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不滅のアトラ  作者: 鉄すらぐ
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怪我と光明

 我々が成すべき最終目標が掲げられて、ようやく人生初の旅路に意味が生まれた…それなのに。


「観測もせず遺物ぶっぱでどうにかなるほど重力は甘くないんだよ、物理学ナメんなこんちくしょう」


「荒れてますわねアトラ」


 観測しなければならない事象に近付くための手段が見つからず、のっけから詰んでしまったので、私は部屋着のままレストハウスのリビングでグレープジュースを自棄飲みしていた。


「せめて遠隔からでも隔絶海層を観測出来る遺物があれば、仮説くらいは立てられていたんだけど」


「申し訳ございません、わたくしの手持ちにもそのような遺物は無くて…」


 対面に座ったイスが肩を落とす。


「イスが謝る事ないよ」


 彼女は根が純粋でまっすぐだから、すぐ全ての責任を負おうとする節がある。

 こういうところはラルハール君似だなぁ、と感想を溢しながら私はジュースを飲み干した。


「しっかしこのままレストハウスで腐り続けてても事態は好転しないし、ひとまず行動を起こしますかねぇ。イスの新しい任務、遺物の調査回収…だっけ?」


「ええ。ご存じの通り、遺物とは強大な力を秘めた古代の秘宝…なかには呪いがかけられていたり、一度使用すると消滅するものもございますが、いずれも悪用する者が後を立たないんですの」


「強大な力を手にして自身が強くなった、と勘違いしたパターンだね。私なんかただ死ねなくなっただけで、無敵化したわけじゃないから不便だよ」


 前に話した通り、私は治りが早いだけで怪我や病気も普通にするし、痛覚だって人並みにある。

 拷問にかけられても肉体と精神が死ぬことはないので、ただただ痛みを受け入れる他ないのだ。


「前に医者が私の体で抗体を作ろうとして、当時不治の病とされていた伝染病に罹患させられた時は大変だったよ…自然治癒に300年くらいかかったんだ」


「…ずっと気になっていたのですが、アトラって何年ほどご存命でいらっしゃるの?」


 イスは純朴な素振りで、いつかはされるんじゃないかと思っていた質問をついにぶつけてきた。

 そりゃ「不滅」なんて聞いたら、どれだけ生きてるか気にならない方がおかしいよなぁ。まぁ特に聞かれて困ることでもないし。

 …いや、強いて言えば表現に困るか。


「んー…この世界で表せる数字が無い、かなぁ。もはや無理数みたいなものというか…そんな感じ」


 無量大数は軽く何度も越えているよ、と説明したら、イスはくりっとした瞳を何度もぱちくりさせた。


「…想像の遥か上でしたわ。てっきり、数千年か数万年程度とばかり」


「年数の数え方に多少のバラつきはあるかもだけど。今のレートで言うと…9兆年毎かな。突然世界の理が根幹からごっそり変化する現象が起こって、時間の進み方や年月の数え方がその都度違っていたからねぇ」


