ep10-1 キョーコ襲来! あたしの日常どうなるの!?
休み時間、いつものように空気と同化しつつ3組から遊びに来てる灯と美幸の様子を眺めていたあたしだったけど、今日はいつもと違う騒動が発生することとなった。
ガラガラガラッ! と教室の扉が勢いよく引かれ美幸たちを含めた生徒全員の視線がそちらに集中する。
数瞬遅れてそちらに視線を向けようとしたあたしの耳に、あんまり聞きたくない声が飛び込んで来る。
「梨乃センパァイ、いますかぁ?」
こ、こ、この声は……ぎぎっと油の切れたロボットのように首をそちらに向けると、そこには赤いツインテールを揺らしながら笑う一人の少女の姿が……!
「キ、キョーコ……」
引きつりまくった顔であたしが呻くように言った瞬間、キョーコがあたしの方へと駆け出す。
「センパァイ!!」
ああ、もう! 来るなぁぁ!! あたしは心の中で絶叫するがキョーコがそれを聞き入れるはずもなく、彼女はあたしに飛びつくとそのままぎゅーっと抱きしめてくる。
「センパイ、来ちゃいましたぁ♡ センパイってば自分のクラスを教えてくれないもんだから探すのにちょーっと苦労しましたよぉ」
ぐむむ、この展開は予想してしかるべきだったわ、キョーコはあたしと同じ学校に通う二年生だもの、クラスを探し当てて突入してくるぐらいはしてくるわよね……。
抱き着いたまま頬を摺り寄せてくるキョーコをどうすべきか迷うあたしだったが、その時周囲から突き刺さる視線に気が付いた。
ハッとしてぐるりと教室を見渡すと、ある者は興味深そうに、ある者は頬を赤らめながら、そしてある者はゴミを見るような目つきであたしとキョーコを見つめていた。
あああああ、目立ってる目立ってるうぅぅぅ! しかも最悪な方向で! 恐る恐る美幸と灯の方へと目を向けると、彼女たちはただただ唖然とした表情を浮かべているだけだ。
とりあえず二人がゴミを見るような目じゃなくてよかった……。
「ちょ、ちょっとキョーコ! あんたなんでここにいるのよ!」
あたしは抱き着いたままのキョーコに尋ねるが彼女はキョトンとした表情で首を傾げる。
「え~? なんでってぇ、センパイのクラスを調べて会いに来たんですけどぉ?」
ああもうっ! そんな当たり前のことみたいに言わないでよ!! こいつとしては当然の行為なのかもしれないけどさ!
あうう、まずいわ、このままではあたしの平穏な学校生活は崩壊してしまう……!
いや、すでに色んな意味で平穏ではなかったけども、この上でキョーコとの怪しい関係の噂が立ったりしたら本当に何もかもがお終いよ!
「あのぉ、センパイ? なんで顔真っ青にしてるんですかぁ?」
キョーコが不思議そうに尋ねてくる。
「あ、ああ……いや……」
あたしがどうごまかそうかと迷っている間にも周囲の生徒たちはひそひそと話し始める。
ああもうっ!! そんな目で見るなぁぁぁ!!
その時である、つかつかとあたしたち、というよりキョーコの元へと歩み寄り声を掛ける者がいた。
「誰かと思ったら、あんた2年じゃ有名な変態娘の真殿響子じゃない。この間まで指原を追っかけまわしてたと思ったら、今度はこのクソ陰キャ女? あんたって節操ないのね」
そう言ってキョーコを睨みつけたのは<上原 真理奈>という名のクラスメイトだ。
こいつはあたしと同じ小学校出身で当時あたしが男子を侍らせ女王様みたいなことをやってた時のことを根に持っているらしく、事あるごとにあたしに突っかかってくる。
あ、自分の名誉のために言っとくけど、当時のあたしは女子に対するいじめの類は一切やってないわよ?
