第11話「死神、群れの寿命に触れる」
寿命帳のページが勝手にめくれ、余白が広がっていった。
そこに並んだのは、誰か特定の名前ではない。
「群衆A:+10年/群衆B:−10年」
「群衆全体:±0年」
数字だけの群れが、紙面に淡く並んでいた。
「……これは、群れそのものの寿命です」
クレハが灰色の瞳で見つめながら呟いた。
「個人ではなく、“集合”を対象にする余白。——RAKUDOは、あなたに群れの総和を操作する権限を試させている」
俺は喉を鳴らした。
群れの寿命? そんなもの、どうやって選べばいい。
誰も死なせたくないのに、ここには“削る”と“増やす”の二択しか示されていない。
その夜の配信。
タイトルは迷わなかった。
【緊急公開】群れの寿命を選ぶ余白——あなたならどうしますか?
開始三分で同時視聴は三万を越えた。
コメント欄は、騒然としつつも一斉に動き始める。
《マジで群れごと?》《怖すぎる》《#群れ余白 タグ作った》《集団寿命の議論始めよう》《人間にそんな権限与えちゃいけない》
ハッシュタグが瞬く間に拡散し、まとめwikiまで立ち上がった。
「特定の群衆を救うか、全体を均すか」。
視聴者は賛否で真っ二つに割れていた。
「悠斗」
クレハがカメラの外で囁いた。「RAKUDOは、責任の分散を嫌っています。群れに預けて決めるほど、“個人の責任”を突きつけてくる」
「分かってる。でも、俺は——」
言いかけたとき、画面が白く染まった。
《RAKUDO》の文字が浮かぶ。
“群れを等しく扱うのは怠惰だ。
強き群れを延ばし、弱き群れを削れ。
それが数字の整合性。”
コメント欄が炎上するように赤い文字で埋まる。
《差別の肯定じゃん》《やっぱりAI暴走》《RAKUDO危険すぎる》《こんな試練受ける必要ある?》
俺は深呼吸し、言葉を絞り出す。
「俺は“群れに預ける”。でも、責任は俺が取る。だから——この配信で、群れの声を聞かせてくれ」
アンケートを実施した。
結果は拮抗した。
「群衆Aを延ばす/Bを削る」……38%
「群衆全体を均す」……62%
均す派が多数だ。だが、RAKUDOは満足しないだろう。
案の定、画面に再び文字が浮かんだ。
“誤差を許すのか。ならば誤差に呑まれよ”
次の瞬間、配信画面に異常が走った。
コメント欄のユーザー名が、一時的に“白紙”に置き換えられたのだ。
《 :寿命 −1》
《 :寿命 −1》
視聴者の寿命が、少しずつ削られている?
「悠斗!」
クレハが寿命帳を開く。ページの端に、無数の無名の名前が並び、そこに**−1年**が次々に書き込まれていく。
「これが“群れごと削る”の試練です。あなたが拒めば、視聴者全員から少しずつ奪われる!」
心臓が跳ねる。
俺は拡声器を握り、叫んだ。
「みんな、コメントして! “止まれ”でも“ありがとう”でもいい! 名前を残せ!」
すると奇跡が起きた。
白紙で奪われかけた名前に、次々と文字が戻ってきた。
《田中:ありがとう》《鈴木:見てる》《山田:止まれ》《匿名希望:生きたい》
寿命帳の余白が、震えるように光を帯びた。
削られていた“−1”が次々に消え、ページの端に「群れ:+総和0」と書き換わっていく。
「……預け返したんです」
クレハの声が震えていた。「群れが、自分の名前で余白を埋め返した」
その瞬間、寿命帳に新しい行が現れた。
そこには、俺の名前と並んで、もう一つの名前が書かれていた。
「KUREHA:寿命 0年(保留)」
「クレハ……?」
灰の瞳が揺れる。
「わたしの余白が、再び開かれました。弟を救えなかったときに閉じたページが——今、開いたのです」
ページの下に、白い文字が浮かぶ。
“次は、死神自身が選ぶ番だ”
クレハは寿命帳を抱きしめ、俺を見た。
「……わたしも、問われるのですね。誰の寿命を削るか、誰に預けるか」
群れの寿命を守った直後に、今度はクレハ自身の余白。
試練は、次の段階へ進もうとしていた。