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39: 理由

改稿のお知らせ

いつもお読みいただきありがとうございます。

構成を少し調整しましたが、すでに読んでいただいている皆さまは、そのまま読み進めていただいて問題ありません。

今回の調整で伏せられた部分が再び登場するかもしれませんが、気にせず楽しんでいただけると嬉しいです。

 想定外の人物の登場に、きなこもくろみつも、目を疑った。

 扉が開き、そこに立っていたのは、黒髪にわずかに白髪が混じる男だった。細めの瞳は静かな光を宿し、鋭さの奥に穏やかさが滲む。歳月が刻んだ顔立ちは端正ながら飾り気はなく、落ち着いた雰囲気をまとっている。

 それは、きなこの村に何度も訪れた行商のおじさんだった。現れたのが、あの“プレイヤー”ではなかったことに、くろみつは胸を撫でおろした。

 

「えっ、おじさん?」

 

 きなこが驚きの声をあげる。しかし、ライトの反応は違った。

 

「師匠!!!」

 

 師匠と呼ばれた男は、静かに息をつきながらきなことライトを見渡す。

 

「あの……行商のおじさんだよね? なんでここに? っていうか、ジャイト……いや、ライトの師匠って?」

 

 そう言いかけて、はっとする。ライトは僕にしか見えないんだった。

 

「あの……ライトっていうのは……」

 

 師匠と呼ばれた男が、軽く笑いながら頷く。


「ああ、私にも見えているから大丈夫だよ。」

 男の視線は静かだが、どこか試すようにきなこたちを見据えていた。


「私は柴旗しばはた 行翔ゆきと。ライトの師匠……そして、ここへ君たちを呼んだ張本人だ。」


 その言葉と同時に、ライトの声が強くなる。


「それより、師匠……どうなってるんだよ? 王都に近づけるなって、一体どういうことだよ!?」


 その声は、焦りと混乱を帯びていた。だが、その言葉に反応したのは、きなこだった。


「……それってどういうこと?」


 胸の奥で不吉な予感がざわつく。


 行翔は静かに息をつき、きなこたちへ視線を向けた。


「君たちを王都へ向かわせるわけにはいかなかった。その理由は二つある」


 行翔の声が、静かに響く。


 きなこは思わず息を止めた。


「君たちは、狙われている。君たちの価値が、非常に跳ね上がっているんだ」


「価値が跳ね上がってるって? そりゃあ、「お手」と「待て」覚えて賢くなったけどさ……」

とライトが揶揄するように言いかけた。


 しかし——。


 行翔の目に、冗談を受け流す様子は微塵もなかった。

 その静かな視線に、ライトの喉が一瞬引っかかる。


 ……冗談の空気じゃない。


 ライトは口を閉じた。

 言葉が急に重くなる。

 

 きなこは眉をひそめる。


「……価値?」


 何を言っているんだ?


「君たちは今、高額で取引される存在になっている」


 言葉がじわりと胸に染み渡る。


 取引――? 何故、僕たちが――?


 頭が重い。視界の端がじんわりとぼやける。


「売買される……?」

 

 どんな目的で?

 口の中が乾いていく。


 あの“プレイヤーたち”は、売買のために僕たちを狙っていた?


 そんなはず、ない。


 だって、それなら、殺さず捕獲するはず。

 村を襲ったのも気まぐれだった……はず。


 じゃあ、“高額売買” の話は……何?

 他に僕たちを狙っている奴らがいるってこと?


 分からない。


 思考が迷路に迷い込みそうになったその瞬間——

 


「高額売買ですって……!?」

 

 ルシェリーの声は、かすかに震えていた。

 だが、その震えはすぐに 怒りへと変わる。


「馬鹿にしてるのかしら……? 私のパートナーのくろみつを狙うなんて……」


 彼女の目が鋭く光る。


「許せない……それに、くろみつの価値に値段がつけられるとでも? 世界中の金を掻き集めても……足りないわ!!」


 その声は、冷たい静寂を突き破るほど強かった。

 くろみつは息を飲んで、ルシェリーを見つめる。

 しかし、何も言えない。


 空気が重い。

 誰もが、次の言葉を待っていた。


 行翔は、ゆっくりと息をつく。

「もう一つは――」


 言葉を切り、きなこへ視線を向ける。


「君の父親は、指名手配されている」


 ――思考が停止した。

 隣でライトが何か言っているが、行翔の言葉しか頭に残らない。

 

 指名手配?

 なんの罪で?

 頭の奥が、真っ白になる。

 

「……なぜ?」かすれた声が漏れる。


 呼吸が浅くなる。

 それ以上の言葉が出てこない。


 くろみつは、信じられないと言った表情で行翔を見つめたまま、微動だにしない。

 だが、その瞳の奥に、じわりと不安が広がっていくのが分かった――まるで、現実を拒むかのように。


 沈黙が重く落ちる。

 胸の奥がざわつく。

 衝撃が強すぎて、思考がまとまらない。

 

「……うそだ」


 一瞬の静寂。


「うそだ!!」


 きなこの声が、響いた。

 

「一体、どんな理由で父さんが指名手配されてるっていうんだよ!」


「メロウレスト村襲撃事件の首謀者……」

 行翔の声は変わらず淡々としていた。

 

「……手配書にはそう書かれているよ」


 静かにポケットへと手を伸ばし、ゆっくりと紙を取り出した。 それを、きなことくろみつの目の前へと差し出す。

 

 きなこは震える手に手配書を取り、目を通す。

 視線が文字をなぞるたびに、指先からゆっくりと熱が奪われていく。

 足元からも冷えが這い上がり、喉の奥がひりついた。

 息を吸っても、胸がうまく動かない――。

 

 くろみつは息すらも止まっているように、青ざめたまま微動だにしない。

 何かを言おうとしているのか、それとも、言葉を失ってしまったのか。

 

 ただ、沈黙だけが張り詰め、息苦しく空間を支配していた。

 

 父さんが、村を……僕たちを……“プレイヤー”と結託して襲撃した?

