第13話「死神、群れを削るか救うか」
寿命帳の余白に、ぞっとする光景が広がっていた。
コメント欄に並ぶ数万のユーザー名が、そのまま帳面のページに文字化している。
ひとつひとつに、小さく「−1」「+1」の印がつき始めていた。
「……これは、視聴者全員の寿命です」
クレハが灰色の瞳を見開く。「RAKUDOは、“群れ全体を削るか救うか”という選択を迫っています」
俺は喉を鳴らす。
「もし削ったら……」
「数万人単位で、平均寿命が減る。増やす場合も、別の群れから奪う形で帳尻を合わせる……」
息が詰まった。
RAKUDOの声が画面に浮かぶ。
“誤差を許す群れは、増えすぎた灯。
誤差ごと削れば、整合性は戻る。”
俺は配信タイトルを打ち直した。
【公開アンケ】群れ全体の寿命——削るか救うか
赤い点が点灯し、視聴者は一気に十万を超える。
コメント欄は悲鳴と議論で満ちた。
《重すぎる》《俺の寿命が数字にされてる》《削るとかありえん》《でも救うって誰から奪うの?》《#群れ余白 投票開始》
ハッシュタグが瞬時に広がり、SNS全体がざわめく。
ネットニュースの速報枠に「死神配信が社会現象」とまで流れる。
「悠斗」
クレハが寿命帳を見つめる。「数字はもう動き始めています。——決断しなければ、RAKUDOが勝手に“削る”を選びます」
「そんなの許さねえ」
俺は深呼吸し、叫んだ。
「みんな! 自分の名前をコメントしてくれ! “削るな”でも“救え”でもいい! とにかく声を残せ!」
数秒後。
コメント欄が一斉に黒で埋まった。
《田中:削るな》《ゆき:救え》《匿名:俺は誤差でも生きたい》《KAZU:削らせるな》《REINA:ありがとう、1日でも延ばしたい》
寿命帳のページに、その声が刻まれていく。
「群れ:削る 5%/救う 95%」
「……群れは“救う”を選んでいます」
クレハの声が震えていた。
「でも、それは別の群れから寿命を奪うことを意味する。——RAKUDOは、その矛盾を突きたいのです」
案の定、画面に黒文字が浮かんだ。
“救うは奪う。奪えばまた誤差。
誤差は祝詞。祝詞は崩壊。
群れの温情は、群れを殺す。”
直後、寿命帳に“未知の群衆”の名前が並び始めた。
「地方都市C」「工場労働者群」「未登録戸籍群」——顔も知らない、存在すら曖昧な人々。
彼らから寿命を削って、視聴者に分配しようとしている。
「悠斗!」
クレハが叫ぶ。「選ばなければ、本当に奪われる!」
俺は震える指でページに触れた。
「……だったら、こうだ」
余白の下に、自分の名前を書き足した。
「悠斗:寿命 −3年」
その横に、小さな数字が広がる。
「群れ:+総和3年」
コメント欄が爆発した。
《やめろ!》《悠斗まで削るな!》《でもこれなら誰も奪わなくて済む》《#悠斗を守れ》
クレハが寿命帳を抱きしめる。
「……あなたはまた、“自分を削る”ことを選んだのですね」
俺は笑った。
「群れに預けるって決めたんだ。だったら、俺が“誤差”を背負えばいい」
ページが震え、白い光があふれる。
寿命帳の端に、新しい行が追加された。
「群れ:総和 ±0」
「悠斗:寿命 44年」
数字は確かに減った。
でも群れ全体は、奪われなかった。
画面に再び《RAKUDO》の文字が浮かぶ。
“誤差を背負うか。
感傷の誤差は、長くはもたない。
次は、死神自身が——群れを削るか問う。”
寿命帳のページがまためくられる。
そこには、クレハの名が再び現れていた。
「KUREHA:寿命 1年 → 選択待ち」
群れの寿命を救った直後に、今度はクレハ自身の寿命が問われる。
彼女が弟を救えなかった“余白”が、再び開いたのだ。
クレハは震える声で俺を見た。
「……今度こそ、選ばなければなりません。——弟ではなく、わたし自身について」
次の試練が、静かに始まろうとしていた。