ep14-7 眠夢ちゃんの特訓の成果!
「梨乃、キョーコ、遅い……」
ここはアントリューズアジトビルの一室。やってきたあたしとキョーコに開口一番そう言ったのは眠夢ちゃんだった。
面倒くさがりの割にはなかなか真面目なようで、彼女はいつも自分の学校が終わるとすぐにこのアジトビルへとやって来ていた。
今も一足先にトレーニングで汗を流してきたようで、トレーニングウェアの肩にタオルを引っ掛けわずかに上気した顔をしながらも非難のこもった視線を向けてきた。
「いや、ごめんごめん。ちょっと、色々とあって……」
もごもごと言うあたしに、しかし眠夢ちゃんは「そう……」とだけ呟くと「くああっ」と大きなあくびを一つしてから手に持っていた例の特製ドリンク入りのペットボトルに口を付けた。
「これ……美味しい……癖になる……。訓練は面倒くさいけど、これがあるから頑張れる……」
どうやら眠夢ちゃんもすっかりアレの虜になっているようだ。あたしも眠夢ちゃんの口元からわずかに垂れた液体に思わずじゅるるっと唾液を垂らしてしまう。
っといけないいけない、今日はトレーニングの前にマリス様の所にいかなければならなかったのよね。今は我慢我慢と……。
「ところで眠夢ちゃん。その様子だと、なかなか順調なようね」
あたしが訊ねると眠夢ちゃんはペットボトルから口を離しコクリと頷いた。
「一昨日、基礎プログラムが終わって、今は応用技術を学んでいるところ……。ブリス、カレッジ、両魔法少女の戦闘パターンはだいたい学習できた、たぶん、もう殺れると思う……」
いつものぼやっとした落ち着いた口調ながら彼女の発したその言葉にあたしはわずかに体を震わせる。殺れるって……それはつまり、そういうこと、よね……?
ううむ、眠夢ちゃんをスカウトする時クリッターが誰よりも深く暗い暗黒パワーを感じるとか言った時はほんとかいなと思ったもんだけど、確かにこの子には暗黒パワーと言って差し支えないどす黒いものがあるようね……。
「それでぇ、レベルはどれくらいになったんですかぁ?」
あたしの内心の考えなど全く気にすることなくキョーコが能天気に眠夢ちゃんに訊ねる。
「それは……」「聞いて驚くクリ! なんと、30クリ!!」
口を開こうとした眠夢ちゃんを遮るように、唐突に現れたクリッターが甲高い声を上げた。
うわっ! びっくりしたぁ……。こいつは相変わらず神出鬼没なんだから……って30……!?
「30!? マジなの、それ!?」
思わず聞き返すあたしにクリッターは「もちろん、嘘でも冗談でもなく、本当にレベル30クリよ」とあっけらかんと答えた。
30……あたしがついこの間35になったばかりだというのに……なんて成長速度なのかしら……。まあ、レベルの低いうちは割とポンポン上がるらしい(事実あたしより暗黒魔女歴が短いキョーコもあたしと同レベルだし)けど、それにしたって実戦すら未経験でここまで上がるとは……。
しかし、これはかなりの朗報だ。ブリスやカレッジはあたしたちと同レベル。いつぞやの“想い”のパワーによる力の上乗せを計算に入れてもあたしたち三人で掛かればあいつらに負ける要素はどこにもない。
「いよいよあいつらを倒す日も近いかもしれませんねぇ! あっ、というかもしかして、今日のマリス様からの呼び出しってぇ……」
次の出撃に関しての話なのかもしれない。キョーコの言わんとしていることを察しあたしは彼女へと視線をやり一つ頷く。
「どっちにしろここでいつまでも立ち話をしていても仕方ないわ。マリス様の所へ行きましょう」
「私、もう少し休みたい……」
くああっとまたも欠伸をしながら眠夢ちゃんがそんなことを言う。う~む、マリス様からの呼び出しをバックレようとは本当に胆力のある子だなぁ。
あたしが苦笑いを浮かべると、クリッターが「ほらほら、行くクリよ!」と眠夢ちゃんのお尻を尻尾で軽く叩いた。
「お尻、叩かないで……ウマじゃない……」
眉を顰める眠夢ちゃんだったがそれ以上の抵抗は見せず、クリッターに促されるまま歩き出す。
「はぁ……」
溜息を吐きながらも歩き出す眠夢ちゃんにあたしとキョーコも続くのだった。
総帥室へと向かう道を進むうちあたしは内心穏やかではなくなっていく。なぜなら、マリス様へ白井姉妹の一件をどう切り出せばいいのか未だに考えがまとまっていなかったのだ。
