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第一話「コノコさま」

 ジリジリと照りつける陽光が木の葉でまだらに隠されて、首筋から流れ落ちる汗を反射する。

 猛暑とは言えない気温だけれど、山の中にいることと昨日降った大雨のせいでやたら湿度が高かった。

 遠足に来た5年1組は男子も女子もみんなすでに汗だくだ。


 長い一列の中ほどにいる竜介は、汗でじっとり濡れたタンクトップが背中に張り付きむず痒いのを顔をしかめて我慢して、疲れの色が浮かぶ額に伝う汗を腕で拭い払った。

 泥道でかけっこをしたせいで茶色くなってしまったサンダルで木の根と土を交互に踏み締めて、緩やかな山道をみんなと登っていく。


 少し歩いて目線の先に開けた青空が見えてきた頃、先頭を歩く先生が「もう少しよー。がんばれー」と甲高い声で呼びかけた。

 山道を抜け開けた場所に出ると、そこは山の中腹。


 広がる若緑の芝生のど真ん中に、転んで擦りむいたように白いペンキが剥がれた山小屋が鎮座し、その周りには木々以外に何もない。

 開けているおかげで柔らかく冷たいそよ風が吹き、さっきまでの泥道に比べてずっと涼しい。

 

「はーいみんなお疲れさま。今日はここでお弁当を食べます。必ず班で固まってねー」


 先生の呼びかけに生徒たちは一斉にカバンからレジャーシートを取り出し、班員の元まで駆け寄って芝生の上に並べた。

 大小様々、色とりどりのレジャーシートをツギハギに敷いて座り、待ちに待ったお弁当を取り出して頬張る。

 

「そーいやさ、きのう6年にきいたんだけど、コノコさまって知ってる? 」

「「コノコさま? 」」

 

 聞き覚えのない単語にキョトンと首を傾げるのは、親友のレンジとトモス。

 そんな2人に竜介は頬に詰め込んだ唐揚げをごくんと飲み込むと、ちょっと得意げに話し出した。

 

「この山に住んでる妖怪だよ。山の中で危ない目にあうと助けてくれるんだってさ」

「ええーウソだぁ。オレなんか山で転んだことも崖から落ちたこともあるけど、そんなヤツ見たことないぜ」

「死にそうになるくらい危なくないと助けてくれないんだろ。妖怪だってそんなヒマじゃないもん」

「ゼッテーウソッパチだってそれ。前も山の滝でデッカいマスがとれるってのにダマされてたじゃんか、きっと6年に遊ばれてンだぜ」

 

 自分の言葉を顔をしかめて真っ向から否定されるのはいい気はしないもので、竜介はほっぺを丸く膨らませて目を細め、レンジを威嚇するように睨みつけた。

 けれど、そんな2人に挟まれるトモスの方は興味深そうにうんうんと頷いている。

 

「突飛な話だがロマンだな。もし叶うなら人生で一度は妖怪と会って話してみたい」

「ああ? 信じンのかよトモス! ありえねーだろフツーに考えて! 」

「だよねー! やっぱわかる人はわかるんだよ」

 

 (うべな)われて嬉しそうに目を輝かせ、「メダルくれるかな! 」と肩を寄せる竜介に、トモスは若干引きつつもニコッと笑って頷いて見せた。

 

 昼食の後は自由時間。

 弁当を食べ終わった子からレジャーシートをたたみ、各々原っぱで駆け回った。

 小学校のグラウンドには負けるけど、それなりに大きな山なので21人がストレス無く遊べるスペースは大いにある。


 竜介は友達数人を集めて、鬼ごっこでそこら中を駆け回っていた。

 絵の具で描いたように鮮やかな空の下での鬼ごっこはとても気持ちが良くて、背中に流れる汗の不快感も忘れてひたすらに走った。


 鬼の注意が逸れて一息をついていたその時、ふと見上げた木の幹にインクでも垂らしたような1つの黒光りを見つけた。

 立ち入り禁止の錆びた有刺鉄線に覆いかぶさるほどの巨木に、たいして樹液も出ていないのに真っ昼間からたった1匹で張り付く大きなカブトムシ。


 常識的な人間ならその異質さは一目瞭然だけれど、つい3ヶ月前5年生になったばかりの竜介には、それは喉から両腕が飛び出すほどに魅力的な"お宝"に他ならなかった。

 理性が鬼ごっこへと引き戻す前に、彼の足は太い幹の凹みに掛けられていた。

 

