聖騎士の矜持
屍の絨毯を踏みしめしは、ガスマスク姿の聖騎士。
こないだプレイしたゲームの騎士キャラと違って鎧は身に着けておらず、薄汚れたミリタリージャケットとシルエット太めのカーゴパンツにゴツいブーツを合わせてるから、どちらといえばアステリア大陸の更に東に位置する工業国家、エゼムの国軍みたいな雰囲気だ。
もっとも今はそんな悠長に考察してる暇は無さそうだが。
「…答えろ。お前は誰だ?何故俺の名を知っている?」
光を斬り伏せる刃の柄で防いでいるとはいえ、現在私はレントライトに刃を向けられている状態だ。
ガスマスクのせいで表情は読めないが、この極限状況下でも正気は失っていなかったらしい。
剣と彼女から発せられる圧力は凄まじいものの、話は通じそうだ。ここはいつもの如く理性的な話し合いで収めよう。
「えーと、私の名前はアトラ。冒険者をしながら、今は騎士団にも所属してて…」
騎士団、と口にした瞬間、彼女の肩がピクッと反応した。
そして。
「…やはりか。」
「え?…っ!」
ギィンッ!!
突然彼女が腕に力を込めて剣を振り上げた。魔力操作でその場に留めていた光を斬り伏せる刃は剣圧に負けて弾かれ、私はよろめきながら後ずさった。
辛うじて間合いから離れたため怪我はしなかったものの…今の一閃、容赦なく命を獲りに来てた。
私なにか彼女を怒らせるようなこと言ったかな?
「危ないねぇ…いきなり何するのさ」
「とほけるな刺客。貴様も騎士団長に命じられて、俺を殺しに来たんだろう!」
足場が悪い中でも迷わず腰を落とし、一足で加速を付けて刺突をかましてくる。
刺客?騎士団長の命令?わけがわからない。
とにかく早いとこ彼女を落ち着かせて、剣を収めて貰わないと。
私が武器として扱う遺物、光を斬り伏せる刃は物質に触れただけで「切断した」という結果を残すチート武器だから、操作を誤ったら事だ。
一旦刃をしまい柄のみの状態に戻して、彼女の斬撃を防ぐように操っていく。
「ちょっと待って、落ち着いて。私はあなたをここから助け出しに来ただけで…っ」
ガクン。
…光を斬り伏せる刃の操作に集中するあまり、足元への注意が散漫になっていた。
元々鈍臭いってのもあるけど、後退しようとして魔物の死体に踵が引っかかり、バランスが崩れた。
ほんの一瞬生まれた隙…雑兵ならまだしも、一流の騎士が絶好の機会を見逃すはずがない。
「何のつもりかは知らないが、俺の寝込みを襲わなかった事…後悔しながら死ぬがいい」
後方へ倒れていく私に合わせて肉薄するレントライト。
右に大きく振り上げられた剣が空を斬り、首めがけて振り下ろされる。
まぁ頭落とされてもどうせ死なないし、一度やられて復活した後で話をすれば…いや駄目だ。現在私の体内に残存する魔力は少なく、その上リソースは全て門の修復に割いてるから、頭を再生させるのにも首をくっつけ直すのにも魔力が足りないし、何より時間が掛かりすぎる。
「(ならここは、大事ない程度に多少無茶をして…っ!)」
私は咄嗟に治りかけの風の門に魔力を注ぎ、微かな筋肉痛に似た痛みを味わいながら門を開くと、剣が迫ってくる右方向に突風を起こした。
「くっ!」
「ッ…!」
爆発的な風によって私の体は左へ大きく弾み、断頭は免れた…が、突風にも怯まず振るわれた鋒が、右腕を切り裂いた。
「〜〜ったぁ…!!」
レントライトから三メートルほど距離を取り不格好に着地した私は、急いで二の腕を押さえた。
出血はあるものの幸い傷は深くない。腱や動脈、骨にも異常は無いようだ。かといって放置してもいられない。僅かずつだが血は確実に失われているのだから。
「あ〜もう…ちょっと待ってって言ってるのに…!」
「…今のは風の魔法…か。ついに本物の魔法使いまで差向けるようになったとは、騎士団長も本気のようだな」
