第2話「死神、炊飯器に敗れる」
翌朝。目覚ましのアラームを止めて、カーテンの隙間から差し込む光を見た瞬間、俺は昨夜の出来事を思い出した。
——死神が同居人になって、VTuberデビューを果たした。
視線を横にずらすと、ベッドの隅でクレハが正座したまま目を閉じていた。眠らないらしい。俺のスマホの充電ケーブルをじっと観察している。
「悠斗。これは、生命維持装置ですか?」
「違う。スマホの充電器」
「なるほど。あなたの寿命と直結していないのですね。では間違えて切っても——」
「切るな! 大事なんだよ!」
朝食を作ろうと炊飯器の蓋を開けた瞬間、クレハが顔を近づけてきた。
「これは、魂を蒸す器ですか?」
「米! ただの米!」
「米……人間界ではエネルギー資源なのですね」
クレハは興味津々でスイッチを押したが、なぜか保温モードに切り替わっただけで炊けない。ボタンを連打し、最終的に「エラー」の赤ランプが点灯する。
「……敗北しました」
「敗北じゃなくて、操作ミスな」
朝からドタバタだが、不思議と腹は立たない。こういうのを「ポンコツかわいい」って言うんだろう。
大学へ行っている間、彼女は留守番。帰宅してPCを開くと、昨夜のアーカイブにコメントが山ほどついていた。再生数は千を越えている。
《声きれいすぎ》
《死神って設定凝ってる》
《次の配信はいつですか?》
《ガチ恋したので布教します》
……やばい。ほんとに伸び始めてる。
「悠斗。数字が増えています。これは寿命の残量のようなものですか?」
「違う! 再生数! 人気が出てるってこと!」
「なるほど。では、これは延命につながりますか?」
「まあ、そういうもんかもな」
次の配信テーマを相談していると、クレハが真剣な顔で言った。
「次は“炊飯器との戦い”をコンテンツ化します」
「おい、それはやめろ」
「視聴者に『死神でも炊飯器に勝てない』と伝えれば、親近感を得られます」
「自虐系VTuberかよ……」
でも、その発想は悪くないかもしれない。昨夜はクール路線だったが、日常のドジを見せればさらに距離が縮まる。
その夜。二回目の配信。タイトルは【死神、炊飯器に挑む】。
開始五分で、クレハは米を床にぶちまけ、コメント欄が爆笑で埋まった。
《草》《尊い》《炊飯器最強説》《死神かわいい》《俺の寿命も炊け》
登録者数は配信終了時点で一万人を突破。
俺は画面を見ながら、笑いと同時に背筋をぞくりとさせた。
——この勢い、本物だ。
配信後、クレハは真面目に反省していた。
「悠斗。わたし、また間違えました」
「いや、間違えて正解だろ。今日はあのミスが一番の盛り上がりだった」
「……そうですか。人間は“欠陥”に愛着を持つのですね」
「まあ、そういうもんだ」
クレハはしばらく考え込み、やがて小さく笑った。
その笑顔は、寿命帳に記されない種類の温度を持っていた。




