他愛のない日常の話
晩御飯のチーズグラタンを食べ、各々入浴してから再びリビングに再集結。
私達は普段通りの部屋着に身を包み、レントライトはイスから借りた黒イス変装用のワイシャツとスーツパンツ姿でピンと背筋を伸ばし、急遽設置された暖炉とその前に置かれたソファに横並びで腰掛けていた。左からテティス、レントライト、私、イスの順だ。
「…まさかあの時助けて頂いた獣人族の方と知り合いで、尚且つご自身は獣人族の王族とは。世の中は存外狭いものだな…」
「そしてそのレス君は現在騎士団に迎えられて…あれ、その後どうなったんだっけ?」
「魔物や獣人による事案を担当すべく、新たに結成された部隊の師団長を務めておりますわよ」
「ほー…スピード出世だね」
最近身の回りでイベントが起こりすぎてて、周囲に気を配る暇があんまりなかったしなぁ。
…そういや神の膝元の「祝福」関連も今はどうなってるんだろ。
しばらく神會からのコンタクトもないけど…まぁそのうちお声がかかるかな。
…っといけない。皆との話に集中しなきゃ置いていかれるわ。
ポコポコと湧き上がる雑念を一旦忘れて、私は三人との雑談に戻った。
しかしまあなんと言うか、イスはともかくとしてレントライトとテティスが打ち解けられるか不安でパーティへの加入手続きを一時見送ったが、雰囲気は良好だ。
レントライトの表情も遺跡に居た頃より遥かに和らいでいて、時折無垢な微笑を浮かべたり、穏やかな口調で二人と語らい合ってる。
「…どうかな、レントライト。このパーティには馴染めそう?」
話が一瞬途切れたタイミングで不意に切り込んでみた。
レントライトはゆったりと瞼を伏せて、ゆっくり開きながら語った。
「…そうだな。伝説の魔法使いに世界的富豪の考古学者、獣人族の王族と…肩書きだけ聞けば萎縮してしまいそうになるが、面と向かって接してみると存外気楽で、心地が良い」
私達は全員種族も年齢も身分も出身地もバラバラ…各々が従来通りの環境で生活していたら、まず出会うことなく一生を終えていただろう。
これから生活を共にして更に打ち解けていけば、細々とした部分にも目が向くようになり、いずれ喧嘩に発展する可能性もなくはない。
特にイスはミアちゃんとの些細なすれ違いで関係を壊した過去があるから、私達に遠慮して優しさが空回りするかもしれない。
…そうならないように、私が陰でひっそりと気を配るしかないかな。
「…さて、今夜はまだまだ長くなりそうですし、何か飲み物を用意致しましょう。皆さん、飲み物のリクエストはございますか?」
イスはまだ話し足りないようで、腰を据えて話す準備をするために席を立ち、キッチンカウンターに向かっていった。
夜の雑談のお供といえば、私はやっぱり…
「じゃあいつも通り、発光酒をストレートで」
発光酒。私がお酒の味を覚えてから色々飲むようになって、現在最もハマっているお酒だ。
発光酒とは、月光の下でのみ生育可能な「グロウマルス」という蓄光性のある多肉植物を発酵させて造られたお酒で、文字通りお酒自体が淡い緑色に発光しているのが特徴だ。
実はこのグロウマルスを原材料にした発光するお酒はわんさかあるんだけど、正式に「発光酒」と名乗っていいのは「度数98%以上」のものに限られてる。
ジュースや炭酸水でかなり希釈して飲むのが一般的とされているけれども…私はこれを樽型ジョッキにストレートで注いで流し込むのが好き。
喉と胃がカァッと熱くなり、鼻から抜けるグロウマルス特有の芳しい香りに酔いしれる…まぁドワーフは、特に私はアルコール耐性がバカほど高くて酔っぱらいはしないんだけどね。
「それじゃあわたしはホットミルクを…あ、お手伝いしますね」
テティスもイスに続いてキッチンへ歩いていった。
するとグラスの準備をしていたイスがカウンターからリビング側に上半身を覗かせて、レントライトに話しかけた。
「あなた…レントライトは何にしますの?」
