新エピソード「零落の老虎 編」(完)/ドラマ性のない私達
生命にはそれぞれドラマがある。
シナリオが一切定まっていないアドリブだらけの秒速劇に休息の暇など無く、それでも人は懸命に生きている。
トラブルのない日常を穏やかに過ごしたいと考える者、自身より他者の平穏を第一に願う者、自身さえ良ければ他はどうなろうと構わない者。
…この男、元グローデン騎士団副団長ゼルガ・ベルティネスは、他者を支配し人生そのものを蹂躙する事でしか我欲を満たせない獣、「老虎」として、かつてアステリア大陸及び周辺諸国にその異名を轟かせていた。
帝国王政の失脚からおよそ七年、帝国を捨て落ち延びたゼルガは六十二歳を迎えてなおも「帝国王政の復活と北世界全土の支配」を実現すべく、アステリア大陸南東に位置する魔術研究国家「デルフォロイア」西端の寂れた古城屋外にて、老いた牙と爪を砥ぎながら現騎士団に対抗する時期を見計っていた。
「フッ、フッ」
老虎と呼ばれてはいるものの、彼の肉体は年齢による衰えなど一切感じさせない精悍さを保っている。
艶のある金髪をなでつけ、猛き岩山の如き鍛え抜かれた上半身闇夜の下に晒し、丸太のような両腕で身長の二倍ほどもある全長四メートル近い大型両刃剣を正眼に振り下ろす様はまさに歴戦の剣士そのものだ。
「フーッ…」
日課として行っているいる大剣素振り一万回を終わらせたゼルガが全身から湯気を立ち昇らせ、呼吸を整えていると、彼の後方に佇んでいた木製の扉が勢いよく開き、ふらつく人影が姿を現した。
「ゼッ…ゼルガ…様…ッ!」
「…何だ、騒々しい。」
現れたのは、ゼルガの思想に賛同し王政の復活に協力している若い男性、ピール・ポーストン。
現在のゼルガの右腕として、徐々に集まりつつある対新生騎士団反抗勢力の指揮を任されている人物だ。
普段は決して声を荒らげず、落ち着いたトーンで話す彼が慌ただしい反応を見せたため、ゼルガは彼に背を向けたまま苛立ち始めていた。
「この修練場には武人以外立ち入らぬよう申し付けた筈だ。貴様、覚悟は出来ておるのだろうな?」
「…ッ…お逃げ、下さ」
ドスッ。
嫌と言うほど耳に染み付いた、金属が肉を貫く音。
後方からそれが聞こえた直後からピールの声は途絶え、硬い石の床に頬骨がぶつかり、砕ける音が響いた。
ゼルガが異変を感じて振り向くとそこには、ワイシャツを鮮血で染め、背にナイフが突き刺さったまま倒れているピールの姿が。
ゼルガは瞬時に大剣を構え直し、周囲の気配を探った。
しかし、他人の気配は感じられない。
…いや、正確には遺物「彼方の五感」に記録されている反抗勢力メンバー全員の気配が、短時間のうちに古城全域から消え失せていた。
遺物の効果は追跡している人物が生命活動を停止しない限り永続して発動し続ける。だがそれが全て消えたという事は…。
ゼルガはピールの遺体に一瞥もくれず、大剣をその場に落として彼がやって来た室内へと足を向けた。
通路を進むごとに石畳に点々と遺された血痕が濃くなっていく。ゼルガは奥歯を強く噛み締めた。
「…城のセキュリティに反応は無い。賊の仕業では無いとすると、鼠が紛れ込んでいたか…人材管理は徹底していたはずだが」
反抗勢力のメンバーは、みなゼルガが直々に鍛え上げた戦闘特化型兵士。個々の戦力は彼が在籍していた頃の騎士団員とは比較にならない精鋭揃いだった。
その上メンバー全員がゼルガに忠誠を誓っており、彼の野望を妨げるような争いは過去一度も起きていない。
彼方の五感によって行動を把握している限り、内部抗争など起こり得る筈がないのだ。
ゼルガは怒気のこもった歩調で通路の先…いつも定例会議を行っている大広間の扉を蹴破り、殺気全開で飛び込んだ。
するとそこには…。
「…」
部屋の中央に据えられた長机の左右に四つずつ、等間隔で並ぶ木製の椅子に腰掛けたまま息絶えている六人の男性と、二人の女性の姿があった。
机中央の奥、ゼルガが座る椅子だけが半回転して背を向けているが、彼はそんな所に目を向けず遺体の死に様にばかり気を取られていた。
いずれもピールの背に突き刺さっていたものと同じナイフが、心臓の位置に寸分のズレも無く突き立てられていた。
それぞれピールと同じワイシャツと黒いスラックスを履いているが、彼らはメンバーの中でも特に秀でた精鋭中の精鋭。
なのに誰も抵抗した様子がなく、一撃で仕留められていた。
あまりに異様な死に様に、流石のゼルガも眉を潜める程の動揺を見せる。
「…何が起きたんだ。」
「知りてぇか?」
と、人気の無かった大広間に突如男性の声が響く。
声の出処は普段ゼルガが座っている中央の椅子。
