突然のキャンプ
レンが抱えていた刺客問題は私達のドラマ外で無事スピード解決し、新たに旅の仲間として加わったキャンピングカーと共に旅を再開した私達は、北東へ向かう大公道を順調に進…んでいたはずだったのだが。
「林間キャンプサイトの一角を貸し切り、キャンピングカーで優雅にグランピング…か」
昼過ぎ。
何故か私達はレモナスから北西へ二百キロメートルほど行った場所にある自然豊かな山岳地帯、「レンデル峡谷」の大人気キャンプ場を訪れていた。
「やはりキャンプの夜といえばバーベキューですわよね。今のうちから具材を仕込んでおきませんと」
「ここでは釣り竿と餌をレンタルして近くの沢で釣りが出来るらしい。テティス殿、一緒にどうだ?」
「良いですね。ぜひご一緒させて下さい」
アウトドア生活に馴染み深い面々は意気揚々と自然の中へ繰り出し、現在の状況を盛大に謳歌していた。
旅路を急いでいたはずの私達が、どうしていきなりこんな遊興に耽っているのかというと…発端は、昨晩レンが放った一言だった。
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「さて。ゼルガによる驚異が去った今、心置きなく主達の目的に専念出来るようになったが…聞く所によると、帝国への旅路を急いでいるらしいな」
「ええ、まあ」
「…今まで追跡を警戒し、貴殿らには話していなかったのだが…レンデル峡谷の「大自然キャンプサイト」という場所に程近い、小規模遺跡の存在を知っているか?」
「いえ、初耳ですわ。直近はおろか最新の論文にも該当する記述は無かったかと」
「原理はわからんが、その遺跡の出入り口は巧妙に隠されていてな。予め正確な場所を把握していない限りまず発見出来ないようになっているんだ」
「それでその遺跡と旅の話がどう繋がるの?」
「実はレンデルの遺跡は、アステリア大陸の帝国領内に存在する地下埋没遺跡とポータルで繋がっていて、一瞬で行き来が可能なんだ」
前に説明した通り、騎士団が所有している「遺跡から発掘されたポータル」を利用し、瞬間移動すること自体はアステリア大陸だとそう珍しくはない。私達もセス=レモアの関門にあるポータルを目指して旅をしていたくらいだからね。
しかしイスによると、遺跡のポータルが大陸を超えて繋がっているケースはこれまで確認されていなかったらしい。
そもそもポータルが存在する遺跡は軒並み年代が古めで、堆積した土に埋もれてしまっていることが多いそうだ。
レンは二年くらい前に私を探すための遺物探し兼逃亡生活を送っている最中、人が滅多に寄り付かない巨大な大地の裂け目を訪れ、崖の中腹辺りで発見した岩肌の亀裂に入り、適当に歩いていたら当該遺跡に辿り着いたんだとか。
以降刺客を警戒しつつ幾度もポータルを利用してセス=レモアとアステリア大陸を行き来したが、どうも遺跡の場所はゼルガが検知出来ないようで、ポータルのある遺跡付近に刺客が訪れることはなかったという。
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そんでもってキャンプサイト到着後、私達はレンの案内で山林に存在するポータル遺跡まで行ってみて、何の変哲もない杉の木風ホログラムで巧妙にカモフラージュされた入り口から狭い直線通路を通り抜け、円錐の下方三分の一くらいを切り取ったような台座に置かれた円形の輪、ポータルが存在する小ぢんまりとした間に辿り着いた。
やっぱり昔台車の車輪代わりに使っていただけあって、ポータル自体は人一人がやっと立てるくらいの大きさしかなかったが、円の中に立ってみると懐かしい感覚と共に視界が明滅した。
そして周囲からイス達の姿が消え、私はさっきまで居たポータルの間と酷似した空間に一人でやって来た。
次にイス、テティス、レンの順番で一人ずつポータルから現れ、再び狭い通路と曲がりくねった洞窟を十分くらいかけて歩き、控えめに裂けた岩盤の亀裂から外へ出た。
ポータルを通る前は昼だったはずだが、見上げた空は日が沈んで暗くなりかけていた…そういえばセス=レモアとアステリア大陸は離れすぎているせいで、時間が六時間くらいずれてるんだっけ。
