸。三分以内に、二回倒れます。最初は“表面張力の崩れ”で、二回目は“水位の変化”。そして倒れたタイミングの間隔は三十七秒前後」


 クレハは画面右上に小さなタイマーを出し、「開始」を押した。

 視聴者が一気に増える。二千、三千。

 俺は喉が渇くのを感じ、ペットボトルの蓋を開ける。

 彼女の言葉を裏打ちするように、四十五秒あたりで割り箸がふっと揺れ、コップの縁から滑って倒れた。


《まじで倒れた》《偶然だろ》《フラグ管理うますぎ》《重心ズラせば誰でもできるやつ》


「二回目です。もう少し短いあいだ。——いま」


 三十六秒。

 割り箸は、まるで見えない掌に突かれたように、コップの内側にぱたんと落ちた。


《は?》《タイムスタンプ一致》《こわ》《偶然二回は……》《科学で説明つく?勢》


「科学で説明できることは、科学で説明してください。わたしは、説明の外側で“速度”を見ています」


 クレハは、もう一つのコップに手を伸ばし、落ち着いた声で続けた。


「もう一つ、再現性の高い例。紙コップの底の“濡れ輪”の直径が、四十五秒で何ミリ広がるか。机の材質、湿度、室温、照明の熱。ここにいる“あなた”の呼気の総量」


《“あなた”の呼気って表現、すご》《部屋のこと見えてるの?》《急にメタい》《俺今息止めた》


「——息を止める必要はありません。あなたの呼吸が画面のこちらに届くことは、良いことです」


 コップの下に滲む輪が、じわじわ広がる。

 クレハはモニターを見ず、目を閉じ、指先で空気をなぞる。

「四十五秒で、三ミリ前後。——たぶん、二・八から三・一の間」


 定規をあてる俺の手が、わずかに震えた。

 目盛りは、三。

 誤差は、目の揺れより小さい。


《誤差の範囲つよ》《え、なんで分かるの?》《サーミスタ内蔵の人間?》《死神センサー》

《“わたしは説明の外側で速度を見る”のセリフ刺さった》《詩人か?》


 チャットの熱が、一段階上がる。

 けれど、そこで画面に、別の文字列が混じった。


《本物を名乗るな》

《お前の寿命は、俺が数える》


 あの文だ。

 コメント欄に紛れ込んだ、封筒の筆致を真似たメッセージ。

 俺の背中が冷たくなる。画面の向こう側から、空気圧がじわりと押し寄せてくる感覚。

 クレハは——微笑んだ。声の高さは変えない。


「——ようこそ。あなたも、見ていますね」


 コメントが一瞬ざわめき、そして雪崩のように流れた。


《演出?》《コラボ?》《ARG開始?》《こわいからやめろって》《なにこれ最高》《台本?リアル?》


「あなたは、わたしの“間違い”を装いましたね。寿命帳の数字をすり替えるのは、三つの方法しかありません。一つは、本人の自己申告。二つ目は、管理者の故意。——そして三つ目は、“上書き権限の盗用”。」


