ep5-2 極光の少女と堕ちてゆくあたし……
「ときをっこーえーろ、そらをっかーけーろ、このほっしの……」
な、なになになに!? この調子っぱずれの不快な歌は!?
クリッターと共に中心街までやって来たあたしは突如耳を襲った不快な音波に思わず顔をしかめる。
そちらに視線を向けると、背の低い小学生六年生くらいの短い癖毛交じりの茶髪の少女が、気持ちよさそうに歌いながら歩いていた。
「な、何よあの子……痛い子ね……」
若干――いや、かなり引きながらあたしはクリッターに同意を求めるようにそちらに視線を向ける。
「ま、まさか……」
ん? クリッターの様子がおかしい。
「どうしたのよ、まさか知り合い?」
そう尋ねると、彼はブルブルと首を振った。
「違うクリ! あの子、とんでもない極光の力の保持者クリ……」
「きょっこうのちから?」
クリッターの言葉にあたしは首を傾げる。
「極限レベルの光の力、簡単に言えば強い正義の心クリ、あそこまでの力の持ち主はなかなかいないクリ……」
えっ!? 正義の心ですって!!
「それじゃ、あの子がマジカルブリスの正体!?」
しかし、あたしの予想をクリッターは否定する。
「いや、違うクリ……あの子はマジカルブリス――魔法少女じゃないクリ。力が強すぎてホーリーストーンでは受け止めきれないクリ、仮にピティーに会ったとしても魔法少女になることは出来ないクリ」
「ホーリーストーン?」
聞いたことのない単語に首を傾げるあたしに、クリッターはあたしが飲み込んだ暗黒魔女を誕生させるダークネスストーンと対になるもので、魔法少女を誕生させるものだと説明してくれた。
「ただ、魔法少女になるにはどこかしら心の中に闇を抱えている必要があるクリ。だけどあの子にはそれがぜんっぜんっないクリ。だからあの子は魔法少女にはなれないクリ」
「心に闇? え、それってつまりブリスもそんな闇を心に抱えてるってこと?」
「そうクリよ。もちろんそれは小さなものだけど、ブリスはきっと魔法少女として正義を成すことでみんなから愛されたいという願望が心のどこかにあるクリ。だからブリスは正義の魔法少女として活動できるし、ピティーもあの子をパートナーに選んだんだと思うクリ」
まさかブリスの心の中にそんなものが渦巻いていたなんて……。
だけど考えて見たらそれは当然か、ブリスだって思春期真っ盛りの女の子だもんね。
あたしも正義の魔法少女に憧れてはいたけど、どこかで正義の魔法少女になれればみんなから愛されると思ってた。
きっとブリスはあたしのようなぼっちではなかっただろうけど、それでも心のどこかではあたしと同じだったに違いない。
ふとあたしの脳裏に美幸の顔が思い浮かぶ。クラスのアイドル、人気者の優等生、完璧超人、そんな彼女だけど親友のあたしは知っている。それが彼女が被る仮面だということを。
ブリスの正体は美幸みたいな人気者タイプの子だと推測してるのだけど、もしそれが当たっていたら……。
「なるほどね、魔法少女は正義であろうとも心のどこかに闇を抱えている、か……」
どうして魔法少女は少女なんだろうという疑問の答えがそこにあるのかもしれない、思春期の女の子が持つ様々な感情が魔法少女の力の源となるのだろう。
そう考えるとあたしが変えられてしまった悪の暗黒魔女と正義の魔法少女は鏡合わせの関係にあるのかもしれない。
同じ種族であるクリッターとピティーがそれぞれ生み出す存在なのだから、当然と言えば当然なんだろうけど……。
もっともだからといってあたしはブリスの事を許せはしないけどね、むしろ余計になんであたしは暗黒魔女であいつは魔法少女なんだって思いは強くなる。
似たような存在ならあたしが魔法少女であいつが暗黒魔女でもよかったはずでしょ? 誰よりも魔法少女が好きだったあたしなら、魔法少女の力を使ってみんなを笑顔に出来るはずだ。
なのになんで……どうしてあたしがこんな目に遭わなきゃいけないのよ!
