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第十二話「青い炎」

 竜介が意気込んだ瞬間、朱の盆がとてつもない咆哮と共に突進してきた。

 2人がそれぞれ別の方に跳躍し軽く避けると、今度は鋭い舌が地を這う蛇のように素早く迫る。

 竜介は慌てて身をそらし避けたが、そのせいで着地に失敗し、転げて巨木に背中を強打した。


 じんわり痛む背中を(いた)わりながら立ち上がると、頭のすぐ上で低く鳴る声。

 恐る恐る顔を上げると、巨大な赤い顔に埋まった黄色い2つの目玉がこちらを睨んでいた。


「わあああ!! 」


 四つん這いで必死に避けようとするけれど、湿った腐葉土に滑ってうまく起き上がれない。

 しかし朱の盆の振り下ろした拳にぺしゃんこに潰される寸前、竹寅がスライディングで竜介を抱えて助け出し、なんとか一命を取り留めた。


「実力の過信は油断に直結する! いつ何時(なんどき)も注意を(おこた)るな! 」


 また怒声を浴びせられたのに、今度はなんだか頼もしい。

 「ごめん! 」と起き上がると、竜介はまた朱の盆と舌長姥の方を向き、拳を構える。


「おれが朱の盆を倒す! だから、タケトラは舌長姥をお願い! 」

「わかった! だが、気をつけろよ! 」

「ガッテンショウチ! 」

 

 同時に駆け出した2人は、それぞれ別の方向めがけ拳を突き出す。

 腐葉土を蹴っ飛ばし跳躍した竜介は、思ったよりも高く跳んだ体のバランスをなんとか保ちつつ、強く握った拳を勢いに乗せて朱の盆に叩き込む。


 朱の盆は咄嗟に顔の前で腕を斜め十字に固めた。

 けれど、磐若迅(バンジャクシン)の籠手の妖力が乗った拳は予想の何倍もの威力を発揮し、なんと朱の盆の両腕の骨を軋ませただけでなく、その巨体をぐらつかせたのだ。


 確かな手応えと自分の力が敵った悦びに、竜介の顔から高揚の笑みが溢れる。

 朱の盆は崩れた体勢をすぐさま立て直すと、地面についた手をバネにして、立派な額から頭突きを繰り出した。

 しかし、竜介は体勢を整えていないにもかかわらず、それを最も簡単にヒラリと交わしてしまった。


 そして彼は、あることに気がつく。


(あれ?なんだか、動きが遅い)


