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2: 崩壊への序曲

 村が炎に包まれる少し前、きなことくろみつは、村の奥、小川のほとりで過ごしていた。

 きなこは父から譲り受けた研究ノートに没頭し、ページをめくりながら、家族で見た揺れる星について考え込んでいる。

 一方で、くろみつは草花の観察に夢中になり、指先でそっと花びらをなぞった。


「兄ちゃん、この花、咲き方が少し変わってるよ!」

 

そう言った直後だった――。

 遠くの空に黒煙が立ち上り、彼の声は途端に不安な叫びへと変わった。

 

「兄ちゃん! あそこ、煙だよ!」


 その声にきなこがハッと顔を上げると、家の方角に黒煙が立ち上るのが見えた。

煙を見た瞬間、胸の奥に嫌な予感が広がった。


(火事……?)

 

 普段の火事とは違う、尋常ではない煙の量に、違和感を覚えた。

 次々に別の場所で火の手があがり、町中から響く悲鳴が押し寄せる。

 

 (いや、燃え広がってるのとは違うみたい……)

 

 ――行商のおじさんの言葉が脳裏によぎる。

「アルバニアスで、“プレイヤー”と呼ばれる異質な存在が突然現れたらしい。やつらは住人を次々と狩って、村や街が壊滅状態だ」


 胸の奥に、冷たい恐怖が広がる。

 握りしめたノートが、汗で湿る。


(他人事だと思っていたのに……)


(……まさか……この村にもプレイヤーが……)

 

 頭に浮かんだ考えを否定しようとするが、気持ちが落ち着かない。


(母さんと合流しないと……でもどうすれば……)

 

 思考が混乱し、足は動かない。

 きなこの手が震え、くろみつの小さな指が必死にそれを握った。

 

「兄ちゃん、村が……母さん……大丈夫だよね?」


 くろみつの尻尾が丸まり、地面にへばりつく。

 きなこは息を呑み、弟の手を強く握りしめた。

 その温もりが、冷えた体にじわりと広がる。

 ようやく、きなこは前に踏み出した。


「戻ろう、くろみつ」


 きなこはそう言うと、弟の手を引き、燃え盛る村へと歩き出した。


 二人の足取りは徐々に速くなり、いつの間にか駆け出していた。

 

(母さん……母さん……母さん……!)

 

 きなこの胸の中で、焦燥にも似た叫びが何度も繰り返される。

 村の中心に近づくほど、炎の勢いは増していった。

 熱気が肌を刺し、煙が視界を奪う。

 左手に握りしめていた大切な研究ノートに、パチパチと火の粉が降りかかる。

 端が黒く焦げ始めた。

 

「……やばい……!」

 

 きなこは慌てて袖でそっとノートを叩き、火の粉を消す。

 

(強く払ったら、逆に燃え広がるかもしれない……!)

 

  確認するようにノートを見つめた後、慎重に脇へ抱え込む。

 

 村の中心まで来た時きなこ達は、遠くに人影を見つけた。

 身を潜ませて様子を伺う。

 くろみつが鼻をひくひくさせながら、焦げた家の残骸を見つめる。

 その匂いは、ただの煙の臭いじゃない。

 焦げた家、人々の痕跡……すべてが、もう戻らないものの匂いだった。

 

「兄ちゃん……村が、めちゃくちゃだ……」

 

 きなこも視線を巡らせる。

 ほんの数時間前まで穏やかだった村が、炎と瓦礫に飲み込まれている。

 

「こんなになるなんて……」

 

 くろみつは耳をぴんと立て、遠くのプレイヤーたちの声に体を縮こまらせた。

 

「母さん……! ほんとに一人で……平気なの……?」


 と呟いた。


 プレイヤーたちは笑いながら次々と村人を狩っていく。

 

「“S.E.C”毎回落ちるけど、マジいらねー! 換金くらいしか使い道ないっしょ! なんか、他に使い道ないのー? 誰か教えてー!」

 

「ほんとそれな! 換金したって、ガチで雀の涙。Gと一緒でよくね? マジで意味不明。分けられてんの、ガチだるいんだけど」

 

「文献未記載……。“S.E.C”か……。これは調査対象だな」

 

 その無邪気な様子は、命を奪っていることへの罪悪感を微塵も感じさせなかった

 プレイヤーたちの頭上に表示される透明なウィンドウが、冷たく目的の達成状況を示している。


【達成状況:49/80】

【残り時間:37分56秒04】

 

 きなこの目に、彼らの頭上に透明な何かが現れては消えるのが見えた。

 

(あれは何……!?)