「初めて聞く現象ですわね…」


 私は飲み終えたグラスを持ってキッチンへと赴き、流しできれいに洗浄して、逆さに置いた。


「後世に伝える必要が無いと判断して、資料を残さなかったんだよ。ちなみに私はこの現象を「周期」と名付けて、1周期2周期と呼んでた」


 引き出しからキッチンクロスを1枚取り出してグラスの水滴を拭き取り、少し乾燥させてから戸棚に戻した。

 その間イスはリビングの壁に寄りかかって、何かブツブツと呟いていた。


「遺跡と遺物、隔絶海層、周期…ダムデルにはまだまだ謎が多く秘められておりますわね」


 学者の血が騒ぐのかな。やはり私とイスは根本の気質が似通っているようだ。


「まぁお互い先が長い身なんだし、少しずつ解き明かしていこうよ。()()()()()()のイスさんや?」


「!」


 私の発言を受けて、イスは瞳を大きく見開いた。

 そんな彼女の驚く顔を尻目に、私は着替えをしに寝室へと向かった。


―――――――――


 正午過ぎ。

 レストハウスで軽食をとった私たちは、落胆するイスを従えて、とりあえず北へ伸びる街道を歩いていた。

 空気は冷たく澄んでいるものの、拓けた街道には陽射しが惜しみ無く降り注いでいるため、足取りは軽快だ。


「はぁー…まさかアトラの思考や記憶を覗くスキルが、ここまで凄いだなんて」


「ごめん、勝手に深層心理まで覗いちゃって」


「それは別に構いませんわ…ただ、わたくし渾身の「実はわたくし、人間ではありませんの」っていうドッキリがフイになったのが悔しくて悔しくて…」


「ごめんね、ドラゴンとエルフのハーフちゃん」


「もぉー!」


 すかさず全バレ食らって、イスは幼児退行したような怒り方をする。ほんと見ていて飽きない子だ。


「あっははは。でも凄いね、最近は種族の多様化が目覚ましいというか…言い方は悪いけど、交雑種も産まれるようになったんだ」


「といっても、わたくしが自分を人間ではないと自覚したのは、12歳頃でしたの。一般的なエルフと違って、耳も人間のように小さく丸いですし…」


 イスは左サイドの髪をかき上げて、隠れていた耳を露にした。確かに私と同じ、見慣れた人間タイプの耳だ。


「ほんとだ、丸くてかわい。昨日お風呂で全身目の当たりにしたけど、パッと見は人間そのものだったし、普通に生活していればドラゴンとエルフのハーフとは気付かなさそう…どうやって自覚したの?」


「ひとり旅を始めたある時、腹部に違和感を覚えてお医者様に診て貰ったんですの。そうしたら、卵巣に爬虫類の卵のようなものが形成されておりまして…詳しく調べた結果、わたくしはドラゴンとエルフの遺伝子を持つハーフだと判明しましたわ」


 気軽に聞いていい部類の質問じゃなかった気がする。さらっと返答するイスもイスだけど…他に人通りがなくてよかった。


「特にドラゴンの特徴を濃く継いではいるものの、五感は人間よりちょっぴり優れている程度。ですがエルフの不老不死と、ドラゴンの特徴を発現出来る力が備わっているそうですわ」


「ほう」


 ドラゴンの特徴を発現、とな。

 いち生物学者として捨て置けないワードが飛び出してきたね。スキルで種族の詳細までは覗かなかったので、詳しく話を聞くためイスと並走する。


「しかしその口ぶりからすると、不老不死を実感したり、ドラゴンの特徴を発現させた試しが無いみたいだね?」


「不老はともかく、不死かどうかなんて易々と試せるものではありませんわ。ドラゴンの力についても、なんという種のドラゴンなのかすらわかりませんでしたし、せいぜい年にいちど、地獄のような痛みに耐えながら排卵するくらいしか…」


「産卵と表現しないってことは、交配せずとも無精卵が自動的に生成される仕組みなんだ?」


「お医者様いわく、ドラゴンの生理現象とのことですわ。強靭な肉体を持つドラゴンなら楽勝で乗り越えられるそうですが…ヒト型の身には会心の一撃に等しいですわ」


 イスは指先同士をつんつん合わせて、コミックのような涙を流していた。


「要約すると、種族としての基本スペックは高いはずなのに、活用法がわからなくて持ち腐れさせている、と」


「はい…」


 イスの身の上から察するに、彼女がドラゴンの遺伝子を継いで産まれた事実を知る人物は少ないだろう。

 ラルハール君と離別するまで本人すら気づき得なかったのだから、何らかの拍子でドラゴンの力を暴走させた経験も皆無。

 そもそもドラゴンの力とはどういった部類のものなのか?

