それぞれの思惑
幸太が、リマの木のある中庭にたどり着いた時、日はもう傾きかけて、辺りを夕焼けが照らしていた。
「あーーーーーー!!」
幸太は行き場のない声をあげ、頭を抱えた。
いるわけがないのだ。今日の昼に別れたばかりなのだから。いるとすれば明日の昼。幸太自身が言ったことだ。
『まさかこんなに早く真穂の手がかりがつかめるとは、思わなかったもんな』
少し考えて思い至る。
『夢芽が来たからか……』
やはり彼女は特別なのだ。
古代大戦の悪女、エイリの生まれ変わり。
今の彼女を好意的に見る者は少ない。
だが、それでも彼女は特別であえて言うならば
『世界が彼女を待っていた』
とんでもないワードだが、不思議としっくりくる。
まるでダムの放水のように抑え込まれていたものが一気に流れ込んでくる。夢芽が現れた今のこの世界はまさにそのように見えた。
望まず巻き込まれた幸太だったが、三年という月日はこの世界に情を抱くには十分すぎる長さだった。
『いつか元の世界に帰る。その気持ちは変わらない』
それでも、ここにはエレナやゴートン、幸太に手を差し伸べてくれた人たちが生きる場所だ。
『この流れが良い方にいけばいいけど……』
「こんにちは幸太くん、まさか会えるとは思わなかったよ」
屈託のない朗らかで優しい声が、幸太に届いた。
顔をあげれば、リマの木の向こうにクリフが立っている。
幸太は全身が緊張で強張るのを感じた。
「クリフ様」
「え?いいよいいよ、クリフで」
「いえ、そういうわけには……」
幸太は、今までクリフとまともに会話したことは無かった。
遠くから何度か目にしたことがある、というぐらいだ。
それは自分を保護してくれたエレナが教会を毛嫌いしていたということもあるが、そもそもクリフという存在はおいそれと接することは難しい人間なのだ。
女神アーシャの夫であり、古代大戦の英雄。その特殊な経歴から良官士というクリフだけが名乗れる特殊な地位を得ている。
その地位は、教会トップの巫官士ファナ、もう一人の巫官士ゼンと同等に扱われる。
「夢芽に用事?呼んでこようか?あ、伝言があるなら伝えるよ?」
そう言って人懐っこい笑顔を向けてくる。
「ここで俺と会ったって、夢芽から聞いたんですか?」
「いや、ほら、聞いてないかな?夢芽の首輪。あれのおかげで、彼女が今どこにいるのかが分かるんだ。今は…、書庫にいるね」
その言葉に幸太の警戒心が増す。
例え物腰が柔らかく地位も高く、かつての英雄でも、彼はこういう人間だ。
幸太の表情から察したのであろうクリフは、苦笑いをしたがら答える。
「ごめんね。でも、夢芽はそれだけ特別なんだ。
皆が彼女を必要としてる。私としても奪われるわけにはいかないんだ。何があろうとも」
「……………………」
幸太は無言で返す。
その無言の理由も、クリフは理解したようで再び話し出す。
「そうだね。必要だとしても、それは好意じゃない。必要としている者もいれば、警戒や恐怖、敵視している者もいる。
例えそうでなくとも誰も彼女を愛してはいない。利用してるんだ。自分の願いのために」
そして幸太をまっすぐ見て続ける。
「君もだよね」
「!…………」
「顔を見ればわかるよ」
「確かに、一番に大切にすることは出来ないかもしれないけど、それは不幸になっても良いということではありません。俺と夢芽は、友達です」
「私も、不幸になってほしいとは思ってない。
でも、私は同時に覚悟もしているんだ。どうしても叶えたい願いがあるのなら、私は彼女を犠牲にすると思う。この願いだけは、絶対に諦めない」
「クリフ様の願いって……?」
クリフは悲しそうに笑うだけだった。
今度は幸太が答える。
「さきほど、夢芽に伝えていただけるとおっしゃっていましたね。では、夢芽の弟、真穂の手がかりが掴めたかもしれないとお伝えいただけますか?俺は明朝、ゴートン騎士団長と共に出立し、事実確認後、帰還します。だから、待っていてほしいと」
クリフのことを完全に信用したわけではないが、そもそも王宮施設内で行動を制限されている夢芽が、市内とはいえ外に出ることを許されるわけはない。
ならば、一か八か伝えてみるのも良いと思った。
「分かった。伝えるよ」
クリフは驚くわけでもなく、笑みを浮かべたまま返事をした。
幸太にはやはりクリフは不気味な存在として映った。
全てを中に閉じ込めて、心の内は何も見えない。
良官士クリフは、そんな男だった。




