ep13-5 静かな眠りのために、烏丸眠夢(からすまねむ)は暗黒へとその身をゆだねる……
「念のためにもう一度聞くけどね、眠夢ちゃん、あなた本当にあたしたちと一緒に暗黒魔女として戦ってくれるの?」
ここはアントリューズのアジトビル、あたしは目の前で相変わらず眠そうな顔で「くあぁぁ」と欠伸をする少女にそう尋ねた。
「梨乃……それさっきも言った。そして私は答えた、私はあなたたちに協力する……何度も同じことを聞かないで……」
淡々と告げる彼女にあたしは本当にわかってんのかしらねぇとため息を吐く。
<烏丸 眠夢>それが彼女の名前。年齢は13歳であたしの2つ、キョーコの1つ年下で中学一年生(ちなみにあたしたちとは別の学校らしい)という話だ。
一体どんな手を使ったのか、キョーコとクリッターによる勧誘は見事に成功し彼女はアントリューズへの参加と暗黒魔女として戦うことを承諾してくれた。
そして、彼女を伴いアジトビルへと戻って来たのだが、あたしはどうも話がスムーズに行き過ぎている気がしてならなかった。
互いの自己紹介を終えてもなお、あたしは彼女が本当にあたしたちの仲間になってくれたのか、その実感を持てずにいる。
「センパイ……心配しすぎですよぅ」
キョーコがあたしの耳元でそう囁いてくる。あたしは思わずため息を吐くと彼女へと向き直った。
「でもねぇ……」
そんなあたしの言葉にクリッターもキョーコに続くように口を開く。
「僕たちの交渉術は完璧クリ。眠夢はアントリューズの理想、世界征服に賛同してくれたクリ」
その言葉にあたしは眠夢ちゃんの方を見る。するとその視線に気が付いたのか、彼女はこう言った。
「アントリューズの目指す『幸せの国』……そこでは誰にも、何にも束縛されなくてすむって聞いた……私は誰からの文句を言われずに好きな時に好きなだけ眠って暮らせる場所がほしい……だから、そんな世界を作るために、あなたたちに力を貸す……」
「あ、あぁ……そうなのね」
あたしは思わずそう呟く。確かに彼女の望む世界はアントリューズの目指す『幸せの国』と一致しているし、彼女があたしたちの仲間になってくれるというならそれは心強いことだ。
でも、本当にこの小柄な常に眠そうにしている少女が暗黒魔女として戦えるのかしらねぇ……。
確かにあたしやキョーコ、そしてクリッターが感じたように彼女にはとてつもない暗黒パワーが秘められているらしい。
しかし、彼女はどう見ても普通の女の子だ。とてもじゃないけど戦う力があるようには見えない……まぁ、それはあたしも人のことは言えないんだけどさぁ……。
「よし! それでは早速、眠夢の暗黒魔女覚醒の儀を行うクリ!」
あたしがそんなことをぼんやりと考えていると、クリッターがそう声を上げた。
「ほんのちょっとだけ痛いですけどぉ、我慢できますよねぇ?」
「大丈夫……」
訊ねるキョーコに頷く眠夢ちゃん。
そして、クリッターがその爪を伸ばし彼女の頬に傷をつけようとするが……。
「あっ! ちょっと待って!!」
あたしが発した言葉に、全員の視線が集まる中、眠夢ちゃんに向けて指を一本立てつつあたしは最終確認のために質問する。
「眠夢ちゃん、これだけは言っておきたいんだけど、暗黒魔女になったらこの先どんなに嫌でも、辞めたくなっても、アントリューズを抜けることは許されないわ。裏切ろうとしたが最後激しい苦痛の果てに命を落とすことになる……それでもいいわね?」
あたしはこの事実を知らされず魔法少女になれると騙され暗黒魔女にされてしまった。
今でこそ結果的に良かったのかもなんて思い始めてはいるが、それでも、この事実はあたしにとって大きな心の傷となっている。
だからこそ、眠夢ちゃんにはその痛みを味わってほしくないとあたしは思ったのだ……。
「私はあなたたちに力を貸すと言った……だから、それでいい」
しかし彼女は表情一つ変えずにそう答えるのだった。
「裏切らなければいいんですよぉ、それにぃ、暗黒魔女になれば眠夢ちゃんもぉ、魔法が使えるようになりますしぃ」
「そうクリよ、梨乃だってなんだかんだ言って僕たちの理想に共鳴し、こうして力を貸しているクリ」
キョーコとクリッターの言葉にあたしは思わずため息を吐く。まあ、そりゃそうなんだけどさぁ、自分の命が組織に握られてるってのはやっぱりいい気分じゃないわけで……。
「まあ、最終的に決めるのは本人だから、眠夢ちゃんがいいって言うのなら、もうあたしは何も言わないわ。ただどっかの邪悪妖精みたいに騙すようなことはしたくなかったから、一応ね」
「それは誰のことクリか?」
「もちろん、あんたに決まってるでしょ。クソッタレの邪悪生物さん」
あたしはクリッターを睨みつけながらそう告げる。こいつときたら、あたしを騙して暗黒魔女に仕立て上げた張本人なのだ。許せるはずがない……。
「梨乃は執念深いクリね~。いいじゃないクリか、ブリスたちを倒せば念願の魔法少女にしてくれると、マリスが確約してくれたクリよ?」
「それはそれ、これはこれ。あたしがあんたに騙されたという事実は消えないのよ!」
あたしの言葉にクリッターはやれやれとため息を吐く。
「私がここにいるの、自分の意思……だから、騙されてなんかいない……梨乃、安心していい……私は、裏切らないし、あなたを恨むことも、ない」
眠夢はそう言うと、あたしを安心させるように小さく微笑む。その笑顔に思わずドキッとしてしまう……やっぱりこの子可愛いわ!