レントライトは籠もった声で一人ブツブツ言いながら、鋒に付着した私の血を振り払って、殺意増々の状態で再び接近してきた。
あーもう、さっきから全然話が見えないし腕は痛いしで、だんだん腹が立ってきた。
「だからちょっと待って、話を聞けってば!私はオアシスの受付嬢に頼まれて、あなたをこの遺跡から助け出しに来ただけなんだってば!」
「…なんだと?」
キレ気味に声を荒げるとレントライトの動きが止まった。
私は腕を押さえたまま、続けざまに言い分を伝える。
「ヒルベルっていう三人組の詐欺師を捕まえた後、受付嬢がオアシスの泉に定期的に浮かんでいたリーヴァーの角を見せてきて、まだあなたが生きてるはずだから助け出して下さい…って」
「…確かに壁の奥にある水路へ、毎日昼頃に合図の角を流していた…いや、騙されんぞ。いくら何でも話の都合が良すぎる…それに貴様、先程騎士団に所属していると言っていただろう」
「一応してるけど、それがどうかしたの?」
「つまりはあの騎士団長、スコットに命じられて俺の命とこの剣を奪いに来た、新たな刺客なのだろう。」
…この人は何か大きな思い違いをしているのではなかろうか。
てかレントライトが持ってる剣…刀身部分はスコット君が所持していた遺物の剣のようだけど、柄から下部分は見たこともない紫と赤を基調としたメカニックなデザインになってる。
それはさておき…
「スコット君があなたの命を…?それに「新たな」刺客って、あなた今までに命を狙われたことがあるの?」
「…貴様で七十四人目だ。刺客はみな、騎士団長のみが保有する印影入りの指令書を有していた…とぼけても無駄だぞ」
スコット君がレントライトの暗殺を依頼していた…あり得るはずがない。
イスの話だとスコット君はレントライトに敬意を評していて、過去の反逆行為は一切不問に付したと言っていた。
どのみち私はそんな指令書なんか持ってないし、元王政関係者の暗殺依頼以外はデバイスに届いていないもの。
「指令書なんて知らないよ。疑うなら好きに探せばいい、抵抗しないから」
私は光を斬り伏せる刃との魔力接続を遮断してその場に落下させ、両手を彼女に向けて頭より高い位置に固定した。
彼女は私を刺客だと思っているようだが、本当に正義感が強い人物なのであれば、降伏した無抵抗の相手を斬り捨てたりはしないはず。
レントライトはしばらく私の前に立ちはだかり剣を向けていたが、誠心誠意降伏の意を示し続けていると…
「…いいだろう。だが妙な動きを見せた瞬間、その首をへし折るからな」
「わかった」
レントライトはすぐ傍に剣を置いて、慣れた手つきで私の体に触れてきた。
全身、服の中、ポケットの中までもくまなくチェックして、所持していたデバイスとギルドカードの入ったパスケースを取り上げられた。
もちろんデバイスの中身も自由に見て構わないと控えめに告げておく。…スコット君とテコとミアちゃん辺りとのやり取りは見えないよう細工してあるけど、それ以外は全て彼女の自由にさせた。
「…ふむ。この、クエスト詳細に載っているヒルベルというパーティの顔ぶれは、確かに俺を嵌めた冒険者達で間違いない」
ここに来る前もう一度ヒルベルの捕縛クエストページを開いて、そのままスリープさせてたから、画面を立ち上げたとたん情報が表示されたようだ。レントライトはそれを素直に読んでいた。
やがて彼女は律儀にデバイスを私のジャケットに戻して、次にパスケースを開き、ギルドカードを取り出した。
「…ドレステミル出身、アルトレイシア…ソダム?」
クエスト手続きとかをデバイスに移行してからすっかり出番がなくなったギルドカード君、久々の登場。
これをチェックしているって事は、デバイスの方で私の冒険者データを見なかったのかな。
なんだかデバイスの操作もぎこちなかったけど…この子ひょっしてデバイスを扱い慣れていないの?