 肝試しで襲われた時よりも、朱の盆のスピードがはるかに遅いような気がした。

 元々鈍い動きだったけれど、ここまで日向のカメのような鈍足だっただろうか。

 竜介は着地すると、試しに後ろへ回り込んでみた。

 案の定、朱の盆はこちらを目で追うことすらもできていない。


 冷涼なる銀龍・磐若迅の最大の武器のひとつ、それは天狗(てんぐ)鎌鼬(かまいたち)をも凌ぐほどの圧倒的な俊敏性。

 1000年前に厄災を封印した大戦争の中でもその俊敏さは大活躍し、相棒の金虎・旭權(アサカリ)と共に自陣の勝利へ大いに貢献した。


 その力は当然、彼の妖力を宿す憑代たる竜介にも継承されている。

 竜介はまだ妖力の扱い方をわかっていないがしかし、磐若迅の籠手を身につけたことで、竜介の身体に眠る妖力と籠手に宿った妖力が共鳴を起こし、予想外の力を発揮したのだ。

 けれど、当の竜介はそんなこと知る由もない。


「なんかわかんないけど、よーするにおれ、強くなったってことだよな!! 」


 竜介はニッと笑うと、腕をバッテンに組んで地面を蹴り、猛烈な突進を繰り出す。

 超速の突進の勢いに弾かれて巨体がぐらりと揺れたかと思うと、朱の盆はバランスを崩し横転した。


 重たい音と共に舞う崩れた葉っぱや湿った土に視界を塞がれなが、竜介は走った。

 そして両足にぐっと力を込めてまた突進すると、起き上がろうとした朱の盆の顔面に強烈な一撃を叩き込む。

 だがしかし、神速の拳が奴の真っ赤な肌に触れる寸前、突如として体がぐんと後ろへ引っ張られた。


 身を(よじ)って引っ張る力の方を見ると、目をかっぴらいた舌長姥の舌が竜介の腹に巻き付いている。

 竜介は反対に向いて地面に足を突きなんとか踏ん張るが、シワシワの足腰に似合わないパワーで引っ張られ、両足で地面を引っ掻きながら引きずられる。


 けれど次の瞬間、姥のにやけた(つら)を竹寅の強烈な鉄拳がくの字につぶした。

 金切り声をあげて地面を転がる奴の舌を、竹寅が半透明の爪で切り裂き、竜介の胴は解放される。


「お前の相手は俺だ!! 」


 枯れ木のような爪を地面に突き刺し体制を立て直した舌長姥は、猛虎のように吠える竹寅をキッと睨んで突進した。

 竹寅が走ると、沸き立つ霊光が金色の影を残す。

 その動きは風の如く素早く、地面を蹴って跳ねた土が再び地面は落ちるその前に、竹寅の爪は姥をとらえ、黄色の目玉を串刺して潰した。


 再度金切り声をあげ、傷口を抑える指の間から赤黒い血が滴り落ちる。

 だが姥はめげずに舌を伸ばした。

 斬り口の晒された(きっさき)が正面に仁王立つ竹寅に迫るが、彼は一向に避けの姿勢をとらない。

 月光に照る舌が竹寅の喉をとらえた……が。


 若い喉仏に触れるその寸手で、舌の動きが止まった。

 竹寅はあいも変わらず直立不動。

 舌長姥は一瞬、何が起こったのか理解できなかった。


「随分と短い舌だな。舌長姥が聞いて呆れる」


 散々斬り刻まれた姥の舌は、当初の面影がないほどに短くなっていた。

 姥は額全域に無数の青筋を立て、喉の潰れそうなほどの咆哮をあげる。

 そして怒りのままに突進すると、長い爪を鋭く尖らせ竹寅に襲いかかった。


 竹寅も爪を尖らせ、応戦するように地面を蹴る。

 2人が豪速ですれ違うと同時に、甲高い衝突音が夜空の下に響いた。

 竹寅は腰を落として着地し、姥は着地と同時に体が3つの輪切りになった。


 バラバラになった体が地面に落ちると、シワシワの肌が黒く染まってそのまま灰燼(かいじん)になった。

 その灰の山から湧いて出た魂を、竹寅は瞬時に捕まえて木札の中に封じる。


「これで1匹。残るは、」


 竹寅が呟き瞳を向けた先には、地面に叩きつけられる朱の盆の拳を華麗に避ける竜介の姿。


「でええええりゃあ!! 」


 助走を乗せた拳を叩き込むと、朱の盆は体勢を崩して地面に手をつく。

 巻き起こった衝撃波の勢いで竜介も背後に吹き飛ばされたけれど、上手く腰を捻ってしっかりと着地した。


「矮小ナ子蜥蜴(トカゲ)ガ……(クビ)リ殺シテクレル……」

「なに言ってるかわかんないけど、もうこわくなんかないからな」


 竜介は自分の手のひらを見つめる。


「なにも知らないで、ただカッコいいってだけで首をつっこんで。でもそのせいで友達がケガをして……もっと考えるべきだったし、早く気づくべきだった」


 目を瞑り、ぎゅっと拳を握る。


「けど過去に戻ることはできない。くやんでいても、カネトは目を覚さない。おれは戦士だから、戦士に選ばれたから、こわくっても立ち向かわないといけない。ゼッタイに取り返す。だって、カネトはおれの友だちだから! 」


