第12話「死神、落第の記憶に触れる」
寿命帳のページに現れた新しい行。
そこには、はっきりと書かれていた。
「KUREHA:寿命 0年(保留)」
俺は思わず息を呑んだ。
「ゼロ……? どういうことだよ、クレハ」
彼女は膝の上で寿命帳を抱きしめ、灰色の瞳を伏せる。
「わたしのページは、本来ならもう閉じられていたのです。弟を救えなかったあの日に。——けれど“余白”を残してしまった。だから、いまこうして人界に留まっている」
「落第……ってのは、つまり——」
「はい。死神としての任務を果たせず、存在を半ば消去された。わたしは“残骸”に近いのです」
胸の奥が締めつけられる。
クレハは人ならざる存在だと分かっていた。けれど“残骸”なんて言葉で、自分を貶める姿を見たくはなかった。
配信を開始する。
タイトルは迷わずこう打った。
【緊急】死神クレハ——落第の理由と“0年”の意味
赤い点が灯り、視聴者数は瞬く間に二万を超える。
コメント欄は騒然とした。
《0年って何》《消えるってこと?》《弟の話…?》《泣きそう》《#クレハを守れ タグ立てた》
ハッシュタグが一瞬で拡散し、画面が熱を帯びる。
クレハはカメラを見据え、静かに語り始めた。
「……わたしには弟がいました。病で、寿命帳には“明日”と記されていた。余白が与えられれば、分配で救えたはずでした。けれど——わたしは怖くて、選べなかった。数字のままに従い、弟は死にました」
沈黙。
コメント欄に一斉に涙の文字が溢れる。
《つらい》《選べなくて当然》《責められることじゃない》《それでも落第なんて》《#クレハは残骸じゃない》
クレハの声が震える。
「その瞬間、わたしのページは“0年”とされました。死神としての権利を失い、人界に放り出された。——修行という名の、半ば放置です」
そのとき、画面が白に染まった。
《RAKUDO》の文字が浮かぶ。
“死神すら、群れに預けられるか試そう。
配信そのものを白紙化する。
視聴者が名を刻めなければ、死神のページは完全に消える。”
次の瞬間、コメント欄が空白になった。
ユーザー名も、文字も、何もかもが消え、ただ白が流れ続ける。
「……これは、“白紙化”です」
クレハが顔を歪める。「視聴者の存在が消去されている。——わたしを消すために」
「ふざけんな!」
俺は机を叩き、叫んだ。
「名前を書いてくれ! コメントに“自分の名”を残してくれ!」
数秒の沈黙。
そして、一行の黒文字が浮かんだ。
《佐藤:いる》
続けて、
《ミナ:残る》
《KAZU:生きたい》
《匿名希望:俺は俺だ》
白紙の欄に、一つずつ名前が戻っていく。
寿命帳の“0年”の横に、薄いインクで数字が増えていく。
「KUREHA:寿命 1年」
コメント欄は涙で滲むように流れた。
《1年!》《戻った!》《俺たちが書けるんだ!》《#クレハを守れ 完全勝利》
だが、RAKUDOは沈黙しなかった。
再び画面に黒文字が浮かぶ。
“群れは感傷で誤差を増やす。
誤差は祝詞となり、秩序を壊す。
次は、誤差ごと群れを削る。”
寿命帳の余白が、また広がる。
今度は俺でもクレハでもない。
視聴者たちの名前が、一斉に並び始めた。
「悠斗……」
クレハが息を呑む。「これは……群れ全体を消す選択肢です」
俺は歯を食いしばる。
守らなきゃ。
俺だけじゃなく、クレハだけじゃなく、見てくれる全員を。
次の試練が、始まろうとしていた。