「もーちょっと……」

 

 フェンスのてっぺんに片足をかけ、黒い宝石のように光る羽に手を伸ばし、短いツノを(つか)んだと思ったその時。

 カブトムシは突然羽を開き、ブゥンと飛んでいってしまった。

 いきなりのことに驚いた竜介はバランスを崩し、フェンスの向こう側に転げた。

 

「いったた……あっ! やばい! 」

 

 尻餅をつき痛む腰をさすりながら起き上がると、竜介は自身の置かれた状況にハッとした。

 目の前にそびえ立つやたら大きな刺々しいフェンス。

 さっきは木を伝って越えたから良かったものの、今周りにはこのフェンスよりも大きな木なんてのはない。


 竜介は閉じ込められてしまったのだ。

 

「どうしよう、早くもどらないと……」

 

 あわあわと若干パニックになりながらフェンスによじ登ろうと手をかけるが、針金に巻き付いた有刺鉄線に(はば)まれて思うように力を込められない。

 どこかに抜け穴はないかと一旦距離を置こうとしたその時、竜介の体がいきなり後ろへ倒れた。

 慌てるあまり後方の崖に気が付かず、脚を踏み外してしまったのだ。


 いきなりのことに声を上げることもできず、腐葉土の坂をゴロゴロと転げていく。

 そしてそのまま数十メートルを転がり続け、斜面が緩やかになったころ、彼の体は突然中に浮いた。


 と思うとすぐに背中へ衝撃が加わると同時に全身が冷たい何かに包まれ、空気の通り道が遮断された。

 川に落ちたのだ。

 

「ぶはっ」

 

 先日雨が降ったせいか、いつもはマスを掴み取れるほど穏やかな山の川も、今は茶色い濁流と化して竜介の体を下流へ下流へ飲み込みながら押し流す。

 本能的に脚をバタつかせて顔を水面へ出し、なんとか酸素を取り込むが、牙を剥いた自然に子供の力が敵うはずもなく、顔を出しては沈み出しては沈みを繰り返した。


 やがてもがき疲れた竜介は土砂の混じる濁水に沈み、成すすべもなく流されていく。

 が、しかし、濁水の流れる河原の茂みから突如として人影が飛び出して、茶色い流れの中に飛び込んだ。

 それは、和装の少年だった。


 (よわい)は15、6歳ほど、並みの運動部ほどの筋肉質な体格だが、この土砂に塗れた激流にはとても耐えられそうにない子供。

 しかしながら、そんな予想を真っ向から裏切るがごとく、少年は水流の流れに逆らって進み、力無く濁流に揉まれる竜介の体を担ぎあげると、川の淵まで必死に泳いだ。

 

「おい! 起きろ! ここで死ぬな!! 」

 

 少年は砂利の上に横たわる竜介の体を揺さぶり、頬を叩き、必死の形相で意識を取り戻そうとするが、すでに呼吸の止まっている彼の手足は徐々に冷たくなりつつあった。

 何度か呼びかけ助からないことを悟った少年は「クソッ」と吐き捨てると、再び竜介を担ぎ上げて今度はを河原を(くだ)った。

 

「耐えろ! ここで死ぬんじゃない!せめて(ふもと)まで……」

 

 するとその時、少年に担がれた竜介の体が光り出し、まるで見えない腕に持ち上げられるかのように宙に浮かび上がった。

 

「なっ!! ……遅かったか……」


 川の方に引き寄せられる竜介の体を、少年は必死に引っ張ってこちらへと連れ戻そうとする。

 しかし、突如辺りから現れた青白く発光する蛇に(はば)まれ、細い腕をひしと握っていたその手を、ついに離してしまった。


 青白い蛇はどこからともなくわらわらと現れ、川の中心で浮かぶ竜介の体に群がり、左胸から彼の体内に侵入してゆく。

 それは排水溝に吸い込まれる水流のように激しく滑らかで、とても神秘的だが気味の悪い光景だった。



――――――――――――



 冷たい粒がピチャリと鼻の先に落ち、それが頬を伝ったむず痒さで竜介は目を覚ました。

 ぼやける視界に目をこすりながら辺りを見回すと、どうやらそこは洞窟のようだった。

 洞窟自体はよく友達と涼みに行くけれど、ここはやたらとゴツゴツジメジメしていて、竜介の知っている洞窟よりもずっと寒いし暗い。


 よく目を凝らすと、天井を照らす緑の灯りが微かに揺らいでいる。

 影を辿って光源を探してみると、コケだらけの岩肌と比べてやたら綺麗な石造りの(ほこら)の両脇に、神秘的な緑色の炎が静かに燃えていた。

 