 先程彼女が述べた五感はともかく、肉体強度は人並外れて高そうではあるが、必然的に起こる生理現象に体が追いつかないならば、人間以上ドラゴン未満といったところか。


「つまりドラゴンの力、仮に膂力を引き出せたとしても肉体が許容出来ず、ダメージを負ってしまう可能性が高いか」


「(すごく真剣に向き合ってくださってますわ…好き)」


 歩調を緩めずにあーだこーだ考えながら歩いていると、次第に周囲の木々が本数を減らし、視界が良好になってきた。

 右カーブを描くなだらかな坂道を登り、ふと立ち止まる。

 眼下に広がる、鬱蒼とした樹海とは比べ物にならないほど鮮やかな、緑黄色に彩られた自然豊かな広陵地帯が網膜に飛び込んできた。


「…おお…」


 昨日まで、あの小さな町が私の世界の中心であり全てだった。しかし改めて実感した。世界はあまりにも広すぎると。

 突き抜ける青空、白波立つ巻積雲、野を駆ける見知らぬ小動物に、図鑑でしか見たことの無い草花、風の香り。

 平地では約4km先までしか届かなかった視界も、丘から見下ろすことで遥か遠くまで、より広範囲を見渡せる。

 いつしか私の頭からイスの体質に関する思案は消えていて、目に映る全ての事象を記憶しようと、大いに寄り道をしてしまった。

 イスはそんな私を諫めもせず、ひたすら暖かい眼差しで見守ってくれていたのであった。

 …そんな寄り道が2時間ほど続いた頃だった。

 街道から西に逸れて丘陵を進んでいると、草花を揺らすそよ風に乗って異臭が漂ってきた。


「ん?なんか急に嫌な臭いが…」


 同じ臭気を感じ取ったイスの表情が突如強張り、口をつぐんで身を低く屈めるようジェスチャーで伝えてくる。


「…生物の腐臭、それも1体や2体程度ではありませんわ」


 私よりも嗅覚が優れているイスは、風向きや臭いの濃淡からすぐさま臭気の発信源を突き止めた。

 私の左斜め後ろ、この辺りで最も小高い丘の向こう側を指差す。


「アトラが可愛すぎて油断致してました…ここは()()()()()()()()()、名うての冒険者でも容易く命を落としてしまう魔境でしたわ」


「…そういうの、事前に説明しといて貰えるかな?」


 どうせ私には関係ないと思って、町の外の話題は深く記憶していなかった。

 そういやドレステミルって昔からすげぇやべぇ魔物の襲撃を何度も受けてたっけ。どうせ死なないから無抵抗でやる過ごしてたけども。


「ちなみにイスさんや、あなた戦闘力は如何ほど?」


「この辺りの魔物であれば、単体だと劣勢は必至…複数体なら絶望レベルですわ」


「そっかぁ…ちなみに私は戦わない事に定評がある町のしがない元案内人で、肉弾戦はからきしなのですが…」


 ふと風向きが変わり、こちらから丘の向こう側へと私たちの匂いを運ぶ。

 すると丘の向こう側から、殺意剥き出しの肉食獣の唸り声が、複数重なって聞こえてきた。


「あー、この唸り声には聞き覚えがあるわ。過去何度もドレステミルを襲った、金属の鎧みたいな外骨格を持つ、体長3mほどの狼型の魔物…」


 間髪入れず、大地を揺らす重い足音が丘を登ってくるのが感じ取れた。イスは額どころか、爪先まで真っ青になっているかのような酷い顔色のまま、身動きすらとれなくなっていた。

 …改めて、彼女の戦闘に関する記憶を覗いてみる。

 そしてわかった。彼女は間違いなく冒険者の中でもトップクラスの実力者だ。年齢のわりに場数もかなり踏んでいて、格上相手の戦闘でも状況判断を的確に行い凌いでいたため、命を危険に晒さずこれまでやって来られた。

 …そんな彼女ですら蛇に睨まれた蛙状態で、まだ姿の見えない相手から発せられる絶望的な殺気に、ただ畏怖して震えることしか出来ずにいた。

 私はもう殺気には慣れっこなので、特に震え上がることもなく。

 ひとまず気休めにイスの手を握って、丘の上を見上げた。

 僅か十数メートル先、いつの間にか丘の頂に鎮座していた一際大きな体躯の魔物…骨鎧狼(こつがいろう)のリーダー。それと、彼が立てていた派手な足音に潜んで私たちを包囲していた、18匹の群れの方々。