 クレハの視線は、カメラのすぐ横、つまり俺の肩の空間に落ちた。

 そこに誰もいないのに、二人分の沈黙が降りる。

 耳鳴りがする。外の廊下の足音が遠い。


「わたしは落第生。数字を間違える死神です。だから、あなたの細工に気づくのが遅れた。……でも、今は違う。わたしの隣には、“見てくれる人”がいる」


 クレハの手が、わずかに机の下で俺の袖をつまんだ。

 指先が、温度のないはずなのに、確かに触れた。


「観客という目の前で、“悠斗の寿命”に触れてください。あなたが本物なら、画面のここに干渉できる。——どうぞ」


 空気が、張り詰めた和紙みたいに乾いた。

 コメント欄が流れ、冷笑も、祈りも、茶化しも、等間隔に並ぶ。

 十秒、二十秒。

 何も起きない。

 ——いや。無音のなかで、時計の針だけがズレた。

 モニターの右上のシステム時計が、一瞬だけ一分進み、すぐ戻った。

 画面の点滅。OBSの小さな赤丸が、刹那、消えたように見えた。


「通信レイヤ……」俺の口から勝手に言葉がこぼれる。「回線いじってきてる。直接じゃない、視聴環境の“現実感”を崩して、恐怖を引き出す系の——」


「姑息です」

 クレハは、さらりと言った。「死神の権限は、“恐怖”ではありません。“順番”です」


 彼女は視線をテーブルに戻し、紙コップの一つを指で押した。

「このコップは十秒後に倒れます。あなたがいますから。——あなたは、こういう“遅延”で人を焦らせるのが好きです」


 十。

 九。

 八——


 コメント欄に、見慣れないユーザー名が浮かんだ。《MORT_EXACTOR》。


《証明しろ》


 七。六。

 リングライトの光が一瞬和らぐ。

 五。

 四——紙コップは静止している。

 三。

 二。

 一。


 倒れなかった。

 ——沈黙。

 俺の喉が詰まる。

 クレハは、細く息を吐いた。


「あなたは、いじりましたね。机を。——湿度を下げ、表面の摩擦係数を一時的に上げた。わたしの“順番”を狂わせるために」


《そんなことできるん?》《演出?》《こわ》《机の湿度いじるって何者だよ》《ハッカーじゃん》《霊能バトル?》


「いいでしょう」

 クレハはすっと立ち上がり、カメラを見た。「では、わたしはあなたの“順番”を直す。それが、わたしの仕事です」


 彼女はコップの位置を一ミリ左にずらし、割り箸を縁に水平にかけた。

 俺は何をしているのか理解できなかった。ただ、指の軌跡が“絵を描いている”のだけは分かった。

 カメラを通すと、割り箸は線。コップは点。机は平面。

 その幾何学に、人の呼気と照明の熱と、外廊下の足音が、見えないベクトルとして加わる。


「三秒後」


 三。二。一——

 ぱたん、と割り箸が落ち、コップが倒れ、水がこぼれた。


《きれいに倒れた》《時間ぴったり今度は当てた》《調整で戻すのすげえ》《“順番を直す”ってこういうこと?》《物理でも説明できるが、説明できるからこそ凄い》


「あなたが恐怖で現実感を揺らすなら、わたしは手触りで戻します。観客の“手触り”に届く所作で」


 《MORT_EXACTOR》の名前が、一瞬だけ滲んだ。

 そして、短い文字列が落ちる。


《落第生が、口を利く》


 クレハは、笑った。

 凛とした、挑発に乗っていない笑顔。


「——はい。落第生です。だから、観客に頼ります。わたしは一人で完璧にはなれない。だから、“見て、測って、直してくれる”人の前で、わたしは働きます」


 コメントが弾け、視聴者数が跳ね上がる。

 俺は横で喉の渇きを誤魔化し、手元のチェックリストに“非常時用のBGM”を追加しながら、クレハの横顔を見た。

 死神のくせに、人間の舞台の歩き方を知っている。

 いや、違う。

 人間の舞台だからこそ、彼女はこの歩き方を選んでいる。


「最後に、わたしが“死神”であることの、もう一つの示し方。わたしは未来を確定しません。——未来は、あなたの選択で変わるから」


 クレハはカメラを近づけ、画面越しの誰かに語りかけるように声を落とした。

「今日、配信を見ながら、コンロの火をつけっぱなしの人がいます。右手にスマホ、左手にフライパン。あなたの台所の壁紙は白。換気扇は止まっていて、猫が足元で鳴いている」


 俺は椅子から立ちかけ、また座った。

 コメント欄がざわつく。


《俺だ》《今まさにそれ》《バレた》《猫いる》《コンロは消えてる》《俺も白壁紙》《特定こわ》《でもありがたい》


「“あなた”かどうかは分かりません。わたしが見ているのは、ここを見ている人々に絡みついている“順番”の束。——危ない順番が混ざっているので、いま、火を消してきてください」