私の胸に浮かんだ小さな疑問などに気付くこともなく、レントライトはカードを確認しながら問いかけてきた。
「ソダム…伝導師として知られる魔法使いの名と同じだな。ドレステミルではよくある姓なのか?」
「大昔はみんなソダム姓だったけど、現代じゃ私一人だけだよ」
「…では貴様は伝導師の血縁ということか?」
「血縁も何も、私がその「伝導師」って呼ばれてるソダムだよ」
改めて自分で説明すんの恥ずいなこれ。そもそも伝導師って呼び名自体外部でつけられたものだから、乗っからなくてもいいんだけども。
「貴様が…伝導師ソダム、だと?」
「世間には「お爺さん」ってイメージで広まってるから、いつも最初に疑われるよ。手っ取り早く魔法をお見せ出来ればいいんだけど…今は生憎魔法の門が傷んでて、修復中なんだよね」
先程の風魔法は出力を抑えて放ったから良かったものの、やはり門を開こうとするとまだ痛みが走る。
先んじて集中修復していた地の門は他の門より幾分か治りが早いものの、こちらもまだ実戦に耐えうるレベルには達していない。
「魔法の門…」
レントライトは私の言葉を一部だけ繰り返した。
魔法を扱えない人からすれば、魔法の門が何なのかすらわからないだろうから、ソダムだと証明出来ないことへの言い訳にしか聞こえないよね。
持ち物と身体検査を終えた今、私の処遇は彼女の最終判断に委ねられる運びとなった。
彼女はマスクのフィルター部を指先でザリッとなぞり、おもむろに右手のグローブを外した。
「どうやら貴様…いや、貴殿は刺客では無いようだな。まずは謝罪と行きたい所だが、先に怪我の手当てをさせて貰えるだろうか」
「え?」
…どの辺りの情報で納得が行ったんだろう。
とりあえず刺客とやらを決定づける証拠はもちろん出なかったが、本物の伝導師ソダムであると証明することも出来ていないのに。
それに怪我の手当てと言っても、互いに応急キットなんて持ってないはず。
彼女が何をするつもりなのか大人しく見守っていると、レントライトは私の右腕についた傷に手のひらを当てた。
すると彼女の手のひらが淡い緑色に発光し始め、みるみるうちに裂傷が消え、痛みも感じなくなった。
今の感覚…間違いない。
「驚いた。あなた治癒魔法が使えたんだね」
治癒の精度、修復速度、共に申し分ない。下手すれば私以上かも。
治癒を終えたレントライトは軽く息をついて、私の腕から手を離した。
「…俺の家系に伝わる方法で得た魔法なんだ。ほとんどの場合は風魔法を習得するが、稀にこうして治癒魔法を得るらしい」
「まぁ治癒魔法は風魔法に属するからね。仲間にも説明したんだけど、風魔法は先天性な資質によって攻撃型風魔法か治癒魔法のどちらかが発現するようになってて、治癒の素質を持つ人はかなり珍しいんだよ」
「…なるほど、そういった仕組みだったのか」
…あれ、意外と話せる?
さっきまで殺意全開だったからか、逆に怖い気もするけども。
「ええと…ひとまず私が刺客とかじゃないって認めてくれた、って認識でいいのかな?」
「ああ。改めて数々の非礼をお詫び申し上げる、ソダム殿」
レントライトは剣を手にして、鋒を床に二度打ち付けると、右膝を折り恭しく傅いた。
これは騎士が目上の者に対し忠信の意を表する略式敬礼のひとつ。
「不肖レントライト=Ht=フュリウス。只今を以て古の約定に従い、貴殿の忠実なる臣下としてお供仕らん」
「…はぇ?」
何なのこの急展開。
いやもうこういうのには慣れてきたけれどもさ。
流石に脈絡が無さすぎてどう反応したらいいのか困り果てるわ。
「ちょっと待って、何がどうしてそうなるの?」
「は。我がフュリウス家に伝わる「魔法皆伝書」に認められた「そなた大いなる力を得られし時、命尽きるまでソダムに従事する忠実な騎士とならん」という約定に血印を刻み、名を連ねた者として責務を全う頂きたく」
「おぁ〜…」
魔法皆伝書…ちょっと前、だいたい七千年くらい前に騎士モノの小説を読んだ後のノリで書いたやつだ。
古紙回収の日に紛失して、再生紙になっているのかと思いきや…まさか帝国貴族の元に渡っていたとは。
てか私の魔法書ってほとんどがノリと悪ふざけで製作されたものだから、レントライトみたく重く受け止められて一族に代々継承されてもリアクションに困るのだが。
「自業自得とはいえ騎士として生きる道を失い、後はただ朽ち果てるのみと諦めかけた人生が、ようやく意味を持ち始めた気がする。ソダム殿、どうか俺を側に置いてもらえないだろうか」
…しかし本の内容ってのは、受け取る側に任せてる面もあるしなぁ。現に彼女もあの文言を真に受けて生きてきたみたいだし。
これまでは私なんかが他人様の人生に影響を及ぼすなんて考えてこなかったから、以降魔法書を作るとしたら内容には気をつけなきゃ。
