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第10話「死神、余白の代償を問う」

 白い画面に浮かんだ《RAKUDO》の一文が、胸の奥に残り続けていた。

 ——“余白は祝詞。埋めるのは君たちだ。”


 翌朝、机の上に開いた寿命帳を、クレハは食い入るように見つめていた。

 俺の名前のページ。その横に、また空白行が広がっていた。

 ただの余白じゃない。今度は、うっすらとした二股の線が描かれている。


「……これは、“選択肢”です」

 クレハの声は低かった。「余白に、二通りの未来がぶら下げられている」


 俺は喉を鳴らす。「二通り?」


「はい。ひとつは、“他者の寿命を削って、自分を延ばす”。もうひとつは、“自分を削って、誰かを守る”。——RAKUDOはあなたに、寿命の分配権を与えようとしている」


 背筋が冷える。

 “死神の権限”を、俺に?

 そんなもの、選べるわけがない。


 昼の配信。タイトルは、あえてストレートにした。


【公開調査】寿命帳の余白——“選択肢”の意味を考える


 開始直後、コメント欄は爆発した。


《マジでやばいやつ》《他人の寿命削るって反則では》《自己犠牲エンド見たくない》《でも死神っぽい》《#余白アンケ で議論しよう》


 自然にハッシュタグが生まれ、アンケートフォームが有志によって作られた。

 “他者を削る”に投票する人は全体の一割もいない。

 大多数は“自分を削る”か、“どちらも拒否”に票を投じていた。


「……人間は、やはり“分け与える”ほうに傾きますね」

 クレハが灰の瞳を細める。

「でも、RAKUDOは——あなたが“余白をどう埋めるか”を試している。群れの声で決めるのか、個人の意志で決めるのか」


 画面に、再び白いノイズが走った。

 コメント欄が一斉に“無音”になる。


《RAKUDO》

“選ぶのは群れではない。お前の指先だ。”


 配信を切ったあと。

 部屋は静かで、外の風音だけが鳴っていた。

 クレハは寿命帳を胸に抱え、ぽつりと告白した。


「わたしが“落第”した理由……話してもいいですか」


 俺は息を飲んで頷く。


「わたしは、かつて“余白”を与えられました。対象は、わたしの……弟です」


 言葉が重く落ちる。

 「弟は病で、寿命帳の数字は“明日”でした。わたしは、余白に“分配”を書き込めば救えた。でも——怖かった。わたしが弟の未来を選ぶことが」


 クレハの声が震える。

 「だから、わたしは余白を閉じました。何も選ばず、ただ数字の通りに……」


 ——弟は、死んだ。

 その瞬間、クレハの寿命帳には“落第”の烙印が押され、彼女は人界で修行を命じられたのだ。


「わたしは、“選べなかった死神”です」

 彼女は灰色の瞳で俺を見つめる。「でも、悠斗。あなたには群れがある。預ける先がある。——だから、違う選び方ができるはずです」


 夜、俺の寿命帳の余白に再び文字が浮かんだ。

 選択肢は二つ、はっきりと。


「隣人・山崎の寿命を三年削る → 悠斗の寿命+三年」


「悠斗の寿命を十年削る → 周囲十人の寿命+一年」


 俺は頭を抱えた。

 数字が、こんなにも残酷に整然としているなんて。


 スマホを手に取り、配信をオンにした。


【緊急】寿命帳が示した“余白の選択肢”を公開します


 コメント欄は凍りついたように数秒沈黙し、その後一斉に動き出す。


《重すぎる》《数字の暴力》《山崎さんって誰》《自分削る一択では?》《でも10年は長すぎる》


 涙がにじんだ。

 俺は、カメラの奥の群れに向かって言った。


「みんな。俺は、やっぱり“群れに預けたい”。だから——アンケートを取る。俺ひとりじゃなく、みんなでこの余白を埋めよう」


 結果が出た。

 “自分を削る”が圧倒的多数。

 けれど少数の“他人を削る”の票も確かに存在した。


 画面が、再び白に染まる。

 《RAKUDO》の文字。


“群れは美しい。だが、群れは責任を分散する。

余白は、お前ひとりの指でしか埋まらない。”


 寿命帳の余白が、光を帯びて揺れた。

 俺はペンを持つ。

 クレハが、祈るように見ていた。


「——俺は、群れに預ける。だけど、最後の一線は俺が責任を持つ」


 指先が震えながら、二つ目の選択肢に印をつけた。

 「自分を削る」。


 その瞬間、寿命帳が熱を帯び、ページが一枚めくれた。

 そこには、新しい数字が記されていた。


「悠斗:寿命 47年」


 十年、減った。

 でも、その横に薄く——十人の名前が“+1年”と追記されていた。


 画面のコメントが、涙で揺れるように流れた。


《ありがとう》《尊すぎる》《これが死神の選択か》《推しは命で推す》《俺たちも余白を埋めたい》


 クレハがそっと寿命帳を閉じ、俺の肩に手を置いた。


「……あなたは、わたしが選べなかったものを、選んだ」


 灰の瞳に、確かな光が宿っていた。


 だが同時に、机の上のスマホが再び震えた。

 白い通知。

 《RAKUDO》から、次の言葉。


“良い。では次は——群れごと削る選択を見せてやろう。”


 ページの余白が、一気に広がった。

 寿命帳が、誰のものともつかない“群衆”の名で埋まり始める。


 俺たちは、次の試練に立たされていた。

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