フカシギ
洗濯機構のおかげで血や汚れが綺麗に洗い落とされ、斬り裂かれた跡やほつれすら完全に修復された状態でお出ましになった冒険者衣装を畳んだ後、私はレントライトと共に保存食を頂き、少し雑談を交わしてから寝床についた。
雑談の内容はというと、特に勿体ぶったり大々的に発表する程でもないから簡潔にまとめるけど、レントライトが私達のパーティに正式加入する意向を固めました。
詳細は追って話すとして…新メンバー、レントライトはベッドに寝転がった直後に意識を手放し、蓄積された疲労感を捨て去るように眠り始めた。
一方私はソファに寝転び、程よく手招きし始めた眠気を一旦無視して、イスの連絡用デバイス宛に「レントライトの無事を確認、合流&救助に成功したよ。怪我や病などに侵されていないから安心してね。今晩は遺跡内に見つけた安地で体を休めてから、明日脱出口探しに出るよ。あ、それとレントライトが私達のパーティに加わりたいそうで、私は賛成なんだけどイスたちの意向も聞いておきたくてさ。明日の朝にでも返事くださいな」と数行に分けて送信し、待機させていた眠気と手を繋いで即眠りに落ちた。
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翌日、早朝。
デバイスのアラームが鳴り響く前にスッと目が覚めた私は、上体を起こしてデバイスを手に取った。
レントライトはまだベッドに体を深く沈めたまま穏やかに眠っている。自然に起きるまではもう数時間かかりそうだ。
私はデバイスのアラーム設定を切ってから、ダイニングテーブルに畳んでおいた冒険者衣装を迎えに行き、レントライトを起こさないよう浴室に移動してから衣服を着替えた。
この衣装に袖を通すのにもすっかり慣れたなぁ。
洗濯機構のおかげで数世紀前に買った時と遜色ない状態に戻ってるから、妙な真新しさは感じるけどね。
私は脱いだシャツを持って静かに休憩室へと戻り、再びソファに座った。
朝ご飯はレントライトが起きてから作るとして、それまではデバイスに保存した書籍を読んで過ごそう…と画面を立ち上げると、タイミングを図ったかのようにイスからメッセージが届いた。
タップして内容に目を通す。
『万事把握いたしましたわ。彼女の実力はスコットの折り紙付きですし、アトラが実際に人柄を見た上での判断でしたら、パーティ加入に関して異存ありません。手続きは進めておきますので、お二人ともご無事でお戻り下さいまし』
とのことだった。
いざとなれば私がレントライトの記憶と思考を読めるから、判断を一任してくれたようにもとれる。
だが現時点で彼女が悪意や遺物に支配されている兆しは見えないし、早急に心を覗く必要もないだろう。
ひとまずイスたちと合流するまでは、詮索し過ぎて気分を害さないよう浅い交流に留めておこう。二人きりでギスると精神的に辛いし。
私はイスのメッセージに対して『了解』とだけ返し、その後しばらくの間、買ったまま読んでいなかった書籍を読み耽った。
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約三時間後。
たっぷり眠って体力・気力・魔力ともに大回復したレントライトと朝食を食べ、遺跡脱出ルートを探すための身支度を整え終えた後。
私は本棚の上段に隠されていた黒色の肩掛けポーチ(ミアちゃんいわく「もしもの時の追加装備」)に、三日分の保存食と水の入った小型ボトルを二本収めて、休憩室の外に佇んでいた。
そろそろレントライトも支度を整え終えて出てくる頃合いだろう。
手持ち無沙汰で髪に手ぐしを当てていたら、休憩室の扉が開いて彼女が現れた。
「すまない、待たせたな」
「や、大丈夫だよ」
彼女の出で立ちは不審者感全開だった昨日と打って代わり、凛々しい素顔と本来の冒険者衣装を初めから晒した状態だった。
上着は騎士団のジャケットと似た型だが、色は青ではなく濃い紫。
騎士団員の証である「左肩マント」ではなく、右肩に金属アーマーがついた、白ライン入りの黒いマントを羽織っている。
上着の左胸には盾を模したバッジみたいなものがついていて、下半身は彼女の清廉さを体現しているかのような細身の白いズボンに包まれていた。
昨日着ていたミリタリージャケットに保存食や水、ガスマスクを包んでマントの下に袈裟がけしているせいで、ファッションとしてのまとまりは少し悪いけど、まぁ機能重視だから仕方ない。
