水の試練 縁
龍神という生き物の表情は読み取れない。
それでも、雰囲気は分かる。
水の龍神から発せられるものは、穏やかで柔らかく、小川のせせらぎを眺めるような、相対する者を落ち着かせる何かがあった。
圧倒的な存在感と穏やかな佇まい。反するものが混在する。
それが水の龍神から感じた印象だ。
「ボクの名前はムスカリー。緊張しなくていい。獲って食べたりはしないからさ」
「は、はい」
「強くなりたいと言ったね。それには条件がある。」
「はい、なんでしょう!!!」
力を貸してくれる代償が無いなどと、簡単なことは考えてはいなかった。
『なんだろう……、ゲームとかだと力を試す為に戦うとか……。勝てるかな……。いや大概こういう場合って、僕の覚悟を見てるわけで実際の力を見てるわけじゃ……ってこれは、ゲームの世界の話だし』
悶々と考えこむ頭の片隅に、夢芽が龍神を殺したことを思い出す。
おそらく、自分に求められているのも似たようなものだろう……、そう思い至った時、龍神が告げた。
「誰かと縁を結ぶこと」
「え?」
真穂はきょとんとする。
縁
えにし?
えん?
「ボクの力の根源は縁なんだ。誰かと誰かを繋ぐもの。
偶然と言うには離れがたく、運命と言うには不確かなもの。努力しなければ手に入れられず、無視するには心に残り続ける。それが縁だ。
恋人でも友人でも、名前のない関係でも良い。相手が人間である必要もない。
君が誰かを強く思う気持ち、それと同じ感情を相手も君に向け、共有する揺るぎなき関係。
それを確立した時、ボクの力が君の中に芽生えるだろう」
龍神の前に小さな青い雫のようなものが浮き上がる。
それはゆっくりと真穂に近づき、胸の中に消えた。
「これは……」
「大丈夫、害になるようなものじゃない。例え君が誰とも縁を結ばなくても、何も起きはしない。
縁が結ばれた時、あの雫が力となって具現化する」
そう告げると、龍神は高く高く飛び上がり、それに引き寄せられるように水も舞う。
まるで歌うように跳ねては舞い、ねじれては踊る。
気がつくと、真穂は真っ暗な空間にいた。
手のひらに小さな筒状のケース。中に赤い湯気のようなものがうねっている。
「それはボクからのプレゼント」
龍神の声が聞こえた。
「まほーーーー!!!」
後ろから夢芽の声がする。
真穂の家族。
『家族の縁………は間違いなく却下だよね。もうすでにある縁なんだし』
現に真穂には何の変化もない。
夢芽とチアは、心配そうに真穂の顔をのぞき込む。
「びっくりしたよ。水がいきなりドシャーッと落ちてきたかと思ったら、その中から真穂が出てきたんだもん」
「あ、龍神が送ってくれたんだと思う」
「龍神様が?そりゃすごい!!で?どうだったんだい?魔術は強くなったのかい?」
「あ、いえ、なんか、宿題を出された感じ。達成したら力がもらえるみたいで」
「「どんな宿題?」」
二人の問いに真穂は固まる。
縁を結ぶなら誰か……。自分にむけた問いに、ある人物の顔がよぎったからだ。
『いやいやいやいやいやいや、ダメでしょ!た、確かに告白されたけど、あれって恋愛的な意味で、僕が同じ気持ちを返せるかどうかはわからないし!!
そもそも、宿題だから試練だからで恋愛するっておかしいでしょ!
幸太にも失礼だ!
今の無し無し無し無し』
黙り込んだまま、みるみるうちに顔を真っ赤にしていく真穂に、夢芽はポツリと言った。
「エロい宿題だったの?」
「ちがーーーーーーーーーう」
「まぁまぁ、言いたくなけりゃそれでいいさ。
ところで真穂、なにを握りしめてるんだい?」
真穂の手の中にあるケース。
手を開くとパカリと開き、中の湯気がランプに吸い込まれた。
すると、今まで消えそうにだった灯りが煌々と光出す。
「火の魔術が充電された。こりゃすごいよ」
「水の龍神がくれたんだけど」
真穂の答えにチア目を見開き驚いた。
「水なのに、他の属性の力も使えるのかい?神様ってのは本当にすごいねぇ。クリフ様も全ての属性に精通してるし、やっぱり特別なんだねぇ」
「これで帰れるね。行こう!」
三人は元来た道を辿っていった。
しばらく歩けば、だんだんと周囲が明るくなり、空が、雲が見える。
「とりあえず旅も終わりだねぇ。
真穂、あんたは議会派の人間だけど、私はあんたが好きだ。これからもよろしく頼むよ」
「はい」
真穂も同じ気持ちだったが、反応はない。
やはりもっと強い気持ちでなければ駄目なのだ。
「何か思い悩んでるね。
私から言えるのは一つ。後悔はしないように。
特に相手が人間の時はね。
いつまでもそこにいてくれるわけじゃない。伝えられるものは、出来ることは、精一杯やっておくことだ」
そう言って笑うチアの顔には、どこか寂しさがあった。
真穂は「はい」と答えて、空を見上げる。
つい最近まで見えていた入道雲は、いつの間にか鱗雲へと変わっていた。




