第16話「死神、世界の余白を前に立つ」
寿命帳が、炎のように光を放ち続けていた。
ページの境界は消え、目の前に広がるのは——地球そのものの地図。
大陸、海、都市、群衆。そのすべてが文字に変わり、**「寿命」**として刻まれていく。
「世界総和:残り 4,210,675,XXX年」
数字は途方もない規模で流れ続ける。
だが、その下に浮かび上がった余白には、たった二つの選択肢。
「総和を削り、秩序を保つ」
「総和を救い、誤差を許す」
「……ついに、世界そのものが“対象”になったか」
俺は乾いた喉で呟いた。
クレハは寿命帳を抱きしめ、灰色の瞳を揺らす。
「世界全体を操作する……そんな権限、神ですら持ちません。
RAKUDOは、死神を超えて“創造主”になろうとしている」
配信をオンにする。
タイトルはただ一行。
【最終決戦】世界の余白——削るか、救うか
赤い点が灯った瞬間、視聴者数は二十万を突破した。
コメント欄は爆発するように流れ続ける。
《スケールやばすぎ》《世界を削る?》《救うしかない》《秩序も大事じゃない?》《#世界の余白 トレンド入り》
ハッシュタグは瞬時に世界規模で拡散し、海外からもコメントが溢れ出す。
英語、中国語、韓国語……あらゆる言語で「SAVE」「DON’T ERASE」の声が並ぶ。
その時、画面が白に染まった。
《RAKUDO》の文字が浮かぶ。
“誤差を許せば、戦争は増え、病は広がり、寿命の不均衡は暴走する。
秩序を守る唯一の道は、“総和を削る”ことだ。”
同時に、地図の都市ごとに数字が浮かび、減算が始まる。
「TOKYO:−0.01年」
「NEW YORK:−0.02年」
「CAIRO:−0.03年」
「……このままじゃ、本当に世界から少しずつ寿命が奪われる!」
俺はマイクに向かって叫んだ。
「みんな! もう一度名前を! 国でも都市でもいい! 自分の生きたい場所を書いてくれ!」
最初は白紙が流れるだけ。
でも、やがてコメント欄に黒文字が並び始めた。
《TOKYO:残す》
《NEW YORK:生きる》
《SEOUL:救え》
《MEXICO:未来を残せ》
無数の都市名が並び、寿命帳の地図に光が灯る。
減算されていた数字が次々に打ち消され、総和が元に戻っていく。
「……これが、群れの声です」
クレハが涙声で囁いた。「世界が、自分で自分を守ろうとしている」
RAKUDOの文字が再び現れる。
“誤差は美しい。だが、美しさは秩序を殺す。
本当に誤差で世界を保てるか、見せてみろ。”
次の瞬間、配信画面が崩れ、カウントダウンが始まった。
「世界総和 崩壊まで:60秒」
「悠斗!」
クレハが俺の手を握る。「余白を埋める最後の手段は、あなたの寿命です」
「……また俺か」
笑いながらも、胸は震えていた。
でも、迷いはなかった。
俺は寿命帳に、自分の行を追記した。
「悠斗:寿命 −5年」
その横に、小さく数字が連動する。
「世界総和:+5年」
カウントダウンの数字が一瞬止まり、再び動き出す。
だが今度は「崩壊」ではなく——
「維持」
コメント欄が爆発する。
《ありがとう》《尊すぎる》《世界を救った》《誤差こそ希望》《#悠斗とクレハ》
クレハの寿命も書き換わる。
「KUREHA:寿命 5年」
「弟:寿命 3年」
ページが閉じ、白い光が収まった。
画面に、最後の《RAKUDO》の文字。
“誤差は秩序を揺らす。
だが、揺らぎを秩序に変える群れを見た。
……これが、余白の本当の埋め方なのかもしれない。”
文字は薄れていき、白紙の余白は静かに消えた。
クレハは寿命帳を抱きしめ、深く息を吐いた。
「……弟も、わたしも。少しだけど、時間をもらえました」
俺は笑った。
「群れがくれた時間だ。だったら、大事に使わないとな」
カメラの奥の群れに向かって、俺は言った。
「これで終わりじゃない。また配信する。誤差を抱えて、誤差のまま、生き続ける」
コメント欄は、祝福で埋め尽くされた。