(どうやって切り出そう……。いきなり白井優華とか優希って知ってますか? ってのはどうかと思うし……)
大体の場合マリス様から一方的に何か言われてそれでおしまいだし、こっちの方から話を切り出すことなんてほとんどなかったからなあ……。
ともあれもう部屋の扉の前だ。あたしは大きく深呼吸をして気持ちを整える。
「さてと……それじゃあ入るわよ」
あたしは眠夢ちゃんやキョーコの方を見やって言う。キョーコは特に緊張も感じていない様子で「はぁい」と暢気な返事をしたが眠夢ちゃんはボソッと「面倒くさい……」と呟いた。
しかし彼女も本気でバックレるつもりはないらしく抵抗することなくあたしの後をついてくる。
「失礼します」
一声かけてからあたしは扉に触れた。すると音もなく扉が開き中の漆黒の空間があたしたちを出迎える。
じとっと手に汗が滲んで来る。ビルの中のはずなのにまるで異世界にでも迷い込んでしまったかのような感覚に襲われる。
ここに来るといつもそうだ、魂そのものが吸い込まれるような重圧を感じてしまう。
『魔界』というものが存在するならきっとこのような感じなのだろう。あくまで想像だけどね。
ともかく、あたしたちは静かにその闇の中へと入って行く……。
床に描かれた魔法陣が薄明りを放つ中、その中心で我らがアントリューズ総帥マリス様はいつものようにこちらに背を向け静かに佇んでいた。
「遅かったですね」
開口一番そんなことを言われあたしは思わずビクッと身を震わせた。普段と変わらぬ口調であり別に怒っているわけではないことは明白なのだがそれでもやはり萎縮してしまう。
「も、申し訳ありません! 少し準備に時間がかかってしまいまして……」
反射的に謝罪の言葉を述べるとマリス様は「構いませんよ、あなたたちにも日常生活があることは知っていますので……」と言ってゆっくり振り返った。
黒いドレスの裾が翻り妖艶な笑みを浮かべたその美貌があたしたちを迎える。
――似ている……気がする。意識しているせいなのか、そう思ってしまう。白髪、紫の瞳と常人離れした容貌をではあるが、顔の造りそのものはあの白井優華と同じように見えてしまった。
そう、まるで血を分けた姉妹であるかのような……。いや、まさか……。彼女はマリス様だ、それ以外の何物でもあるはずがない、ましてやマリス様が白井優希だなんて、そんなことがあるはずがない。
第一このプレッシャーはどう説明すればいいのだ。とても普通の人間が放てるものではない。それ以外にもマリス様=白井優希を否定する材料などいくらでもある。顔の造りだけで判断などすべきではない。似た顔の者などこの世にいくらでもいるのだ。
それよりもまずは、今日の呼び出しについて訊ねなければ……。
「そ、それでマリス様。本日はどのようなご用件で……」
あたしは軽く頭を振ると、まるで三下の悪役のように両手を揉みながら恐る恐る尋ねた。その様子が可笑しかったのかマリス様はクスリと笑う。
「梨乃ちゃん、そんなに怯えないでください。何かあなたたちを叱責しようとかお仕置きをしようとかそのような話ではないのです。ただ、ブリス、カレッジ、両魔法少女撃滅作戦の進捗について報告を求めたくて呼び出しただけなのです」
マリス様はそう言って柔らかい笑みを浮かべる。あたしは「そ、そうですか……」と安堵の溜息を漏らした。
「眠夢ちゃんの加入以降あなたがたは一度も出撃していません。それは実戦経験のない眠夢ちゃんを鍛えるためだということは理解していますが、それ以外には何かしら奴らに対する有効策を講じているのか、そのあたりのことを確認したかったのですよ」
うっ……。マリス様のお言葉にあたしは思わず喉の奥で呻き声を上げた。実のところ、なーんも考えてなかったからだ。
いやだってぇ、眠夢ちゃんが戦力になってくれさえすれば、後は数に任せた力押しでどうにでもなるって思ってたんだものぉ。
どう返すべきかと悩むあたしを庇うようにキョーコが一歩前に出た。
「もちろん色々と手は打っておりますぅ。センパイ――オプファーがキョーコ――ヴァーンズィンを率い正面から魔法少女たちに戦いを挑み気を引いている間にぃ、眠夢ちゃん――ファウルハイトが密かに後方に回り込んで奇襲を掛けるとかぁ」
自信満々にそんなことを言うキョーコ。ふむ、とっさのことだと言うのになかなかにいい策を考えつくじゃないの……。普段のアホっぽい言動のせいで隠れがちだけど、キョーコってばなかなか頭が回るのよね。
