ep2-1 誘われるままに……
クリッターと出会ったあの運命の日から数日が経った日曜日、あたしは自宅の自分の部屋で録画しておいたアニメを見ていた。
『大空の使者! ピュアイーグル!!』
『大海の守護者! ピュアシャーク!!』
『大地の化身! ピュアパンサー!!』
『太陽の力は命の力! 幸せを守る炎の力! 私たちの魂も燃えている!!』
『『『掴め太陽・プチピュア!!』』』
画面の中で三人の少女が決めポーズをとる。あたしは思わず「おおっ!」と拍手をしてしまった。
うううん! やっぱりいいわぁ、プチピュアは……! 何度見ても飽きることのない、あたしの大好きな魔法少女アニメ。
『行くよ、みんな! ピュアボール……』
「ふぅん、梨乃はこういうのが好きなんだクリねぇ。だから、あっさりと僕の言葉に騙されたクリか」
いよいよプチピュアと敵との戦闘がクライマックスに近づき、必殺技が繰り出されようとしたその時、思わず身を乗り出すあたしとテレビの間に割り込むようにして、あの妖精クリッターが姿を現した。
「ぎゃああああああっ!?」
いきなりの出来事にあたしは思わず叫び声を上げ後ろに向けて倒れこんでしまう。
「いきなり叫び声を上げたりして、失礼な奴クリね~。それにしても、クリックリッ、梨乃はセクシーなのをはいてるクリね~」
「んなっ!?」
仰向けに倒れこんだあたしの両足の間、股のあたりにクリッターがちょこんと座り込みニヤニヤしながらあたしを見上げている。
「黒いレース付きとは、なかなか攻めてるクリね。しかも結構エッチなデザインクリよ?」
「み、見るな! この変態妖精!!」
あたしは慌てて体を起こすとスカートを押さえつけながらクリッターを睨み付けた。
「慌てて隠さなくても、僕は人間に欲情する趣味はないクリ。ただ思ったことを口にしただけクリよ~」
「こ、こいつよくもいけしゃあしゃあと……」
羞恥と怒りに顔を真っ赤染めつつワナワナと肩を震わせるあたしであるが、クリッターはそんなあたしなどお構いなしとばかりに、画面に映るプチピュアたちを指さして言った。
「プチピュア、実に素晴らしいアニメクリね~。可愛らしいヒロインたち、キラキラした世界、まるで夢のようクリ。でも、そんな夢の世界に浸る時間は終わりクリよ。さあ梨乃、こっちの準備は出来たクリよ、今から僕と一緒に出掛けるクリ!」
「へ……? ちょ、ちょっと待ちなさいよ! なんであたしがあんたと一緒に出かけなきゃいけないのよ!」
あたしは慌てて抗議の声を上げる。しかしクリッターはそんなあたしを嘲笑うかのように言った。
「おやおやぁ? そんな態度を取っていいクリかねぇ? 僕に逆らえば、キミの体内のダークネスストーンが暴れ出し、激しい痛みに襲われ最後は死ぬ。あの日言ったはずクリよ?」
「うっ……」
クリッターの脅しにあたしは言葉を詰まらせる。確かにあの日こいつにそう言われたけど……。
くっそ、この邪悪生物め! 容姿だけならアニメの中にそのまま出てきそうな可愛らしい妖精の姿なのに、中身はとんだ腹黒外道だ。
「まあ別に変なところに連れて行こうってわけじゃあないクリ、ちょっと僕と一緒に来てほしいところがあるだけクリよ」
クリッターはそう言うと、その小さな前足であたしの肩をポンポンと叩いた。
「わ、分かったわよ……行けばいいんでしょ……」
あたしは渋々ながらそう答えたのだった。
とまあ、こんな訳で日曜日の昼間からあたしは魔法少女詐欺犯である悪の妖精に連れられ街を歩いているのであった。
「近くを飛び回るのはやめてくんない? あんたの顔見てると苛立ってしょうがないのよ」
なんのつもりか周囲をグルグルと飛び回りながらあたしを誘導していくクリッター。
あたしが鬱陶しさに耐えかねて睨みつけると、このクソ妖精は平然とした口調で言った。
「何言ってるんだクリ、僕たちは仲間じゃないかクリ! 仲間は常に行動を共にするものクリ!」
その瞬間、カッと頭に血が上って思わず怒鳴りつけてしまう。
「誰が仲間よ! 人を騙したり脅迫したりするような真似しておいてよくそんなこと言えるわね! 最低だわ! このクズ! ゴミ虫! 変態! 死ね!」
思いつく限りの罵詈雑言を浴びせかけるがクリッターはクククと笑っているだけだった。