「触るな。右手が骨だけになるぞ」

 

 背後からいきなり聞こえた声に腰を抜かしそうになりつつ、振り返ると、そこには先ほど竜介を川から助け出した少年がいた。

 

「だ……だれ……? 」

 

 古臭いヨレた着物に、(くす)み逆立った金髪。

 身体中に張り付いた生々しい傷跡と虎のように鋭い眼光が、えも言えない恐ろしさを(かも)し出していて、そばにいるだけで緊張してしまう。

 

「そんなことは知らなくて良い」

 

 少年はもう一つの祠の前の石台に腰掛け、不機嫌そうに眉を寄せたまま低い声でそう呟いた。

 よくわからない場所でよくわからない人によくわからないこと言われ、困惑する竜介。


 狼狽(うろた)え後退りすると、背後にあった大きめの水溜まりをピチャリと踏んでしまった。

 舞い上がった小さな水飛沫がサンダルの先っぽに見える指をひんやり濡らしたその時、突然脳内に暴れ狂う茶色の濁流が(よみがえ)る。

 

「あ、そっか……おれ、溺れて……」

 

 触ってみれば、服や髪が少し湿っている。

 崖から落ちて、そのまま川に呑まれて、けどその後はよく覚えていない。

 目の前が全部茶色になって、すごく苦しかったのはぼんやりと思い出せるけど、その後はわからない。

 

「もしかして、助けてくれたの? 」

 

 竜介の問いに、少年は黙って下を向く。

 その様子に竜介は怒らせてしまったのかもしれないと、罰が悪そうに肩をすくめて「ごめんなさい……」と呟く。


 だが少年はそれに応えることなく首を強く横に振って、何かを決心したようにすくっと立ち上がると、険しい顔つきで竜介に近づいた。

 そんな彼の目に竜介はまた冷たい恐怖を覚え、後退りする。

 

「早く家に帰れ、明るいうちにな。そして、もうここへは決して来てはいけない」

「ご、ごめんなさい。おれカブトムシに夢中で、こんどは気をつけます。あと、助けてくれてありがとうございました」

「言うな、そういうことじゃない。とにかく、この山にはもう二度と近付くんじゃないぞ」

 

 少年の言葉には力強い覇気があった。

 この感覚には覚えがある。

 去年、村に遊びに来た従兄弟(いとこ)のケンちゃんと洞窟に涼みに行ったまま寝てしいまい、心配して探しに来た大人たちに言われた言葉と似たような迫力がある。


 少年は怒っていた。

 自分が川で溺れたから心配したのだろうか、それとも「めんどくさいことをするな」ということなのか。

 どちらにしろ、竜介には耳が痛いことだった。


 


 少年は竜介を麓まで送ってくれた。

 少年が再び山の中へ消えていった後、山道の入り口近くの街灯の下で待っていると、竜介を探しに来た先生たちがやってきて、見つけるなり駆け寄ってきて強く抱きしめられた。

 案の定、怒られてしまったけれど、濡れて冷えた体を包み込んだ何本かの腕がとても暖かくて、心の底から安心した。


 お母さんに手を引っ張られて、もうすっかり伸びきった影に跡を追われながら畑道を帰った。

 赤い空をてらてら飛ぶコウモリと耳にこびりつきそうな(せみ)の声を聞いていると、ふと山を降りている時のことを思い出した。

 

 竜介が少年におんぶされて、まるで忍者のように枝を跳んで渡りながら木々の隙間を縫って山を下るなか、思い出したように少年がこぼした言葉。

 

「暗くなる前に家へ帰れ。もし変なものが見えても、声をかけられても、絶対に無視して逃げろ」

 

