第15話「死神、弟の余白を埋める」
寿命帳のページに、淡い光で浮かび上がる文字。
「弟:寿命 0年 → 選択可能」
その下には、二つの選択肢が滲んでいた。
「弟を救う → クレハ、完全落第」
「弟を消す → クレハ、完全死神へ復帰」
クレハはページを抱きしめ、声を震わせた。
「……これが、わたしが恐れて背を向けた瞬間。弟を救えば死神でなくなる。消せば職務を果たす。でも、どちらも正解じゃない……」
配信を開始する。
タイトルは短く、ただこう打った。
【最終選択】死神クレハ、弟の余白を埋める
開始十秒で十七万。
コメント欄は怒涛のように流れ続けた。
《救え!》《死神でなくていい》《弟と一緒に》《職務なんてクソくらえ》《#クレハを守れ 最後の戦い》
画面の下で寿命帳のページが白く震え、余白が光の奔流を放つ。
その中央に、《RAKUDO》の黒文字が浮かんだ。
“誤差を積むな。
救うは誤差。誤差は祝詞。祝詞は崩壊。
崩壊こそ群れを殺す。”
そして突然、配信画面の枠が崩れ始めた。
コメント欄が溶け、視聴者数のカウンターが「0」に戻る。
「……配信が、消されていく!」
俺は叫んだ。
「みんな! 最後までコメントしろ! 名前を書け! ここにいるって証を残せ!」
最初は白しか流れない。
でも、やがて一行。
《佐藤:ここにいる》
二行。
《ミナ:消えない》
《匿名希望:弟を救え》
三行、四行、十行……
白紙を塗り潰すように、名前と声が積み重なっていく。
寿命帳が震え、クレハの「1年」が眩く光る。
その光は弟のページへと溢れ、ゼロの数字を押し上げた。
「弟:寿命 1年」
クレハが嗚咽を漏らした。
「……弟に、やっと“時間”を渡せた……」
RAKUDOの文字が黒く滲む。
“誤差だ。
誤差は群れを壊す。”
俺はカメラの奥を睨んだ。
「違う。誤差は——群れの証拠だ。
全員が同じ寿命なんてありえない。でも、不揃いだから支え合える。
それを“崩壊”なんて呼ばせない!」
ページが大きく震えた。
弟の行の横に、クレハの寿命が書き換わる。
「KUREHA:寿命 3年」
「弟:寿命 1年」
数字は小さい。
でも確かに、ゼロではなかった。
コメント欄が歓声で溢れる。
《戻った!》《消えなかった!》《誤差は生きる証》《#クレハを守れ 完全勝利》
画面に最後の黒文字が浮かんだ。
“群れは感傷で世界を揺らす。
……だが、揺らぎが秩序を塗り替えるのもまた真実。
次は、秩序ごと問おう。”
その瞬間、寿命帳が白く燃え上がった。
余白はページを越えて、世界全体に広がり始める。
街灯の光が瞬き、SNSのタイムラインが白く埋まる。
「悠斗……これは、世界そのものの“余白”です」
クレハの声はかすれていた。
「次は、群れじゃなく——世界全体を削るか残すかを問われます」
俺は拳を握った。
最後の戦いが、ついに始まろうとしていた。