第3話「死神、アンチに出会う」
配信三回目。
タイトルは【死神、料理に挑戦】。
クレハが包丁を手に取り、俺が横で監督する。
映像の向こう、コメント欄はいつものように賑やかだった。
《死神包丁こわい》
《絶対指切る》
《声かわいいから許す》
《今日も尊死》
俺は横でキャプボの画面を見守り、音量メーターを監視する。
クレハは包丁を持つ所作まで妙に優雅で、カメラ映えは完璧だ。
ただし、実際の技術はゼロ。玉ねぎを切ろうとして芯に突き刺し、涙目になってフードをずらす姿にコメントが爆発する。
《草》
《死神涙目w》
《俺の寿命削っていいから守ってやりたい》
笑いに包まれる空気。
俺も思わず、声を出して笑った。
けれど、そのときだった。
《こんなの死神じゃない》
《設定寒すぎ》
《作り話乙》
画面の右端に、冷たい文字が混じった。
——初めての、アンチコメント。
「悠斗」
クレハが小さく俺の名を呼ぶ。
視線はカメラのまま、声だけ俺に届くように低く。
彼女の声がわずかに震えているのを、俺は聞き逃さなかった。
「大丈夫。無視していい」
「……無視、ですか」
「ああ。配信ってのは、八割の人が楽しんで、二割がつまらないって言うもんだ。気にするだけ損」
俺が答えると、クレハはほんの一秒沈黙してから、再び画面に向き直った。
そして柔らかい笑みを浮かべ、視聴者に語りかける。
「——そう。たしかに、わたしは“本物の死神”です。信じるかどうかは、あなたの自由。でも、今日も人間の時間は流れています。だから、わたしは配信します。あなたの今が、少しだけやさしくなればいいと思って」
コメント欄が一気に反転した。
《尊い》
《アンチ涙目》
《本物だろうが設定だろうがどうでもいい、好き》
《こういう返しできる子、強い》
俺は横で息を吐いた。
……強い。
少なくとも表面上は、俺なんかよりよほど肝が据わってる。
配信終了後。
PCをシャットダウンし、照明を落とすと、部屋は静けさを取り戻した。
コンビニで買った惣菜を机に並べ、クレハと向かい合う。
「……本当は、怖かった」
箸を持ったまま、彼女がぽつりと言った。
顔は俯き、影に隠れている。
配信中の完璧な仮面ではなく、ポンコツな同居人の顔。
「“偽物”と言われること。死神であることを、嘘だと思われること。わたしは……存在の証明が、ずっと下手だから」
「存在の、証明?」
クレハは小さく頷いた。
そして、胸元からあの寿命帳を取り出す。
銀の筆で開かれたページに、また俺の名前があった。
「これが、わたしの唯一の仕事。けれど、数字を間違える。命を数える者が、命を間違える。……そんな死神に価値があるのか、ずっと怖い」
冗談みたいな口調で語るときとは違う。
本気で悩んでいる声だった。
俺はしばらく箸を止め、考える。
どう返せばいいか、わからない。
でも、言わなきゃと思った。
「……配信見たろ? 君が“死神かどうか”なんて、正直どうでもいいんだ。大事なのは、見た人が少しでも笑ったかどうか。それで十分じゃないか」
「笑わせることが、死神の価値になる?」
「俺は、そう思う」
クレハはしばらく黙り、やがて小さな声で「……なるほど」と言った。
灰色の瞳に、微かな光が宿る。
死神としての矜持と、人間としての弱さ。その狭間で揺れているように見えた。
翌日。
大学から戻ると、机の上に見慣れない封筒が置いてあった。
差出人不明。開けると、中には一枚の紙。
——「死神を名乗るな。お前の寿命は、俺が数える」
震える字で書かれていた。
背筋が冷たくなる。
誰かが、俺たちの配信を本気で“危険視”している?
「悠斗、どうした?」
クレハが背後から覗き込む。
紙を見た瞬間、彼女の顔から血の気が引いたように見えた。
「これは……ただの人間のいたずらではありません。死神の世界の文体です。わたし以外の、誰かが——」
言葉を切る。
灰の瞳が、深く揺れた。
「悠斗。あなた、本当に三日後に死んでいたかもしれません」
「は?」
「わたしが直したあの帳面。もし、わたしの“間違い”ではなく、誰かの“介入”だったとしたら——」
静寂が、部屋を満たした。
死神としての修行。VTuberとしての挑戦。
その裏で、もっと大きなものが動いているのかもしれない。
クレハは小さく拳を握り、宣言した。
「悠斗。次の配信、テーマは決まりました。“死神は、偽物か本物か”——そこで、わたしは答えます」
俺は喉を鳴らし、息を呑んだ。
配信はもう、ただの娯楽じゃなくなる。
命と、存在と、嘘と真実が交差する舞台になろうとしていた。