 やけに言葉が強くて命令口調だったから、少しムカッとしたのを覚えている。

 背中は凄くあったかくて水で冷えた体には嬉しかったけど、たまに顔を掠める木の葉がチョット痛かった。

 でも、真剣な話だということが伝わったから何も言わなかった。







 朝っぱらから陽の賑やかな土曜日に、竜介は友達と川へ出かけた。

 つい3日前に溺れかけたばかりだけど、こんなに良い天気の日に水遊びをしないだなんて有り得ない。


「山に近づくな」と言われただけで「川に行くな」とは言われていないし、今日のところは深さが膝くらいまでの緩やかな川だ。

 もし流されたって、下流の小川に引っかかってすぐに出てこられる。


 最近は麓でもクマが出たり八百屋さんの家がちょっと燃えたり、何かと物騒だけど、あそこは(ひら)けているから何かあってもきっと大丈夫。

 それに、今日から夏休みなんだ。

 

「レンジー!! トモスー!! 」

 

 2人を見つけて元気に手を振り駆け寄る竜介に、レンジは「おっせェーー!! 」と怒号を飛ばし、身の丈に合わない大きな3本の釣竿を抱えたトモスは、いつものように彼をなだめる。


 忘れ物がないかを確認し合ったあと、3人は肩にかけた水筒を跳ねさせながら川原の方へ競争するように駆けていった。

 川辺での釣りは真夏であるのを忘れるくらいに涼しく爽やかで、服が濡れるのもお構いなしに遊んだ。


 袖の間から風のように入り込む水が冷たくて、クーラーの効いた麓の町の電気屋さんの前でアイスを食べるのに引けを取らないほど気持ちがよかった。

 釣りの方は大した魚は釣れなかったけど、星みたいな魚みたいなヘンテコな形の長靴が釣れたのが面白くて、みんなで涙が出るほど大笑いした。


 ジリジリと鳴き止まない蝉の声も、爽やかな川辺では風鈴の音みたいに心地がいい。

 遊んでいる時はいつもそうだけど、この3人でいると特に時間の流れが早く感じられた。


 山で虫を捕っていても、駄菓子屋でゲームをしていても、自転車で麓の町まで行って遊んでも、いつもいつも、気がついたら影がずっと長細く伸びて、空も家の裏の鬼灯(ほおずき)のような朱色(あかいろ)になって。


 今日もまた、ハッと空を見上げた頃にはもう太陽がずっと低い位置にあった。

 家の門限が厳しいトモスはいそいそと荷物を集め、一足先に帰っていった。

 竜介とレンジは畦道(あぜみち)を駆けっこしながら降り、途中の雑貨屋の前で別れた。


 辺りはもうすっかり薄暗くなって、錆びついた街灯にはオレンジの炎が灯り始めている。

 竜介はあどけない笑顔で手を大きく振って、レンジが見えなくなると反対方向へ走っていった。


 川で捕まえたサワガニが死んでしまわないよう、虫籠(むしかご)代わりの水筒を極力揺らさないように、あくまでも早脚で。

 

「すごく遅くなっちゃった。また怒られるかな……」

 

 暗い畑道は走っても少し汗ばむくらいに、まだ暑さがへばりついている。

 カンカン照りで乾いた地面をサンダルで蹴ると、茶色い砂埃が薄く舞った。


 ふと、立ち止まって後ろを振り返った。

 何かが通ったような風が、竜介のうなじを撫でたからだ。

 

「なに?誰かいるの? 」

 

 街灯に点々と照らされる黄土色の道には、人っ子一人見当たらない。

 ただそよ風が吹いただけじゃない。

 確かに誰かが後ろを通った。

 なぜなら体育館でゴーゴーと音を立てて温風を吐き出すガスヒーターのように、

 少し暖かかったから。

 

「あつっ」

 

