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目の奥の鏡

「あんた、よくも私の前に」

「あら、ごめんなさい。でも用事があるのはあなたのじゃないの」

一触即発。

夢芽の頭に浮かんだのはその言葉だった。


幸太と別れたあと、夢芽は書庫で文字を読む練習をしていた。

今はもう夜。耳をすませばホウホウとフクロウの声がする。


ひたむきに本を見つめる夢芽の横で、根気よくチアがつきそってくれる。チアが本を音読し、夢芽が文字を追う。それが一番はやく覚えられるのだとチアは言った。

夢芽はあれから、無力ながらもせめて文字が読めれば何か変わるかと考え、書庫のドアを開いた。

すると、チアが協力を申し出てくれた。

なんでも、彼女には子供が沢山いてこういった勉強は慣れたものらしい。

「これが終わったら、次は書く練習だよ。道具はあとで持ってくるからね」とニカッと笑う。

チアは最初に会ったときに比べると、だいぶ態度が柔らかくなった。

前世エイリではなく、夢芽自身を見てくれるようになった。そう思うと夢芽も自然と笑みがこぼれた。

そんな時だ。エレナが書庫に入ってきたのだ。

その瞬間、チアの顔から笑みは消え、憎しみと憎悪が身体から沸き立つように溢れ出した。


目の前でピリピリとしたやりとりが繰り返される。

夢芽はただオロオロすることしか出来ない。

この二人に何があったのか、知る由もないのだ。


エレナは、もう埒が明かないと考えたのか、ため息をつき視線を夢芽にうつす。

「初めまして、私は人魔術研究所所長、エレナ プランツワイヤーよ。あなたに話があってきたの」

「え、あ、はい、初めまして。宇佐美夢芽です」

「おためごかしは嫌いだから、率直に言うわ。

あなたの体を調べさせてほしいの。まぁ、場合によっては人体実験もしたいわ」

「あんた!!」

怒りに震えるチアを無視して、エレナは話を続ける。

「もちろんタダとは言わない。あなたの身の安全は保証するし、あなたの弟も探す。

人体実験が成功すれば、あなたは教会に誓いをたてなくても魔術が使えるようになる。そんな物騒な首輪も外してあげるわ」


魔術が使えるかもしれない


正直、首輪は納得してはめたのでそこまで気にしていなかったし、身の安全も、現在は守られていると思っている。

ただ、自ら動く事が出来る力、それは教会にいては絶対に手に入らないものだ。


「夢芽、拐かされるんじゃないよ。コイツの人体実験で私の娘は死んだんだ」

チアの言葉に、夢芽の心臓がはねる。

「あなたの娘が死んだのは先代所長の実験よ」

「ああ、確かにね。でもやることは同じだろ?それに、その女はあんたの母親だった」

「だから?母のミスは私のミスじゃない」


エレナは再び夢芽に視線を戻す。

「弟くんの手がかり、見つかったかもしれないって聞いてる?」

「え!!!本当ですか?」

「なんでも盗賊に攫われてるらしいわよ?騎士団長と幸太が明朝現場にむかうわ。

あなたも行きたいんじゃない?でも無理ね。その首輪のせいで」

「……………………………」

『真穂が見つかったかもしれない。行きたい!今すぐ!飛んで行きたい!でも……』

夢芽の表情から気持ちを察したであろうエレナは、一歩踏み出し、そっと呟く。

「青き鳥を奪いなさい」

「え?」

「な!!!」

聞き慣れない言葉に首を傾げる夢芽と、言葉にならない怒りに口をパクパクさせるチア。

「青き鳥ってなんですか?」

「クリフがこの国にやってきた時に乗っていた乗り物よ。空を飛べるわ」

まさしく飛んで行ける。

「その中なら、首輪を無効化できるってことですか?」

「正確にはその乗り物の設備に、その首輪を外す魔術がついてるってこと。青き鳥を奪ったら、そうね、リマの木のある中庭に飛んできなさい。外してあげるから」

「あんた、いい加減に」

エレナは、今まさに掴みかかろうとするチアの目の前を指を突きつける。

「ならあなたは邪魔をすればいいわ」

「は?」

「納得してないんでしょ?

なら邪魔をすればいいわ。弟捜索に参加したいなら、夢芽は動くでしょうし、クリフとの誓いが大事なら何もしないのではないかしら。

私は待つだけよ」


ひといきついて、今度は手をふるしぐさを夢芽にむける。


「それじゃあね、夢芽。待ってるわ」


エレナはくるりと背をむけ、数歩歩いて立ち止まる。そしてぽそりと雫が落ちるようにつぶやいた。

「あなた、母と同じように、人の顔を見つめる癖があるのね。母はそれを利用して欲しいものを手に入れていた。あなたは逆」

「え?それって、どういう……」

「あなたも母も、目の中に相手を映す鏡を持ってるということかしら。

見つめられると、おのずと自分の内面を見てしまう。自分の中の綺麗なものや醜いものを見てしまうの。

私は、魔術よりもそっちのほうが怖いわ。持って生まれた特性のような力の方が、かわすことが難しいもの」

もう一度ひといきつき、今度はハッキリとした口調で続けた。

「でも勘違いしないでね。怖いけど、それを理由に意地悪してるわけじゃないの。

チアの妨害で負けるようじゃ、外の世界じゃ犬死だから」


伝えたいことを全て伝えたと言わんばかりに、振り返ることなく、エレナはそのまま部屋を出ていった。

「え?どゆこと??」

チアは答えない。


『ああ、もう、とりあえずそれは置いとこう。それよりもこれからだ!どうする?いや、真穂を放ってなんておけない。

でも、首輪の誓いを破ることになる………って言うか、今まさに鬼の形相でこっちを見てるチアもどうにかしなきゃいけない』


頭をかかえたくなるが、それでも答えは決まっている。

『真穂を、絶対に助けるんだ』

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