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戦場

立ち上る風塵と怒号。

今まで感じたことのない圧力を全身に浴びる。

遮れられる視界と、むせるような土煙が喉を焼き、本能が逃げろと叫ぶ。

『ダメ!ダメ!絶対にダメ!!』

夢芽は何度も本能を奥へ奥へと押し込める。

「夢芽!大丈夫か?」

時折幸太が声をかけてくれる。

「だ、大丈夫」

二人は隊列のちょうど真ん中に歩兵隊として配置された。

前線ではなく、殿でもない。

戦場が初めてではない幸太は、夢芽の恐怖を理解し励ましてくれる。それでも幸太自身百戦錬磨の戦士とは言い難い。本来は自分のことで手一杯なのだ。

「私のことは気にしなくて大丈夫」

夢芽は精一杯の強がりで答えた。

ただそこにいるだけで足手まとい。ならばせめて強がっていたい。

『ただいるだけじゃダメ』

グッと手に力が入る。その手には細身の剣が握られていた。新米兵士が使う、軽くて使いやすい物らしい。

それでも夢芽には充分な重さで、その重さを感じるたびに悔しくなった。


「あああああ!!!」

盗賊が隊列になだれ込み、ついに夢芽の目の前に敵が現れた。そしてそれを認識する前に、敵の槍が喉をめがけてむかってくる。

「はぁ!」

幸太の火が舞う。

その火は小さいが、敵の動揺を誘うには充分だった。

その隙に夢芽は剣を振る。

まるでバットを振るような姿で、お世辞にも正当な剣技とは言い難いが、運良く不意をつくことが出来た為、相手はどすんと尻餅をついた。


「殺せ!」


兵士が声をあげた。

兵士の声は夢芽を責めるものでなく、夢芽を守ろうとするものだ。殺さなければ殺される。

しかしその言葉は、夢芽の本能が毒のように全身に回るスイッチとなってしまう。

身体が強張り息がつまる。

起き上がった敵が武器を振り上げる。

あらゆる感情や理屈が壊れ、ただただひとつの言葉だけが体の中をこだまする。

『イヤダ イヤダ イヤダ イヤダ イヤダ』


時が止まったように感じた。

それでいて一瞬のようで、永劫にも思えた。


気がつけば、目の前の敵は真っ赤な血溜まりの中で死んでいた。

その場にいた兵士が殺したのだ。


『殺してくれた。殺し……』

夢芽は顔を歪め、手で顔を覆う。

『私、今、殺してくれたって思った自分を最低だと思った。最低なのはそこじゃないよ。殺してくれたんだ。私を守る為に……。

なのに、私は心のどこかでその行為を嫌悪してる。

何も出来ないくせに、足手まといのくせに、守ってもらってるくせに……。

私は………、最低だ……』


「おい!立て!前を見ろ!」


兵士たちは夢芽を守りながら叫ぶ。


『そうだ。立て!立て!』


夢芽は立ち上がって剣を構える。

敵をめがけて剣を振り上げたその時。


「なんだ」

「地震?」

「おい、あれを見ろ」


兵士も盗賊も動揺から武器を止めた。

周辺一帯を這うような地鳴り。

目の前に現れたのは新緑を思い出させるような、深く鮮やかな緑の色をした竜だ。


竜はゆっくりと、厳かさや優美さを漂わせながら夢芽に近づく。

その巨体を前に、夢芽以外の人間は逃げることしか出来ない。


「夢芽!!!」

幸太が、動こうとしない夢芽を助けようと走り出す。

「待て!死ぬ気か?」

兵士が幸太の腕をつかんで止めた。


「あ、ああ……ぁ」

声にならない。

だが、夢芽は極限状態の中、それでも振り上げた剣を下ろした。

竜は無抵抗だった。

誰もが信じられない光景を目にした。

あまりにもすんなりと切られた竜は、ゆっくりと倒れ息絶えた。

光があふれ、周囲を照らす。

広がっていく光は夢芽の中へと吸収されていく。

胸の中へと消えていく光は体を巡り、今度は緑色の刃となって解き放たれた。

緑色の刃は、的確に盗賊だけを狙い命を奪った。

血が舞い、殺すべき者を全て殺した刃は跡形もなく消えた。

周囲は完全に沈黙。


兵士の一部が我に返り、まだ交戦の可能性がある前線や殿を含む他の隊との連携を図ろうとした。


「夢芽」

幸太は夢芽の元へ走る。

力なく座り込んでいた夢芽の肩を、強く掴んでゆする。ピクリと反応があった。

「こ、幸太……、私は、大丈夫。大丈夫だよ」

少し声が震えていた。しかし大丈夫を繰り返すうちに落ち着きを取り戻した。

そして幸太をまっすぐに見た。

「行こう、幸太」

「何があったんだ」

「ごめん、わからない……。でも、今なら、戦える」

「夢芽……」

「幸太、これは真穂を助ける為に、必要な力だと思う」

「……………………………。分かった、行こう」

二人は立ち上がり、森の中心部へと走った。

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