背もたれが不自然に揺れたかと思うと、椅子が軋みながらくるりと回転した。
「随分長いこと逃げ回ってくれたじゃねぇの、元副団長殿?」
「貴様は…数合わせで騎士団の要職にすげられただけの、出来損ないか。」
ゼルガの椅子に腰掛け、足を組み、ワインボトルを傾けながら飄々と笑う男性…彼は新生グローデン騎士団 第三師団師団長、エルヴリート・ラフティス。
ゼルガにとっては討ち果たすべき宿敵に等しい、忌むべき人物だ。
「八十九年度のポスポッポコ産赤ワイン…この年のワインはすこぶる出来が悪ぃって話だったが、マジで酷ぇ味しやがる。渋くて飲めたもんじゃねぇな」
と言いつつラッパ飲みでボトルを空にしたエルヴリートは、酔っぱらい節全開でヘラヘラしながら立ち上がった。
ゼルガは嫌悪感と怒りで全身の筋肉を更に肥大化させ、身近にあった遺体の胸からナイフを抜き取り、エルヴリート目掛けて投擲した。
常人には一連の動作はおろかゼルガが動いた事すら把握出来ないであろう、まさに神速のナイフ投げ。
鋒はエルヴリートの眉間に向かって一直線に進む…が、突如ナイフが空中でビタッと動きを止めた。
「なっ」
刹那、ナイフの周りにうようよと黒い霧が立ち込め始めた。
霧は次第に形を成していき、やがてナイフの柄を握る人の手のような物質が可視化されていった。
「…貴様は騎士団の反逆児と相対し、反応が消失した…つまり双方とも死んだ筈だ。なのに何故生きていて、俺の目の前に存在しているのだ。」
不測の連続に少し冷静さを取り戻したゼルガだが、語気は怒りに染まったままだ。
エルヴリートは停止したナイフを掴み、黒い霧を振り払った。
「世の中にゃ予測を超えるイレギュラーを容易に顕現させられる奴が居てなぁ。そいつぁ時としてお前さんの常識じゃ測りきれねぇ結果を生みやがんだよ」
こんな風にな、とエルヴリートがナイフを宙に放ると、黒い霧がナイフを包み込み、そして…。
「ぶすっ♪」
ふと耳元で若い女の子の囁き声が聞こえた。
次の瞬間ゼルガの視界が激しく揺れ、前後不覚に陥り、気付けば彼は力なくその場に倒れていた。
「ッ…か、はっ…!?」
「闇魔法による極小の刃でアンタの脊椎をズタズタに傷めつけた。治癒魔法でも使わない限り、自力での行動は出来ないよ?」
黒い霧の中から出現した褐色肌の少女。彼女は「破滅」のソミア。
考古学者兼騎士団の新団員だが、金の話題と黒い噂が付き纏う、今世紀における要注意人物の一人だ。
ゼルガも彼女の存在は把握していたが、金にしか興味の無い守銭奴と切り捨て、今まで大した脅威に認定しなかった。
その油断が生んだ結果が、これだ。
「騎士団所有のワープ遺物は回収済み。ボクの傍に居る限りアンタの遺物の効果は全て無効…ってか全部「破滅」させておいた。そのうえ全身不随で、惨めに這いつくばることしか出来ない哀れな存在と化した今…ねぇ、どんな気持ちか教えてよ?」
「っ…っゥ…!」
数十秒前まで闘志に満ちていた巨躯が今は力無く伏せ、指先すらまともに動かせず、僅かに痙攣するだけ。
どれほど肉体が鍛えられていようとも、動かせないのならば意味は無い。
ソミアはゼルガの傍らに立ち、黒い霧の中からナイフを取り出す。
そして霧を掌に収束させて体内に収めると、握ったナイフをスカートのベルトに装着し直した。
「どうせアンタは死刑確定だろうけど、今ここで楽に死なせてなんかやらないよ。せめてその時が来るまでの短い時間を、無力なまま過ごすといい」
「っぐ……ぅぅ…」
「…本当は今ここで、グチャグチャになるまでアンタを痛めつけてやりたいよ。アンタの息子、トールガ・ベルティネスに奴隷扱いされて過ごしたボクと、アンタが拉致させた挙げ句ゴミのように捨てた闇妖精…メポタへの仕打ちの仕返しにさ」
ソミアはメンバーの胸に突き刺さったナイフを引き抜いて回収し、腰に収めた自前のナイフ以外全てをエルヴリートに渡した。
「けどアンタにはちゃんと現行法で、然るべき人に裁かれて欲しい。現騎士団長のスコット…アンタがこの世で最も憎んでる相手にね」
「っ…!!」
スコットによる断罪は現騎士団と現行法を心底憎むゼルガにとって、この上ない侮辱だ。
まばたきも出来ず、生理的に流れ始めた涙がよりゼルガの惨めさに拍車をかけていた。
「…ハイ、これで同行条件の「対象の無力化」は達成だよね?」
「おう。咄嗟に決めた事なのにキッチリこなせるなんて、大したもんだ」
本来ソミアは今回のゼルガ捕縛作戦において、手出しはおろか口出しすらしないつもりで居た。
しかし作戦開始直後、エルヴリートの判断で「ゼルガを生きたまま無力化してくれ」との指示を受け、彼女なりの方法で達成してみせたのである。
