命と道徳のボーダーライン
痛みが全身を駆け巡る。
幸太が声をかけてくれているのは分かる。
それでも痛みが邪魔をして頭に入ってこない。
痛みの中にあった感情は
『おいていかれるわけにはいかない』
それだけだった。
だから、適当に相槌だけはうった。ひたすら「大丈夫」を繰り返し、痛みを抑え込むことに集中した。
相槌が全てタイミングよく適切にうてているなんて、そこまで楽観的な思考は無かった。幸太は夢芽の状態にある程度気づいていただろう。
何も言わない幸太の心情を夢芽は知らない。
ただ、その事実は夢芽にとって好都合なものだったから黙っていた。ありがたかったのだ。
たとえそれが人として非常であったとしても。
ついに自分の息遣いと心臓の音だけが聞こえるようになった。
『ああ、これってヤバいのかな……』
でも不思議と足は前へと進んだ。
どれだけ歩いただろう。
分からない。
ふと顔をあげた。
あげた理由も分からない。
ついに音を全てなくした世界で、視界だけが異様にクリアで遠くのたったひとつを捉えた。
「真穂!!!」
そこには、縛られた弟がいた。
手前には複数の人間がいた。
誰が敵?誰が味方?
服の形状を確認。
まるで機械のように頭が動く。
敵の服装を確認。
それは敵
排除
体の中を何かが駆け巡る。
これは痛みではなかった。
夢芽の体から、無数の緑色の歪曲した刃が飛び出した。
それはまるで小さなカマのようなもので四方を飛び回り、敵と認識したものを切り刻む。
その現状にゴートン含む騎士団、幸太は息を呑んだ。
「くっ!とんでもねぇのがいるぞ!玉っころ!あれはなんだ」
盗賊たちの頭の問いに、光の玉は答えない。
どうやら恐怖で震えているようだった。
「畜生!使えねぇ」
自分たちめがけて飛んでくる刃を、頭の少年は必死で払いのける。
その刃の圧倒的な攻撃に、騎士団も動けない。
次の瞬間、夢芽が一気に飛んで、少年との距離をつめた。
少年の目に映る夢芽。
感情の無い瞳。
茶色の髪、毛先が少し緑色になっている。
そして、女性特有の小柄な体躯。
頬から体に流れるようなツタの模様は、傷にも痣にもタトゥーにも見えた。
少年の思考はひとつの言葉、『死』だけが鮮明に焼きついた。
「駄目だ!姉さん!!!」
皮肉にも焼きついた少年の思考を再び動かしたのは、真穂の叫び声だった。
いつの間にか再度つけられた猿轡を自力で外し、見間違うほど様変わりした姉を呼び戻す。
その言葉は、電気のように夢芽の全身を走り抜けピタリと止まる。
だがその瞬間を少年は見逃さなかった。
武器を持ち直し振り切る。
今度はそれを本能的に夢芽がよける。
攻防する二人を見極め、ゴートンと幸太が走り出した。
幸太は真穂を抱え込み、ゴートンは少年を打ち付けた。
「全員降伏せよ!抵抗せぬなら命は取らない」
ゴートンの声は戦場を響き渡った。
その声はどこまでも遠く響き、盗賊たちに強く届いた。
ボトリボトリと武器が手から滑り落ち、盗賊たちは力なく手をあげる。
戦いは終わった。
騎士たちは無言で夢芽に近づく。
その顔に恐怖と嫌悪を覗かせながら。
夢芽はゆっくり息を整え、頭の中がゆっくりと、そしてハッキリと冴え渡っていくのを感じた。
ヘタリと座り込む夢芽を確認すると、騎士たちは次々と夢芽を抑え込む。
「姉さん!姉さん!!」
「落ち着け!真穂!今は駄目だ。
あんな戦いを見せられて、あいつらも動揺してる。
でも殺されはしない。
今は自分のことだけ考えてくれ」
「君は……、幸太……?」
「久しぶりだな。やっと会えた」
幸太が優しく微笑むと、真穂の体から力が抜ける。
抱え込むようにしていた幸太はそれを感じ、一息つく。
しかし、頭の中は穏やかではなかった。
『とりあえず終わった。
だけど、夢芽のあの力……。
しかも、竜を、教会の信仰対象を殺したところを大勢に見られた。
竜が無抵抗だったこと、見ていたのが騎士団で全員が教会派ではないことを加味してもかなりまずい。
タダで済むわけがない。
それでも………』
俺は真穂を助けるために、夢芽とここまで来たことを後悔していなかった。
なんとしても真穂を助けたかったのだ。
自分がここにたどり着くために、夢芽は必要だった。
友達を利用した。
だからこそ、夢芽を見放すつもりは毛頭ない。
いつ首輪が作動するか分からないが、その瞬間まで足掻かせてもらう。
真穂の肩に置かれた幸太の手に無意識に力が入った。
真穂はそれを感じていたが、何も言わなかった。