「梨乃は口が悪いクリね。やっぱりさっきのプチピュアみたいな正義の魔法少女より暗黒魔女の方が似合ってるクリ」
そう言ってニヤニヤ笑う彼をぶん殴りたくなる衝動に駆られたがなんとか堪えることができた自分を褒めてあげたい気分だ。
「こうなった以上覚悟を決めて悪の組織の一員やってやるけどね、あたしは人殺しはもちろん犯罪行為とかは絶対にやらないからね! そこんとこちゃんと理解しておきなさいよ!」
あたしの使命は魔法少女マジカルブリスとやらの抹殺と言われたけど、そんな物騒なことはしたくないし、そもそも関わりたくもない。だから極力目立たないように行動しようと思う。
「仕方ない奴クリ。マジカルブリスを適当に痛めつけて、正義を行えないようにしてくれればそれでいいクリ」
クリッターはそう言って肩を竦めた。
適当に痛めつけて正義を行えないように、か……。
なんか、悪と正義が反転してるだけで、やることは魔法少女と大して変わらないのね……ならまあ、学校生活のストレス解消として案外悪くはなさそうかも……? そう思ってしまった自分が情けないわ……。
「ところで、今あたしたちはどこへ向っているの?」
言われるままに家を出たのはいいけれど、どこに行くかはまだ教えてもらっていなかった。
改めて尋ねるあたしに、彼は即答した。
「もちろん、僕たち暗黒結社アントリューズの本部だクリ。ようやく総帥や幹部たちの都合が合ったから、これからみんなでキミを歓迎するクリよ!」
それを聞いてげんなりとすると同時に不安になってきた。暗黒結社アントリューズ……果たしてどんなところなんだろう……。
世界征服なんて馬鹿馬鹿しいことを考える組織の総帥や幹部だもの、きっとろくでもない奴らに違いないわ……。
「あれ? 梨乃ちゃん。こんなところで何をやってるの?」
その時、突然背後から掛けられた声にクリッターがさっと姿を消し、あたしは恐る恐る振り返った。そこには予想通りの、しかし意外な、同時に今絶対に会いたくない人物が立っていた。
「みみ、美幸……あんたこそ、なんでこんなところにいるのよ……」
驚きのあまり声が裏返ってしまった。
今あたしがいる場所は学校からは離れているし、何か楽しいものがあるわけでもない、だから知り合いと遭遇することはないと思ってたのだけど、よりによって美幸と会うとは……。
「えっ? ま、まあなんていうか、何かが起こってないかパトロール? 的な?」
「はぁ? 何言ってんのあんた?」
わけのわからないことを言う彼女にあたしが聞き返すと、美幸は両手を振りながら、
「ああ、何でもない何でもない、気にしないでよ」
と誤魔化した。明らかに怪しいのだが、あまり詮索するのもよくないと思ったので、それ以上追及するのはやめておいた。
「あたしの方は……なんていうか、ちょっとしたバイトの面接……みたいな?」
不審に思われないよう、あたしは自分の方から話を振ることにした。すると彼女は目を輝かせた。
「へえ〜そうなんだ〜! 何のバイトするつもりなの?」
興味津々といった様子で尋ねられたので、あたしは困ってしまう。
しまった、美幸に嘘はつきたくないから、ちょっとだけ真実の入った話をした結果彼女の興味を惹いてしまったらしい。
「せ、世界をより良くする活動……って感じ?」
実際は悪くする活動だけど、そこは伏せておくしかないよね……。
「へぇ、そうなんだ……それってプチピュアみたいな?」
あたしがやろうとしてるのはその真逆の、世界征服の手伝いなんだけど、そんなことを言ったら引かれちゃうだろうし、ここは適当に話を合わせよう。
「そ、そうそう! そんな感じ! あはは〜」
我ながら苦しい言い訳だと思ったが、幸いにも彼女は納得してくれたようだった。
「そっかあ、頑張ってね! 応援してるから!」
そう言って手を握ってくる美幸にあたしの心が痛む……。
ああ、ごめん親友。あたしはあんたが憧れる存在から最も遠い立場になろうとしているの……でも安心して、たとえ悪に身をやつしたとしてもあんたの事だけは絶対傷つけたりしないって誓うから……!
「そう言えばプチピュアで思い出したんだけどさ、梨乃ちゃんは魔法少女マジカルブリスって知ってる?」
は、はい!? マジカルブリス!? それはあたしが戦うべき相手の名だ、なんで美幸がその名前を知っているんだろう……?