「ただそれはそれとして、どっちにしろあの子は魔法少女じゃないしなれないんでしょ? なら、どんだけ強い正義の力を持ってようがあたしたちには何の関係もないじゃない」
ブリスへの感情はひとまず抑えあたしは冷静な口調で言った。
クリッターの話は興味深かったし、あの子が持つという極光の力とやらについては多少気になるけれども、ブリスでもあたしの敵になりそうな存在でもないのなら、これ以上あの子について話してても時間の無駄だと思ったのだ。
しかしクリッターは難しい顔でこう返してくる。
「それはそうだけど……放置するのはよくないかもしれないクリ……万が一あの子が魔法とは別の何かしらの力を手にした場合、間違いなく正義の味方として僕たちの障害になるクリ……」
「何かしらの力って何よ?」
「たとえば、超科学とか? 僕も宇宙生物だからわかるクリけど、宇宙には梨乃たちには想像もつかないような超科学を持った異星人たちがいっぱいいるクリ。そして、もし彼女がそういう連中と出会ってしまったら……」
「そんなのあり得ないでしょ」
不安げな表情を浮かべるクリッターをあたしは鼻で笑う。
すると奴はクイッと小首を傾げるのだけど腹立たしいことにその仕草は可愛いのだ。
「何故断言できるクリ?」
あたしはほんの少しだけ赤くなった頬を誤魔化すようにクリッターをジト目で睨む。
「簡単よ、そんな連中なら真っ先に邪悪妖精であるあんたを退治しに来るはず、でもあんたが好き勝手出来てるという事は、そいつらにとって地球は取るに足らない星ってことでしょ? そしてあんたもそう思ってるからこそ地球を侵略対象にしてる、違う?」
「た、確かにそうクリ……。でも、その可能性はゼロじゃないし……」
「……クリッター……あんたまさか、あたしにあの子を襲えってんじゃないでしょうね?」
「やってくれないクリか?」
クソ妖精の言わんとしていることを察し顔をしかめるあたしに、クリッターは悪びれる様子もなくそんなことを言ってくる。
「冗談じゃないわ! なんであたしがそんなことしなきゃいけないのよ!」
あたしは吐き捨てるように言うが、クリッターも引く気はないらしい。
「梨乃はアントリューズの一員クリよ? 悪の幹部が悪事を躊躇してどうするクリ?」
「言ったでしょ! あたしはマジカルブリスと戦って倒すことは了承したけど、必要以上の悪事に加担するつもりはないって!」
「まーだそんなこと言ってるクリか……そろそろ開き直って暗黒魔女として悪の限りを尽くすクリ!」
「ふざけないで! なんであたしがそんなことしなきゃいけないのよ!?」
どうしても越えられない一線と言うものがある、言い返すあたしに、クリッターは「はぁ」と小さくため息を吐く。
「梨乃……キミはどうやってマジカルブリスをここに誘い出すつもりだったんだクリ?」
「え? そんなの……適当に……」
あたしがしどろもどろに答えると、クリッターはやれやれといった様子で首を振る。
「適当に、何クリ? 悪事を行おうとしていたクリ?」
「うっ……そ、それは……」
確かに、あたしは出撃前、ブリスを誘き出すために町で暴れる気満々だった。
「で、でも、流石に人を直接襲うのは……ましてや、あの子、ちっちゃいし……」
「……わかったクリ、なら譲歩してあげるクリ。要はあの子の心に恐怖を植え付け、僕たちには逆らう気力をなくさせてくれればいいクリ」
「つまり、いじめみたいなことをしろ、と……?」
「殺せとか言われるよりマシでしょクリ。嫌でもやってもらうしかないクリ。それに、あの子をいじめてれば、マジカルブリスは必ず現れるクリよ」
「それは……そうだけど……」
クリッターの言いたいことはわかる。確かに、あの子をいじめればブリスは出てくるだろう。しかし、だからと言ってそんな悪事に手を染めるのは気が引けるというかなんというか……。
「ブリスが憎くないクリ!? ブリスを倒すためなら、少々の犠牲は仕方ないクリ!」
「う……それは……」
確かに、ブリスは憎い。憎くて仕方がない。さっきのクリッターとの会話でブリスにも闇がある事を知ったのだけどそれはむしろあたしの怒りに油を注いだ。
あいつは結局ただ運が良かっただけ、あたしの方があの子よりずっとずっと魔法少女に相応しいのに!