「俺は、そうだな…コーヒーを貰えるだろうか」
「かしこまりましたわ。ミルクとシュガーはいかが致します?」
レントライトはすぐに返事をしようとして、出かかった言葉を飲み込むような素振りを見せた。
それはイスに遠慮したから…と思ったけど、次いで口から出てきたのは、私が予想していなかった言葉だった。
「…クインナート殿、少し贅沢を言っても構わないか?」
「ええ、もちろんですわ」
対等な立場で接して欲しいと伝えたからかはわからないが、レントライトは私達に変に恐縮したりせず、彼女自身の意見をぶつけてきた。
その意見内容もまた、いい意味で私の想像を裏切っていた。
「もしあれば、で構わないのだが…甘いチョコレートはあるだろうか?」
これまでの凛々しい立ち居振る舞いからは予想すら出来なかった、あまりに可愛らしい台詞。
私とテティスのみならず、イスでさえも一瞬目を丸くさせていた。
しかしすぐにいつもの調子を取り戻していた。
「甘いチョコレートでしたら沢山用意がございますわ。どのブランドのチョコレートをご所望で?」
「安価に手に入る市販品…例えば、リブラムカンパニーのミルクチョコレートなどで十分なのだが」
「ご用意しておりますとも。少々お待ちくださいませ♪」
世話焼き気質のイスが浮き足立ちながら、今日設置したばかりの戸棚を開いて中から四角い箱型のチョコレートを…本当は物質を収納する遺物の力で虚無から取り出したんだろうけど、一応戸棚から引き出した体で準備を進めていた。
…一方のレントライトはというと、毅然としているようでまだ緊張を捨てきれていないらしく、ソファに少し背を預けて、ふぅ、と息を溢した。
「…刺客からの逃亡生活が長かったせいか、特定の他者と近しい距離感で接する事にまだ慣れないな」
「あー、わかるわぁ」
私も長いことぼっち生活送ってたから、レントライトの気持ちには理解が及びやすい。
けど彼女は私と違って根っからのぼっち気質じゃないだろうから、すぐに慣れるだろう。
不意に暖炉の薪がパチンと弾けたところで、飲み物が乗ったトレーを手にしたイスとテティスが戻ってきた。
「お待たせ致しましたわ。こちらアトラの発光酒と、レントライトのコーヒーに、チョコレートですの」
「ありがと」
「すまない」
イスは未開封のチョコレートと飲み物を私達に手渡した直後、建築スキル用の宝石をポケットから取り出し、暖炉前に熱伝導率が低い合金製の円卓を設置した。
テティスは白いマグカップに入ったホットミルク、イスはレントライトと同じくブラウンのマグカップに注がれたホットブラックコーヒー…皆の飲み物は大丈夫だけど、発酵酒は火に近付けたらマジであっという間に燃えるから、注意しないとね。
二人とも改めてソファに座り直したところで、イスは自分のマグカップを胸の高さに掲げ、レントライトに身体を向けた。
「…さて。まだ手続き自体は終わっておりませんが、新たな仲間、レントライトの加入を祝して…乾杯ですわ!」
イスもテティスもすっかり彼女を迎えた気でいるらしい。もちろん私も同じ気持ちだし、仲良くやっていけそうだと判明したのは嬉しいけど…舞い上がって加入手続きを忘れないようにしなきゃね。
そんなこんなで簡単に乾杯なんかしちゃって、それぞれ好きなタイミングで一口目を味わった。
…が、私達の視線と興味は必然的にレントライトに向けられていた。
一口サイズで個包装されたリブラムカンパニーのミルクチョコレートを取り出し、三つ開封してコーヒーに沈め、イスが持ってきたスプーンでかき混ぜる姿を見て、不思議と心が豊かになった。
熱々のコーヒーの中でチョコレートはあっという間に溶け出し、澄んだ褐色から不透明度の高い褐色に変化していく。
レントライトは湯気の立つコーヒー表層面に軽く息を吹き付けてから、完成したばかりのチョコレートコーヒーをすすった。
「…ふう…」