けどその前に私は自分が撒いた種をどうするか、ちゃんと判断しないと。
「えーと…それはつまり私とパーティを組むって意味?」
「厳密に言えば違うな。俺は約定に基づきソダム殿にのみ従事する騎士ゆえ、冒険者パーティとは形態が異なる」
「あー…ざっくり言うと、個人で雇った傭兵みたいな感じ?」
「まあ、そうだな」
今更説明するほどのことじゃないけど、冒険者パーティとはギルドに申請して複数人で組んだチームのこと。
パーティで、あるいはメンバー個人でクエストを達成し得られた報酬は同じパーティのメンバーにも分配される仕組みになっているので、冒険者達は状況に応じて都度損をしない活動を心掛けている。
が、中にはパーティに加入せず冒険者が冒険者を傭兵のように雇い、クエストで得た報酬を分配しない代わりに別の褒賞を与えるってケースもちらほら耳にする。ま、入ってくるのは大概トラブル絡みの話ばっかなんだけどね。
もし彼女が使命を全うするために本気で私に付いてくるというのなら、こんな曖昧な主従関係のままだとお互いのためにならない気がする。
「…あの、本当に私なんかに従事するつもりなの?」
「所在不明のソダム殿を探り当てる遺物が無いかと思案し、こうして未踏の遺跡へと訪れる程度には本気だ。まさか当人と出会えるとは思いもしなかったがな」
…レントライトが遺跡に来たのってそういう理由だったのか。
帝国王族の遺物とか全然関係無かったわ…早とちりしちゃった。
若干覚悟が重すぎる気がしないでもないが、戦力として考えたら大分心強い味方にはなりそうだ。
八日間遺跡に閉じ込められても正気を保つ精神力、広い部屋を埋め尽くすほどの骸を生み出す継続戦闘能力、精度の高い治療を可能にする治癒魔法。
采配によっては盤石の護りを固められるし、超攻撃型パーティにも仕上げられそうだ。彼女のことをちょっと前向きに捉えられるようになってきたかも。
彼女を同行させるかどうか、最終判断はイスたちとも相談してからになるだろうけど、少なくとも私はレントライトの想いを尊重してあげたい。魔法書を書いた責任者としても。
「…でもいいの?私には既に二人の仲間がいて、現状三人で帝国を目指しているんだけど…その、騎士団長のスコット君の元へと向かってるんだよ?」
「…なるほど」
とはいえこの辺りの事情はきちんと説明しておかないといけないよね。
彼女はスコット君に対して特別思う所があるようだし。
私は一旦レントライトに敬礼をやめるよう促して、まずは協力して遺跡を脱出する方向で話をまとめた。
レントライトは再び剣を布でくるみ、私は床に落ちた光を斬り伏せる刃を回収して、先程潜ってきた扉へと向かった。
極力死骸と血溜まりを避けつつ歩む道中、レントライトがしおらしい声色でポツリとこぼす。
「…申し訳ないソダム殿。長年探し求めていた相手に巡り会えた事で気分が高揚し、貴殿の都合を無視していた」
「(わりと冷静に見えたけど、あれでテンション上がってたんだ。)」
「貴殿らの目的とパーティの件は了解した、俺の存在が迷惑ならば捨て置いてくれて構わない。…だがせめて遺跡を出るまでは、貴殿の騎士として振る舞っても良いだろうか?」
「若干気持ちが重いけど、迷惑ではないよ。仲間もあなたの素性は知ってるから、快く受け入れてくれると思うしさ」
「有頂天になり忘れかけていたが、俺は騎士団長に命を狙われている身だぞ」
「…そのことなんだけどさ。あなたに刺客とやらを差し向けてるのって、本当にスコット君で間違いないの?」
対象が世に混乱をもたらそうとしている元王政関係者ならまだしも、かつての自身を破り捨て、大国の王として君臨するきっかけとなった相手を殺害しようとするだろうか。
少なくとも私が知ってるスコット君なら、絶対にしない。
「そもそもあなた、今のスコット君がどんな風に帝国を統治してるか知ってるよね?」
「奴の噂や評判などは見聞きしないようにしていたから、知らん」
「えっ、なんで?」
「…皆が憧れを抱く名誉を掲げ、平等と正義の下に忠誠を誓った相手がどうしようもない腑抜けだと判明した時の失望を、二度と味わいたくないからだ」
…つまりレントライトにとってのスコット君像は、彼に反旗を翻した約七年前から変わってない…ってこと?
言われれば私も彼が騎士団長に、まして帝国を治める王になってると知らなかったし、意図的に情報を遮断しようと思えば出来るか。
す〜んげぇ拗らせたなぁ、関係。
まず脱出前にスコット君に対する誤解を解かないと、絶対後で面倒臭い事になる。
気軽に受けたクエストからまさかこんな事態に発展するなんて思ってなかったので、己の軽率さを多少恨みながら、今後は慎重に行動するよう心構えを固めたのであった。
続く。