倒したい、あいつを……そして証明したい、あいつがあたしより劣っていると……。
そのためなら、あたしは……!!
多少の犠牲……か。
そう、そうね……だいたい、あんな町中でわけのわからない歌を大声で歌って歩いてるような痛い子じゃない、少しくらい痛い目に遭わせてやった方がいいのよ……。
それに今思い出したけどあの子の着ている制服、数駅離れたところにある町のエリート学校の制服だ。
確か小中高一貫教育で一度入れば受験の心配もなく高校まで行けるし、大学にだって……。
あたしが、あたしが、受験勉強で死ぬほど苦労してるってのに……! 許せない……。あたしはギリッと歯を食いしばる。
「わかったわよ、やってやるわ! ブリスを倒すためだもの!」
あたしの言葉にクリッターはニタァと笑みを浮かべる。その瞳に映るあたしの身体は、紫色の妖しげな光に包まれていたのだった。
「ダークエナジー・トランスフォーム!!」
路地裏に隠れ、あたしは腕を掲げて変身のための呪文を唱える。
胸のペンダント、ダークトランサーがキラリと輝き、黒い光に包まれる。
「んんっ、あああんっ♡」
ボディースーツが身体を締め付ける感覚に思わず声を上げてしまう。
正直悪くないのだけど、変身するたびにこれはちょっと恥ずかしい。
そして光が弾ければ、あたしは浦城梨乃ではなくなり、なんかの害虫をモチーフにした悪の女幹部、暗黒魔女マギーオプファーへと変身していた。
ふむ……変身したからなのか、さっきまで心にあったモヤモヤが薄れているような気がする。
「よし、行くわよ!」
あたしは気合を入れるとあたりに視線を巡らす、やると決めたとはいえ、やはり流石に直接この手であの子を襲うのは気が引ける。
ここはオドモンスターにやらせるに限る。
最初は生き物を化け物に変えるのに抵抗があったけど、後で元に戻せると知ったし、もう罪悪感もなくやりたい放題よ。
……ふぅ……あたし、かなり悪へと傾いてるなぁ……。
「ダークスティック! オドエネルギー照射! 覚醒せよ! オドモンスターぁぁぁl!!」
どうせならという事で、あたしは派手なポーズを取りながらスティックを近くにいた猫ちゃんへと向ける。
スティックから放たれた黒い光が猫ちゃんを包み込み、その姿を醜い化け物へと変えていく!
「ブニャアアアアア!!」
うわっ、自分で作り出しておきながら気持ち悪っ!
大柄なプロレスラー程度に巨大化、二足歩行化し、醜い化け物と化した猫ちゃんを見てあたしは思わず顔をしかめる。
しかし、気を取り直してあたしはそいつに指令を与える。
「さあ、オドモンスター『ネコネッコー』、あそこを歩いている女の子をいじめてあげちゃいなさい!」
ネコネッコーと名付けたそいつはコクリと頷くとのっしのっしと歩き出す。
ふふ、特訓の成果出てる出てる、最初はネズミの制御すらままならなかったのに、今やこんな大きなオドモンスターも制御できるようになった。
「ネコネッコーって……そのネーミングセンスはどうにかならなかったクリか……」
「うるっさい!」
クリッターに言い返すと、あたしも路地裏から飛び出す。
「な、なに!?」
突然現れたあたしと猫の化け物に女の子は驚いたような声を上げる。
「ふっふっふ、あたしは暗黒結社アントリューズの暗黒魔女マギーオプファー。もしかしたらニュースで見て知ってるかしら? だったらあたしがただの変な格好をしたおねーさんじゃないこともわかるわよね?」
「マ、マギーオプファーって……あの……」
女の子は驚いたような声を上げる。どうやらニュースであたしの活躍(?)を見てくれていたらしい。ふふん、なかなかいい気分ね!
