ep6-1 E作戦完遂……のはずが……
ブリスとの戦いから一夜明け、あたしは朝日に照らされた通学路をスキップでもしかねない勢いで歩いていた。
朝からやたらとご機嫌な理由は一つ、街のあちらこちらから聞こえてくるこんな声だ。
「見たか? あの動画! すげぇよな、丸見えだったぜ!!」
「ああ、見た見た、マジもんの魔法少女の××××が見れるなんて思わなかったぜ」
「ブリスちゃん可愛いよなあ、あんな子が俺の彼女だったらなぁ……」
そう、クリッターの手によってばら撒かれた昨日のマジカルブリスの痴態を収めた動画は、あっという間にネット上で拡散され街の人々の間に広まったのだ。
どーよブリス、これでも強がっていられる!? 今や日本中、いや、世界中の人間があんたの痴態を知ってるのよ!
これから先、あんたは出撃するたびみんなから笑われることになるのよ!
あたしもこのネタで一生いじってやるつもりだし、さてさて、どこまで耐えられるかしらね?
あたしは、ブリスの痴態を拡散させたことに満足し上機嫌で学校へと向かう。
「ん?」
その時である、あたしは前方に見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「おっはよー、美幸!」
小走りで駆け寄り元気よく挨拶するあたしに、美幸はぎぎぎっとこちらを振り向き、
「梨乃ちゃん……ああ、おはよう」
と力なく返してきた。
んん? んんん? 一体どうしたのかしら、なんか物凄く落ち込んでるみたいなんだけど?
目なんかまるで泣きはらしたみたいに真っ赤だし……。
「美幸、どうしたの? 何かあったの?」
あたしは心配になり尋ねるが、彼女は力なく首を横に振るだけだ。
そんな彼女の態度に少しイラッとするあたしだったが、ふとある事に気が付くとポンと心の中で手を打つ。
あそっか、美幸はマジカルブリスの大ファンなんだったっけ。
憧れのリアル魔法少女の痴態がばら撒かれ、その噂が広がりまくってるなんて状況、美幸のメンタルに甚大なダメージを与えたとしても不思議ではない。
しかしそれにしても、美幸のブリスへの入れ込みっぷりはかなりのものね、まるで自分の痴態がばら撒かれたかのように落ち込んでるじゃないの……。
ざわっと、そう考えた瞬間あたしの心がざわついた。
美幸……あんなムカツク小娘に肩入れして……!
親友が憎い相手に対して肩入れしているという事実に、あたしの中で黒い感情がむくむくと膨れ上がってくる。
「美幸、あたしにもわかるわよ、マジカルブリスの件で落ち込んでるんだよね? 大好きな魔法少女の恥ずかしい姿をみんなが知ってるなんて、ショックだよね……」
「う、うん……」
あたしの発した同情するような言葉に、美幸は力なく頷く。
そんな彼女の肩にポンと手を置きながら、あたしは小さく首を振りつつ続ける。
「だけど、あたし少し幻滅しちゃった、現実の魔法少女なんてやっぱりこんなもんなんだなって。ナメジクだの蜘蛛だのに動揺して簡単に捕まって恥ずかしい目に遭わされちゃう、アニメだったらこんなことには絶対ならないよね、美幸だってそう思うでしょ?」
「え……?」
マジカルブリスを批判するかのようなあたしのセリフに、美幸は驚いたように顔を上げる。
「どうしたの梨乃ちゃん……どうしてそんなことを言うの? 梨乃ちゃんは……マジカルブリスが嫌い、なの……?」
その通り、だいっ嫌いよ、あんな奴は!!
困惑した表情で聞いて来る美幸にあたしは心の中で叫ぶ。
しかしもちろんこんなことを言うわけにはいかない、代わりにあたしは、悪い冗談だと言わんばかりの表情を浮かべつつ、「まさか」と前置きをしたうえで続ける。
「嫌いなわけはないじゃない。大好きな魔法少女アニメから抜け出してきたような子だし、悪と戦う正義の味方だしね」
「だったらどうして……?」
「フィクションと現実は違うって事よ。だから、アニメの魔法少女に熱狂するみたいにブリスに熱狂するのは違うんじゃないかな?」
「……」
「必要以上にブリスに肩入れしても今回みたいなことがあった時に辛い気持ちになるだけよ。だから今後はあんまりマジカルブリスとかかわらない方がいいんじゃない?」
「梨乃ちゃん……。それでも……わたしは……」
ああっ! もうっ! 面倒臭いな! さっさとブリスのファンなんかやめるって言いなさいよ!