コーヒーの苦みとチョコレートの甘み、双方が混ざり合った時にしか味わえない複雑な香ばしさ。
レントライトから自然と安堵の吐息が漏れ出す。
そんな彼女を見て、イスは年下とは思えない母性全開の笑みを浮かべながら、レントライトに尋ねていた。
「チョコレートコーヒー、お好きなんですの?」
「いや、特段好物というわけでは無いんだが…ただ、久しぶりに味わってみたくなってな」
と、レントライトはマグカップをテーブルに置いて、前傾姿勢になりながら暖炉の炎を見つめ、語り始めた。
「…まだ俺が騎士団に入団する前、剣術の修行を頑張った日に、父がよくこれを作ってくれたんだ」
「…そうでしたのね」
帝国に残してきた家族の話。彼女にとってはチョコレートコーヒーのように、甘くも苦くもある思い出らしい。
「…尤も、組織の長に刃を向け、フュリウスの家名に傷を付けた俺が今更郷愁に浸るなど、許されざる行為なのかも知れんがな」
「…そのような事は、決してございませんわ」
俯きながら自棄気味に呟いたレントライトの手の甲に、イスの左手がそっと添えられた。
「あなたが確かな意思を持って起こした小さな反逆によって、眠り続けていた英雄…スコットは目を覚まし、北世界を脅かし続けていた巨悪を討ち滅ぼしたんですのよ」
「…俺はただ、勝手に憧れを抱いた存在に勝手に失望して、癇癪を起こしただけの子供だ。世界を変えて欲しいだなんて、思ってもいなかったさ」
「だとしても…あなたのお陰でわたくしは再び帝国の貧民区跡地に立ち入り、養父母の名が刻まれた慰霊碑を参拝する事が出来ましたのよ」
貧民区でのイスの養父母…帝国王政のテルジア・セルが実行した「餓狼作戦」にて、イスを守るために命を落とした、心優しい老夫婦だ。
イスの告白を耳にしたレントライトは、ゆっくりと顔を上げた。
「帝国の貧民区というと、父が個人的に住民の生活支援を行っていたエリアだな。王政の手引きにより住民が虐殺に遭ったと、幼い頃に聞いたが…」
「…ええ、この世の地獄のような光景が広がってましたわ」
「地獄、か。俺には想像すら出来ない程、悲惨な光景だっただろうな」
「…すみません、湿っぽい話になってしまいましたわね。つまり何を伝えたかったのかというと…わたくしと同じくあなたに感謝を述べたいヒトは大勢居るので、自身を卑下したりしないでくださいませ、って事ですわ」
イスはレントライトの背中をポンポンと叩いて、沈みかけた気持ちを急浮上させようと必死だった。
普段大人びている彼女も自分の口から養父母の話を切り出し たからか、若干センチメンタルになっているようだ。
レントライトはそんなイスを見るや否や居住まいを正し、苦笑しながら頭の上に手を乗せ、金髪を無造作に撫でた。
「歳下にこうも気を使わせたままだと、年長者として立つ瀬が無くなってしまうな。それに…フュリウス家の騎士としても、相応しくない振る舞いだ」
「レントライト…」
「レン、でいい。主やテティス殿も、良ければそう呼んでくれ」
「…わかった、レン。改めて、これからよろしくね」
「はい、レンさん」
「…ところで、そろそろ頭を撫でるのを止めていただきたいのですが…?」
話している最中も、レン…はイスの頭を撫で続けていた。
「…君はこれまでパーティの年長者として相応しくあろうと、あまり他者に甘えてこなかったと見える。たまには甘える立場になってもいいのだぞ?」
「〜〜っ…」
イスが明確に歳下扱いされてるの、何気にレアな気がする。
表面上は恥ずかしそうにしてるけど、内心嫌がってもいないような…微笑ましい光景だ。
私はレンに翻弄されるイスを肴に発酵酒をあおり、焼け付く刺激を楽しみながら地味にこう思った。
「(まぁこのパーティの真の年長者って私なんだがね。)」
些末な呟きは誰の耳に入ることもなく…極寒の砂漠の夜に、ひたすら暖かい時間がながれるのであった。
続く。