 そんなはず、ない。そんなこと、あるわけが――。


 だが、紙に書かれた言葉は、容赦なく脳に刻まれていく。


「うそだ……」


 そう呟いても、手のひらの紙はただ冷たく、現実だけが揺るがなかった。


 そして、視線の端に映る一枚の写真――。

 まるで、それが唯一の真実だと突きつけるようだった。


 ――そこには、鉄格子の向こう側を駆ける父さんの姿があった。

 傍らには“プレイヤー”がいる。

 追う者の影が遠くに映る。だが、父さんは振り返ることなく――ただ走っていた。


 一緒に。

 ……まるで、共に逃げているように。


 脳が否定する。しかし、目がそれを裏切る。

 そんなはず、ない。そんなこと――。


 くろみつは、写真をじっと見つめたまま動かない。

 指先が微かに震え、唇が少し開く。

 しかし、言葉にはならなかった。

 

 ただ、写真の中の父さんが、無言で何かを訴えているようだった。

 


 二人は言葉を失った。

 ライトとルシェリーも、突きつけられた真実に凍りつく。

 時間が止まったかのように、冷たい空気が張り詰めていた。


 きなこは、父との時間を鮮烈に思い出した。

 父さんは、僕にたくさんのことを教えてくれた。


 僕が星に魅せられたのは、父さんが語ってくれた星々の物語があったからだ。


 父さんの話の続きが待ちきれず、貪るように星の本を読み漁った日々。星に関する本はすべて読破したと思った僕に、父さんは僕の知らない星の話をしてくれる。

 

 不思議に思って尋ねると、父さんは微笑んで言った。

 「古代文字で書かれた本で読んだんだよ」と。


 ずるい。そう思った。

 それから少しずつ、父さんに古代文字を教えてもらい、やがて僕もその本たちを読めるようになった。


 ――でも、単に知識を得ただけの僕と違い、父は常に観察し、深く思考して得た、生きた知識を持っていた。


 僕はその背中を、いつも必死で追いかけた。今も、ずっと。

 星を見上げるたび、父さんと一緒にいる気がした。

 星の話をする時間が、何より好きだった。


 父さんは、僕の憧れだった。

 追いつきたくて、追い抜きたくて――

 けれど、ずっと追いかけていたかった。


 だから、わかる。

 ずっと父さんの背中を見てきたから、わかるんだ。


 父さんが、僕たちを裏切るはずがない。

 きっと、何か深い理由がある。


 ……でも、今の僕には、その理由がわからない。

 この紙に書かれた言葉の真偽も、まだ見えない。

 だから……。

 

 きなこが、その重い沈黙を破る。

 


「……ここにかかれている事なんて信じない!」

 言葉を口にした瞬間、胸の奥にまとわりついていた霧が、すっと晴れていく。

 

「真実は、父さんに会って、僕の目で確かめるよ! だから、僕は父さんを探しに行かなくちゃ!」

 

  その言葉に、焦りの色が混じる。

 

「警告はありがとう、おじさん! でも、ここはどこ? どうやって来たんだろ?」


 疑問を口にしていて、ふと、大切なことを思い出す。

 

「あっ、そうだ。他のみんなは? 無事だよね?」

 

 その必死な様子を見て、行翔はわずかに顔を綻ばせ、優しく応じる。

 

「安心して。他の子たちなら、きっともう王都だよ」

 

 きなこは張り詰めていた心が少し緩み、ホッと胸を撫で下ろした。

 行翔は静かに視線を落とす。

 

「君たちは、私が創ったこの赤い転移石によってここに飛ばされたんだ」

 

「……ライトがくれた御守りの石?」

 

「ああ、それはお守りじゃなくて、転移石なんだ。特別なものだよ。持っている相手を、ここに呼び出す力を持つ」

 

 その言葉に、くろみつがはっとしたように反応する。

 ポケットから、“プレイヤー“から受け取った青い石を取り出し、一瞬迷い、それから行翔に恐る恐る差し出した。

 

「……あの……これも同じもの?」

 

行翔は青い石を指先で転がしながら、ゆっくりと答える。

 

「青い転移石だね。これは別名、思い出の転移石とも呼ばれている」

 

視線をくろみつへ向け、少しだけ表情を和らげた。

 

「一度行ったことのある場所なら、どこへでも行く事ができるんだ」

 

「でも……今みたいに、勝手に連れ去られたり……しない?」

 

 くろみつの声には、かすかな怯えと、切実な不安が滲んでいた。

 

 行翔は軽く笑う。

「青い石にはそんな力はないよ」

 

 くろみつは肩から力を抜き、ホッと胸を撫で下ろした。

 だが――。

 くろみつは何か言いたげに、何度も口をもごもごさせた。言いたいのに、言えない。

 

(……兄ちゃん、この写真……もしかしたら、父さんも“プレイヤー”に助けられただけなんじゃ?)

 

 その考えが浮かんだ瞬間、言葉が喉の奥に引っかかり、声にならなかった。

 ほんの数秒。だが、その沈黙が、やけに長く感じる。

 

 そんな中、きなこが口を開く。

「それでどうやったら帰れるの?」

 行翔はゆっくりと息をつき、真剣な眼差しできなこたちを見据えた。

 

「……悪いが、今すぐ帰すわけにはいかない」

 その声には、微塵の迷いもない、明確な警告の色があった。

 

「君たちはまだ、知らなければならないことが多すぎる」

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