ファンになるならマギーオプファーのファンになりなさいよ! そう、あたしのファンに!!
って、流石にこれは無理があるか……変態コスチュームの性格腐った悪の女幹部のファンになんて進んでなりたがる奴はよっぽどの変人かすけべなおっさんくらいだろう、少なくともあたしは嫌だ。
自分じゃなかったら、マギーオプファーみたいな汚物には近づきたくない。
……とと、思考がズレたわ。その間にも美幸は俯き何も言えずにいる。
さらにイライラが募るあたしだけど、ここは一度冷静になるべきだとこっそり深呼吸をしてから続ける。
「まあ、とにかく、マジカルブリスにのめり込むのもほどほどにね、あの子が痛い目に遭うたびにここまで落ち込んでたら身が持たないわよ? 大体あんたブリスに感情移入し過ぎなのよ、あんたとブリスは違うの、そこんとこはちゃんと区別しなさいよ」
あたしの言葉に美幸はビクッと一瞬震える。しかし、すぐに気を取り直したように笑うと、
「そ、そうだね……わたしはマジカルブリスじゃないんだもんね……。あ、あんまり落ち込むのは、へ、変だよね」
と言ったのだった。
ん~、わかってくれたのはいいけど、めちゃくちゃ顔が引きつってたのよね……。大丈夫かしら……?
そんなあたしの心配はよそに、美幸は「そ、それじゃ!」と逃げるように先に行ってしまった。
そんな彼女の背中を見ながらあたしは心の中で呟いたのだった。
ごめんね美幸、あんたを傷つけるようなことを言って。でも、これでいいのよ、マジカルブリスは近いうちにこの世から消滅する(予定)なのだから、その時今より落ち込みたくないでしょ?
それに、あんたはあたしの親友、あんたが気にしていいのは、このあたしだけよ!
教室へとやって来たあたしは自分の席へと向かいつつ美幸の方に視線をやる。
彼女はいつものように朝から大勢の友達に囲まれているのだけど、彼女たちに受け答えするその笑顔はどことなくぎこちない。
それは当然とも言えるだろう、教室でもやはり話題の中心はマジカルブリス丸出し騒動なのだから。
「きゃはは、見てよ美幸ぃ、ブリスの動画! マジウケル!」
「そうだね……ウ、ウケルね、はは」
「こーんなに足広げられて、××××丸見えでぇ! しかもブリスってどー見てもあたしたちと同い年だよねぇ、こんな姿晒したらもう生きてけないよねぇ。きゃはっ!」
「はは……そ、そうだね……」
そのものズバリの単語すら大声で口にしながら笑う少女たちに、美幸は引きつった笑顔を浮かべつつ相槌を打っているが、その顔からはいつもの明るさは全く感じられずまるで無理矢理笑わされているかのように見える。
以前も述べたが美幸は自分が魔法少女好きであるという事を友達には隠している、なんでも学校での円滑な人間関係維持のためには、少しでも他人から馬鹿にされそうなことは隠しておこうという考えらしい。
あたしと違って人気者の美幸なら多少のオタク趣味が知られたところでそこまでダメージはないと思うんだけど、ともかく魔法少女好きという部分に限らず彼女の趣味、好みについて正確に知っているのは親友であるあたし一人だけだ。そう、あたしと美幸はそんな秘密を共有するほどの深い深い絆で結ばれた親友同士なのだ!
あいつら『ただの友達』と美幸の関係レベルを10だとするなら、あたしと美幸は90だ!
