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不滅のアトラ  作者: 鉄すらぐ
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失った平穏と得られた日常

 日が暮れたオアシスにて。

 ギルドの受付嬢からの謝罪と帰還の祝福を受けたレントライトは、新しく泉のほとりに建てられたレストハウスのリビングで、私とイスの前に恭しく傅いていた。


「貴殿らに救われしこの命。誇り高きフュリウスの名にかけて、貴殿らを守護する剣と成そう」


「や、気持ちは嬉しいんだけど出来れば対等な立場で接してくれないかな?」


 騎士団を忌避して長い彼女だが、魂と血に刻まれた騎士道精神がここに来て大爆発。命を救った我々に深淵よりも深い忠誠を誓っていた。

 …が、そこまで思考がガチガチに凝り固まっているわけでもないようで。


「了解した。主の命とあらば以後そのように振る舞おう」


「ああうん、お願いね」


 レントライトは傍らに置いてあった布巻きの剣を携え、スッと立ち上がった。


「…招いて貰ったばかりで悪いが、武器屋へ行って剣のメンテナンスを行ってくる。連戦に次ぐ連戦でまともに見てやれなかったのでな」


「わかった。外は寒いから暖かくして行ってね」


「ああ」


 レントライトは私達に一礼していそいそとリビングを後にした。

 遺物の剣だから刃の切れ味は落ちていないだろうけど、間に合せの柄との接合部に不具合でも起きてたのかな。

 武器屋はレストハウスの反対側、歩いて十秒くらいの所にあるからそう遅くはならないだろう。

 ゼルガが再び刺客を差し向けてくる場合も想定して、ギルド側が信用に足ると判断した冒険者七名を昼間に招集し、警備にあたらせているから危険も少ないはず。

 そしてテティスは先程お風呂に入りに行ったばかり…リビングには私とイスだけが取り残された。

 ここに来てずっと張り詰めていた緊張の糸がぷつんと切れた。私は部屋中央のダイニングテーブル前に設置されたソファまで移動して、身を投げ出すように横たわった。


「あ゛〜…つっかれたぁ…」


「お疲れさまですわ」


 イスはこのザマを見て苦笑しつつ、私の頭側に座って、腿をポンポンして頭を乗せるよう促してきた。

 …私かイスの部屋ならまだしも、いつレントライトやテティスが戻ってくるかわからないリビングで必要以上に接近するのは避けたいところだが…身も心も疲弊した私は、素直に彼女の脚に頭を乗せた。

 部屋着からふわりと立ち昇る柔らかな花の懐かしい芳香…強張っていた背中中央付近の筋肉が一気に解れていく。

 香水や洗剤の香りではなく、彼女自身から発生している香りだ。

 エルフは植物にルーツを持つ種族で、命を落としてもルーツとなった植物が存在する場所から、記憶や知識を有した状態で何度でもリスポーン出来る。故にエルフはみなルーツとなる植物のアイテムを身に着けている…って話は前にしたよね。

 ドラゴンの割合が強いエルフとの魔濁人であるイスは、ルーツである植物の特定が難しいと言っていたが…こうして目を閉じてじっくり嗅いでみると、私の脳裏に似た香りを放つ植物の名がよぎった。


「…ああこれ、あれかぁ…シデン・トゥエスの花に似てるんだ…」


「シデン・トゥエス…とは、なんですの?」


 イスが純粋に聞きながら私の側頭部を撫でてきた。香りと人体の温もりで寝落ちしそうだ。


「シデン・トゥエスっていうのは、四周期前にドレステミル周辺に群生していた花の名前だよ。今周期に入ってもシデン・トゥエスの原種は存在していたんだけど、それから進化と派生が進んで…現代では「フィポラ種」と呼ばれる花が直系の子孫に該当するね」


「フィポラ種というと…主にグレードの高い香水に使われるバラ科のお花、フィローズ・ポラが有名ですわね。わたくしは使用しておりませんが」


「だとすればやっぱり、イス自身から発せられてる香りなのかもね」


 そもそもイスは常に洗剤や化粧品の香りを纏っているし、私自身も彼女を注意深く嗅いだりしないから気付かなかった。

 些細な要素に気付きやすくなってるのは、疲れているからかな。

 私は重い体を起こして、上着の袖でイスの左首筋を軽く拭いた。そして徐ろに顔を近付け、すー…と鼻から息を吸った。


「あ、アトラ?」


 突然の行為にイスは戸惑いを見せる。

 普段このような行動は彼女しか取らないのだが、今の私は何故か不思議とイスの温もりを求めていた。

 …そういえばシデン・トゥエスの種子って、惚れ薬とか媚薬の材料として使われてたこともあったなぁ。経口摂取すると一時的に心拍数が上がる成分が含まれていたから、そのドキドキを色恋沙汰によるものだと勘違いしてたってオチなんだけどさ。

 なので今の私の行動は彼女の香りにあてられたからではなく、素面かつ自らの意思で取っている。

 まぁ、イスのスイッチが入る前にやめて離れたがね。


「…たぶんそのフィローズ・ポラがイスのルーツだと思うよ。花が手に入ったら防腐処理を施し、アクセサリーにでも加工して身に着けておけば、いざって時のリスポーンに困らないはず」