「アトラちゃん直伝の闇魔法とやらも凄かったな。反抗勢力メンバーを拘束してくれたおかげで、楽に始末出来たしよ」
「…ボクの魔法なんて、まだまだお師匠様の足元どころか同じ土台にすら及ばないよ」
「オイオイ、ここに来てから随分しおらしくなってねぇか?いつもの尊大な態度はどうしたよ」
「…決めてたから。ゼルガに報復する時は、素のボクでぶつかろうって」
ソミアはかつて冒険者であったゼルガの息子、トールガとその友人によって隷属化され、凄惨な日々を強いられていた。
そして彼女の仲間、メポタはゼルガ本人の手で本来の暮らしを奪われ、人としての尊厳を踏み躙られたという。
当初ソミアは闇市で出会ったメポタについて何も知らなかったが、自分のように禁足地から大陸へ渡った闇妖精族は決して多くないため、情報網を駆使しただけで手早く彼女の素性を知る事が出来たのだ。
もっとも、確定情報を与えたのは他でもないエルヴリートだったが。
「あの子…今はメポタちゃんだっけ。ゼルガの確保が少しでも慰みになればいいが」
「…ありがとね、シダンチョー」
エルヴリートはキザに肩を竦めて頑丈な拘束具を取り出し、容赦なくゼルガの手足に装着した。
時を同じくして、大広間にエルヴリートの部下である騎士団員が駆け足でやって来た。
「エルヴリート師団長。反抗勢力の掃討、完了しました」
「そうか。被害は?」
「負傷者・死者共にゼロです」
「よーし、みんなご苦労さん。…つーワケでゼルガ、てめぇも組織ももう終わりだ」
体の自由だけでなく築き上げてきた勢力をものの数十分で奪われ、ゼルガは声にならない叫び声を上げた。
そして彼はエルヴリート達と共に、不本意ながら約七年ぶりの帰郷を果たすのであった。
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翌朝、キャンピングカーのダイニングにて。
初めてのキャンピングカー生活にワクワクし過ぎて、みんな変なテンションで一夜を明かした後、朝食を食べていつも通りまったりしていた。
イスは私の右隣でファッション誌を読みながら食後のコーヒー、テティスは疲れてお休み中、レンはトレーニング後のシャワー、そして私はソファに深く座ってデバイスで恒例の情報収集に勤しんでいた。
「あ、今日のトップニュース「王政派閥の元騎士団副団長ゼルガ・ベルティネス、デルフォロイアにて身柄を拘束」だって。エヴィ君たち、昨日の今日で仕事が早いねぇ」
「あのお方、腕だけは確かですから」
「レンがお風呂から出てきたら教えてあげないとね」
「そうですわね」
イスは穏やかに微笑み、膝に乗せたファッション誌を畳んでテーブルに置くと、こちらににじり寄ってきた。
ニットセーター特有の僅かなちくちく感を頬に感じるくらい肩を寄せて、とても満足そうに微笑んでいる。
「おぅ、どうしたの?」
「いえ、ただ少し人肌が恋しくなりまして」
「なるほど、いつものやつね」
イスが密着してくる事自体はもはや何ら珍しくもない。
テティスがパーティに加わってからは、二人きりでない限りかなり節度を守った接触しかしてこなかったしなぁ。
特にこれからはキャンピングカーという狭い空間での生活が主軸になるから、付き合いはより健全化していくだろう。
特にレンは由緒正しき家系の聖騎士…不健全な行為に関してはかなり厳しそうだしね。
デバイスをしまってイスの肩に頭をもたげさせると、いきなりシャワールームの扉が開いた。
「ふう、先に失礼した」
そう言って現れたレンは、濡れ髪を拭きながら何故か全裸のまま堂々とキッチンに歩いていった。
肩を寄せて密着している私達を横目に見たが特に何も言わず対面の蛇口をひねり、コップに水を貯めて一気に飲み干した。
「まあ、ワイルドですわね」
「…すまない、ついいつもの癖で服を着るのを忘れていた。見苦しいものを見せたな」
「いえ、むしろご馳走様ですわ」
やっぱこいつ女なら誰でもいいのでは?
レンは私と違って成熟した特徴を有しているのに、目を皿にして全身を眺めている。
…忘れかけてたけど、イスって基本変態だった。
「そのままだと風邪を引いてしまいますから、まずは髪をブローしましょう。さ、こちらにいらして?」
「すまないな」
一見レンの為を思った行動に見えるが、彼女の羞恥心のなさをいいことに、服を着られる前に近くで身体を眺めたいだけなんじゃ…と邪推してしまう素早さで、イスはドライヤーを召喚した。
レンも素直にソファに座り、膝にタオルをかけた。
…いつかこの変態が性欲を暴走させてしまわないかと不安を抱きながら、私はキッチンにコーヒーを注ぎに行くのであった。
続く。