むしろ容姿やスタイルなんかから嫉妬されいじめの対象になりかけてたのを男子という騎士を使って守ってたという側面の方が強かったんだから。
だから復讐的なことをされる筋合いはないはずなのだが、こいつときたら女子中学入学をきっかけにしてあたしが女王様の座から転げ落ち平民を通り越して奴隷レベルにまで落ちたことが嬉しくて嬉しくて仕方がないらしく、こうして事あるごとにあたしを貶めようとしてくるのだ。
出来るだけ相手にしないようにしてるけどね。
とはいえ真理奈も普段はここまで口が悪くはないはずだが、最近この女はどこかイライラした様子を見せていた。
おそらくそれは、この女が自分を美幸の一番の親友だと思い込んでいるという事が関係しているのだろうとあたしは思っている。
愚かにもこいつは美幸に積極的に自分を売り込むことで美幸の一番の親友の地位、つまりクラスのナンバー2の座を手に入れた。
もちろんご存じの通り、美幸がこんなのに心を開くわけはなく、一番の親友というのはこの女の勘違いに過ぎないのだが、とりあえず表向きとはいえそのポジションにあったのは確かだった。
しかし、灯の出現によってそのポジションが脅かされそうになっている。
そのことへの焦りが、弱い立場のあたしへの態度となって表れているのだろう。
……それにしても灯によって美幸の親友ポジを奪われそうになったせいでイラついてるって、こう書くとまるであたしみたいだ……。
いや、あたしは真理奈と違って灯が現れるまでは、本当に美幸の唯一無二の心の底からの親友だったのよ? 何度も言うけど、美幸はあたしだけには他の誰にも――表向き親友扱いしている真理奈にも――明かしてない魔法少女アニメ好きなんかの趣味を打ち明けてくれたんだから!
灯には……明かしちゃった、みたいだけどね……。
あああ、もうっ、あたしだけの特権だったのにぃぃ!
っていけないいけない、また発作が……。
それにしても、真理奈の奴ってば聞き捨てならない言葉を言ってたわね、キョーコが以前は指原って子を追いかけまわしてた、とか……。
指原と言えば、いつだったかお母さんが話してた、数週間前に母親と揉めたとかで失踪したという子よね、確か。
「ん~? あなたぁ、レーカの事を知ってたんですかぁ?」
レーカ(たぶん麗華ね)というのは指原って子の下の名前だろう。
問いかけるキョーコに真理奈はふんっと鼻を鳴らす。
「指原は同じ部活の後輩だったのよ、あの子からたまに相談受けることがあってね、同じクラスの真殿響子って女にしつこく迫られて迷惑してるんだって、完全にストーカーじゃないの!」
「へぇ~、そうなんですかぁ。でもぉ、ストーカーとはひどいですねぇキョーコはただぁ、自分の気持ちに正直になってるだけなのにぃ」
「ハッ、無自覚とはね……。もしかして、指原が失踪したのもあんたのストーカー行為が原因じゃないの!?」
「まさかぁ、レーカの先輩なら知ってるでしょう? レーカは勉強しろとうるさいご両親との関係に悩んでたんですよぉ、それに聞いた話では失踪後に送られてきたメールで理由が書かれてたそうじゃないですかぁ。そこにはキョーコの事なんて書かれてなかったはずですよぉ、というか書かれてたらキョーコのところにケーサツとかが来ちゃうはずですしぃ」
なるほど、確かにキョーコの言ってることは正論だ。仮に本当にキョーコがストーカー行為を働いていたとしても(というかこの子ならさもありなんだが)指原という子の失踪にその件が関係している可能性は薄いだろう。
両親との軋轢が原因での失踪なんてまあ、よくある話ではあるし、だからこそ学校でも街でも大した騒ぎになっていないのだ。
あくまでもあたしの勘だけど、指原って子が今いるのは男の家とかじゃないかなぁ……。
って思わずエロチックな想像してしまったわ、でも、決してあり得ない線じゃなさそうよね、うん。
ベッドの中で男に擦り寄りながら両親に対する愚痴をこぼす少女の姿がリアルに浮かんできてしまい、あたしは思わず頬を赤らめる。
「ふんっ、だけど、ストーカーしてた割には、あっさりと諦めてこの陰キャ女に簡単に乗り換えるのね、ずいぶんとまあ尻軽です事」
「確かにキョーコはレーカのことは好きでしたけどぉ。あの子はキョーコの愛を受け入れてくれませんでしたしぃ、どっかに行っちゃった以上もうどうでもいいかなぁって」
キョーコは真理奈の嫌味を気にした様子もなくそう答えた。
そして、あたしに体を密着させつつさらにこう続ける。
「それにぃ、センパイに対してはレーカに感じたのとは比べ物にならないほどの運命をキョーコは感じたんですよぉ。何しろセンパイとキョーコは同じあんこ……」
「おほんっ!」
うっかり暗黒魔女の事を口走りかけたキョーコをあたしは大きな咳で遮る。
「あ、センパイごめんなさい……つい」
キョーコはそう言うとあたしから体を離しぺこりと頭を下げた。
そんなあたしたちのやり取りを見ていた真理奈はと言うと……。
「ふぅん、まあいいわ、バカ女同士お似合いよ、あんたら」
と、大して興味もなさそうに言った。
ムカッ、なんて言い草よ、どっちが馬鹿女だっての!
