最強の侵入者
あの日暴れた龍神は、ふたつの眼を閉じたまま、ただひたすらに眠っていた。
「騎士団長、血液、皮膚の採取の許可を」
エレナの部下であろう、一人の研究者がゴートンに頭を下げる。
「何度も言っているだろう。下手に刺激するな。私たちは彼らを完全に管理できているわけじゃない。
そもそも、針も通さず、ナイフもうけつけない身体からどう採取するつもりだ。
騎士団の中にも、教会派はいるのだということ、そして我々騎士団は、本来中立の存在であり、教会を敵視する立場ではないことを努々忘れてはならない」
ゴートンが突き放すように答えると、研究者は表情に様々な感情を浮かべながら、最後は苦苦しく一礼して去っていった。
騎士団が中立の存在、そんなことは多少なりとも王室を出入りし聞き耳をたてている者からすれば、ちゃんちゃらおかしい話なのであろう。
所長の夫なら、多少の融通がきくと勘違いする輩も多い。
『くだらない』
融通どころか誤解されるようなことをした時点で、荷物まとめて絶縁状を叩きつけて去っていくような女なのだ。
頑固でプライドが高く、その為なら首を掻っ切るような性格は、ゴートンにとって魅力的だ……と、かつてグウルに言ったらドン引きされたので、もう二度と他人には言うまいと思っている。
『失礼な話だ。自分だって愛妻家で親バカじゃないか。
そもそも紅茶が好きなのだって、酒が弱いのに飲むのやめないから、代わりに嗜めと誕生日に妻と娘から紅茶を貰ったのが嬉しくて飲んでるだけで、銘柄もよくわからないくせに』
心の中で悪態をつく。
補足をすると、グウルは確かにこだわりは無いが味が分からないのではない。
ゴートンの味覚が鋭敏すぎて、利き紅茶、利きコーヒー、利き酒、同僚たちとのお遊びで全て正解を叩き出し、すごいすごいともてはやされつつも、やはり一部の人間とグウルにドン引きされていたことに気づいていたゴートンの小さな逆やっかみなのだ。
「騎士団長!」
しばらくして、次に声をかけてきたのは、騎士団員だ。
「どうやら、南通路の方で団員同士がもめているようです。数名の団員が仲裁に持ち場を離れました。
その為、北通路の人員が手薄に」
「副団長を南に。南に行った人員はすぐに戻せ。
そのいざこざ自体が仕組まれている可能性を考慮し、冷静に対処にあたれ」
子どもでもあるまいし任務中に喧嘩など、頭を抱えたくなる事案だが、念には念を、油断が取り返しのつかない事態を招くこともあるのだと気を引き締める。
そしてそれを確信に変えるかの如く、団員が返事をする前に地鳴りのような音が響き、轟音が轟いた。
「何事だ!」
ゴートンが声をあげると、別の騎士が報告にかけつける。
「騎士団長!北通路にて、何者かの攻撃を受けています」
「全員持ち場を離れるな!目的は間違いなくここだ!
己の役割を忘れず、攻撃の詳細を報告せよ」
『あの音だ。魔術による爆撃である可能性が高い』
しかしゴートンのこの考えはすぐさま否定された。
「報告いたします。
一人です!た、たった一人の、とてつもなく強い人間がものすごい勢いで突進してきています」
「一人だと!何者だ」
「分かりません!とにかく強くて!姿をとらえることが難しく」
次の瞬間、辺りにもやが立ち込める。
とっさにゴートンは身体を低くし、口を腕で塞ぐ。
「騎士団長!」
「その声はバーサル」
「母です!母が来てます!」
あの不器用でめんどくさいと言う教会派の女性。
バーサルの母であり、エレナを憎む女性。
教会派ではあるものの、軍に属する者ではなく、単なる一信者でしかない。
『捕まえても教会に詰め寄るコマとしては難しい。
ちっ、向こうも考えたか』
「このもやは、おそらく姉が作った姿を隠すための軍用煙幕の試作品です。
兵器とはいえ姉の形見ですから、大事に取っておいたんでしょう」
「効果は視界を遮るだけかい?」
「当時、毒を仕込むよう命令があり、それを良しとしない姉が失敗したと嘘をついて煙幕自体を破棄したんです。まぁ破棄しきれてなかったからこうして使われているわけでせが……。
ですから」
「身体に害は出ない……と。
それだけ分かればありがたい」
風の魔術を使えばいい。
しかし、忍び込んで来ている人間が教会派と分かれば、手心を加えかねない。
「バーサル、頼みがある」
「ああ。なんか聞かなくても分かってしまいましたがどうぞ」