「そ、そうです! 奴らはまだファウルハイトの存在を知りませんのでこの作戦なら間違いなく成功します! それ以外にもプランAからプランZまで、あたしもキョーコも日々あいつらを攻略する方法を模索しております!」
あたしはキョーコの意見に便乗し畳みかけるように訴える。するとマリス様は「なるほど」と頷いた。
「素晴らしいですね。いえ、実は正直なところ、私はあなたたちが眠夢ちゃんの特訓が完了していないということを言い訳にサボっているのではないかと疑っていましたがどうやら杞憂だったようです」
ギクギクギクッとあたしは体を震わせる。あたしたちがサボっていた……それもある意味正解だ。一応ちゃんと自主トレーニングは続けていたとはいえクリッターという監視役が眠夢ちゃんに掛かりきりだったせいもあり手を抜きがちだったし。仕方ないのよ、あたしってば元々怠け者気質だし……。
軽くとはいえ頭すら下げているマリス様にあたしの心の中が罪悪感で満たされる。しかし、その時一瞬彼女が面白そうに目を細めたように見えてあたしは恐怖を覚えた。
もしかして、何もかも見抜かれている……? あり得るかもしれない。マリス様だもの……。とはいえどっちにしろここはもう、サボってるというのはマリス様の思い過ごしでしたで押し通すしかない……!
「お、お褒めの言葉を賜り恐悦至極にございます……」
あたしはそう答えると深々と頭を下げた。もちろん心の中では全力で土下座を敢行しながら。
マリス様は軽く手を上げ答えると、あたしから背後の眠夢ちゃんとその肩に乗っているクリッターへと視線を移す。
「それで、作戦の要であるところのマギーファウルハイト――眠夢ちゃんの特訓についてはどうでしょうか?」
「順調――というよりほぼ完了したクリ。レベルも30、すぐにでも実戦投入可能クリ」
自信満々にクリッターが答えると、マリス様は「ほう」と声を上げた。その声にはわずかに賞賛の色が含まれているようであった。
「それでマリス。先延ばしになってた眠夢の処置の件クリが……」
クリッターが発した言葉にあたしの耳はピクリと反応を示す。処置……前にも聞いた言葉だ。どうも暗黒魔女はマリス様から何かをされるようでキョーコはすでにそれを受けているらしい。しかし、あたしはそんな処置のようなものは受けていないしそのような話を聞いたことすらない。クリッターに聞いても『梨乃は気にしなくていいクリ』の一点張りで教えてくれないし、キョーコも『キョーコもよく知らないんですぅ』などと言ってくる。
一体処置とは何なのだろうか? そして何故あたしにはその処置とやらは施されないのだろうか……?
疑問が浮かんでくると同時に少しだけ疎外感を覚えてしまう。が、同時にあたしはキョーコや眠夢ちゃんとは違う“特別”な存在だからこそ処置を受けていないのだという優越感のようなものが湧き上がって来るのも確かだった。
あたしがそんな複雑な感情を抱いている間にも話は進む。
「ああ、そう言えばそうでしたね。よろしいでしょう、ではこの後眠夢ちゃんには処置を行います。眠夢ちゃんはしばらくここに残ってください」
「わかった……」
眠夢ちゃんが静かに頷くとマリス様は微笑む。そしてあたしとキョーコの方へ顔を向けた。
「さて、眠夢ちゃんの処置には多少の時間もかかります。あなたたちに対する用件も終わりましたので、下がってくださって結構です。この後はアジトに残り特訓するなり帰宅するなり自由にしてもらって構いませんよ」
「あっ、それなら……」
あたしはこのチャンスを逃すまいと口を開く。白井優希に関する情報をマリス様から引き出すには今がその時だ。
あたしは緊張で固まる舌を懸命に動かし言葉を紡ぐ。
「あの、マリス様。少し、お時間よろしいですか……? その……少々お聞きしたいことがございまして……」
マリス様は少しだけ驚いたような表情を浮かべたがすぐに元の柔和な笑みに戻った。
「構いませんよ。ただし内容次第ではお答えできないこともあるかもしれませんがそれでもよろしいですか?」
あたしはゴクリと喉を鳴らす。そして意を決して口を開いた――。
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