「さあさ、とにかくぅ、本人もこう言ってることですしぃ、早く眠夢ちゃんを暗黒魔女へと変えてあげましょうよぉ」
キョーコの言葉にあたしは「それもそうね」と頷く。
「それじゃあ、眠夢ちゃん……覚悟はいい?」
「……うん……」
あたしの問いに眠夢ちゃんはコクンと頷くと静かに目を閉じる。そんな彼女の頬に手を添えるとクリッターが爪を伸ばした。そしてそのままその鋭い切っ先で彼女の頬を切り裂いた。
「っつ……」
僅かに顔を歪める眠夢ちゃんだったが、彼女は決して痛いとは言わず、黙ってじっとしていた。
「その血をこのダークネスストーンに降りかけ、よく擦り込んでから一気に飲み込むクリ」
言いながらクリッターはどこからともなく赤黒いビー玉サイズの宝玉を取り出す。
あれこそ暗黒魔女の力の源ダークネスストーン。あたしやキョーコの体内にも埋め込まれている。
眠夢ちゃんは言われるままに頬から流れ出る血をその宝玉に擦り付け、そのまま一気に飲み込んだ。
「鉄臭い……」
苦い顔を浮かべる眠夢ちゃんだったがそれだけだ、特に体に異常はないらしい。
「ね、ねぇ、なんともないの? 気持ち悪くなったりしてない?」
「特に……口に入れた時自分の血の味がして少しだけ気持ち悪かったけど……それだけ……」
「そ、そうなの……」
このダークネスストーンは適性の低い人間が飲み込もうとすると、拒絶反応とやらで猛烈な吐き気と痛みに襲われる。
あたしなんかもう少しでダークネスストーンごと胃の内容物を吐き出すところだった。
なのにあっさりと飲み込めるなんて、キョーコもそうだったけど、この子もどうやら適性が高いらしい。
「それで……これで、暗黒魔女……なの……?」
眠夢ちゃんは自分の両手を見下ろしながら誰にともなく尋ねる。どうやらあまりにも変化がないので戸惑っているらしい。
「覚醒の儀自体はこれで終わりクリ。後はこれを使えば、いつでも眠夢は暗黒魔女に変身することが出来るようになるクリ」
そう言うと、クリッターはあたしやキョーコも身に着けているペンダント型の暗黒魔女の変身アイテム『ダークトランサー』を眠夢ちゃんの前に差し出した。
「これを……どうするの……?」
眠夢ちゃんが尋ねるのに、クリッターはダークトランサーを彼女の首に掛けるとこう言った。
「これを身に着け『変身したーい』とか『暗黒魔女としての力を発揮したーい』とか強く念じるクリ。そして、呪文を叫べばいいクリ。『ダークエナジー・トランスフォーム』……と」
眠夢ちゃんは興味深そうに、自分の首に掛けられたダークトランサーを触っていたのだが、静かに目を閉じていく。
どうやら変身を試そうとしているようだが……。
「ちょ、ちょっと待って!」
あたしが慌てて制止すると、彼女はパチッと目を開き、キョトンした顔であたしを見る。
「なに……?」
「え、えーと、あのね……暗黒魔女って変身するとき……その……ちょっと、あれな気分を味わうことになるの……だから、その……」
「つまりですねぇ、変身するとき、エッチな気分になってぇ、変な声を出ちゃうからぁ、それが恥ずかしいってセンパイは言いたいんですよぉ」
あたしの言葉にキョーコが補足説明をするも眠夢ちゃんは「別に気にしない……」と呟き再び目を閉じダークトランサーに意識を集中し始めた。
「ちょ、ちょっと! そんな簡単に……!?」
あたしは慌てて止めようとするも時すでに遅し、眠夢ちゃんは腕を掲げると変身呪文を唱えてしまった。
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