「真理奈ちゃん、そいう言い方はよくないよ?」
その時である、静かに立ち上がった美幸が非難のこもった口調で真理奈をたしなめる。
彼女の横で灯がうんうんと頷いていた。
決して強い口調ではない、むしろ穏やかな口調だったが、真理奈は大げさにたじろいで見せた。
「み、美幸……チッ……わかったわよ。ごめんなさいね浦城さん。ちょっと言いすぎたわ、決して本気じゃないのよ、軽い冗談って奴」
美幸には聞こえないように小さく舌打ちしながらも、あたしに顔を向け軽く頭を下げつつ謝罪の言葉を述べる真理奈。
あらあらちょっと注意されただけでこの反応。美幸に嫌われクラスで孤立すんのを恐れてるってわけね。
人気者である美幸を敵に回せば、あたしとは別の意味でクラスで孤立してしまう。美幸本人はいじめやそれに類する行為を毛嫌いしているので堂々といじめに遭ったりすることはないが、居心地の悪い学校生活を送ることになるのは目に見えている。
美幸を敵に回すか否かは、このクラスにおいて真理奈の生死にかかわると言っても過言ではないのだ。
美幸はある意味クラスの独裁者である。――高潔なる独裁者。
独裁政権というものに対して悪いイメージを持っている人は多いが、トップがいつまでも正しく高潔であることさえできれば、これほど理想的な政治形態はない。
美幸はそれをこのクラスで実現しているのだ、だからこのクラスにはいじめはない――ないとされている。
ないと断言できないのは、あたしに対する空気扱いみたいないじめかどうか微妙な行為が時折あるからで、冷静になって考えてみればいじめを行った者への罰則的な孤立政策なんかはそれ自体がいじめと捉えられても仕方ない行為だ。
ただ、罰則的に孤立させられた者は、それが自分の身から出た錆だという自覚がある以上、その事に対して不満を言ったりはせずむしろ反省し美幸の独裁に恭順する。
何一つ問題がないとは言えないが、美幸の『独裁政権』は上手く機能していると言っていいだろう。
それはともかく、一応は真理奈から謝られた以上こっちからも何か言葉を返しておかないとね……。
「別にいいわ、あたしは気にしてないから」
本当はかなりムカついているのだが、それはおくびにも出さずあたしはそう言った。
「キョーコもぜーんぜん気にしてませんよぉ」
あたしに追随するようにそう言うキョーコの顔には笑みが浮かんでいる。それは一見本当に一切気にしてないようにも見えるが、あたしにはどこか空虚な笑みに見えた。
マギーヴァーンズィンの時に見せた攻撃性を思い出し、あたしは僅かに身を震わせる。
「ふん、そう……」
そんなキョーコの態度とあたしの内心の不安には気づいた様子もなく真理奈は面白くなさそうに鼻を鳴らすと自分の席へと戻っていく。
ふぅ……ようやくこの居心地の悪い状況から解放されたわね、まったくもう……!
美幸、ありがとう……灯と仲良くなっても、やっぱりあんたはあたしの一番の親友よ!
あたしが目線で美幸にお礼を言うと、彼女は小さく微笑んでくれた、それは誰にも気づかれないほどの小さな笑みだったけど、それでもあたしはとても嬉しかった。
「ふぅん、なるほどぉ……」
何がなるほどなのかは知らないが、キョーコはそう呟くとキュッと口の端を吊り上げた。
「キョーコ……?」
「ん? なんですかぁ? それよりセンパイ、お邪魔虫もいなくなったことですしぃ、改めてキョーコと愛を育みましょうよぉ」
「あーっ、もう、いい加減にしないっての!」
腕を絡ませてくるキョーコを引き剥がそうと頑張るあたしに突き刺さる奇異な物を見るようなクラスメイトたちの目。
頭を抱えるあたしの中からは、すでに先ほどキョーコが見せた不穏な態度のことは消え去っていた――
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