台風の日に
昔々或る所にお爺さんとお婆さんが住んでいました。
お爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯へと行くと、川上から大きな桃がドンブラコドンブラコと流れてきました。お婆さんはその桃を家に持って帰り、お爺さんがナタで桃を二つに切ると中から男の子が出てきました。二人は男の子に『桃太郎』と名付け、大切に育てました。
ある日『桃太郎』は「お爺さん、お婆さん。僕は悪い鬼を退治しに行こうと思います」と言いました。二人は『桃太郎』にきび団子を持たせて送り出しました。
鬼ヶ島へ行く途中、犬がおり「『桃太郎』さん私にきび団子を一つ下さい。さすれば家来になって働きましょう」と言いました。『桃太郎』はきび団子を一個やり、犬が家来になりました。
次に猿がおり「『桃太郎』さん私にきび団子を一つ下さい。さすれば家来になって働きましょう」と言いました。『桃太郎』はきび団子を一個やり、猿が家来になりました。
雉がおり「『桃太郎』さん私にきび団子を一つ下さい。さすれば家来になって働きましょう」と言いました。『桃太郎』はきび団子を一個やり、雉が家来になりました。
『桃太郎』は三匹の家来を連れて、舟に乗り海を渡って鬼ヶ島へとやってきました。鬼達が酒に酔って油断している隙に、身軽な猿が門の閂を開けて中へと推し入り、犬は鬼達に噛み付き、雉は鬼の目を突き、鬼供を懲らしめました。そして『桃太郎』は鬼の大将を投げ飛ばし、斬り伏せて悪い鬼達を残らず成敗しました。
鬼達は奪った宝物を『桃太郎』に返し「もう二度と悪いことはしません」と反省しましました。
そして『桃太郎』は宝物を荷車に乗せて意気揚々と帰るのでした。
おしま……え?
この話、ツッコミどころ満載なんですけど!!
◇◇◇◇◇
『大型で非常に強い台風10号は勢いを保ったまま本日未明長崎に上陸し、日本列島を縦断する形で東北東へ時速10kmで進んでおります。』
今日は台風の接近が通学時間にガッツリ重なったため学校は臨時休校になった。
いつもならお母さんに叱られながら時間ギリギリに起きるのだけど、なぜかこうゆう日は目が覚めてしまうんだよな。
朝9時になると、お母さんが
「危ないから晴れるまでは外に出ちゃダメよ」
と言って、車に乗って危ない外へと出ていった。
まさかこれが母さんと最後に交わす言葉になるとは……。
学校は休校でも進学塾はある。
再来年の中学受験に向けて勉強しなければならないからね。
行く途中、どうしても普段の様子と全然違う様子の用水路に目がいってしまう。
いつもなら川底でチョロチョロと水が流れる程度の水量なのに、今日は溢れそうなくらいの水かさでものすごい勢いで濁った水が流れていく。
用水路のすぐ近くまで寄って激しい濁流を見るうちに、水が流れているのではなくて自分が船に乗って水上を移動している様な錯覚になるのは不思議。
そんな錯覚を楽しんでいる時、一瞬だけ平衡感覚を失って ……
次の瞬間、自分は水の中に居た。
違う!
用水路に落ちたんだ!と気が付いた時にはもう遅い。
激しい濁流の中ではスイミングスクールで習ったことが全然役に立たない事を実感しながらなす術なく流されていく。
コンクリートで固められた用水路に掴まる所なんかない。
更に悪い事に用水路はトンネルのような地下水路に入って行った。
もちろん僕もいっしょだ。
真っ暗な水の中で自分が取り返しの付かない事をしたという後悔と共に意識を手放した。
◇◇◇◇◇
……?
……あれっ?
僕は生きてる?
真っ暗なのは変わらない。
だけど、僕が僕であることを意識出来ていることに大きな安堵の気持ちが満たされる。
そして気持ちが落ち着いてくると、ここが何処なのか気になってきた。
何だか床が柔らかい。
壁も柔らかい。
いや、柔らかい何かに僕は閉じ込められているんだ!
でも何で???
もしかして僕は今病院のベッドに寝ていて、夢を見ている?
でも、自分をペタペタと触ってみると用水路に落ちた時の服を着ているし、背負っていたバッグはそのままだ。
こんなリアルで現実的な夢を見たことがない!
リアルも現実も同じ意味だけど、とにかくそう!
じゃあ監禁?
アパート住まいの大してお金もない家庭の僕をさらって何得?
スーパーのおつとめ品の惣菜が父さんの夕食だよ。
でも判断材料がないから保留。
もしかしたら異世界転生?
頭はイイけどオタクな父さんが夜中観ているアニメの定番だよね。
でも異世界転生といえば真っ白な空間じゃない?
あ、でも、スライムものは転生直後、真っ暗だっけ?
少なくても今の僕はスライムではない。
段々と考え現実離れしてきたところで、何か変化があったみたいだ。
ミョーに揺れる。
誘拐犯が僕を囲っている柔らかい箱?檻?ごと運んでいるみたいだ。
やはり監禁の可能性が高そう。
揺れがおさまったところで何か聞こえないかと、柔らかい壁に耳を当てた。
……何も聞こえん!
防音はバッチリみたいだ。
ふとバッグの中に子ども用のケータイがある事に気が付き、手探りで探してみた。
……あった!
ボタンらしきものをポチッと押したら液晶画面がわずかに光を放ち、密閉された空間を照らした。
分かった事はこの空間が狭い事。
そしてじっと座る事しか出来ない事。
あっ、電話!
急いでお母さんへ連絡しようと、短縮ダイヤルの1のボタンを押して通話を試したけど、ツーツーツーという音だけ。
どうやらここは電波が通じていないみたいだ。
……という事は山奥?
いや待て。
用水路は山へは通じていないぞ。
川下は海だ。
……という事は船?
僕は溺れていたのを船に拾われて、箱か何かに閉じ込められているのか?
それじゃ僕は外国で売られちゃうの?
頭の中で結論がまとまりだした時、急に光が入ってきた。