 竜介は鋭い瞳で朱の盆をキッと睨んだ。


「おれは怒ってるんだ。こうなったのはおれのせいだけど、それでもみんなを傷つけたことはゼッタイに許さない! イノチゴイもきかないぞ! 」

「オモシロイ……ソノ(アオ)イ魂喰ラッテヤル!! 」


 朱の盆の咆哮と同時に、竜介は地面を蹴った。

 凄まじいほどの雄叫びと共に握った拳を大きく振りかぶる鬼に圧倒されつつも、竜介の走りは止まない。

 雄叫びと共に握った拳を突き出した。


 ……が、次の瞬間。

 眼前に(そび)える鬼の巨躯が、突然青い炎に包まれた。

 

「グゥウウオアギャアアアアア」


 鼓膜を突き破りそうなほどの叫び声に竜介は思わず耳を塞ぎ、竹寅は顔を(しか)めながら竜介の襟を引っ張って無理やり避難させた。

 

「なに!? なんなの!? 」

「わからん! だが引くぞ!! 」


 全身の炎をかき消そうと叫びのたうつ鬼。

 その背後を、何か素早い影のようなものが通った。

 

「待て!! 」


 竹寅は咄嗟に怒号を飛ばし、2人とも影の向かった方に走る。

 すると。


「「!!」」


 生い茂る木々の間、満月が煌々と顔を出す巨木の腕に、ヤツはいた。

 少年のような立ち姿は全身が黒ずくめで、首元に煙のようなマフラーを巻き、燃える髪は青白く、骸骨のような仮面をつけている。

 割れた仮面の隙間から覗く瞳は炎のような真っ赤なのに、真冬の夜風のように冷たく鋭かった。


挿絵(By みてみん)

 

「貴様、何者だ」


 落ち着いた声で問う竹寅に応じることなく、少年は外方を向くと勢いよく枝を蹴り、森の奥へと消えていった。

 嵐のように現れて、突風のように去っていった少年の姿は、竜介の目にくっきりと焼きついていた。

 

 竹寅は少年が去った後の虚空を睨みつけているが、竜介はあっけに取られた表情でただ空を見上げている。


「タケトラ、今のって……」

「わからん。だが、下手に信用すべきではない」


 元の場所に戻ると、鬼はまだ燃えていた。

 咆哮が無意味だと気付いたのか、唸るような声をあげてゆっくりと地面を這いずりまわっている。

 カネトの魂を喰らった憎い相手だけれど、こんなに苦しそうな姿を見せられると、竜介は少しだけかわいそうに思ってしまった。


 やがて鬼が丸焦げになって動かなくなると炎も消え、巨躯は全てまっさらな灰になって崩れてしまった。

 灰の山の中から這い出してきた2つの青白い魂。

 竹寅はそれらを捕まえると、両方にそれぞれ木の札を押し付けてしまい込んだ。


 竜介は山の前にしゃがみ込み、灰をひとすくい手にとった。

 さっきまで自分の命を奪おうとしてきた化け物が、灯火が消えた途端ただの灰燼になって、うんともすんとも言わなくなった。

 やっつけてやりたいと思っていたのに、なんだろう、この気持ち……。


「なにしてる、早く行くぞ」

「うん……」


 竹寅の声に急かされて歩みを進めたけれど、ふと後ろが気になって振り返った。

 元々ボロボロだった建物がさらにひどく崩れて、もう半分も残っていない。

 喉にむせかえるほこりの匂いと、巻き上がった土の匂いが夜風に混ぜられて、そこはもうすっかり山の香りに戻っている。

 まるで、初めから何事もなかったかのようだ。

 

「おい! 」


 また竹寅が呼んだ。

 今度は少し、怒ったような声で。

 竜介は「ごめーん」と言って、竹寅の元へ駆け寄っていった。

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