 

 冷たい光を放つその数字の意味は、わからない。

 

(…………)

 

 喉が張り付き、息をすることさえ忘れていた。

 ただ、その異質さから、彼らがプレイヤーである事は疑いないように思えた。

 

(来たんだ――プレイヤーが)


「くろみつ、行こう!」

 

 震える声で弟の手を引き、家の方に向かって、再び駆け出す。


(何なんだよ、あいつら……おかしいでしょ! 普通じゃないよ……いやだ……怖い)

 

 しかし、炎と黒煙の中では、思うように走れない。

 黒煙は視界を奪い、喉を焼いた。

 吸い込むたび、焦げ臭さが肺を締め付ける。

 きなこは歯を食いしばる

 

(このままじゃ……息が……!)

 

 くろみつの息遣いも荒くなり、鼻をひくひくさせながらむせ返っていた。

 

「兄ちゃん、走るの苦しい……」


 くろみつは、きなこの袖を引っ張った。

 きなこは立ち止まり、くろみつの肩に手を置く。

 

「ごめん。歩こう。でも、絶対に離れたらダメだからね」

 

 くろみつはコクコクと何度も頷き、震える足で前に踏み出した。


 家のすぐ近くまで来た時だった。

 轟!

 けたたましい音と共に、目の前で巨大な瓦礫が崩れ落ちた。

 炎を纏った太い柱が道を塞ぎ、家へと続く道は完全に閉ざされてしまった。

 

「くそっ……!」

 

 きなこの頭の中を、不安と混乱が渦巻く。

 母さんの安否、塞がれた道――そして、行商のおじさんの言葉。


(“プレイヤー”……住人を狩る……壊滅状態……まさか、母さんも?)

 

 最悪の想像がよぎり、胸が締め付けられた。


「兄ちゃん……どうしよう? これじゃあ家に戻れない……」

 

 尻尾を縮こませるくろみつに、静かに語りかけた。

 

「落ち着いて、くろみつ」

 

 周囲を見回すその瞳には、焦りと決意が宿っている。

 

「別の道を探すしかない」

 

 弟の手をしっかりと握り直した。

 

「僕のそばを離れないで」

 

 燃え盛る家を背に、二人は煙が薄い方角へと歩き出した。

 足元には崩れた瓦や焼け焦げた木材が散乱し、時折、激しい炎の音や建物の崩れる音が響き渡る。

 

(母さん……無事でいて……)

 

 心の中で何度もそう願いながら、前へと進んだ。

 研究ノートを抱える腕には力が入り、滲む汗がそれを濡らす。

 くろみつは、兄の手をしっかりと握り返し、耳をぴんと立てて、不安げな瞳で周囲を警戒している。

 

「兄ちゃん……何かいる」

 

 きなこも異様な気配を察し、身を潜める。


 遠くの炎の隙間から、黒い影が揺れるように浮かび上がった。


「ねぇ、グルミーどこー? 小さすぎて見つからないんだけど! これって、かくれんぼなのー?」

 

 プレイヤーの一人が軽い調子で言う。

 その手には、一瞬前に倒したグルミー族のアイテムが握られていた。

 

「グルミー族の平均サイズ:500mlペットボトル2本分相当。発見効率:極めて低い」

 

 周囲のプレイヤーたちが笑いながら頷く。

 その声に、ほのぼのした雰囲気すら感じられる。

 

 (……ここに居たら見つかるかも……早く離れなきゃ……)

 

 一瞬の沈黙。

 熱を孕んだ空気が揺れる。

 次の瞬間、炎の塊が放たれた——。


「一発、ドーン! 【スキル:火炎弾】! これで焦げ付かせちゃうぞー!」

 

 炎の玉が放たれた瞬間、きなこはその方向に目を向け、状況を一瞬で察した。


(まずい!)


 


 

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