「マジカルブリスにあっさり倒されてた、超弱い人!!」
「うっ!!」
しかし、続いた言葉にあたしは思わず呻く。そうよね……あたしってそういう認識なのよね……。
「ふ……ふ……そうね、あの時は不覚を取ったわ。だけど、もうあたしはあの時のあたしじゃないのよ? それに、ブリスならともかく、一般少女であるあなた程度に負けるわけはないわ」
「わ、私をどうするつもりなの!?」
「あなたに恨みは……えーと、あるのかしら? とにかく、あなたには少し痛い目に合ってもらうわ」
「痛い目!?」
女の子は怯えたような声を上げる。ふふ、いい目ね、ゾクゾクしちゃう……。
ああ、ダメだ、あたしどうもそういう趣味を持ってたらしい、悪の組織に染まってきてる……。
とはいえ、ここまでが限界だ。本当に『痛い目』に遭わせるつもりはあたしにはない。怯えさせまくってあたしたちに逆らう気をなくさせるのが目的だ。
あたしはネコネッコーに近寄ると、その耳に……って耳に……背が届かない……無駄にでかいのよ、こいつは!
「ちょっと屈んで!」
脛をゲシゲシと蹴りながら言うあたしに、ネコネッコーは「ブニャア!」と言いながら屈んでくれる。
とにかくあたしは、彼の耳元で小声でさらなる指示を与える。
「今からあんたはこの子を襲うわけだけど、出来るだけかるーく、かるく、豆腐にでも触るようにやるのよ、いいわね?」
「ブニャア!」
ネコネッコーはコクリと頷くとのっしのっしと女の子に近づいていく。
そして――。
「きゃうっ……!」
ネコネッコーが軽くその体を押してやると、女の子は軽く悲鳴をあげて尻餅をついてしまう。
「な、なにすんのよ!」
しかし彼女はすぐに立ち上がると、ネコネッコーに食ってかかるように叫ぶ。
そんな彼女にあたしはニヤリと笑う。
「ふふふ……どう? 怖かった?」
「べ、別に怖くなんか……ない! 私は、私はヒーローだもん……あなたたちみたいな悪い奴らには負けないの!」
ヒーロー? この子、ヒーローかぶれなのかしら?
そう思って見ていると、彼女は妙なポーズを取りながら叫んだ。
「わ、私は仮面ファイターMIU! 悪の組織から世界を守るために生まれた正義の戦士よ! あなたたちみたいな悪い奴らには負けないんだから!」
ぷっ……な、なにそれ……正義の戦士って……。
私は思わず吹き出してしまう。仮面ファイターエムアイユーねぇ。仮面ファイターはあたしも知っている、プチピュアの次にやってる特撮ヒーローだ。
どうやらこの子はその大ファンらしい。
女の子なのに珍しいわね、あたしはああいうのには全然興味ないんだけど。
「笑うなーーーー!」
「あはは、ごめんごめん、だけどね、残念ながらあたしは本物の悪の組織、アントリューズの暗黒魔女なのよね。小学生のお遊びには付き合ってられないの」
「うぐ……そ、それでも私は正義のために戦うんだ! 大体私は中一! 小学生じゃないの!!」
ふふ、可愛らしいわね、まるで……。
あたしはハッと顔を上げる。
あたし……何やってんの? あたしがなりたかったのは何? 正義の魔法少女よね? なのに、なんで悪事に手を染めているのよ……。
自分のやってることの恐ろしさにあたしは思わず動きを止めてしまう。
しかし、すぐにぶるぶると頭を振る。
いや、違う! これは悪事じゃない……いや、悪事だけどそれでも必要なことなんだ! マジカルブリスを倒すために必要なんだ!! ブリスを倒して、アントリューズが世界を制すれば、誰もが――あたしみたいな世間から見放されたような人間でも幸せに生きられる世界になる。
だから、あたしの今やってることは悪じゃない! マリス様だって言ってたでしょ!? 正義と悪に大した違いなどない。今は悪でも勝てば正義になる、望んだ姿に変えられるって!!
「……あたしは、あたしは……そうやって正義を振りかざす子は嫌いよ!」
つかつかと歩み寄りあたしはバチーンと彼女の頬を平手で叩く。
「正義の味方ごっこは家でやってなさい! いいわね!?」
はあはあと肩で息をしながら、女の子に怒鳴りつける。
「う……うう……」
彼女は目に涙を浮かべながら頬を押さえ、それでも強い意志を秘めた瞳でこちらを睨みつけてくる。
……やった……やってしまった……もうあたし、言い訳が聞かないほどの完璧な悪党ね……。
いや、これでいいんだ! これでマジカルブリスを誘き出すことが出来るはずなんだから!!
あたしは自分に言い聞かせるように、そう心の中で叫ぶのだった。
お読みいただきありがとうございました。
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