元々癖っ毛なのか、所々髪の毛がはねていてイマイチ決まりきってはいないものの、申し訳程度に右の前髪をシンプルな金メッキのピンで留めていた。
そして左手には、洗濯してピカピカになった白い布で包まれた剣が…。
「あ、そういえば気になってたんだけどさ。その剣って元々はスコット君が持ってた物だよね?」
レントライトの剣を示して話しかけると、彼女は重々しく頷いた。
「…ああ。あの日俺が自棄になって騎士団長に襲い掛かり、逃げる際に奪い取った品だ」
「やっぱりそうだよね?でも私が知ってるスコット君の剣は、もっとシンプルでスラッとしたシルバー系の柄だったと思うんだけど…」
「確かに以前はそのような柄が取り付けられていたが、過酷な状況下で使い続けたため二年前に壊れてしまってな」
言いながらレントライトは布を外し、やけにオモチャっぽいデザインに包まれた剣を掲げてみせた。
「幸いにも刀身は無事だったので代わりの柄を求めて武器屋を訪れたところ、偶然にも刀身が寸分違わず収まるこの柄を見つけてな。何かのアニメ作品に登場したものらしく、デザインは好みでは無かったが…なかなか頑丈で手に馴染むため、こうして使い続けているんだ」
「なるほど」
オモチャっぽいってか、まんまオモチャだったのね。納得いったわ。後でどういう作品か軽く調べてみよう。
小さな疑問が解決した所で私達はまだ進んだことがない道…階段を背にした際に正面側に続く、直進通路の先へと向かった。
相変わらず光源は不明ながらも全体的に明るく照らされている。
少し行くと通路の横幅が途端に広がり、右下方に向かってカーブする緩やかな坂が現れた。下の方からは何やら「ヴーン」といった振動音が聞こえてくる。遺跡の機構が稼働している音だろうか?
私とレントライトが二人横並びで両腕を広げて歩いても、まだまだスペースには余裕がある。
レントライトは坂に足を踏み入れようとしたが、たちまちピタリと足を止め、剣の布を解き始めた。
「…下に魔物が居るな。リーヴァーが三体、こちらの存在を気取られては居ないようだ」
「え?」
…坂の上からでは右カーブの先は確認できない。空気が停滞しているせいで魔物の匂いや気配を感知しづらいが、レントライトは迷いなく剣を構えて、上着の内ポケットからリーヴァーの角を取り出した。
予備としていくらか持ってたんだ…気付かずにそのまま洗濯したから、アクセサリーとして使えそうなくらいピカピカだった。
しかしレントライトは躊躇せず角を坂の下に放った。
軽くて中が空洞になっているリーヴァーの角は勢い良く転がらないものの、自然界ではあまり立てない甲高い音をカラカラ響かせながら坂を下っていった。
それから数秒後。坂の下から三匹のリーヴァーがご自慢の鋭利な爪を広げて「ギャッギャッ」と喚きながら駆け上がってきた。
「…ふっ!」
ザンッ。
レントライトは力強い踏み込みでリーヴァーたちに突っ込み、一振りで三匹の首を跳ね飛ばした。
「ギャギッ…」
リーヴァーの首から鮮血が噴き上がり、坂に倣って後方に倒れた。まるで坂を利用して食肉用の血抜きを行っているような光景だ。
流れていく血と共に、切り離された頭が三つ仲良く転がっていく。
…大抵の生物は首を落とせば倒せるけれども、生命力が強い魔物達は心臓の脈動も強いため、動脈を切断してしまうと辺りに血が飛び散って破茶滅茶に汚れるんだよなぁ。
大広間に転がっていた魔物たちは大丈夫だったけど、魔物の中には体液に強い毒性を持つものや、血液が傷口に入るだけで致死性の感染症を引き起こすものも存在する。
よって魔物毎の急所を理解し、あまり返り血を浴びずに倒す戦い方を身に着けた方が、結果として生存確立が上がるのだが…。
「…今のままじゃ、パーティとして機能するには難しいかな」
「む、何か不手際でもあったか?」
レントライトは剣を振り、返り血を落としてから刀身を布で包んだ。直近から魔物の気配がしなくなったためか、こちらの独り言に反応してしまった。
まぁ彼女が正式にパーティに加入するのならば、現状の戦法ではチームとして機能しないことを伝えないわけにもいかないし、私は思い切って先程感じたこと全てを包み隠さず彼女に伝えた。
「えーと、あなたの剣の腕は大変素晴らしいんだけれども、魔物の中には血液や体液に毒や細菌を保有しているものも居るから、首を飛ばす戦い方だと他のメンバーに危険が及ぶ可能性があってね」
