火の試練 戦
「こ、これは……」
幸太は恐る恐る胸に手を当てる。
胸の中に、痛みも冷たさも、温かみも感じない。
すでに身体はボロボロなのだから、その痛みで感知できなくなっているのでは?と思ったが、龍神曰く、何かを感じることはないらしい。
龍神ダリアは、柔らかく温かい口調のまま続ける。
「あなたがワタシとの約束を守っていだだけた時、あなたの中でワタシの力が発動することでしょう」
「約…束……?」
「はい、ワタシの力の根源は戦、戦うことです。
戦い。それはもちろん人と人とが争い、傷つき合うことです。でもそれだけというわけでもありません。
自分との戦い。
それも立派なワタシが求める戦なのです」
「俺に………、自分と…戦えと」
「そうです」
「えっと……、具体的には……」
「それは自分で考えなければなりません。
争うことが戦う全てではないように、前に出ることもまた、戦うことの全てではないのです。
逃げるという選択肢すら、時に戦うことと判断されるこもあるでしょう。
自分を律し、何を得て、何を捨てるのか。又は捨てることが正しいのか、選ぶべき道はなんなのか、何が己を成長させるのか、それを模索し、選ぶことこそが自分との戦いなのです。
ワタシがあなたと交わす約束、試練は、あなたが己にかした戦いに打ち勝つことです」
幸太の頭上におびただしい量の「?」が飛び交った。
もうわけが分からない。
エレナが見かねてそっと助け舟を出す。
「あの……、哲学的すぎて、彼の脳にまったく届いていないのだけれど……」
「まぁ」
「いや、『まぁ』じゃなくて」
クリフが苦笑いしながら補足する。
「ダリア、彼は今体調が万全じゃない。
一度帰ってゆっくり休んでから、改めて考えるよう促すべきじゃかいかな?そもそも、考えることそのものが試練でもあるわけだし」
「確かにその通りですね。
急ぐことで得ることがあるわけでもありませんし、どうかゆっくり考えてください」
明るい口調の龍神ダリアとは裏腹に、完全にフリーズしている幸太。
再起動までは時間がかかりそうだ。
エレナとクリフは、お互いの顔を見て一息ついた。
そしてクリフは幸太を背負い直し、力場をあとにする。
エレナも続くように一度は背をむけたが、振り返りダリアに問う。
「聞いときたいことがあるのだけれど」
「なんでしょう」
「あなたに異変があったように、町を襲った龍神は、心を失っているのね。
もしかしたら、これから他の龍神が同じように変化し、人間を襲うかもしれない。
私は、それをなんとかしたい。
心当たりがあるのなら、教えてくれるのかしら」
秘密の多い存在。
意図的に隠されていることがあるということは、エレナにも理解できた。
「ありません。
あなたが察しているように、この世界には打ち明けられない真実、知らないほうが幸せな現実があります。
けれど、今回のことはそれとは無関係。
本当に知らないのです」
「あなたたちが分からないだけで、本当は繋がっているかもしれないのに……。
話してくれれば、見えてくるものがあるかもしれないのに……」
エレナの言葉から感じるのは憎しみや恨みではなく、手を差し伸べているのに、理解しようと歩み寄ろうとしているのに、なぜ拒絶するような行動をするのか、そのことに対しての悲しみだった。
龍神は、それを理解した上で答える。
「ごめんなさい……。
それでも、どうしても言えないことがあるのです」
「………………………。分かったわ、もう聞かない」
エレナは一瞬だけ怒りを見せるが、目を閉じ表情を消した。
そして、再び背を向ける。
「でも、諦めたわけじゃない。教えてくれないなら、私は自分で調べる。どんなに隠しても繕っても知ったことじゃないわ。
グイグイ進んで、全てを暴いてやるわ」
龍神ダリアは、その答えに戸惑いや怒りを見せることは無かった。
「はい、それがあなたの戦いだと言うのであれば、ワタシがどうしてそれを否定できましょう。
どうか、あなたはあなたのままで……」
不思議と嬉しそうにも見える。
龍神ダリアは、大きな羽を広げ飛ぶ。
風が立つ。
龍神ダリアを取り巻く炎は、先ほどまでの荒々しさはなく、まるで紅葉のように美しく舞う。
ハラリハラリと落ちる火の葉は不思議と熱さは感じず、幸太が試練を乗り切れるよう祈りを込めた激励か、龍神の敷いたレールから逃れようとするエレナを祝福かのように見えた。
「何よ………、こんなの………、嬉しくなんかないわ。私はあんたたちの敵みたいなもんなんだから……」
そう呟いたエレナの表情は見えなかったが、足どりには誇らしさ、プライドを垣間見せるものがあった。