……100と言い切れなかったのは、マギーオプファーの件で美幸に隠し事している後ろめたさをあたしが感じているからだろう。
と、脳内でのマウントと少しの罪悪感は置いておいて、そんなわけで美幸の趣味のことなど知らない連中は、美幸がブリスの痴態にショックを受け落ち込んでいるということすら想像できずあの子の目の前に件の動画を突きつけながら好き勝手なことを言っているのだ。
彼女たちにとっては正義だの悪だの魔法少女だの暗黒魔女だのはどうでもよく、マジカルブリスとアントリューズの戦いのこともただ面白い見世物としか見ていないのだろう。
仮にも自分たちの暮らしを守るために戦っている正義の味方に対してこれ、しかも友達がこの会話に乗り気じゃないのにそれにすら気が付いてない。
やっぱりあいつらどうしようもないわね。一度オドモンスターにでもぶっこ……ぶっ飛ばされた方がいいんじゃないかしら。
人気者である美幸を羨ましいと思うことは多々あるけれど、あんな馬鹿どもとも付き合わなくちゃならないなんて考えると、人気者ってのも決していいもんじゃないわね。
まあだからこそあたしは美幸以外の友達なんていらないと思っちゃうわけだけど。
「それにしても凄いよね~この動画、物凄い勢いで拡散してるんだもん。明らかに映っちゃいけないもんまで映ってるからほとんどの動画サイトじゃ削除対象のはずなのに、消されても消されても新しいのがすぐアップされるらしいわ」
続けて聞こえてきたそんな言葉にあたしは、クリッターもよくやるわねとわずかな呆れを含みつつ心の中で呟く。
おそらく木偶兵士なんかも総動員してアカウントを作りまくり、世界中の動画サイトにアップし続けているのだろう。
拡散しろとは言ったけど、本当にここまで拡散するとは思ってなかったわ。
これはもう元凶であるあたしや拡散させてる当人であるクリッターにすらどうすることも出来ない、未来永劫ブリスは晒し者確定ね。
などと思ったのも束の間、突如スマホで動画を見ていた生徒たちから驚きの声が上がった。
「え? な、何!? どーなってんのこれぇ、動画がどんどん消えていくんだけど!?」
「え? なんでなんで!? こんなの今までなかったよね?」
「まさかウイルス!?」
「でも、ブリスと無関係な動画や他のサイトはちゃんと見れるし、他の機能も異常はないよ?」
生徒たちが騒ぐのも無理はない、なぜなら今まさに動画サイトにアップされていたブリス関連の動画が次々と消えていくのだ。
規約違反かなんかで運営が一斉削除した? いや、削除自体は何度も行われている、しかし今までは削除されても即座に代わりの動画がアップされるという完全なイタチごっこになっていたのだ。
それがどんなに読み込みなおしてみても、ブリス関係の新たな動画がアップされる気配がない。
というかなんとか先輩とか言うくだらないアダルトビデオのネタは放置されたままだし、見えてはいけない部分が映っていない動画までとにかくブリス関係の動画だけ狙い撃ちで完全削除されているのだ。動画サイトの運営が何かしら動いたという説は薄いだろう。
「何なのこれ!? なんで急に動画が出てこなくなったのよ!?」
「わかんないよ! こんなの初めてだし!!」
生徒たちは試しに別のサイトを見てみるが、それも同じだった。
おまけに、エロ動画や犯罪動画なんかが普通にアップされてるダーティーなサイトからすらも動画が消えている。
「一体どーなってんのよ……」
思わず口から漏れる呟き。異常事態に美幸も他の生徒たちも困惑気味だ。
美幸はこれ以上ブリスの痴態が拡散しないで済むという状況に少し安堵した表情も見せているようだけど。
ハッ、まさか! ブリスかピティーが魔法で何かした!?
いやでもこんなことが出来るもんなの?
顎の下に手をやりこの現象について色々と考えていたその時、ブルブルッとあたしのスカートのポケットの中でスマホが振動し、すぐに止んだ。おそらくメッセージの受信だ。
「ん? 何?」
あたしはポケットからそれを取り出すと、画面を確認する。
『バイト先』と表示された相手からのメッセージはたった一言、『緊急事態発生、即座に折り返し連絡せよ』
それを確認しあたしは時計にチラリと視線をやる。
朝のホームルームが始まるまであと少し時間があるわね……。
あたしは静かに席を立つとそそくさと教室を後にした。
お読みいただきありがとうございました。
よろしければ、評価やブックマーク、感想お願いします。