 数十秒の沈黙。

 コメント欄が、戻ってくる“ただいま”で埋まった。


《ほんとに消してなかった》《助かった》《猫が鳴いたタイミングも当たってて震える》《偶然でも感謝する》《“確定じゃなくて順番を見る”ってこういうことか》


 クレハは、小さく会釈した。


「わたしは、死を脅しません。死は、十分に強いから。

 わたしは、順番を直すだけ。あなたの“今”が少しだけやさしくなるように」


 そこで、配信は終わった。

 数字は、今日も小さな熱を残した。

 机の上の水が、輪を広げ、それもやがて乾く。


 照明を落とす前に、俺のスマホが震えた。

 通知。DM。差出人は不明。

 添付されたのは、一枚の画像だった。

 黒地に、白い輪。紙コップの濡れ跡。——いや、違う。

 それは、街路の見取り図に重ねた“事故の時間帯ヒートマップ”。

 赤い点が、明日の午前九時に集中している。


「クレハ」


 彼女はすぐに近づき、画面を覗き込んだ。

 灰の瞳が、深く沈む。


「これを送れるのは、わたしたちの世界の人間。……“すす”かもしれません」


「誰だ、それ」


「わたしの同期。同期で、わたしを“落第”と呼ぶ人。ルールに忠実で、数字に傲慢。あなたの寿命ページに手を入れられるのは、彼女くらい」


「明日の九時、事故が起きるって、そういうことか」


「“起きやすい”という順番を、彼女は強めようとしている。わたしが“観客を味方につけた”から、パワーバランスを戻しに来る」


 言葉の意味は、半分しか飲み込めない。

 でも、九時に何かがある。その輪郭だけは、はっきりしている。


「行こう」

 俺は自分でも驚くくらい自然に言った。「どこかは分からないけど、行ける範囲で手当たり次第、順番を直す。——人の多い横断歩道、バス停、学校の前、工事現場。朝の九時に“赤”が濃くなるところ」


「悠斗、危険です」


「危険でも、やる。ここで画面の前で祈ってるだけじゃ、きっと間に合わない」


 クレハは、ほんの短い間だけ迷って、頷いた。

 頷き方にも、順番がある。

 俺たちは段取りを詰める。

 配信で動員できるか。ツイートで“朝の安全週間”ごっこができるか。地図アプリで人流の“赤”を見られるか。

 リングライトの脚を畳み、ケーブルを束ね、カメラをバッグに。

 まるで遠足の準備みたいだ、と一瞬だけ思って、すぐ打ち消した。


「悠斗」


「ん」


「あなたは、わたしの“証明”でした。——わたしが本物であることの」


 不意を突かれた。

 クレハの言葉は、いつも正確だ。だからこそ、突然の“比喩”が胸に残る。


「配信も、街も、あなたが横で笑ってくれると、うまくいく気がします」


「笑ってるだけじゃすまないけどな」


「はい。明日は、一緒に“笑い方”の外側へ行きます」


 夜は、深い。

 封筒は、机の上で白いまま。

 でも、俺の手帳のページは、黒いインクでびっしりと埋まっていた。

 九時に向けてのチェックリスト。

 モバイルバッテリー、傘、救急セット、ガムテープ、ホイッスル。

 そして、一番最後の行に、震える字で書いた。


 ——「順番は、直せる」


 アラームを九時の三十分前に設定し、俺たちは灯りを落とした。

 暗闇は、見慣れれば形を持つ。

 けれど今夜の暗闇は、初めて見る形だった。

 手触りのある、期待と、少しの恐怖。


 クレハがシーツに髪を溶かしながら、小さく言った。


「明日、悠斗の寿命ページ、また見ます」


「今度は——」


「間違えません」


 彼女の声は、暗闇のなかで真っ直ぐだった。

 俺は、うなずいた。何度でも、うなずけた。

 目を閉じると、紙コップの輪が、街路の上で静かに広がっていくのが見えた。

 輪の外側に、人の声が集まる。

 それを、明日、手で触る。

 俺たちは、配信者と、落第の死神。

 証明は、これからだ。

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