「さ、さあ……何それ? 新しいアニメ……?」
あたしは平静を装ってそう答えたが内心穏やかではなかった。なぜ彼女がその名を知っているのか不思議でならないのだ。
「そっかー、知らないかぁ、まあ当然かな、まだ大っぴらに人前では戦ってないからね……」
「そ、それでそのマジカルブリスって何なの? すごく気になるんだけど」
気になって尋ねると、彼女は嬉しそうに話し始めた。
「マジカルブリスはね、その名の通り魔法を使って悪と戦う実在の正義の魔法少女なんだ! すごいでしょ!?」
興奮した様子で語る彼女を見て、あたしは彼女の言ってるマジカルブリスとクリッターの言ったそれがイコールで結ばれるものであることを確信した。
「へ、へぇ……そうなの……な、なんで美幸はその存在を知ってるのかな?」
恐る恐る尋ねると、彼女は少し困ったような顔をした後で言った。
「え? あ、ああ……。ネットの極々一部で噂になってるんだよ、この町に本物の魔法少女がいて悪と戦っている、っていう話がさ」
「そ、そうなんだ……知らなかったなぁ」
ネットで噂になってたとは……クリッターの妄想とか美幸の冗談じゃなくて本当に実在するんだ、マジカルブリス……。
「でね、もし梨乃ちゃんが知ってるならどう思うとか聞きたいな~って思っちゃったもんだから……。噂だとすっごく可愛くて、キラキラしてて、まさにアニメから飛び出してきたような子なんだって」
「へ、へえ、そうなんだ、もしいるなら、会ってみたい、かな……?」
実際会ってはみたいけど、今のあたしがその子に会うということはすなわち戦うということだ、魔法少女好きとしては会いたい、けど悪の組織の一員になろうとしている身としては会いたくない、複雑な心境だ。
「だよねだよね! じゃあさ、今度あ……痛っ」
何かを言おうとした彼女だったが、突如頭の後ろ側を押さえて言葉を止めた。
「どうしたの美幸?」
「な、何でもない何でもない、ちょっと……喋り過ぎちゃった、みたいな~?」
誤魔化すように笑う彼女を不審に思いながらも、これ以上深く追求しても仕方がないと思い、気にしないことにした。
「それにしてもごめんね、梨乃ちゃんには大事な用事があったのに長々と引き留めちゃって……。わたしはそろそろ帰るよ、じゃあ明日、学校でね~」
そう言うと美幸は足早に去っていった。
「梨乃ちゃんになら話してもいいと思うんだ……彼女もわたしと同じで魔法少女アニメ好きだし、もしかしたら仲……ああ、もうわかってるってば、マ……………スの正…………絶……秘……」
離れすぎててあんまり聞こえないけど、美幸ってばなんか誰かと話してるような……? いや、気のせいか。美幸以外の姿はないし、スマホとかを使ってる様子もないし。
ってまさか『空想上の友達』って奴じゃないでしょうね。あの子空想癖があるからなあ、あり得るかも。
そんな事を考えている間に美幸は完全に見えなくなってしまった。
「ふう、危ないところだったクリ……危うく一般人に存在バレてしまうところだったクリ……」
そう言いながら姿を現したのは先程姿を消したクリッターだった。こいつはぁ……姿を見られたら騒ぎになるかもしれないってのにあまりにもうかつすぎる。
こいつがあたしの妄想が生み出したイマジナリーフレンドだったらどんなにいいか……。
あたしはヒヤリとさせられた恨みを込めて奴を鋭く睨みながら怒鳴りつける。
「あんた、他の人にももちろんだけど、特に美幸にだけは絶対見られないようにしてよね! あの子はあたしとは違って本当に純粋だから、あんたの見た目に騙されて魔法少女詐欺被害者第二号になりかねないわ! というかあの子に手を出したらあんたぶっこ……許さないからね!」
っと、いけないいけない、あまりに熱くなりすぎてついお下品な言葉が出そうになったわ……気をつけないと……。
美幸が絡むとあたしっていつもこうなんだよね~、親友ってか唯一の友達だし理解者だから当然っちゃ当然だけどさ。
「わかってるクリ。どーせ、あの子じゃダークネスストーンには適合しないクリ」
「え? そうなの?」
意外な情報に思わず聞き返すあたしに、クリッターは指を一本立てながら説明してくれる。
「最初に言ったクリ、梨乃にはとてつもないエネルギーが秘められているって、これは嘘でも何でもないクリ、あの子も多少は素質があるようだけど、まだ使い物にはならないレベルクリ。おそらくあの子じゃダークネスストーン飲もうとしても吐き出してしまうクリ」
「へ、へぇ……」
そう言えば、あたしもあれを飲んだ時、物凄い吐き気に襲われて危うく戻しかけたんだったっけ。
吐き出さずに飲み込めたあたしには実はとんでもない才能が秘められてたってわけね……そう言われると、悪い気、しない、かも……?
それに、それって、あたしが、美幸より 上 ってこと、だよね……?
勝ってるんだ……勉強でもスポーツでも、容姿でも社交性でも、とにかくある一部分(どこの事かって? それは推して知るべし!)を除いて何もかもが美幸に負けてるあたしが、あの子に勝てている部分があるんだ……!
ニタァ……と、知らずに口元が歪む。その時のあたしの顔はもしかしたら、暗黒魔女の名に恥じぬほど、邪悪で醜悪だったかもしれない。
「クリッ、クリッ、やっぱり梨乃を選んで正解クリ……クーリクリクリクリ」
クリッターが嫌らしく笑うが、妙な高揚感に包まれているあたしにとっては些細なことにしか感じなかった。
「それはともかく、あの子気になるクリ……もしかして……いや、でもそんな気配は……あいつには僕と違って気配を消す能力は……」
「何をブツブツ言ってんの? 早く行きましょ、あんたたちの本部にさ」
クリッターの返事も聞かず歩き出すあたしの足取りは妙に軽い。
変だよね、これから悪の組織の門戸を叩きにいくっていうのに、何でこんなにウキウキしてるんだろ、あたしったら……。
お読みいただきありがとうございました。
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