「グルルルルル…」


 刃物のように突出した外顎骨で肉を裂き、生物の骨のみを糧とする魔物、骨鎧狼。丘の向こうから漂う腐臭は、彼らが食事をしたあとの肉が腐敗した匂いだったようだ。


「(話が通じるタイプの魔物じゃないんだよなぁこいつら…)」


 並大抵の刃物では掻き傷すらつけられないほど堅牢な外骨格は、ただでさえ厄介なのに、高熱、冷気、砂塵、雷撃までをも無効化する更に厄介な特性を備えているのだ。

 しかも堅牢キャラにありがちな弱点とされる関節周りも、蛇腹状の外骨格で護られているため、折られる前に口の中に剣をブッ刺し、脳を破壊して倒すくらいしか方法が無い。

 しかしそれには最低でも刃渡り1m以上の刀剣が必要となる。だが私もイスもそんな分かりやすい武器は携えていない。

 …イスならこの状況を打開出来る遺物を持っているんじゃないかと考えもしたが、彼女はすっかり怯えきってしまい、皮肉にも骨鎧狼の王に頭を垂れるかたちをとっていた。

 骨鎧狼の群れは私たちを品定めするような、ギラついた視線を突き刺したまま、徐々ににじり寄ってきている。

 私と、恐らくイスも、エルフの血を信じるのであれば外的要因で死にはしないだろう。でも生きたまま骨を喰まれるのは嫌だし、どのみち絶体絶命のピンチ。

 …だというのに。


「…あはははっ」


 不意に心の底から、ごく自然に溢したような笑い声が出た。骨鎧狼たちの歩みが止まり、僅かに後退する。


「あぁ、ごめんごめん…っはは。だってこんなさぁ、絵に描いたようなわっかりやすい危機なんて…」


 私はゆらりと立ち上がり、ホルスターに挿していたワームドレッドからの贈り物である遺物、光を斬り臥せる刃に魔力を注いだ。

 刹那、ただの金属の装飾品と化していた遺物が輝き、触れずともホルスターから飛び出し、低速で回転しながら私の顔の前で停止した。

 そして。


「何度も妄想して楽しんでたシチュエーションだからさぁ」


 刃渡り60cm程の漆黒の刃が「ヴン」と音を立てて出現した。骨鎧狼たちは野生の勘が働いたのか、身の危険を感じて焦り、一斉に飛びかかってきた。


「ガアアアアアッ!!」


 …詳しい取り扱い方は誰に教わった訳でもない。ただ頭の中で思い描いた軌道を、この子が勝手に実行してくれただけだ。


「ガッ…!!」


 複数の風切り音が私たちの周囲で同時に鳴った直後、骨鎧狼のリーダーと群れはまともな断末魔を上げる間もなく切り刻まれ、千々の肉片と化した。


「おっと、せっかくの服が汚れちゃう」


 降り注ぐ血の雨をも切り刻み、私たちに降りかかる前に霧散させる。

 ワンテンポ遅れて、場を制圧していた濃密な死の気配が消えていった。イスの震えも嘘のように止まり、ガバッと顔を上げて、勢いそのままに周囲を何度も見渡していた。


「い、いま一体何が起きたんですの…?」


 恐怖で思考が鈍った状態でずっと俯いていたのなら、理解できなくても無理はない。

 腰が抜けてへたり込むイスに分かりやすいよう私もしゃがんで、彼女の目の前に遺物を留めた。


「これ使ってみたんだよ。遺物、光を斬り臥せる刃」


「あ…」


 まだ思考力が正常に戻っておらず、口をパクパクさせて何か喋ろうとしてはいるものの、まともに言葉を紡げない様子だ。


「おっと…今すべきなのは、説明じゃなかったね」


 私は遺物への魔力供給を止めた。刃を形成するエネルギーが途絶えたことで、骨鎧狼の堅牢な外骨格をも空気のように切り裂いた頼もしい刃が、内側へ向かって急激に収縮し、刃の周囲の景色を僅かに歪ませながら消滅した。


「(ん…?)」


 刃の挙動が少し気にかかったが、それよりもイスに取り憑いた恐怖を一刻も早く取り除かなくては。

 遺物を拾い上げてホルスターに戻すと、私はイスの正面に回り、なるだけ優しく抱擁した。


「ふわ…」


「よーしよし、怖かったねぇ。もう大丈夫だからねぇ」


 死の恐怖というのは、たとえ幼少の頃より武術の粋を磨き続けた老齢の熟練者であっても、そう簡単には振り切れず、得てして心に傷を刻み残してしまうものだ。

 身と心がどれだけ大人びていようとも、彼女はたった18年しか生きていない、成熟と未熟の間で揺れ動く少女。今回の事態が原因で、心に深い傷が残らなければいいけど…


「あ…アトラの鎖骨…スーハー…スーハー…」


 あ、大丈夫っぽいわ。

 イスに巣食おうとした恐怖心は、正直すぎる欲望によってスルッと押し出されていったそうな。

 ある意味骨鎧狼よりも獣っぽいなぁ…なんて考えながらもしばらくイスの好きにさせたあと、私たちは街道に戻って本来の旅路を歩むのであった。


続く。

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