 いきなり、右肩に火がついた。

 慌てて払い除けようとするけれど、なかなか火は消えない。

 あついあついと絶叫しながら走り回って、目についた道端の用水路に腕ごと肩を突っ込み、なんとか火を消す。


 黒く焦げ穴が空いたTシャツから見える肩は、赤く腫れ上がってヒリヒリと痛んだ。

 何が起こったか理解ができず混乱していると、肩を押さえる左手が発光していることに気付いた。


 ――違う、後ろから強い光で照らされているんだ。

 後ろを振り返り、竜介は絶句する。


 そこには、竜介よりもはるかに大きな火の玉があった。

 絶えず石油を流され続けているようにボウボウと燃え盛り、風もないのに大きく(なび)いて火の粉を飛ばす。

 そしてなによりも恐ろしく奇妙だったのが、その炎が宙に浮く老婆の生首から湧き出ていたことだ。


 目尻や頬に溜まったシワが年輪のように積み重なり、耳まで裂けていそうな大きな口にはイビツな黒い歯がでこぼこに生えている。

 遺伝子の奥から恐怖に震えてしまいそうな、とてもこの世のものとは思えない姿。

 その姿を一目見ただけで、それが安全な生き物でないことは明白だった。


 「わああっ」と声を上げて竜介は腰を抜かし、畑へ転がる。

 

「ヒュルルルル」

 

 生首はでこぼこで隙間の空いたお歯黒で辺りの空気を吸い寄せ、吐き出す。

 吐き出した空気は炎を(まと)い、畑の緑を焼いた。

 後ろに転がったおかげで竜介自身が焼かれることはなかったが、尻餅をついた拍子に脱げたサンダルがどろどろに溶けてしまっていた。

 あんなのをまともに浴びれば、人間の体なんてひとたまりもない。

 

「あ……あ……」

 

 こわい、こわいこわいこわいこわいこわい。

 逃げなきゃ。

 けれど腰が完全に抜けてしまって、脚に力が入らない。

 汗ばむくらいに目の前で燃え盛る炎が熱いのに、竜介の手足はガクガクと震えている。


 夜の畑には人がいない。

 だから助けを呼んだって誰も来てはくれない。

 そもそも、助けを呼ぶための声すらも出ない。


 火の粉も飛ばさずしわくちゃな顔で不気味に笑い燃える生首は、無防備にへたり込む竜介にジリジリと近付く。


 「ヒュルルルル」と再び空気を吸い込む音に、もうダメだと目を(つむ)ったその時。

 ドッという重たい音と共に生首が真横に吹き飛んだ。

 勝手に吹き飛んだわけじゃない。

 げっそりこけた右頬を、誰かに蹴り飛ばされたんだ。


 そして、竜介は生首を蹴っ飛ばしたその誰かを見た。

 山で出会った和装の少年だった。

 

「お前!? なぜこんな時間に……! っ早く逃げろ!! 」

 

 少年は腰の抜けた竜介を無理矢理に立たせて背中を突き飛ばした。

 すると、燃え盛る生首がまたもや竜介を消し炭にしようと、自動車のようなスピードで体当たりする。

 少年は動じずに振り返ると、強烈な拳を叩き込み、怯んだ隙に踵落としで老婆の顔を地面に叩きつけ、そのまま回し蹴りで吹っ飛ばした。


 竜介は一度振り返ったけれど、少年の怒号に背中を押され、その勢いのままに走った。

 とにかく家の方へ一目散に。

 けれど途中、肩にかかっていた水筒がいつの間にかなくなっていることに気がついた。


 振り返れば、さっき転んだ畑の用水路の手前に青い水筒が転がっている。

 きっとさっき肩を燃やされた時に(ひも)が焼き切れてしまったんだ。

 

「サワガニ……! 」

 

 さっきの生首は見当たらない。

 今ならいける!そう思った竜介は水筒の元へ駆けた。

 片っぽしか履いていないサンダルに転びそうになりながら、水筒を拾い上げたその時。

 

「馬鹿!! 逃げろ!! 」

「えっ」

 

 鬼のような形相で叫ぶ少年に、竜介はぽかんとした顔を上げる。

 竜介からすれば、薄暗い畑道に突っ立つ少年以外には何も見えない。

 けれど、その背後には乾いた黄色の目玉で竜介を見据える生首がいた。


 瞬間、視界が真っ赤に燃え上がる。

 反射的に閉じた目が開けられない。

 皮膚が張り付いて痛い、喉が渇く、声が出ない。

 怖い、わからない、何が起こったのか理解ができない。


 竜介はそのまま、炎に焼かれて死んだ。

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