第14話「死神、自らの余白を埋める」
寿命帳の新しいページに、クレハの名前が刻まれていた。
「KUREHA:寿命 1年 → 選択待ち」
インクの滲むような文字が、俺たちを見下ろしているようだった。
彼女は灰色の瞳を細め、ページを撫でる。
「……弟を救えなかった時と同じです。
でも今度は、対象がわたし自身。——“余白”はわたしに、生きるか、消えるかを選べと言っている」
俺は喉が詰まった。
「そんなの、選ぶまでもないだろ。生きろ。みんなそう願ってる」
「……そうでしょうか?」
クレハの声は震えていた。「落第した死神に、存在の価値なんてあるのでしょうか」
その夜の配信。
タイトルに俺はこう打った。
【公開選択】死神クレハの寿命——生かすか、消すか
開始直後から、コメント欄は泣き声に近い叫びで埋まった。
《消えるなんてダメ》《1年でも生きて》《#クレハを守れ 再点火》《死神だろうと推しは推す》《弟のぶんも生きて》
ハッシュタグが再び拡散し、国内トレンドの一位に躍り出る。
視聴者数は十五万を越えていた。
クレハはカメラを見つめ、深く息を吐いた。
「……わたしは、弟を救えなかった。それがわたしの罪です。
でも……もし、群れが“わたしを残せ”と声をあげるなら——」
画面が白に染まった。
《RAKUDO》の文字が浮かぶ。
“死神は残骸。誤差。
残す声は感傷。
感傷は誤差を増やす。”
次の瞬間、コメント欄が再び空白になった。
視聴者たちの名前が、ひとつずつ寿命帳に並び、そこに「−1」の印が刻まれていく。
「やめろ……!」
俺は叫んだ。「みんな! 自分の名前をもう一度書け! “生きろ”でも“残れ”でもいい! クレハを守れ!」
最初は沈黙。
だがやがて、一行ずつ名前が戻り始める。
《佐藤:残れ》
《ミナ:消えちゃダメ》
《匿名希望:俺の1年あげる》
《KAZU:生きろ、クレハ》
寿命帳の“1年”の数字が、震えるように増えていく。
「KUREHA:寿命 1年 → 2年 → 3年」
コメント欄は涙の奔流のように流れ続ける。
《俺の寿命削ってもいいから》《死神でも推しは推す》《弟のぶんも一緒に》《#クレハを守れ 完全勝利》
クレハが寿命帳を抱きしめ、嗚咽を漏らした。
「……こんなに。わたしなんかに。……弟に渡せなかった声を、こんなにもらえるなんて」
俺は彼女の肩に手を置いた。
「お前は“残骸”なんかじゃない。群れがそう証明してる」
しかしその時、寿命帳の余白に新しい行が浮かんだ。
「弟:寿命 0年 → 選択可能」
灰色の瞳が大きく見開かれる。
「……弟のページ……?」
ページの下に、RAKUDOの文字が黒々と浮かんだ。
“ならばやり直せ。
今度は弟の余白を埋めろ。
彼を救えば、お前は再び落第する。
彼を消せば、お前は完全な死神に戻れる。”
クレハの手が震える。
「……また、選択を」
彼女の頬に、初めて涙が伝った。
俺はカメラの奥の群れを見つめ、叫んだ。
「みんな! これはクレハの戦いだ。でも俺たちも声を残せる。——弟を救うべきか、死神として残るべきか。
お前らの声で、余白を埋めてくれ!」
コメント欄は一斉に揺れた。
白紙だった画面が、黒い文字で再び満ちていく。
《救え!》《今度こそ!》《弟と一緒に生きて》《死神に戻らなくていい》《#クレハを守れ 最終戦》
寿命帳が、眩い光を帯び始めた。
余白が震え、選択の瞬間が迫っていた。