そこはレンが言っていた通り、数百メートル先に対岸が見えている大地の裂け目の中腹だった。左右どちらを向いても終端が見えないくらい大規模な裂け目…自然に出来たにしてはやけに均一すぎるというか、まるで巨大な刃物で大地を斬ったように思えた。
亀裂の足元に広がる大地は私達が横並びで歩いても余裕があるくらい広々としていたが、地上へと続く道はアクションゲームの足場よろしく点々と途切れている上に、目算で軽く五百メートルくらい距離が離れていた。
眼下には陰鬱とした樹海が広がっていて、見るからに魔物の巣窟と化してる。
テティスはともかく運動神経が良くない私はとてもじゃないが登れそうになかったので、イスが「騎士団にポータルを回収させて、帝国付近に移送しておいて貰うようお願いしておきますわ」と提案し…ポータルの移送が完了するまでの約三日間、私達はこのキャンプサイトでのびのびと過ごす運びとなったわけだ。
私はバーベキューの準備をするイスの手伝いで野菜を切ったりしながら、ポツリと呟く。
「わざわざポータルを動かさなくても、あの場で騎士団の人達を呼んで引き揚げてもらった方が早かったんじゃないかな」
「せっかく人生初の帝国訪問ですのに、それだと味気が無さすぎるでしょう。本来の予定より大幅に早く帝国へ辿り着けるのですから、三日間の足止めくらい気になりませんわよ」
少し厚めに切った牛の赤身肉をボウルに移し、ぶどう酒と香草とその他調味料を混ぜた調味液を流し込み、三十分ほど漬けておく。
こうすると焼いた時に肉が硬くなり辛く、臭みも取れるらしい。
イスはまな板を洗いながら、淑やかに私に聞いてきた。
「そもそもアトラは移動中の景色変化を楽しんでおりましたのに、こんなに旅路を短縮する事になって、本当によろしかったんですの?」
「あー、いいよいいよ。正直セス=レモアの景色ってどこもドレステミル周辺とほぼ変わんなくて飽き始めてたし、レンを早く親御さんと会わせてあげたかったからさ」
ゼルガの驚異が去ったことをレンは既に把握しているが、実は未だに家族に連絡を入れていない。
あまりに久々過ぎて父親とどう会話すればいいかわからないらしく、手をこまねいているのだ。
私には肉親らしい人の記憶がないからレンの気持ちは正直わかり兼ねるけど、無理強いしても仕方ないので我々は彼女の自主性に委ねることにした。
「…しかし豪胆なんだか気が小さいんだか、レンのことはまだよくわかんないねぇ」
「ええ。わたくしが当初抱いていたイメージよりもずっと砕けていて、接しやすいとは思いましたけれども」
「それは私も感じたよ。カッチカチで規則にうるさくて、イスとは対立するんじゃないかとばかり…」
レンは学生ものの物語に必ずといっていいほど出てくる「風紀委員」のポジションだと思ってた。
だけど実際は違っていて、どちらかといえば主人公の悪巧みにも付き合う「悪友」ポジションだった。
…これは昨晩話の流れで述べていただけなので真相は定かではないが、レンいわく「俺はかなりスケベだぞ」とのこと。
元々騎士団では老若問わず男性ばかりに囲まれて生活していたから、男性はもはや性の対象に非ず、同性である女性を好むそうだ。
特に、傷を負って帝国から離脱した後、レス君に助けられて獣人の里で彼らと接しているうちに獣人に対してそういった興味を抱くようになり、テティスを邪な目で見ている節があるとド正直に語っていた。
「…今更ながら、テティスとレンを二人きりにしても良かったのだろうか。」
レンはイスみたく理性ガバガバではないと信じたい所だけど…どうしよう、急に不安になってきた。
「ま、まぁそんな急に手を出したりはしないでしょう。流石にそこまで性欲にまみれた方だとは…」
ない、と言いかけてイスはふいっと顔を逸した。
「いえ、ですが長らく強いられていた逃亡生活から解放された事により、気分までオープンになっている可能性も無きにしもあらず…?」
「…や、もしレンが暴走しても、嫌と思ったらテティスはきっぱり拒否するでしょうよ。あの子は私みたいに意思が緩くないからさ」
私達の間から言葉が失われ、蛇口から流れる水音だけがキッチンカーに響いていた。
私はイスと顔を見合わせて頷き、処理中の食材を備え付け冷蔵庫にしまってキッチンカーの外へ出た。
そしてレン達が向かった沢の方にこっそり行ってみたのだが…
「…ちょ、そんなところ…っ」
何やらただならぬ声が聞こえてきてしまったのだった。
続く。