「…言われてみれば確かにそうだな。他人のバックアップが無い独りよがりな戦法にすっかり慣れてしまっていたが、本来騎士団では他者との連携に重きを置いた戦術を学んでいたのだった」
懐かしいな、と乾いた苦笑を浮かべるレントライト。
意図的か無意識か、いずれにしろ騎士団で教わった戦い方に反抗する意図も少なからずあったのだろうなぁ。
それで現在まで生き延びてきたのだから、彼女自身には合ってる戦い方なのかもしれないけど。
「…新たな戦法を身につける前に、まずは魔物について知らねばな。主よ、例えばこのリーヴァーはどのように討伐するのが好ましかったんだ?」
嫌味などではなく、素直な向上心から魔物にどう対処するのが適切だったかと尋ねられて、私は「へそを曲げなくて良かった」とホッとしつつも、蓄え続けていた知識を惜しげもなく披露した。
「えっと、まずリーヴァーの最大の弱点についてなんだけど…」
臨時魔物講座を開きながら、私とレントライトはリーヴァーの血を避けながら坂を下りていった。
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約十五分後。
特筆すべき事態は何も起こらないまま、魔物の知識をひけらかし道なりに通路を進んでいると。
「…主よ。何やら先程から妙な魔力の流れを感じるのだが…俺だけか?」
レントライトが立ち止まり足元に視線を遣った。
魔法を会得しているため、常人よりも魔力の流れに敏感なはずだが、さしもの彼女もこの現象に気がつくのには少し時間がかかったね。
実は私は昨日ここに来た辺りで既に気付いてたけど、あえて何も言わなかったことが一点ある。
それは何かというと。
「甚大な魔力が足元に集まって、いきなりフッと消える感覚のこと…だよね?」
「ああそうだ。これまで気にも留めていなかったが…この現象は一体何なんだ?」
レントライトが疑問に感じている現象について、既に大体目星はついているんだよね。
本来砂漠に通っているはずの地脈が軒並み枯渇しかけていること。
砂漠の地脈の流れに反して魔力が流れていること。
そして反流する魔力の終着点がここ、遺跡であること。
更に追加情報として、この遺跡で行われていると推察する「魔物の生産」を組み込んで仮説を立てると…。
「生命力に満ち溢れた魔物を一匹生産するにも、莫大な量の魔力が必要となる。それを一日に三千匹ずつコンスタントに毎日続けるのならば、無尽蔵に魔力を生成する遺物が機構に組み込まれているか、周囲の地脈から無理矢理魔力を吸い上げ続けない限り難しいはずだよ」
「…遺跡が魔物を生産している説。にわかには信じ難かったが、現実味を帯びてきたな」
前者のような遺物があるのならば、火の魔法に換算するとセス=レモア全域を六億年強燃やし続けられるくらいの魔力を、毎日地脈から吸い上げる必要などない。
それに上記量の魔力を一瞬で消費するなど、魔物を生産していない限り不可能なのだ。
以前私が見かけた「人工的に魔物を造り出す過程」において必要となる魔力量を、レントライトが倒した魔物の数と種に当てはめて計算すると…おおよそこの遺跡で一日に消費される魔力量と差異がない。
「結論を出すにはまだ気が早いけど、ここは「魔物生産場」だと考えるに足る情報が揃ってる。何のための施設かは不明だがね」
「…考えてもわからん事に時間を割くのはあまり好ましくないな。考察は一旦置いておくとして…主よ、行き止まりだぞ」
休憩室を出てから分岐のない一本道を進んできた私達の前に立ちはだかる、無慈悲な壁。
…のように見えるが、向かって左側の壁に思いっきり「コントロールルーム・生体認証タッチパネル」と記載されていた。
「大丈夫だよ。ここに説明書きと認証用のパネルがあるから、洗濯機構と同じ原理で動かせると思う」
「…説明書き?俺には何も見えないが」
パネルに手を伸ばした刹那、訝しむ様子でレントライトが呟いた。
「…え?休憩室の壁にあったのと同じ、古代語と四角い模様が書かれてるでしょ?」
ほらここ、と該当する箇所を指でなぞってみせるが、レントライトは首をひねったのち、横に振るだけだった。
「いや、無地の壁にしか見えん」
「…マジかい。」
私に見えて彼女に見えない不思議な言葉。
事象を正しく把握出来ているのは私か、はたまたレントライトか…快調に見えた脱出口探しに、若干不穏な空気が漂い始めたのだった。
続く。