「そ、そうですのね。フィローズ・ポラは少々値が張りますが、人気の高い品種ですし、街へ行けば容易に手に入るはずですわ」


 やや紅潮した頬を手扇で扇ぎながら、イスは気持ちを落ち着けている様子だった。

 ここで本能を解き放ちビーストモードに突入すると、テティスやレントライトとの関係が気まずくなると理解しているのだろう。

 …これ、私とイスの二人旅だったらヤバかったかもね。主に私の体力が。


「おふざけはこのくらいにしておいて…イスさんや。砂漠の遺跡内で手に入れた情報に興味はないかい?」


「とてもありますわ。」


 こうして私たちはテティスとレントライトが戻ってくるまでの間、情報共有に勤しむのであった。


--------------------


 約一時間後。

 イスがダイニングテーブルに食器を並べている最中、ワンピース姿のお風呂上がりテティスと共に晩御飯のマカロニグラタンがオーブンの中でチーズを焦がす様を見届けていると、武器屋から戻ったばかりのレントライトが、目を丸くしてこちらを見つめていた。


「あ、おかえりなさい。もうすぐ晩御飯出来上がるから、少し待っててね」


「あ…ああ。いやすまない、まさか獣人族の方がいらっしゃるとは」


 …そういえば、レントライトにテティスが猫獣人だって伝え忘れてたかも。帝国育ちの人間は獣人を快く思っていないって聞いたから、もしかすると彼女も…。

 ちらりとテティスの顔を眺めると、彼女は少し寂しそうな表情を浮かべながらも、リビングの出入り口で立ち止まったレントライトに深々とお辞儀した。


「はじめまして、わたしはティス=テ=ティスと申します。…獣人族がお嫌いですか?」


 ストレートなテティスの問いかけにレントライトは硬直を解き、即座に、力強く首を横に振った。


「いや…いや、気分を害したなら申し訳ない。獣人族に対する敵愾心などはなく…むしろずっと、直接お会いして謝辞を述べたいと願っていたくらいだ」


「えっ…?」


 レントライトはメンテナンスしたばかりの布巻き剣をソファに置いて、足早にテティスの足元に跪いた。


「あなたとは直接関係ないかもしれないが、俺が騎士団長に刃を向けて帝国を去る時、団員の抵抗に遭い、深手を負いながらも辛うじて脱出に成功したはいいが…人気の無い交易路で、意識を失った」


 流石に遺物の剣を持っていても、十二そこらの少女が無数の騎士を相手に無傷で突破するのは不可能だったか。即時しなかっただけでも十分凄いと思うけども。


「そんな俺…騎士団の制服を着ていた俺に救いの手を伸ばし、獣人族の集落へと連れ帰り、意識を取り戻すまでの間、傷の手当てや身の回りの面倒を見てくれていたのが、獣人族の方だったんだ」


 話の流れから絶対そうだと思ったけど、とりあえず黙っておこう。


「今にして思えば人として恥ずべき行為だが、当時の俺には心のゆとりがなくてな…ろくな礼もしないまま、彼の元を離れてしまったんだ」


「彼…ですか?」


「そうだ。大きさは…当時の俺の倍以上はあったと思う。全身黒い体毛に覆われた、とにかくガタイのいい狼種の獣人だった」


 …凄まじく聞き覚えのある特徴だわ。

 デカくて黒くてヒトに優しい、帝国周辺で出会える狼獣人なんて、そうそう居るもんじゃないもの。


「ちなみに、その狼獣人のお名前は覚えていらっしゃいますか?」


「あまり詳しくは覚えていないが…確か「レ」という文字が入っていたはずだ」


 もう確定じゃん。

 それはかつて、テティスと共に各地の採掘場で働いていた…


「もしかしてその獣人は「レス」という名前ではありませんでしたか?」


 レス、と聞いてレントライトは先程より更に力強く頷いた。


「そう、その名だ。もしや彼は獣人族の中でも名の知れた御仁だったのか?」


「ええまあ、良くも悪くも民衆からの関心は高かったと思います」


 レス君はヒト好きで博愛精神に満ちた人物だ。

 当時獣人族を迫害していた帝国の人間を拾い、集落に連れ帰って面倒を見るなんて、他の獣人から相当なヘイトを向けられたことだろう。

 しかし彼はそれくらいで心を折るほどヤワじゃなかった。


「…レスは少し前までわたしと行動を共にしていた、兄のような存在です」


「なに、知り合いだったのか?」


「てかこの子、形式上身分は捨てたそうだけど、現在の獣人王族の血統に名を連ねる「元お姫様」だよ」


「…なん、だと?」


 情報が一度に多く流れ込んだせいか、レントライトの脳の処理が追いつかなくなったらしい。

 彼女は世界の未知の領域を垣間見たように視線を泳がせて、硬直してしまった。

 …動き出すまで少し時間がかかりそうだ。

 私達はレントライトを一旦椅子に座らせて食事の準備を整えた。

 彼女が思考を再開したのは、グラタンが完成した直後だったという…。


続く。

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