不両立の享受
『頭の中でゴングが鳴る。
と言っても、ボクシングはよく知らないから思い浮かぶのは2D対戦型アクションゲーム。
対戦相手はチア。もう疑うまでもなく怒り狂っている……。どうする…』
ぐっと拳に力を入れる。
『手荒なことはするつもりはない……っていうか、たぶんチアの方が強い。余裕っぼい言い回ししてる場合じゃない。
服の上からでも分かる。チアの筋肉すんごい。
あーーーーー、こんな事になるなんて思いもしなかったとは言え、自分も真穂のように体を鍛えていればよかった!!!
中学(ド下手くそ)テニス部員、高校帰宅部。中学の時は部活強制だったからとりあえず入っただけで(なんかテニスってかっこよかったし……)、その時鍛えた体なんて今は無いも同然……。くっそぉぉお!』
一人悶々とする夢芽を目の前に、先に口を開いたのはチアだった。
「青き鳥を盗んだら、もう教会は完全にあんたの敵と見なすだろう。あの女が約束を守る保証も無い。反故されたら、自分がどうなるかわかるだろ?」
夢芽はきょとんとした表情を浮かべたあと、ポツリと言った。
「チア……、やっぱりいい人だね」
「は??」
「え?だって、今のどう聞いても、私の心配してくれてるじゃん」
「………………」
「私ね、やっぱり行ってくる。弟を、家族を守りたいもん。家族を大切にしてるチアなら、分かってくれるよね」
「あんたっ子は………。
そうだね。私もきっと、同じ立場だったらそうした。
本当はね、私だって自分が全て正しいなんて思っちゃいない。
研究そのものを否定してるくせに、その研究には死んだ私の娘とは別の娘が参加してるんだ。
言ったろ?うちは沢山子供がいるんだ。死んだのは長女で、研究でエレナの補佐をしてるのが次女。
今は喧嘩別れしてるけど、その馬鹿な次女のことを憎んでるわけじゃないんだから………。憎しみを、研究をしてると言うだけでエレナにぶつけるのはおかしい……。分かってはいるんだ……。でも……、どうしても……私は………」
夢芽は確かに今の発言には驚いた。
エレナの言う通り、夢芽も母親の失敗を娘が責められるいわれはないと考えている。失敗し続けた研究が沢山の犠牲を払いつつ大成した過去の実例はいくらでもあるだろう。
それでも被害者からしたら割りきれないものがあるのも分かる。
だが、今現在チアの身内が研究に加担しているなら、かなり見過ごせない矛盾なのではなかろうか。
だが、
夢芽の目にうつるチアは、あまりにもつらそうで苦しそうで。
『そっか、その矛盾は、チア自身も苦しめてるんだ。だって、チアはいい人だから。事実をみて見ぬふりすることも、亡くなった娘さんのことも割り切れずにいるんだ。
本当は、私はここで何か良いことを言って、彼女を説得すべきなのかもしれない』
しかし、夢芽には、彼女を救う言葉は思いつかなかった。
おそらく今彼女が言ったように、同じ立場だったら同じことをしていたという可能性が捨てきれなかった。
「よし!」
夢芽は手のひらをパンと叩くと、かまえを取った。
漫画で見たことがあるだけなので、素人のかまえだ。
「え?」
「戦おう。なんかそれが一番良い気がする」
『勝てない。絶対に勝てない。見なよあのたくましい上腕二頭筋を』
チアも少しの間黙っていたが、おもむろにかまえを取り、そしておもいっきり拳を突き出してきた。
夢芽も咄嗟に拳を繰り出すが
『あ、やっぱり勝てない……っていうか吹っ飛ぶ』
突き出す拳はトロくても、なんだか頭の中は妙に冷静で、そんなことを考えていた。
しかしむかってきた勇ましい拳は、途中で軌道を変え、夢芽の脳天に直線を描いて降りてきた。
チョップだ。
ゴスッという音と共に
「へぶうぅぅぅ!!!」
という変な声が出た。
そのまま頭を抱え込むようにして屈む。
なんとか顔を顔を上げていると、チアの顔が目に入った。
複雑な、それでもどこか微笑んでいるような顔をしていた。
「行ってきな」
「いいの?」
「仕方ないさ。行かせたいって気持ちが理屈より勝っちまったからね」
「………ありがとう」
「青き鳥は教会神殿の奥にある。アーシャ様に祈りを捧げる『誓約の間』にね。
だけどその部屋はその名の通り、アーシャ様に誓いを立てて魔術を授かる時以外は巫官士、良官士以外は立入禁止だ。見つかればどうなるか分からない。
気をつけるんだよ。特に白いローブを着て、腰に剣を下げてる連中。
あいつらは聖軍士と言って、教会専門の軍隊だ。私と違って、手加減なんざしてくれないよ」
「うん、いってきます!!!」
夢芽は叫ぶようにそう言って走り出した。
静寂の中、自分以外誰もいなくなった書庫で、チアはぽつりと言った。
「いってらっしゃい………」




